そこにいるのであれば-5
一面に広がる白銀の世界。
一歩踏み出す度にザクッ、ザクッと音が鳴る。
日本の冬はかなり寒い。しかし、その冬すらも風情があるとして楽しむものだ。この積もりつつある雪を楽しむことができるのも、日本ならではの美徳なのではと思う。
しかし、今だけは降らないで欲しかったというのが俺の気持ちだ。今日中に到着したかったのだが、雪のせいでバイクは進めることができない。無理に進もうとしてゾンビに遭遇したら、そう考えるとゾッとする。
かと言って野宿するのかと問われれば、これも難しい。そもそも、雪の中で野宿など自殺に等しい。絶対にやってはいけない。
ああでもないこうでもないと考えていると、本格的に雪が積もり始めた。
仕方ないと割り切り、その辺りにあったかつてのコンビニへと足を運ぶ。そこには、荒らされ続けた形跡が残っており、コンセントへ差し込むタイプの携帯電話の充電器など、あまり使えない物ばかりが残っていた。
食料などは期待していなかったが、ここまで何もないと絶望すらできないなと思いながらレジの中へ足を進め、事務所へと入って行く。
事務所へと入る扉を開けようとした瞬間、ゾンビの声が聞こえる。
余談だが、このゾンビの声というのはゾンビ自身が生前、最後に言った言葉もしくは本能レベルまで染み込まれた言葉が出るらしい。
しかし、その言葉を発する喉を損傷している場合が多く、損傷しているが故にはっきりと発音することができない。ゾンビによっては、何も発することができない個体も存在している。
構造をより詳しく解剖したいのだが、解剖するのに適した環境がなかなか生まれないというのが現状だ。このゾンビは、本能でこちらを攻撃しているのか、それとも操られてこちらを攻撃しているのか。そのレベルで分からない。
というのも、集団で襲ってくるゾンビもいれば、個体で襲ってくるゾンビも存在しているからだ。この集団も規模による。
今まで出会った最悪のケースだと、100体を超える集団であった。あの瞬間は生きた心地がしなかった。
そのゾンビの声が扉の向こうから聞こえるということは、この先に最低1体はゾンビがいるということだ。
刀を腰に差し、抜刀術をいつでも放つことができるように準備して、扉を引いた。
そこには、あり得ない光景があった。
––––––––
「ふむ、人間か。それも生きている人間。久しいな。おっと、このゾンビは私が抑えている。だから、そんな物騒な物は使うなよ?」
俺の前では、ゾンビが喋っていた。
今まで一度たりとも喋ったことのないゾンビが喋っていたのだ。
体温が下がり、背筋が凍りつき、その背中を汗が流れる。このゾンビは今俺に“話しかけてきた”。つまり、会話する知性が残っているゾンビなのだ。
「おや、返事がないな。まあ、無理もないか。私自身こうなった理由が分からないからな。しかし、“君”が驚いてはいけないのではないか?少なくとも私たちと同類だろう?」
何を言ってやがる。
このゾンビは何を言ってやがる…?
俺が、同類。
「テメェ、一体なんだ?俺は今までお前みたいなやつは見たことがないぞ。」
「喋れるではないか。心配して損だよ。そして、その質問はそっくりそのまま返そう。君は一体何だ?私も君みたいな異常個体は見たことがないぞ。」
会話になっていない。
そう思いながら俺は刀を“抜いた”。
このゾンビは腐女子なのかもしれません。
もしくは腐男子。