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えんげきっく!【レドラスタジオ・アーカイブス】  作者: 彩条あきら


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8/12

第04話 トモダチいっぱい・後編

    * * *


 結局アレから、三日あまりが経過した。

 その間に体育館では学校関係者が集められ、マスコミ向けの謝罪会見やら、保護者説明会やらが連日のように開かれていた。時々現れるマスコミの取材に対し、学校側は生徒に向け「何も話さないように」とのお達しを出していたが、だから何だと言わんばかりに、生徒の姿はモザイクをかけられた姿でテレビに頻繁に映し出されていた。

 当初ほどではなくなったにせよ、相変わらず情也たちへの奇異の目線は途絶えなかった。


 だが一年B組内部では、佐藤が公衆の面前で愛理と優子のみを呼び出したことで、何故か情也だけは無関係であるという空気が流れ始めていた。普通なら喜ぶところなのだろうが、実際は苛立ちが募るばかりだった。更にそんな自分にも腹が立ち、情也のイライラはまるで核分裂のごとく連鎖反応的に増大しつづけていた。

 学校全体のことでいえば、演劇部の部室にガサ入れが入った、という噂がまことしやかに囁かれていた。おそらくは須田が隠したというデータの類が残留していないかどうかの調査だったのだろうが、その後コッソリと倫や優子から教えて貰ったところによれば、その手の物品は一切見つからなかったとのことだった。

 だが部室を警察が調べに来た、というただそれだけの事実でも、演劇部全体を須田の共犯者扱いする論調が形成されるには充分だった。あと一日で、中間テスト直前の部活停止期間である。未だに、演劇部の活動再開の目処は立っていなかった。


「……あっ」

 情也は教室の片隅で思わず小さな声を漏らし、顔を上げた。今現在は昼休み。図書室にも食堂にも行く気の起きない情也は、今日は自分の教室で一人本を読みながら菓子パンを口にしていた。クラス内の方が視線にさらされない、とは言っても、その理由を考えるとあまり喜べる類のものではなかった。

 それはそうと、情也はたった今この瞬間、非常に重要な事実を思い出してしまっていた。何かというと、演劇部の無実もとい不関与を証明できるかもしれない事実である。何のことはない、犯罪加害者の親族などが受ける二次被害について描いた小説の、とある段落に目を走らせていたら、フッと情也の中にある数週間前の記憶が甦ったのだ。

 このことを話せば、教師たちから警察にも証言が行き、演劇部の潔白は証明され、晴れて活動を再開することが出来るかもしれない。

 だけども、

「……そんなことして、意味あるのか?」

 情也は思わず自問自答してしまった。


 一度広まった偏見が消えることや、貼られてしまったレッテルが剥がれるということは、決してない。それは情也自身が一番よく知っていることだった。たとえ情也の証言が受け入れられ、無実が証明されたとしても、これから先、卒業まで演劇部への偏見や誤解が消えることはないだろう。また周囲から、あの差別的な扱いを受けるためだけに部を復活させて、一体どうするのか?

 活動を続けるにしても、それ以前に部活コンペの存在が立ち塞がっていた。須田が捕まった時点で残り時間は二週間と少し。もし仮に明日から練習を再開したとしても、中間テスト直前の停止期間を考慮に入れれば、実質的な残り日数はあと八日ちょっと。果たしてそんな短い期間で、劇を完成までに至れるのか?


 いやそもそも、復活させた部に情也の居場所があるのだろうか? このままではいずれ、中学時代の再現になってしまうことが目に見えて分かっていた。

 何をどう見積もっても、ここで情也が演劇部に貢献することの意義は見当たらない。

 そうして情也が迷っていると、もう既に答えを知っている者が口を開いた。

『……分かり切った問いだろう、情也』

 気付けば情也の隣の席にケーリンズバイダーが座っていた。彼は腕を組んで座ったまま、教室の前方から情也自身へと視線を移し、ハッキリとした口調で言った。

『後悔しない道を選ぶんだ。自分自身の心に従った道をな』

 それだけ言うと、ケーリンズバイダーは黙って立ち上がり、何処かに行ってしまった。

 情也はその背中を見つめながら、たった今かけられた言葉を反芻していた。


「自分自身の心……ね」

「おーっす、霧島ー」

 そのとき、静寂を破るかのようにワザとらしく明るい声が情也の耳に届いた。空気の読めないその声の主は、村岡だった。すぐ隣には小田もいる。二人ともひどく作り物っぽい笑顔を浮かべていた。こいつら一体何しに来やがった。

「今日は食堂いかねーの?」

「まあね。外野の視線が鬱陶しいから」

「そうかー。可哀想になぁ、霧島も。あんな奴らに絡まれて、巻き込まれて」

「……“あんな奴ら”って?」

「演劇部に決まってんじゃん、演劇部。てっきり霧島も部員かと思ってたんだけど、なんかそうじゃないっぽいね」


 情也は今一度カチンと来てしまった。どうして貴様なんぞに、そのことについてとやかく言われねばならんのか。改めて他人に、それも特にこの村岡のような人間から言われると、腹立たしさもひとしおだった。

