宇宙(ソラ)のヒトと地上の人と その2
いよいよ、物語の中心となる高校生宇宙事業チーム『プレアデス・スターズ』の面々の登場です。
宇宙のヒトと地上の人と その2
「人工衛星軌道投入完了! 通算ミッション4回目の成功だね! 終わり終わり~っと♪」
薄暗い室内でコックピットの様な席に座っていた一人の少女が伸びをするように両腕を挙げ、大声を上げる。
部屋にはモニターを兼ねた大型の電子黒板やロッカー等があり、学校の教室を連想させた。ただ、普通の教室と違うと判るのは、部屋の一角に取って付けた様な一人乗りのコックピット筐体が置かれていることだ。高級な体感ゲーム機か何かしらのシミュレーターの様にも見える。
更に周りには学校の机が幾つか並べられ、大きなモニターやコンピューター、それにコンソール類が所狭しと据え付けられている。床には足の踏み場のない程のケーブル類が地を這っている。各々の机には学校の制服と思われる服を着た三人の少女がそれぞれのモニターと睨めっこをしている。その中で一番長身の少女がコックピット筐体にいる少女に向かって注意する。
「こらっ! ソラ。まだアステローペはドックへの帰還の最中でしょ。最後までコントロールに気を抜かない! いつも言ってるでしょ。『ドックに着くまでがミッションだ』って」
「はぁーい。でもハル|姉〈ねえ〉、この『モニタリング・スーツ』が寒くて早く着替えたいよう」
コックピット筐体に座っていたソラと呼ばれた小柄な少女は肩をすくめながら返事を返す。どうやらこのコックピット筐体からアステローペをコントロールしていた様だ。
ここは宇宙に居るアステローペから遥か400キロメートル下、日本の小笠原諸島沖に造成された半人工島『すばる研究学園都市島』。ここからソラ達はアステローペをコントロールしていたのである。
『すばる研究学園都市島』は元々、1世紀以上前、海底火山の隆起により、小笠原諸島沖に出来た大小六つから成る群島だった。しかし、後の軌道エレベーター建造中に太平洋側地上搬入搬出口『ムー』に近いと言う事で、建設資材中継地として、メガフロート技術を活用し大きな一つの島に造成し直された。
エレベーター運用後は地上搬入搬出口『ムー』への経由地と海洋・宇宙技術関連の研究、開発、教育の拠点として発展した。
元の小島の並びから『すばる群島』と呼ばれていたが、造成後そのまま『すばる研究学園都市島』と正式に命名された。ソラと呼ばれた少女達が居るのはその中の宇宙・海洋関連教育機関『すばる海宙学園』である。その校舎の空き教室をまるまるアステローペのコントロールルームとして改装し、使用していたのだ。
ソラは『すばる海宙学園』高等部航宙科一年生。本名が夏乃宇宙の為、皆からソラと呼ばれている。大のロボット好きで、それが高じて、ドールオペレーターを目指している。
彼女だけ他の三人と違い、VRゴーグルを被り、制服ではなく体のラインが現れる様な薄青色のスーツを着用している。『モニタリング・スーツ』だ。着用者の体温や心拍数・脈拍・発汗状況等のバイタルデータをリアルタイムで記録する服だ。極限環境作業ロボットの操縦者には着用が義務付けられている。スーツを着用したソラの体つきはまだ幼さが残り、セミショートの髪に左側だけ髪を束ねているヘアスタイルは更に幼く感じさせた。
ソラに注意していた長身の少女がハル姉だ。本名を春日陽音といい、学園高等部航宙科二年生だ。少し癖っ毛のあるウェーブがかったロングヘアに長身で均整の取れたプロポーションは、制服を着ていなければ、どこかのモデルかと間違う程だ。今回の『プロジェクト』チームの発案者で、少々強引ながらも皆をまとめるリーダーである。皆からは親しみを込めてハル姉と呼ばれている。
「『モニタリング・スーツ』だけでは寒いから、上にジャージか何か羽織りなさいって言ったのに、ソラが『ロボットアニメの主人公はジャージなんか羽織らないヨ~』とか訳の解らないカッコつけるからよ。もう少し我慢しなさい」
「だって~、ジャージじゃカッコ悪いし、気分がのらないじゃん。第一ボクの美学に反するよ。ツッキーなら解るよね。この気持ち」
ソラに不意に声をかけられた一番背の低い少女は、ロングツインテールを僅かに揺らし、少し困ったような表情をして静かに応える。
「……ソラの気持ちは解るけど、美学を貫くなら少しの寒さは我慢すべきです」
「ちぇっ。ボクの心の友、ツッキーなら解ってくれると思ったのに~。でも、『美学を貫くならそれなりの代償を』か。……解ったよ。ツッキー」
ツッキーはソラと同じく高等部航宙科一年生で、性格は真逆にも関わらず、お互い非常に仲が良い。本名を柊城月というのだが、ツッキーと呼ばれている。コンピューター関連が得意で『プロジェクト』の電子装備関連を担当している。 ちなみにツインテールは彼女の趣向ではなく、ハル姉の趣味で半ば強制的にさせられている。
