そいつの名は-4
ものすごく良いと思ったアイディアがあったのですが、メモせずに勉強してたら忘れました。
泣きたい。
霊感というものを知っているだろうか。おそらく、世界で一番耳にする超能力だろう。数多くの霊能力者がいながら、証明するに至るまで及ばないのは、恐らく人類始祖が楽園から追放されたことも関わっているだろうと思われる。
そして、宗教も数多く存在する。
キリスト教徒ではあるが、日本の八百万の神といった概念も充分に理解できる。
これは完全に自論なのだが、一神教も多神教も言いたいことはただ一つだと考えられる。なぜなら、多くの宗教が至る所に神がいると主張しているからである。
そうではない、違う。そう主張したい宗教もあるだろうが、パッと出る宗教にそのような宗教はない。なので、今回は例外としてあまり考えないとする。
この至る所に神がいるというのは、世界に神は一人しかいないが、あらゆる所に存在するということではないだろうか。
少なくとも俺はそう感じ、考えてきた。
そして、神は本当にいるのかを考え続けた結果、視えてしまったのだ。奇跡よりも奇跡に近い偉業。救世主と対等に立てる偉業を果たしてしまったのだ。
そう、神との対話だ。
正確に言えば、会話と呼べるものではなかっただろう。しかし、少年は神を視た。声を聴いた。そして、恋に落ちた。
数千年振りに声を聴いて、さらに反応をしてくれる人物が現れたのだ。神さまだって大はしゃぎくらいするだろう。恐らく、ここが俺の人生をどん底に落とす原因の一つ。
神が視えた後に現れたのは、神を裏切りし反逆者。堕天使であった。そう、彼と出会ってしまった。
「あの憎たらしい神を視ることができた人間は久しぶりだね。うむ、三百年か。いや、それ以上か。覚えてないからどうでもいいや。」
吐き気を催すような、隠そうともしない溢れ出る精神の醜悪さを感じた。神の笑顔が万人を幸せにできる笑顔ならば、万人に嫌悪感を生ませることのできる史上最悪の人物が目の前にいたのだ。
「君、僕の、地獄のものね。頑張って悪いことしてね。人殺しとかいっぱいしてくれるとほんとに嬉しいよ。神を視ることのできる霊感の持ち主を自分の下僕にできるなんて、なんて素敵なんだろうか。」
そこからの人生は、不幸の連続であった。
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背筋が凍りつくような視線を浴びながらも、堕天使を睨みつける。
「おっと、なんで君がそんな風に睨みつけるのかな。人殺しを目の前で見た俺がその表情をする方が正しいじゃないか。」
否定はしない。俺はどこまでいっても屑である。何人も人を殺めてきた。その殺しを否定すれば、それこそ人の命を虫以下の価値しかないと言っているようなものである。そこまで落ちぶれていない。
「ならお前は一体何人の聖人を騙してきた。何人を誑かした。何人を唆した。相手を騙し、直接手を出さずに敵を潰す。そういった手合いのお前は、俺より人間の価値を下に見ているんじゃないのか。」
「違うね、人間はそもそも神の作りし生き写し。その人間は神の下へと帰る可能性を持っている。そう、あの時の救世主みたいにさ。あれにはさすがの私も驚かせられたね。人間の可能性は無限大だということに。だからこそ!だからこそ策を練り、人々を陥れるんだ!ユダヤ人を救うために立ち上がったあいつをユダヤ人に殺させる。それくらいしなければ、人は諦めない。そう、人はすぐには諦めない。もし、すぐに諦めるような生物がいるというなら、それは人ではない。僕に立ち向かってくる君みたいなのが人間なんだよ。結局、あいつは最後まで諦めなかった。復活という形で、本当の意味で神と対等になったんだよ。」
こいつは、イエス=キリストをかなり評価している。というのも、彼が初めて敗北を知ったのが彼であったからだ。
「だから、彼に家庭を築かせなかった。我ながら良い考えだったと思うよ、うん。人間ていうのは家族を持つとより一層強くなる。想いで動く生き物だからこそ、強くなるんだよ。この俺がここまで評価しているんだ。少しは誇ったらどうだい、地獄行き確定の屑野郎さん。今更後悔して、心を入れ替えて神の道を歩もうったって、もう遅い。君は僕のものだ。神から奪い取った僕のものだよ。」
肯定以外は全て認めない、そんな意気込みを含めた宣言をしてくる。強い霊感があっても神を証明できない理由は、この最悪な宿敵に負けるからだ。それも、気付かない間に。
明確な意志を持っていなければ、こいつには歯向かえない。こいつが強いのは、明確な意志を持ってこいつを倒さんと立ち上がった勇者たちを、真っ向から向かい、神から奪い取ったその実績があるからだ。
そもそも、天使の長を任されていた程の逸材。人よりも神について熟知している。その心も、考えていることも、感じていることも。だからこそ、憎い。
俺は、こいつが、一番憎い。
「いいね、その感情は最高だよ。でもね、私を倒すというならまず、神の意志を持たなければ話にならないよ。その点君は、救世主と並ぶ可能性も持っていながらこちら側へきたんだ。僕と似ているんだよ。ああ、これが同族険悪ってやつか。まあ、俺は君のことを嫌ってはいないんだけどね。」
だが、好きでもないと言いたげでもあった。
「そうだな、本気で私を倒したいと考えているのであれば、少なくとも今の生活を辞めるべきだな。神へ全てを捧げ、周りの人々と一緒に神の下へ帰るつもりで。だが、私は手加減などはしない。私の前に立つのであれば、貴様を永遠に意識の蘇らない地獄の底の底へ連れて行こう。“君が私に立ち向かう”のであればな。」
今までの忌々しい気配ではなく、純粋なる敵意、圧倒的な威圧感。本能が知らせる“逆らってはいけない”と。それだけの実力がありながら、日頃はふざけた様子を見せる。能ある鷹は爪を隠すのだ。
聖人や勇者といった者たちを抑え、人類の歴史を支配してきた実力は伊達じゃない。
俺は、戦慄を覚えずにはいられなかった。