女子高生とオジサン達と その2
今回はアステローペ建造の中心メンバーの3人目のおっさん登場です。
女子高生とオジサン達と その2
社長室に入って来たのは180センチは超えていそうな長身で筋骨逞しい30代半ばの男性だった。ザン会長と同じつなぎを着ており、手には図面や書類の束を抱えている。ボサボサ頭に無精髭、タバコ臭いのは長い間まともに休暇をとっていない事が想像された。ソラはその男性を見るなり、すかさず挨拶をする。
「あっ、ロボさん! こんにちは」
「おぅ、ソラ。元気にしてっか? アステローペの調子はどうだ?」
「ロボさん」と呼ばれた男性は無敵エンジニアリングの二代目社長の無敵鋼人である。名前の通り無敵会長の息子で、優秀なエンジニアの血をしっかりと受け継いでいる。言うまでもなく「ロボさん」はソラの命名だ。
「ロボさん、さっきの連絡通り、アステローペの保安部品の発注書持ってきました」
ハル姉はそう言うと封筒をロボさんに手渡した。
「どれどれ……。まぁ、こんなもんか。あの極限環境作業ロボットは可動部分が多いから消耗部品が余計に掛かるのは仕方がないか」
封筒の中身を一瞥し、そう言いながらロボさんは書類を机に置くと、奥の社長椅子にどっかりと腰を下ろした。ザン会長はハル姉達のやり取りが終わるのを確認してから、再び口を開いた。
「なんじゃ、ハガト。何時からワシ等の話を聞いていたんじゃ?」
「途中からだよ。雷神機が親父の設計だって所からかな……。言っておくが、親父、雷神機からアステローペへと改修したのはこの俺だからな。嬢ちゃん達の無茶な要求に応えて、昔の資料を引っ張り出して調べ直し、殆ど一から図面を引き直して組み上げたんだ。まるで自分がアステローペを改修したみたいな言い方はよしてくれ」
「むむ……。ワシのアドバイスがあってこそ、あそこまで上手く仕上がったんじゃろうが」
「親父が嬢ちゃん達に安請け合いしたお陰で最新式極限環境作業ロボット5機分の建造費が掛かってしまったがな。親父、ちゃんとその費用は自分のポケットマネーで払ってくれるんだろうな? 建造費はウチの会社持ち出しってのは御免だぜ」
「むぅ、言うようになったの……。解っとるわい。来月末にはキッチリ払ってやるわい。ワシの資産でな。その代りお前には遺産も何も無しじゃ!」
「おう。よく言った親父。上等だ」
「ハガト君。ウチの最新式人工筋肉繊維と防護皮膜の提供があったからこそ、あの細身のプロポーションで重量級以上のパワーと繊細なコントロールが可能になっている事をお忘れなく」
メガネをキラリと光らせながらサイキョー社長までも鼻息荒く、親子の口論に割り込んできた。アステローペの話になるといつもこうだ。実際、アステローペは研究学園都市島の臨海工業エリアの様々な中小企業から技術供与を受けて改修されていた。これはザン会長とサイキョー社長の呼びかけに応じたところも大きいが、純粋に皆「プレアデス・スターズ」のファンなのだ。そのため、アステローペの話になると「ウチの提供している技術が一番」という話になる。
詰まる所は、「女子高生にイイ顔したい」だけのスケベ親父なのである。この辺りは昔も現在も変わらない。
「まぁまぁ、皆さん落ち着いて下さいよ。皆さんあってのアステローペですから。ホント感謝していますよ。ね!」
「そ、そうそう。ボクもお陰で毎回絶好調だよ」
ハル姉とソラは何時もの事と思いつつ、やんわりおだてて取りなす。睨み合っていた三人は冷静さを取り戻す。落ち着いたのかロボさんは壁面の大型モニターの準備を始めた。
「何をしておるんじゃ、ハガト」
「親父、言ってたろ。雷神機……アステローペと話がしたいって。それで、嬢ちゃん達がミッション外に限り、アステローペと通話できる様『すばるドック』から専用線を引いたんだよ。こっちとしても改修後の詳しいデータを確認したいから、そのついでだ」
「なんと。そんな事出来るのか。はよ回線繋いでくれ」
「それじゃ」
ロボさんは机に備え付けの端末を操作した。壁面モニターに映し出されたのは、地上400キロメートル上空の軌道エレベーター内にある『すばるドック』の内部の映像だった。恐らくアステローペが見ている映像だろう。ロボさんが壁面モニターに向かって呼びかけてみる。
「こちら無敵エンジニアリングのハガトだ。アステローペ、聞こえるか?」
〈こちらアステローペです。ハガトさんですか。聞こえますよ。専用線開通したんですね。そちらのカメラもちゃんと写っていますよ。あ、コエトさん、ツヨシさん、お久しぶりです。ハルさんとソラさんも一緒なんですね〉
「おぉ。雷神機、久しぶりじゃのう」
〈こちらアステローペです。コエトさん。私はもう雷神機ではありません。プレアデスチームの一員、アステローペです〉
「おぉ、そうじゃった、そうじゃった。アステローペ、申し訳ない」
「こちらツヨシだ。久しぶりだな、アステローペ。覚えてくれて光栄だよ」
〈こちらアステローペです。皆さん忘れる筈ありません。私の大切な人達ですから〉
ザン会長もサイキョー社長も昔を懐かしむ様にアステローペに挨拶をする。
「さてと、アステローペ、キミのメインカメラ映像を見ながら話をするのも妙だから、『すばるドック』のドック内カメラでキミを映し出しているカメラ映像を回してくれないか? ……そうそう、その映像が良いかな。」
