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えんげきっく!【レドラスタジオ・アーカイブス】  作者: 彩条あきら


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第04話 トモダチいっぱい・前編

《開幕》

『一体何がどうなっているの⁉』

『やー、なんか途轍もなく嫌な予感がするぜ……』

 そこは市民公園にある、とある松の木の足元。その周囲を取り囲むかのように、ジョウヤを本日この場に呼び出した同級生らが次々と集まってきていた。相棒のユウコも、すぐ隣でうろたえている。

 すると二人に一番近いところまでやってきたムラオカが、突然不敵な笑みを浮かべたかと思うと突然ジョウヤに向かって叫んだ。

『ジョーヤマン、ここでお前と友情を育むのだ! いくぞ、“ブラックオン”!』

 ブラックオンとはムラオカがKZパワーによって、闇魔人ムーラに変わる現象である!

 その肉体の輪郭が揺らぐと同時に変質し、たちまち不気味な怪人の姿となった。


『愚かな……この私こそ、ジョーヤマンの友人となるに相応しい。“ブラッディオン”!』

 ブラッディオンとはオダがKSパワーによって、闇魔人オダーダに変わる現象である!

 またもその細身の身体が変貌し、異形の魔人の姿となった。

 すると今度は彼らとは逆の方向からやってきた二人の人物が、揃って共に宣言した。


『ぬふふ、俺様こそがジョーヤマンの真の友達。“ダークオン”!』

 ダークオンとはカネコがGMパワーによって、闇魔人ガネゴンに変わる現象である!

『笑わせるねぇ。あたしこそがホンマモンの友達ってやつだよ。“スイッチオン”!』

 スイッチオンとはキジマがCMパワーによって、闇魔人ガニーザに変わる現象である!

 ジョウヤはこうして、あっという間に四体もの怪人に包囲されてしまった。


『うっひょー、トモダチの大バーゲンだ!』

『感心してる場合? どうするつもりよこの状況!』

『どうするったって……』

『お待たせ~!』

 ただでさえカオスな場に、さらに状況をかき乱す存在が遠くから駆けつけてきた。アイリだった。彼女は自転車をこぎながら上手く怪人たちの合間を縫ってジョウヤとユウコの前に滑り込むと、急いでそのカゴから風呂敷包みを取り出し、ジョウヤに差し出した。


『これで元気百倍よ!』

『おお、待っていたぜ。これでようやくアイツらに勝つ手段が……』

 そう言って風呂敷を開封したジョウヤは、その中から出てきたものを見て、一瞬で笑顔が凍り付いた。それはアイリお手製の弁当││などではなく、何故か劇の新しい台本だった。

 《戦士サイバーと魔王の城・改》とある。

『なんじゃこりゃあっ。お弁当はどうした、お弁当は⁉』

『だってぇ……』

 アイリは俯いたかと思うと、突然その場で涙ぐみ始めた。ジョウヤは堪らなく困惑した。


『アタシ、アンタと仲直りしたいって。アンタが笑ってくれればいいかもって』

『お、俺のために……?』

 これは彼女なりの思いやりだというのだろうか。怪人に囲まれた状況下で改善した台本を差し出してくる神経はよく分からなかったが、その想いだけは充分に伝わった。

『ありがとな』

 ジョウヤがそう言って台本を受け取ろうと手を伸ばした瞬間、突如として闇魔人ムーラの手が振り下ろされ、アイリの手から力づくで台本を叩き落とした。パサリ、と乾いた音を立てて台本が土の上に落下する。

『いつまで茶番を演じているんだ! こんなもの!』


 言うが早いか、ムーラは憎々しげに地面の台本を踏みつけると、グリグリと足の裏で更にしつこく踏みにじった。台本が泥だらけになって引き裂け、アイリがショックを受けた表情で固まった。

