色鉛筆の町
「では、商談成立ということで」
「はい、いい取引をさせて頂きました」
俺はその店主と、がっちりと握手を交わした。
店主が契約書を取りに奥へ引っ込んだところで、俺はようやく一息をつく。持ち込んだ物はプラスチックの塊を5キロほど。
このあたりでは、プラスチックはとても珍しい物で、滅多なことでは手に入らない。むろん、そんな貴重な物を馬鹿みたいに使うのは上級貴族ぐらいで、一般人が使う物の殆どは木造か鉄製だった。
言い換えれば、プラスチックのある商人の店というのは、商人の力――財産を示すことに繋がるのである。このあたりの商人だったら、喉から手が出るほど欲しい一品なのだ。
事実、プラスチックは仕入れ値の10倍の値段で売れた。わざわざ遠くから仕入れた甲斐があったというものだ。
「お待たせしました」
店主が持ってきたのは、契約書と、それから報酬が入っているであろう袋。それから……なぜか色鉛筆だった。
「報酬を改めてもよろしいですか?」
「ええ、どうぞどうぞ」
袋の中身を改めて、俺は目を見張った。
店主が持ってきた袋に入っていたのは……プラスチックでできた丸い玉、だった。しかも、どう見ても大きさは俺が持ち込んだ物の百分の一程度しかない。
だまそうとしたのか?
だがこんなもの、袋の中身を改められれば一発でバレることは間違いない。わざわざ犯罪者になりたがるとも思えないし、人をだますような人間には見えない。長いことこういう商売をやっていて、人を見る目だけには自身があった。
「説明を求めてもよろしいかな?」
とがった口調にならないように気をつけながら、俺は店主に聞いた。
「失礼ですが、この町に来たことは?」
「噂程度です。プラスチックが、高値で飛び交っているという」
なるほど、と主人は相づちを打つ。
「あなたのおっしゃいますように、この町ではプラスチックはとても高級品です。ですので、プラスチックが担保に使われる事もあるというのを、ご存じでしたか?」
「いえ、初耳です」
なるほどなるほど、と主人は二回相づちを打った。
「こんな事は町の住人の一人としてあまり申し上げたくないのですが、この町の治安はあまりよろしくありあせん。特に金を持っている商人の家に押し入る強盗、旅人への詐欺などが横行しております。
そこで町では、大きなお金を一カ所に集めて、護衛しやすい金融商会を作ろう、ということになりました」
町の中心部に、やけに頑丈そうな建物があり、その周りを兵士らしき人間達が囲んでいたことを思い出す。
「ええ、アレです。この紙は商品の受け渡しを確認する契約書ではなく、このプラスチックの玉を持っていけば預けてある私の財産から報酬をお渡ししてください、という保証書なのです」
「なるほど……このプラスチックの玉は本当に担保な訳ですね」
紙に書いてあることに目を通すと、確かに、そんな内容が書いてあった。
「失礼しました。では、サインいたします」
俺は自分のペンを取り出して契約書にサインしようとして、
「お待ちください」
店主に腕を捕まれた。店主らしくない、慌てた行動だった。
「いやはやまさかそのペンでサインしようというのではないでしょうね」
「そうですが、なにか?」
「ああー、これは失礼。あなたはこの町に来たのは初めてだと。それでは知らぬのは無理はない。いえいえ、私もどうでもいい、古い悪習だと思ってるんですがねぇ。
この町では色によって、無言のメッセージを伝える風習があるんです」
「無言のメッセージ?」
「ええ。これを見て頂けますか?」
店主がテーブルの上に置いたのは、青いボトルのお酒だった。
「これは……?」
「”冷やして飲んだ方がおいく飲めます”という意味になります」
なるほど、確かに、青はそんなイメージがある。
「逆に赤いボトルで売っている場合は、”温めたほうがおいしい”という意味になるんです。他にも自然のままの素材を使っていることを示す緑色や、あまりいかがわしくない取引がされていることを示すピンク色なんかを使ったりします」
それは面白い風習だと思う、けれど面倒なのも確かだった。
「ですから私たちは旅の商人と取引をする際には、相手の意志を確認するために色鉛筆を出すのです。その噂を彼らが広めたのでしょう。この町は『色鉛筆の町』と呼ばれることもあるのです」
「話は分かりました。では、私が黒い色で契約書にサインしてしまうと?」
「”俺は悪い奴だ”という事になってしまいます。契約は疑われるどころか、最悪逮捕されることだってあり得ます。それはそうでしょう、自分を悪党だと名乗りながら金融商会の門を叩くわけですから」
「では、どうすれば?」
「簡単です」
主人は色鉛筆の中から、白い鉛筆を選んだ。
「逆に白は、身の潔白を表す色になります。この色を使えば、金融商会とのやりとりも円滑に進むと思いますよ」
「なるほど、ありがとうございます」
「いえいえ、困った時はお互い様。商人同士助け合わねば」
俺は何度も礼を言い、保証書に白い鉛筆でサインした。
主人も白で書く。俺はトラブルの種を未然に刈り取ってくれた主人に何度も感謝しながら、彼の店を後にしたのだった。
「なんだこれ? 何も書かれていないじゃないか」
金融商会について、保証書を見せるとそんなことを言われた。俺は固まったまま二の句が告げなくなる。
「い、いやしかし……この町では色が意思の確認になると」
「あんた、この町に来たの初めてだね?」
俺は頷く。相手はやれやれといった感じで説明してくれた。
「多いんだよ、そういう詐欺。普通に考えてあんた、白い鉛筆で書かれた証明がまともに証明になるわけないだろ? そんな事はどこでも共通だと思うがね。
戻ってみる? もういないと思うよ。プラスチック5キロだろ? 遊んで暮らせるよ。家なんか惜しまないよ、第一人をだましておきながらまだ家にいると思うか?
あんたみたいなうぬぼれが強く、この町に始めてきた人はだいたいやられる。この町がよそでなんて呼ばれてるか知ってるかい?
色鉛筆の町だよ」