そいつの名は-3
そういえば、前話においてようやく主人公の名前が明かされましたね。
では、質問です。
いつから彼が主人公だと錯覚していた…?
ゾンビのうねる様な声が聴こえる中、俺は目の前の男にもう一度だけ問う。
「今、その青年はどうしてると思う?」
彼は絶望した顔でありながら、活路を見出そうと必死になっている。残念ながら、その道は存在しないが。そもそも、こんな昔話にも付き合ってくれない心の狭い人間に興味はない。
拳銃(S&W M500)をもう一度見せつけながら、次はないぞとの意思を伝える。
だが、この男にはそもそも、こいつ(S&W M500)で撃ち抜かれている時点で未来は無いようなものであるが。最強の拳銃として候補にまず挙がるこの銃で撃たれ、無事である筈がない。
彼の左肩からは、助からないと思わせる程の出血があった。少なくとも、俺には助けるつもりは全くない。
「その、その青年は…きっと、今頃…はぁ…はぁ…神に魅入られているんだろう…はぁ…はぁ…。」
は?
「いや、神なんて呼べるものじゃない、それはきっと悪魔だ。いや、魔王、邪神かもしれないな!へっへっへへ。」
この胸からふつふつと湧き上がる燃え滾るような気持ちはなんであろうか。
「おい、どうした、笑えよ。」
俺の恋したあの人間らしい神が悪魔で、魔王で、邪神であると。悪の旗頭とでも言うのか。
ふざけるな。
「ふざけるな。」
ふざけるなよ。
「ふざけるなよ。」
ふざけてるんじゃねぇ。
「ふざけるんじゃねぇよ!!!信仰の文字すらない貴様みたいなごみ屑同然の存在が、あの高貴でありながら近しい存在である彼女を悪魔だと。ブチ殺すぞ。」
彼女は断じて邪神などではありはしない。
「そもそも貴様は悪魔という存在を見たことが、感じたことがあるとでも言うのか。あの忌々しい下衆い笑いを常に浮かべた卑劣な堕天使を、貴様は見たことがあるとでもいうのかッ!!貴様はッ!彼女をあのゴミ同然の胸糞悪い堕天使と同列と言ったんだぞ!」
許せない、許せるはずがない。信仰すらない人物が、見たこともない彼女を罵倒するなど、許されざる行動である。
「お前みたいな狂った思考の持ち主に信仰されてるんだ。そんな神、狂ってなきゃおかしいだろ。」
その言葉を聞いて、俺は迷わず引き金を引いた。
一つの銃声と、散っていった男の魂が何故か彼女の存在を否定する。そんな気にさせられた。
「彼女は狂ってなんかいない。狂っているのは、彼女を裏切ったあの忌々しい堕天使と俺だけで十分だ。こんな俺に対しても、奴に対しても哀れに想い、悲しむことができるのは彼女だけだ。」
そこまで言って、間違いに気付く。それはきっと、気付かなくても良かった事なのだろうか。それとも気付くべきことだったのだろうか。
少なくとも、今の俺の事を受け入れてくれる人物を二人だけ知っていた。
一人はいつかの宗教女だ。俺同様に狂ってはいたが、神を純粋に信じていた俺とは天と地程の差がある人物。
そして、もう一人は。
「またやっちゃったねぇ、これでまた彼女を悲しませているわけだ。なんてダメな男なんだろうね、君は。まあ、俺が言えた言葉じゃないんだけどね。」
堕天使、ルシファー。
明けの明星を示す彼は、人類始祖を楽園から堕落させただけではなく、神と敵対し、尚且つ悪の親玉をやっている糞野郎だ。
こんな野郎でも、嘗ては全て天使を従えたエリート。天使の長であった人物だ。だが、彼女を悲しませているだけで万死に値する。
「おや、その理論でいくと私だけではなく君も万死に値することになるのだがねぇ。その辺りはどういった都合の良い解釈をしているのか僕に教えてくれないかい。“地獄行き確定”のエリートさん。」
ニタニタ、そんな言葉が似合うような忌々しい卑劣な嗤いを示しながら俺に問いただしてきた。その質問が俺にとって返答できない事を知って。
「俺は一人称が全く定まらないからねぇ、君みたいに残酷なことだけをするみたいな一本道を僕は歩めないんだよね。それで、彼女が振り向いてくれるとでも?今時の小学生でももっとマシな恋愛をやってるよ。ああ、勿論僕の指導の下ね。小学生の時から堕落してる人間とは、私は“元”天使として嘆かわしいよ。」
俺にとってそいつは、いや、人類にとってそいつは天敵に等しかった。人類の悪の根源であるからだ。