 その瞬間、ジョウヤの頭にカッと血が上るのが分かった。ジョウヤは即座にその光景から目を背けると、怪人たちに背を向け、少しだけ歩んで松の木から距離を取った。

『どうした、トモダチにならないのか?』

『俺の怒った顔を見られたくないんだっ!』

 ムーラに向かって背中越しにそう叫ぶと、ジョウヤは元の場所で立ち尽くしているユウコに出来るだけ穏やかな声色で話しかけた。

『ユウコ……ここは俺に任せてくれ』

『……わかった』

 すぐに納得したユウコが、傷ついた表情をしていたアイリを伴って、急ぎ松の木の下から離れていった。それを目の端で確認したジョウヤは、サッと怪人たちに向き直ると、可能な限り殺意を籠めた眼で彼らを睨み付けてやった。

『やってくれたなお前ら……乙女のまごころを踏みにじりやがって! 絶対に許さねえ!』

《閉幕》


     * * *


 須田が警察に連行されていったその日の朝、彩ヶ森高校では緊急の全校集会が開かれた。ここ最近校内で隠しカメラが見つかっていたこと、女子更衣室の近くで不審な行動をとっていた須田を用務員の男性が発見したこと、などが動揺気味な教頭の口から語られた。

 全校集会終了後、一年B組の教室に戻った情也は自分の席に座ったまま、少し離れた位置に座る愛理の背中を見つめて、なんとも複雑な心境に陥っていた。

 ついこの前までは腹が立って仕方なく、名前や顔を思い出すことさえ嫌だったハズなのに、今では殆どずっと彼女や演劇部のことを気にかけ続けている自分がいた。別に、かの暴言や理不尽な態度を許したという訳ではない。そこまで情也の懐は大きくないつもりだ。ただ、このタイミングでこんな事態に巻き込まれるというのは、それこそ理不尽だし、気の毒だと思っただけである。いい気味だとか、自業自得だとか、そういう言葉は不思議と一切浮かんではこなかった。


「愛理、大丈夫?」

「……ごめんね、優子」

 見ていると、優子が愛理を励ましに来ていた。しかし、それに応ずる愛理の声も、一瞬でソレと分かるぐらいに覇気が感じられなかった。言うまでもないが、相当落ち込んでいるのが分かる。いつもは元気に揺れる、後頭部から生えたポニーテールも、どことなくしおれているような印象があった。

 先程までこのクラスでは、逮捕されていった須田に代わって、学年主任の佐藤教諭が朝のホームルームをしにやって来ていた。がしかし、彼の台詞もまた「皆さん、この度は本当に残念な結果となりました。しかし言われなくても分かっていることと思いますが、皆さんの本分は勉強をすることです。悲しい想いは胸に秘め、またいつにも増して、全身全霊で勉学に打ち込もうではありませんか!」みたいな内容で、正直言ってこれっぽっちも励ましにはなっていなかった。


 まあ、彼ら教師たちにしても同僚がいきなり逮捕されて困惑している部分はあったのかもしれないが、それにしてももう少し気を遣ってほしかったと思う。

 完全に落ち込み気味になって見える愛理の背中を不安げに情也が見つめていると、こちらを振り返った優子とパッと目があい、互いに小さく、コクリと頷きあった。言わんとしていることは理解できた。要するに、情也にも励ましてほしいというのだろう。分かっている。こんな状況なのだ。いつまでも昨日のいさかいを引きずって愛理ひとりを放置していたら、次第に情也の方が罪悪感にかられてきそうだった。

そうして席から立ち上がろうとしたとき、まったく同じタイミングで一時間目の担当教員が教室に入ってきた。国語総合の姉川女史であった。


「着席ー。授業やるよー、残念ながら」

「せんせー、僕たち担任のせんせーが捕まっちゃったので、ショックで授業できませーん」

「先生も授業は面倒なのでやりたくありませんが、そうしないと給料が貰えないので仕方がないのです。まあ、いつも通り、聴きたくないという人はご自由にどうぞ」

 毎度の如く、やる気の見当たらない教師だった。そんなんで大丈夫なのか、と思わず尋ねたくなる姿だったが、学生の本分はどうたらこうたらとか大層なことを言い出さないあたり、佐藤などよりもずっとマシに思えてくるから不思議だった。