 するとすぐ隣で笑っていた小田も、ケタケタと笑いながら言った。

「なー。よくよく考えてみたら、あんまりあの部長とも仲良さそうじゃなかったし、霧島、もしかしたら無理やり入部させられたんじゃないかって、話してたんだよなー」

 同意を求めるかのようにこっちを見てきた二人に対し、情也は言葉を濁して曖昧に笑っておいた。改めて思うが、情けない。

 ……だがもし、自分自身の意思で入部したのだとすれば、一体どうだというのだろうか。情也の疑念は次の瞬間、村岡が言ったとある台詞で確信へと変わった。


「ま、やっぱり犯罪部だったってことだよな。キモイキモイ」

「……なんだそれ」

「ん、知らないの? 最近言われてるよ、“演劇部の正式名称は『犯罪部』だ”って」

「盗撮部って呼んでる奴もいるけどな。部員全員が共犯者だったんだろ? あ、霧島は別な」

「校長たちみたいに、謝罪会見とか開かねーかなー」

「あ、それイイね! 今度の――」


 それ以上の会話は、情也の頭には入ってこなかった。とにかく、頭にカッカと血が上ってきてしまっているのが分かった。それと同時に、自分がいま何をすべきかということが一瞬にして決まった。

 成程、ケーリンズバイダーの言っていたことがようやく理解出来た。

 自分自身の心に従え。後悔しない道を。

 情也は本を閉じ席を立つと、村岡たちを置いて教室の後方のドアに向かって歩き出した。

「あれ、霧島どーしたの?」

「……ちょっと野暮用が出来た」


 それだけ言うと情也は廊下に出て、自分がこれから目指すべき場所を確認した。学年主任の佐藤は、今は食堂だろうか。あるいは便所にいようがどうしようが、職員室で待ってさえいれば、多分昼休み終了時までには戻ってくるだろう。いっそのこと校内放送で呼び出してもらおうか。

 と、その前に。

 情也は一旦教室の入り口前まで引き返すと、そこからさっきの場所に居座ったまま愚かな会話を続けている村岡と小田の二人に照準を合わせて、久々に脳内ARを起動させた。

 その肉体に究極の闇の力が宿る。情也はゆっくりと手の平を彼らに向かってかざすと、こちらの様子に気付かれぬうちに超自然発火現象を引き起こし、その薄汚れた肉体と魂を分子レベルで跡形もなく焼却しておいた。


    * * *


 そのすぐ次の日、情也は演劇部の部室を目指して廊下を歩いていた。目的は決まりきっている。部活動に参加するのだ。今しがた新しいクラス担任の元へと行って、今度こそはと、新たな入部届を提出してきたばかりである。情也の目論見通りに、演劇部は本日より部活動再開の許可が下りていた。

 と、三階の渡り廊下に差し掛かったところで情也は一旦その歩みを止めた。最後に部活動をやったあの日、数名の上級生たちが教科書やノートの類を窓から投げ捨てている場面に出くわした、あのときと同じ場所だった。

 今、情也の視線の彼方には複数名の人物がいた。一人は愛理だった。こちらに背を向けているが、その特徴的なポニーテールがゆらゆらと揺れているため一目でソレと分かる。何故か肩ひじを張り、腰の両脇で拳を握りしめているようだった。

 そして彼女を大勢で取り囲んでいたのが、先日この場で情也に絡んできたあの二年生たちだった。正確には、他人の教科書やノートを投げ捨てていた張本人たちだ。おお、やっぱりハゲ丸もいるぞ。


「――こへ行こう――タシの勝手でしょ!」

「――傑ラブさん、演劇部は――止中のハズですよねぇ?」

「――から再開の許可――たのよ!」

「――学校が納得しても我々生徒は――訳ですよ。納得いくご説明を――」


 愛理の進路を塞ぐようにして立ちはだかった彼らは、愛理一人を相手に代わる代わる何かを言ってはゲラゲラと笑っていた。あのバカども、本当に学習しないな。悪党の行動はワンパターンすぎて欠伸が出てきそうだった。

