お弁当(後半)
手を強く握りしめ、彼は彼女を引っ張っていくような感じでどこかへ向かっていく。
「わっ! エージ!? どこ行くの!?」
「俺に着いてこい! アカリー!」
もうクリスマスが2週間後にあることもあってか、街並みはまるで夜空に煌めく星たちが降りてきたかのように綺麗だった。その街中を、二人の男女が駆ける。
カラフルな点々が線となって過ぎていく。走ったことで到着した場所は、イルミネーションで綺麗に飾りつけをされた、一際大きなクリスマスツリーのある広場だ。
「…………。」
アカリはその光景に目を輝かせている。テレビのニュース等でよく見る景色だ。彼女はそれを綺麗だと思ったことも感動したことも無かった。しかし、今この時に見たそれは別だ。同じもののハズなのに、何故か何倍も綺麗に見えるのだ。
息を切らし、吐いたそれが白い蒸気として現れる。しんしんと降りてくる雪の粒がクリスマスツリーの輝きの幻想さを増させた。
「アカリ…改めて言うぞ…。」
そう言ったエージの瞳がキラキラと、その光を反射してうつした。寒さで赤く染まった頬もあって、少し大人のような雰囲気を感じた。
「…………うん…。」
「…俺と付き合ってくれ。」
少し照れたように、一瞬だけ目を逸らしたが、すぐに視線を彼女の目に戻した。
答えはとうに決まっている。
時は翌年のクリスマス…まで残り1週間頃。
日に日に仲を深くしていく彼らは今、幸せの絶頂にいる。相変わらずアカリは弁当をエージに作ってやっている。去年と違うところを上げるとすれば、普通に手渡して一緒に食べていることだ。
二人は毎日が楽しく、それで幸せそうにしていた。
そんなある日…。
「アカリ、今日は塾?」
シャワー上がりのエージが、タオルで頭を拭いながら彼女にきいた。
彼女は5月頃から塾に通っている。大学進学を目指しているのだ。
「うん…。」
曇った表情で言った。いつもの彼女とは…いや、どうも最近はこのような雰囲気だ。
「ん? どうした?」
「……ううん…。」
「…なんかあったのか…?」
彼女の肩にそっと手を置き、エージがきいた。アカリは少し戸惑ったあと、辺りをキョロキョロと見渡したあとにコソッと言った。
「…最近誰かに追けられてる気がしてさ…。」
エージは彼女の話を聞いてゾッとした。身内に、それも自分が付き合っている女性にストーカーがいるのかもしれないのだ。
塾に通い始めてから、帰りが遅くなることが多くなった。某所の住宅街の辺りには街灯が少ないために暗く、女子供が一人で歩くことはおすすめできない。
「……俺の家に泊まるか…?」
「…いいの…?」
「なんかあったらやべぇだろ…。 相手がどんなやつかも知らねぇのに……。」
「……うん…。」
彼女の頭をポンポンと撫で、安心させる。
「塾終わったら連絡くれよ。 迎えに行くからさ。」
彼はそう言いながら首を鳴らし、帰宅の準備をするためにロッカールームへ向かう。
「…エージ…。」
「ん?」
名前を呼ばれて足を止めて彼女の顔を見る。
「……ありがと…//」
「……フフッ…良いってことよぉー!」
にかっと笑い、再び足を進めた。
部屋でくつろいでいると、携帯のバイブが鳴ったことに気付いたエージは、さっさと外出の準備をして家を出た。
メールだ。
<今塾が終わったよ!>
アカリからだ。
<今行く! 待ってろ!>
場所は事前に聞いていたので、そこまで走っていく。
到着すると、アカリが嬉しそうに微笑んで駆け寄った。
「待ってたよ!」
制服姿の彼女が新鮮で、多少違和感を感じる。それが顔に出たようで、アカリがニコニコしながらくるっと360度に回った。
「ボクの制服姿、どう?」
「……なんか変な感じだな。」
「むっ、どういう意味かな?」
彼女の笑顔に、なにやら殺気に似たようなものを感じ、身体が一瞬だけブルッと震えた。
「変な感じ…? ちゃーんと説明してもらえますー?」
ニコニコと迫る彼女は、一本一本の指をポキッ ポキッ と鳴らし、圧力をかける。
「……わ、わりぃ…そんなつもりじゃ…。」
「はぁ……。 ほら、行こう?」
アカリがつき出した手を握り、エージはさっさと家に向かった。
「…もうクリスマスだろ? しかも今日で1年…。色々準備をしてんだぜ? 俺なりに頑張ったんだぞー!」
エージらしくにかっと笑い、アカリに言った。彼女は目を輝かせ、急いで帰ろうと言った。
翌朝、この日もエージはいつものようにジムに通う。何故か今日は妙に胸騒ぎがする。嫌な予感…。それも、なにか、恐ろしい影がアカリを襲うのではないかという心配と不安が彼の中で交差している。そのせいで練習中の彼に覇気がなく、ぼんやりしている時間がいつもの倍はあるように感じた。
午後の3時頃になると、アカリをはじめとするマネージャーたちがやって来た。アカリは急いでエージの元へ向かい、調子はどうかをきく。付き合い始めてからだんだんマネージャーらしいことが出来るようになったのだ。エージは、大丈夫だと嘘をつき、練習を再開させた。妙な胸騒ぎを感じながら、グローブ越しの拳でサンドバッグをぶん殴った。