 結局、立ち上がるタイミングを失した情也は、大人しく席に座り直し、次の機会をじっと待つことにしたのだった。

 そうして、一時間目の休み時間。今度こそ愛理に声をかけようと思って立ち上がった情也は、教室の後ろの方のドアからこちらに向かってチョイチョイと手招きをしている仁の姿を見つけて、ひとまずそちらへと歩いていった。


「おぅ、仁」

「おっす。ジョーヤ、お前のクラス大丈夫カ?」

「驚くほどいつもと変わらない、しょーもない状態だよ。一時間目は姉川さんだったし」

「そーかい、ならいーんだけどさ。今朝捕まってたアレ、一応はオマエんとこの顧問ダロ? 何か面倒なことになってんじゃねーかって気がしてたんだが、そうでもないのカ?」

「……ウチの部長がえらく落ち込んでるんで、これから励ます予定だよ」

「なるほどネ。ジョーヤはお人好しだねェ、相変わらず」

 言われんでも分かっているさ、そんなことは。お人好しというよりかは、むしろ『甘い』と呼ぶべき部類に入るのだとは思うが。

 そのとき、唐突に廊下の向こう側からヒソヒソという話し声が聞こえてきて、情也は怪訝な顔で声のしたほうに目をやった。するとそちらで他クラスの生徒が数名、一箇所に集まって情也たちのほうを見ながら何事かを囁き合っていた。内容に関して大体の想像はつくが、それにしても、こうも目に見える範囲であからさまにやられると気分が悪い。

 むしろ気になったのは、情也と同じ一年B組の生徒と思しき連中まで、数名が彼らの中に混じってヒソヒソ話に参加していることであった。お前ら、一応当事者じゃないのか。何をやっとるんだ、そんなところで。


 首を傾げる情也だったが、ひとまず仁に別れを告げると自分は教室の中へと戻っていった。そしてそこで、またさっきと同じ光景を目の当たりにした。クラスのあちこちで、集まった連中が情也のことを遠巻きにして、なにやらヒソヒソと囁き合っていたのだ。それを見て、情也は露骨に顔をしかめて彼らを見返した。自分が一体何をしたというのか。

 よく見ると、遠巻きにされているのは情也だけではなくて、愛理と、その傍に立っている優子も対象になっていた。要するに、演劇部のメンバー全員だ。

 首をかしげながらも、情也は自分の席に座ったまま肩を落としている愛理の背後に近づいていった。優子と再び目が合って、静かに首肯される。

 情也は愛理の肩に手を置き、声を発しようとした。

「あ――」

 この段になって、急に言葉に詰まってしまった。

 よく考えたら、一体何と言って愛理を励ましたら良いのだろうか。今更ながらかけるべき相応しい言葉が見つからなかった。熱血漢のようにアツく叱咤激励すればいいのか、それとも冷静に理路整然と背中を押してやればいいのか。

 いや、あるいは黙って肩を叩いてやるだけでも充分励ましにはなったかもしれないが、そもそもよく見たら、情也の手はまだ愛理の肩に触れもしていなかった。手が置かれる寸前になって、どうやら無意識のうちに制動がかかってしまっていたらしい。やはりまだ、昨日の出来事が引っ掛かっていたのだろうか。もしくは、彼女が一応は異性であるために、無遠慮に身体の一部に触れることを拒んでしまったのか。いずれにせよ、こんな状況になってまで情けないことだと思った。

 情也が自分への嫌悪感に苛まれ、その場でずっと立ち呆けていると、


「………………なによ」

「あ、いや……」

 知らぬうちにこっちを向いていた愛理と視線がかち合って、思いっきり睨まれた。しかも悲しいことに、そうなってみて情也は初めて、自分が声をかけるのを躊躇った理由に合点がいった。

 要するに、何と返されるか分からないのが怖かったのだ。励ましてみても、逆に腹を立てられるだけかもしれない。肩に手を置いても、即座に撥ね退けられるかもしれない。配慮や思い遣りの結果が、不毛なものに終わることを恐れたのだ。ここ数日の、劇を巡るやり取りのように。

