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短編

オムライス屋

作者: 佐々木尽左

 少し赤みの強くなってきた日差しを受けながら、学校帰りの俺は商店街の大通りに足を向ける。この中で最もお気に入りな店は、案山子が目印のオムライス屋だ。ためらうことなく中に入ると「いらっしゃいませ!」という声が聞こえてくる。

「そろそろ来る頃だと思っていたわ。はい、どうぞ」

 給仕の聡美さんが熱いおしぼりを渡してくれる。

 ここのオムライスはもちろん美味しいのだが、二年間も毎週通い続けているのはこの人が居るからだ。

「いつものお願いします」

「は~い、ちょっと待っててね」

 そんなに通っているものだから「いつもの」という言葉が通じる。いつ頃からだったかは忘れたけど、自分のことを知ってもらえているようで密かに嬉しい。


 俺がお店に入ったのは夕方になる頃だ。まだお客の入りがほとんどないので、注文した品ができあがるまで聡美さんと話しながら待つことができる。

「大体いつもこの時間に来るよね」

「授業が終わってから来ると、ちょうどこの時間になるんですよ」

 火曜日と木曜日の今頃が最もお客が少ない。この時間帯を探り当てるのに半年くらいかかった。

「へぇ、授業が終わったらすぐ来てくれるんだ。いつもありがと」

「え? あ、はい。週に一回くらいですからね、来るの」

 たまにこうやってにっこりと笑いながらお礼を言われると、少し動揺してしまう。もっと自然に切り返せるようになったら話も弾むのに。


 目の前に差し出されたのは、大きめのオムライスにケチャップがかけられたシンプルなやつとスープだ。できたてなので熱く湯気が揺らめいている。

 まずはスープで口を湿らせてから、スプーンでオムライスの一部を切り取る。卵の内側は半熟に近いのでスプーンで掬いやすい。赤いライスと一緒に口の中へと入れると、慣れ親しんだオムライスの味が口の中に広がった。

 家ではまず味わえない美味しいそれを一口ずつ掬い取ってゆく。俺のお気に入りは端の方だ。卵が多めでライスが少なめのところが良いのだが、量が限られているのであまり食べられないのが残念で仕方ない。

 全部食べ終わると、一口だけ残していたスープを飲み干してお終いだ。この頃になると他のお客がぽつぽつと入店してくる。ぬるくなった水をちびちびと飲みながら、お客に応対している聡美さんを見ていた。


 あまり長居していてもお店の邪魔になる。俺は適当なところで席を立つとレジへと足を向けた。

 手が空いているときはすぐに来てくれるが、立て込んでいるときはしばらく待つことになる。もちろんそのときはずっと聡美さんを見ていた。

「お待たせしました。お会計は千八十円になります」

「これでお願いします」

 ここが重要なのだが、俺はお金を支払うとき、必ずおつりが出るようにする。更に言うと硬貨のおつりが出るようにだ。なぜなら、おつりを手渡してくれるときに、聡美さんの指に触れることができるから。

 当然触れるのはわずかでしかない。でも、そのわずかが俺にとっては重要なのだ。

 今日もおつりの二十円を受け取るときに、聡美さんの指とわずかに触れることができた。相変わらず柔らかくて暖かい。これで一週間前の思い出を上書きできた。

 俺は聡美さんの「ありがとうございました」という声を背に受けながら店を出た。

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