 それにしても愛理が腕ずくで通ろうとしないのが見ていて妙だったが、とりあえず情也は無言で彼らの元へと近づいていった。


「――だから、何度言わせれば分かるのよ。アタシたちは関係無いの、巻き込まれただけ!」

「嘘つけよ、だったら何でおたくらの部室に警察が来たんですかねぇ?」

「それは……あの裏切り者が部室にデータを……」

「ほら見ろ、無関係じゃねーじゃねーか。土下座しろ、土下座ぁ!」

「最低でも謝罪会見ぐらい開けや。それが社会のルールってもんだろ!」

「そーだ、何がカイケツラブだ! 自分たちの不祥事を先にカイケツしろ!」

「やっぱり犯罪部ってのは本当だったんだな! いや、盗撮部か?」

「盗撮部の一味はやっぱり無責任で身勝手なんだな! だから嫌われんだよ!」

「謝罪して解散しろ!」

「~っ!」


 愛理が口をつぐみ、悔しそうに拳を握りしめる。離れていても、その両肩が震えているのが分かった。見れば見るほど、気分が悪くなる光景だったが、もうそんなものに構っている余裕などない。これからやるべきことが、たくさん待っているのだから。

「あ、アタシは……っ」

 なんとか必死に言の葉を紡ぎ弁明しようとしている愛理と、その様子をニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながら取り囲んでいる上級生たち。情也はその集団の中にズカズカと踏み込んでいくと、すれ違いざまに愛理の腕を掴んで引っ張り、歩いてきたのと全く同じ速度でその場を離れだした。つまり、通りすがると同意に愛理をハゲ丸たちの前から何も言わずに連れ去ったのである。

 突然のことの上に、余りにも情也のソレが自然な動作だったため両者とも少しの間呆気にとられていたが、やがて標的が連れていかれたと知った上級生たちの方が、好き勝手なことを大声で喚き散らし始めた。


「ちょ、ちょっと待てやコラァ! まだ話は終わってねえぞ!」

「そうだ、土下座して謝罪しろ!」

「言い返せないからって逃げるのか!」

 勝手にわめけ、と思った。背後で騒ぎ立てる上級生たちには目もくれず、情也は前だけを見てそのまま歩き続けた。しっかりと離さぬよう、愛理の手を強く握りしめながら。

「や……待ってよ霧島、待ってったら!」

 階段を少し上り、演劇部室に通じる北校舎三階の踊り場に来たところで、ようやく愛理は声を上げ、情也の手を振りほどいた。今まで抵抗の素振りを見せなかったのは、何が何だかよく分からなかったお陰か。なんにせよ、クズ上級生から距離を置くまで暴れないでくれて本当に良かった。しかし愛理自身は、随分とご立腹の様子だった。


「余計なことしないでよ! アレじゃまるで、アタシが逃げたみたいに思われるでしょ⁉」

「だったらどうした。逃げなきゃ奴らが、褒めてくれるとでも思ったのか」

「それは……その……」

 愛理が再びしどろもどろになる。そんな追い詰められて弱気になった愛理の姿を見るのは初めての情也だったが、そこはそれ。大きく深呼吸するように息を吸い込むと、あえて正面からその顔を見据えて言ってやった。

「いい加減にしろよ、このバカ! 世の中、正面突破できるモンばかりじゃないって、一体何度言わせりゃ気が済むんだ? 直進以外出来ねぇとか、お前はイノシシか!」

「な、何よ!」


「ああいう連中はそもそもお前の反論なんざ、これっぽっちも聞いちゃいないんだよ。お前を攻撃出来りゃそれでいいんだから、どれだけ真剣に言い返そうが、ヘラヘラ笑って揚げ足を取られるのがオチだ。日が暮れるまで付き合ったって、時間を無駄にするだけなんだよ。逃げるしか方法はないんだ!」

「だ、だって……」

 愛理は俯くようにして唇を噛んだ。悔しくて悔しくて仕方がないのだろう。その気持ちは痛いほどよく分かった。

「逃げたら負けだもん……立ち向かわなきゃダメなのよ!」

「いいや、戦略的撤退ってこともある。あのバカどもに理屈は通じない。だから、とっとと結果で示すんだ」

「え……?」

「演劇部は今日から活動再開の許可が下りてるハズだぞ。この俺が、読書時間を削ってまで無実を証明しに行ったんだからな。絶対に勝ってもらわなきゃ困るんだよ」

 愛理が大人しく顔を上げた。その眼の端に小さく光る何かがあることに、情也も否応なしに気付かされた。まったく、このアホは。どうして普段は男顔負けの強さを発揮するのに、こういうときだけは弱いのだ。対応に困るじゃないかよ。

 情也はプイッと顔を背けると、愛理の顔を可能な限り見ないようにして言った。


「……いくぞ。今日は話すことが沢山あるんだからな。あんなのに構ってる暇はないんだよ」

「……うん」

 直接見なくとも、愛理が頷くのが分かった気がした。すると彼女は急に情也の制服の袖をつまんできて、とても小さな声で言った。

「ありがとう……霧島……」

「……いくぞ、日野」

 同様に小さく返事をすると、情也はバツの悪さを感じたため顔を背けながらも愛理を伴い、二人揃って演劇部の部室に向かって歩き出した。部室に着くまでの間中、愛理はずっと情也の袖をつまみ続けていた。

 そして思えばこれが、互いを名字で呼び合った最後のときだった。


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