「愛理、霧島くんは……」

「こんな奴と話すことなんか何もないわ。いいから、どっか言ってよ。部外者のクセに」

「……は?」


 言っている意味が分からなかった。昨日確かに出ていけ、とは言われたが、まさか本当に部長に逆らっただけで籍を追われるなんてことはあるまい。まあ、中学時代のトラウマゆえにイエスマンを集めたがる理由も分からないではないのだが。

 しかし、事実はもっと救いようのないものだった。

「昨日アンタが帰った後に、あの裏切り者が部室に来て言ってたわ。アンタの入部届、記入内容に不備があって受理されてなかったんだって。だから、アンタはあの時点じゃ部員でも何でもなかったの。赤の他人」

 なんじゃそれは。だったら、この数週間は一体何だったというのか。

「道理で変なことばっか言うと思ってたわ。もういいから、あっち行って。部員でも何でもないクセに、心配してるフリなんかしないでよ」

 情也は自分のこめかみに、ピキリと青筋が立つのを感じた。せっかく心配に思ってここにきてやったというのに、こんな言い草をされては励ます気も起きなかった。情也は踵を返すと、自分の席につくなり敢えて聞こえるように呟いてやった。

「八つ当たりすんなよ、ボケ」


 愛理がキッとこちらを睨み付けるのが分かったが、だからなんだ、という気分であった。少しぐらい以前から、情也も何となくではあるが、愛理相手にだけは感情の抑えが利かなくなることに気付き始めていた。その原因が何なのか、まったく見当はつかなかったのだが、いずれにせよこんな状態では言える台詞の種類は限られていた。

 二人の席の間でオロオロとしている優子には申し訳なかったが、愛理にこれ以上言うべきことなど何もなかった。少なくともそのぐらい腹は立っていた。

 それにしてもまあ、入部届が受理されていなかったとは。そういうことは、もっと早くに伝えてほしかったものである。あるいは先延ばしにすることで、須田にとっての都合のいい何かがあったのかもしれないが。

 霧島、部活やめてたってよ。

 ……シャレにもならなかった。


    * * *


 昼休みになり、情也は仁と共にいつも通り食堂にやってきていた。本日のパンはアンパンとピザパンの二つ。『ベルセルク』の中に入っているパン屋で、六個入り二百八十円で買ってきたセット品の中身だった。菓子パンと惣菜パンが同時封入されているのは、同じ値段なら比較的菓子パンに走りやすい情也にとってはありがたい選択肢だった。

 だが今は、そんなことに逐一感動していられる状況ではない。とにかく、周りの生徒からの視線が鬱陶しかったのだ。食堂に入ったその時点で気付いてはいたが、どいつもこいつも遠くから、ひとかたまりになってこちらを眺めつつ、終始ヒソヒソと噂話をしあっている。その中の一部は明らかに声のトーンが“ひっそり話している”というレベルではなく、流石の情也も「聞こえてんぞコラァ!」と怒鳴り込んでやろうかと思った。ひと昔前に味わった不愉快な体験を思い出して、情也はひたすら陰鬱な気分になった。


 だがそれ以上に浅ましいのが、情也と同じ一年B組の生徒たちであった。教室にいた時もそうだったが、奴らとて当事者であるハズなのに、何故か他のクラスの連中と一緒になってこちらを遠巻きにしてくるのだ。最初は意味が分からなかったが、何度か目撃するうちにようやく情也は、そこに込められた意図を察知してきていた。

 要するに、薄っぺらな現実逃避なのだ。逮捕された須田純一は演劇部の顧問であると同時に、『一年B組の担任教師』でもある。そこで須田のプロフィールを『演劇部の顧問』という一点に絞り込むことでそれ以外の点から目を逸らさせ、自分たちはさも部外者であるかのように振舞っていたのだ。浅はかとしか言いようがなかった。