壁面モニターにはバストアップのアステローペの映像へと切り替わった。まだ整備の途中なのか何人か宇宙技術科の学生が作業を行っている。ロボさんははその映像を見ながら続けて話す。
「よしよし、宇宙技術科の連中もちゃんとこちらが教えた通りに整備してくれている様だな。わざわざウチから技術スタッフを派遣した甲斐があったぜ」
〈こちらアステローペです。宇宙技術科の皆さんもとても良くしてくれます。新しい外装も調子良いですよ〉
「そりゃ良かった。戦闘用の昔の外装と違って、余計な装甲が無い分軽いし、女性型ボディは動きの柔軟性と自由度が高いからな。ひとまず、今の状況を見る限り、一段落って所だな。今後、ミッションログをこの回線で送ってくれないか? 改良の参考にするから」
〈こちらアステローペです。分かりました。ハガトさん。取り急ぎ本日迄のミッションログを暗号化圧縮データで送ります〉
ロボさんとアステローペの話しに痺れを切らしたのか、ザン会長が駄々をこねる様に会話に割り込む。
「なんじゃハガトばっかり話おって、ワシにも話させんか」
「コエトくん、抜け駆けはずるいですぞ」
ザン会長とサイキョー社長は先を争う様に壁面モニターに躙り寄りアステローペとの会話に夢中になっている。その様子を一瞥するとロボさんははハル姉とソラに向かって話し始めた」
「アステローペの具体的な改良点についてはミッションログを解析してから検討するとして、嬢ちゃん達から要望があれば一応検討するから、遠慮なく言ってみな。どうやら、改良資金含めて支払いはあそこの親父が俺への遺産と引き換えに肩代わりするらしいからな」
ハル姉とソラは顔を見合わせた。何しろ勢いで言ってしまったとはいえ、スポンサーが費用負担の大判振る舞いをしてくれると言うのだ。これに乗っ掛からない手は無い。
「ハイッ、ロボさん。ボクね~、カオルちゃんとも話したんだけれども、ロケットパンチが欲しい。それとビームライフル。レールガンでも良いや。それと変形機構を付けてそれから……」
「待て待て待て……、ソラちゃん一寸待て」
堰を切ったように話し出すソラにキリがないと思ったのか、ロボさんはゴツい大きな右の掌をソラに向けて、話を制する。ハル姉は会話に入る機会を失ったのか、ぽかんと口を開けている。ロボさんは順を追って説明し始める。
「いいか、ソラちゃん、遠慮なく言えとは言ったが、よく考えて提案してくれよ。アステローペはもう軍用機じゃないんだ。民間機に武器の類は搭載できない。航宙法第二章の『航宙船、航宙機装備の運用』で決められているんだ。まだソラちゃんは習っていないか」
「確か、『民間の航宙船及び航宙機は原則として射程1キロメートル以上の運動兵器、光学兵器の装備を禁じる』だったかしら」
「そう。流石ハルね―ちゃんは詳しいな。宇宙空間で射程1キロメートルと言うと威力を絞っても運動兵器、光学兵器はそのくらいの射程は超えてしまう。そういう理由でアステローペにはビームライフルもレールガンも装備できない。ロケットパンチも同じ理由で搭載不可だ。腕自体を無線操縦式のの作業ポッドとして当局へ登録申請する方法もあるが、それはアステローペの開発コンセプトから外れるのでこれも却下だ」
「開発コンセプト?」
ソラは聞き返した。そんな事考えも至らなった。ハル姉はすかさずロボさんにこう返す。
「そうね。アステローペのコンセプトは『如何に可愛く、美しく』だから、そういう意味でロケットパンチは却下ね」
「それは、ハルねーちゃんが俺に押し付けた要求だろうが。そうじゃなくて、雷神機建造時から続く開発コンセプトの話をしているんだよ。嬢ちゃん達は何故、アステローペが未だに時代遅れと言われる有線操縦方式を採用しているのか考えた事あるかい? いい機会だから考えてみると良い」
操縦方式の違いの理由。ソラは今までそんな事を気にした事すらなかった。アステローペは元々有線操縦式の極限環境作業ロボットであった訳で、そんなものだとてっきり思っていた。ロボさんは更に話を続ける。
「最後の変形機構だがな、ソラちゃんよ……。俺にもう一度徹夜して図面引けって言うのか。そもそも何に変形させるんだよ。宇宙船か? 人工衛星か? 頼むから俺を芋虫の寝袋生活から開放させてくれよ。俺は蝶になりたいんだよ、布団で寝たいんだよ~。奴隷解放宣言はまだなのか~」
最早、ロボさんの話は最後の方になると哀願である。ロボさんはアステローペ改修から一年近く殆ど会社に泊まりっきりの生活だったのだから無理もない。ハル姉は流石にロボさんが可哀想と思ったのか、ソラを指で突きながら小声で話す。
「ソラ。一寸言い過ぎよ。それに航宙法の勉強が全然出来てないじゃないの。今は私とナナの『航宙機管理者免許』でなんとかなっているけど今年度中にはソラとツッキーにも免許取得してもらわないと困るわよ」
ソラも一寸言い過ぎたと思いつつ、自分の考えを話した。
「……うん、ハル姉、解っているよ。でもさ、敵が来たらどうするの? 最近は極限環境作業ロボット強奪目的の宇宙海賊も出現するって言うし、『ゴースト』も出現するって噂だよ」
「敵? 『ゴースト』?」
ハル姉は聞き慣れない言葉に思わず聞き返した。