季節はもうじき春になるころだ。この辺りは特に変質者の目撃が多発する。エージは、アカリに厳重に注意するように言った。この時もまだストーカーは続いていた。警察に通報してみたが、それらしい人影は最後まで見つけることはなかった。
「今日はどうするんだ?」
トレーニングが終わり、スポーツドリンクを飲んだあと、汗の処理をしながらアカリと話す。
「…今日は一人で家に帰ってみるよ…!」
「…大丈夫なのか…?」
首周りを汗を拭う手の動きが止まった。
「うん! エージにも悪いし…!」
「……悪いしって…俺一人だからむしろ助かるんだけど…。」
「まぁまぁ! 今日“は”自分の家に帰ってみるって言ったでしょ?」
「……マジで気を付けろよ…?」
「分かってるよ!」
エージはシャワールームへ向かい、ちゃちゃっと汗を洗い流す。さっさと着替えて部屋から出てきたところ、普段より短いため、アカリが驚いた表情をした。
「あまり遅くなったら悪ぃだろ…。行くぞ。」
「うん…ごめんね…?」
「? 何で謝ったんだ…?」
「あ、いや…。」
アカリと分かれ、各々の家に向かって進み始めた。
___ あの時の過ちを俺は後悔してる…。 俺は…どうして…あの時…。
翌朝、休日で午前から出られるハズのアカリの姿が無い。先生に確認すると、どうやら遅れの連絡も、休みの連絡もないらしい。風邪ではないか、とアカリは友人の一人に言われたが、彼女は付き合ってから1年間、1度しか体調を崩したことがない。それも病院に行くわけでもなかった。しかも、風邪を引いているのにジムに来てくれたのだ。風邪ではないのは確かだろう。そうだ、昨日の胸騒ぎは___ 。
彼はいてもたってもいられなくなり、ジムを飛び出した。
向かっているのはアカリの家だ。何度か行ったことがあるため、場所は分かっている。走って向かう中、どうか無事であれと切実に願った。
家の前につくと、インターホンを鳴らした。息切れし、吸う度に冷気のせいで喉がこそばゆい。何度も何度も押しているのに返事がない。強めにノックをしてみる。いや、もしかしたら鍵が開いているのかもしれない。ドアノブを捻っても何も起きない。鍵はかかっている。
「…アカリ! おい! 大丈夫か!?」
ドンドンっとドアを叩くと、近所の人が現れて文句を言ってきた。
「なぁ、ここの女の子…知らないか…!?」
「…? 何かあったのか…?」
この人はいい人かもしれない。そう思ったエージは、これまでの経緯を簡略して伝えた。
「…そりゃ大変だ…! 警察を呼んでこよう…!」
「悪ぃ…!」
近所の人はそう言って携帯を取り出し、通報をした。
しばらくして警察が到着すると、間もなく事情聴取を受けた。別の住人の証言によると、どうやら昨夜、女性の悲鳴が聞こえたらしい。他の人からも同じ証言が出てきた。それから推測するに、誘拐されてしまったのではないかという。
エージは、彼女を護ってやれなかったことをひどく悔い、己を恨んだ。恐らくはストーカーだ。そいつが犯人であることは確定している。しかしそれが誰だか分からない。一体どうすれば…………。
なにもできない現実。彼は不器用で、まず何をしたらいいのかも分からない。アカリを助けたい気持ちが彼の内心に在るだけで、あとは現実を生きていくしかなかった。
__ 1カ月後、運命の歯車が動き出した。
「来るんじゃねぇ!!」
エージは迫りくるバケモノから走って逃げていた。このバケモノは、突然町に現れては暴れだしたのだ。その現場は、いつもアカリや先生たちと練習していたボクシングジムの近所だ。といっても、そこも被害を受け、先生はバケモノに殺されてしまった。
「来るんじゃねぇよ!!」
大声でそう言いながら走るが、バケモノは彼を追い続ける。そいつがどんな攻撃をしたのかは不明だが、エージの足元が爆発した。
彼は爆風に吹き飛ばされ、瓦礫に背中を打ちつけて倒れてしまう。
「くるな…くるな…」
彼は遠退く気を繋ぎ止めてそう言い続けたが、ついに気を失ってしまった。
その寸前にうっすらと見えたのは、誰かが赤と青の光を放ちながらバケモノと戦った光景だった。
「くるな」
そう呟こうにも、彼は既に気を失っていた。
その後、色々あった彼は、ショウという男と共に戦っていた。気付けば民衆からは“ヒーロー”とも呼ばれ始めた。4人の仲間も集まり、規模も大きくなった。初期メンバーだったショウとエージのそれぞれのコードネームは、“ジクティア”と“クレイ”だ。
……そして今……アカリを誘拐した男の目の前に、エージことクレイは立っていた。その男の片手には銃があり、その口の先には…ショウ……ジクティアの変わり果てた姿だった。
「ジクティアはたった今死んだ!! 俺が殺したー!! 俺の勝ちだぁ!! フッハハハハ!!」
狂気に満ちた笑い声が、曇った空に響き渡る。
__ どうやら俺は、また負けたらしい…。
もう、あれからアカリの手作り弁当は食べれていない。そしてこの先、きっと永遠に彼女の弁当はおろか、彼女自身とも会えないだろう。そう思うと悔しくて悔しくてたまらなかった。
また、もう一度でいい。
アカリに会いたかった。
さようなら。
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