 それ以上その場にいても飯がマズくなると思ったので、情也はさっさとパンを食べきると仁に断って席を立ち、先に食堂を後にした。ところが出口を通ってすぐのところで、情也にとっては何ともなじみ深い顔がふたつ並んでいた。他ならぬ、亜麻乃倫と大和芽衣である。


「あ、あの、情也さん、あの、」

「…………」

「おぉ……亜麻乃、大和」

 二人の顔を見た途端、情也はかなりホッとして、それまで胸につっかえていたものが立ちどころに消えていくような感覚を覚えた。この数時間というもの、ロクでもない事象が連発したせいで知らず知らずのうちに神経が張りつめてしまっていたのだろう。極度の緊張状態にあってこの二人、特に倫の存在は、情也にとってはこれ以上ないほどの癒しとなった。

「お前ら大丈夫だったか? クラスの連中に何か変なことされてないか?」

「だ、大丈夫、です。ただ、ちょこっと遠くから、じろじろ見られる、だけで、」

 ちっとも大丈夫じゃなかった。むしろ倫にとっては相当な苦痛のハズである。それ以上の悪意に晒されないかどうか、心配で仕方なかった。


「情也さん、こそ、大丈夫、ですか?」

「え?」

 そう言うと倫は少しだけ近づいて来て、情也にのみ聞こえるような声で言った。

「……その、昨日、泣いてた、って、聞きました、から、」

 情也はカアッと顔が熱くなるのを感じた。優子よ、秘密にはしてくれなかったのか。

「わ、わたしにだけ、コッソリ、教えて、くれました」

「……驚かすなよ」

「ご、ごめんな、さい。あの、なにか、あったら、相談に、のります。わたし、が、ついてますから、その、」

 嬉しくて、それこそ涙が出そうな言葉だった。今度からたまに、適当な理由にかこつけては倫に甘えたりしてみようか。いやまあ、冗談だけれども。


「………………」

 芽衣がいつも通りの無表情にもかかわらず、ジト目をしたように見えたのは、情也の気のせいだと信じたい。

「それであの、演劇部のこと、なんですけど」

「やっぱりそう来たか……」

「しばらくは、活動も、できないと、思いますし。愛理さん、すごく、傷ついてると、思うん、です。だからどうすればいいか、情也さんにも、聞いておきたくて、あの、」

「……部のことはアイツに直接聞いてくれ。俺には、もう関係ない」

「え……」

「昨日、須田のバカが部室に来て言ってたんだろ。俺が部員になってなかったって。部外者が心配なフリするなって、日野にもハッキリそう言われたよ」

「あ……あの、でも、愛理さんも、本当は、」

「悪いけど亜麻乃、お前の頼みでも、今度ばっかりは承知できない」

 それだけ言うと、まだ何か言いたげな倫と芽衣を残し、情也はその場から立ち去った。

「あんなヤツ、もう知らん!」


    * * *


 放課後も目前になっていたが、愛理とはアレから一言も口を聞いていなかった。クラスメイトの興味も多少はよそへ行ってくれるかと思ったが、全くそんなことはなく、相変わらず彼らのヒソヒソ話は聞こえつづけていた。部外者面しやがってと胸中で毒づきながら、この愉快な級友たちとは今後は間違っても友情を育まぬよう気を付けようと、入学二か月目にして情也は心に誓うのだった。

 それはさておき、帰宅しようと立ち上がったばかりの情也の耳に、教室前方から今しがたホームルームを終えたばかりの学年主任・佐藤の声が響いてきた。


「日野愛理さんと、瀬野宮優子さん。この二名は残って、この後私のところに来てください」

 クラス中の視線が一斉に、愛理と優子の二人に降り注ぐ。クラスメイトが大勢いる前で、堂々と大声でお呼び出し。これであの二人は、もう内容の如何によらずほぼ完全に罪人扱いである。何とも実にデリカシーあふれる対応で素晴らしかった。

 それはそうと、情也の名前だけが呼ばれないというのは、公式に存在を否定されたようで微妙な気分だった。優子だけは一瞬情也のほうを振り返って不安げな顔を覗かせてきたが、愛理はこちらを見向きもしなかった。ふん、望むところだ。