その会話に割入るようにコックピットのスピーカーを通して音声が入る。
〈こちらアステローペです。……あの、お話の最中、申し訳ありませんが、そろそろステーション・ドックに入港しますので……入港準備お願いします〉
会話の主はタカマガハラ・ステーションの専用ドックへ帰還途中のアステローペ搭載の人工知能からのものだった。その声はソラ達と同じく十代の少女で、真面目で気弱そうな印象を与えた。驚嘆すべきは会話だけ聞いていると人と人工知能の区別がつかない。流暢な日本語だ。
ハル姉は手をパンパンと叩いて皆にこう叫ぶ。
「ハイハイ。じゃあ、ドック入港シークエンス入るわよ。ソラはアステローペのコントロールを継続、アステローペはソラのコントロールサポートを、ツッキーはアステローペのテレメーターとネットワークの監視を、そしてナナはステーション管制との入港手続きをお願いね」
「今度はボクの考えたエクストリーム着港で華麗に入港を決めちゃうもんね!」
「……ソラの新作エクストリーム着港。……ちょっと気になるカモ……」
〈こちらアステローペです。……ソラさん。あまり無茶な機動は私の機体に負担をかけるの遠慮してください……〉
皆は各々の任務の取り掛かり始めた。最後に呼ばれたナナだけ皆のやり取りを聞いてクスクスと笑っている。ハル姉と同じくらい背の高いメガネを掛けた少女だ。胸が大きいのか、制服の胸周りが少々パツパツだ。彼女はハル姉と同じく高等部航宙科二年生で、本名を秋月七星の為、ナナとよく呼ばれている。ハル姉とは幼馴染で付き合いが長い。その為かよくハル姉のフォローに回る事が多い。地球往還船のパイロットを志す彼女は、『プロジェクト』ではアステローペの航行計画の管理、管制との連絡を担当している。
クスクスと笑っているナナを見ていたハル姉が怪訝そうに問いかける。
「何一人で笑ってんのよ」
「いや、だって毎回の事ながら400キロ上空のアステローペと皆さんの会話が掛け合い漫才のようで可笑しくて……」
まだナナはクスクス笑っている。
「笑いすぎよ。ナナ。……でも、可笑しいというか不思議ね。ちょっと前まで皆、全く面識がなかったのに、成り行きで集まって、お互い離れた所から宇宙事業に従事しているなんて」
ようやくナナは笑いを止め応える
「そうね。ハル。私はあなたと昔からの付き合いだけれども、あなたが政府の『プロジェクト』に参加し、この『プレアデス・スターズ』を立ち上げなければ、ソラやツッキー、アステローペや他の皆さんともこうして出会うことはなかったかも知れないわね……。さてと、ステーション管制に入港許可申請の連絡しなきゃ」
「よろしく頼むわよ。ナナ」
『プロジェクト』――それは『宇宙開発啓蒙プレジェクト』と名付けらた日本政府主導のプロジェクトである。その名の通り、国民への宇宙開発の理解を深めてもらう為に掲げた事業支援プロジェクトを指す。
軌道エレベーターの運用に伴い、月面開発、火星のテラフォーミング事業、資源小惑星の採掘等、産業の中心は宇宙へ大きくシフトしていった。日本ではそれに対応する為に宇宙産業庁が設立されたが、宇宙開発の進展と同時にエレベーター維持や宇宙航路の保全等、莫大な公費の出費も余儀なくされた。
宇宙産業庁では国民にその必要性の理解を求める為に、『宇宙開発啓蒙プロジェクト』を発表した。それは、学生を中心に行われる何らかの宇宙研究、事業に対して国が出資をし、若手の宇宙事業従事者の育成を行い、それと共にその様子を広く国民に伝え、宇宙事業の重要性を知ってもらう、というものであった。
大半は人工衛星の製作や宇宙環境を利用した素材研究という程度のものであった。しかし、ハル姉はどこからともなく極限環境作業ロボットを手に入れ、既存の学生プロジェクトとは違い、実際にドールを使って宇宙事業を行うという提案をしたのである。
女子高生が極限環境作業ロボットを使って宇宙事業を行う――このシチュエーションがメディア映えすると睨んだ宇宙産業庁は、その提案に幾つかの条件付きで承認したのである。こうして、すばる海宙学園宇宙事業チーム『プレアデス・スターズ』が誕生したのである。
「……無事着港完了っと!」
ソラはアステローペの着港を確認すると、背伸びをしながらコックピットを降りる。
「なんとか無事第4回目のミッション終了ね。ハル」
ナナがハル姉にそう言うと、緊張た緩んだのかハル姉は、心なしかほっといた表情を浮かべている。
「みんな、ご苦労様。お茶でも入れて一息つきましょう」
「ヤッター。ボク、お茶請けには宇宙堂のクッキーが良いな」
皆の緊張感が解け、お茶とクッキーで一服したのも束の間、電子黒板を兼ねた大モニターからけたたましく呼び出し音が鳴りだした。