 愛理と優子が佐藤教諭に連れられ何処かへ行ってしまうと、情也も手早く荷物をまとめて教室を退散した。すると廊下の角に差し掛かったところで、近くの進路指導室あたりから、先に教室を出ていった三名の会話の様子が聞こえてきた。

 情也は、自分でも認めたくはないがそのやり取りが気になって、思わず立ち止まって耳をそばだててしまっていた。


「――きほど警察から連絡が来まして、須田先生が演劇部の部室内に映像や画像のデータが入ったものの一部を、つい最近まで隠していたそうです」

「そうですか」

「そうですか、じゃないよ。聞いてるのか?」

「はい……」

「とにかくソレで、このあと部室内を一度詳しく調べるそうだから、日野さんは現場に立ち会ってください。瀬野宮さんと、あとの残りの二人は先に事情聴取を受けてください」

「分かりました」

「はい……あの、先生」

「なんですか?」

「演劇部は、どうなりますか……?」

「今は、そんな時ではありません。分かりますね」


 有無を言わさぬ佐藤の言葉に、愛理がいよいよ聞き取れない程の小さな声で返事をして、話は終わったようだった。情也は気付かれないようそっとその場を離れると、静かに一人で昇降口までの階段を下りていった。

 何故だろう。

 理由はよくは分からなかった。

 だがしかし、確実に。

 情也は、佐藤教諭が愛理に対してとったあの言動に、腹立たしいものを感じていた。

 自業自得に決まっているのに。

 あんな八つ当たり同然のことを言われて、ふざけるなと思っていたハズなのに。

 確かに情也は、先程のやり取りを聞きながら愛理の側に肩入れしていた。

 黙って歩く情也の視界に、同じく無言を貫きながらついてくるケーリンズバイダーの姿がいつまでも見え隠れしていたが、情也はあえて何もツッコまなかった。


    * * *


 帰宅し夜になり、パソコンを開いてからも、情也の胸の中のモヤモヤは一向に収まる気配を見せなかった。国内で比較的メジャーな部類に入るニュースサイトにも、須田が起こした事件のことは既に載っていたが、その見出しは『演劇部顧問が盗撮で逮捕』という、非常に納得がいかないものだった。

 気分転換にでもなればいいと思い、情也はその辺に放ってあったテレビのリモコンを拾うと電源を入れた。時刻は夜九時ごろ。すぐさま、深夜ドラマ放送開始直前の短いニュース番組が映し出される。


「――逮捕されたのは、この学校で演劇部の顧問を務めている《須田純一》容疑者三十八歳です。調べに対し須田容疑者は容疑を認め、『五年ぐらい前からやっていた。女子高生の裸を見るのが好きだった』などと供述しています。警察ではメモリーカード等に保存された画像の解析を待って、余罪を追及していく方針です。では、次のニュースです。本日午後、国際NPO法人『光の財団』の代表が地方の幼稚園を――」


 気分の悪さが加速したので、情也はとっととテレビの電源を切ってリモコンを遠くに押しやり、椅子に寄り掛かって鼻から息を吐いた。

 一体何だというのだ。どいつもこいつも。どうして演劇部の存在をそこまでして強調する必要があるのだ。他にもっと特徴だってあるだろうに。どうして、演劇部なのだ。みんな、演劇部に恨みでもあるというのか?

 しかもどうして、そのことでこんなにもイラ立ちが募るのか。

 そこまで思ってから、情也は知らず知らずのうちに演劇部のことばかりを考えてしまっている自分に腹が立ち、咄嗟に首を振って頭の中の考えを振り払った。

 演劇部がどうしたというのだ。

 こうなったのも、自分のことしか考えていない愛理の自業自得というものだろう。

 なるようになればよかった。情也には関係のないことである。

 そう思うことにした。

 だがそれでも。

 情也の背後で黙々とストレッチをするケーリンズバイダーは、消えてはくれなかった。


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