カラバンチェルの盾は砕けない(願望)
「いったたた……」
「大丈夫か?」
「ええ……一応は、ね……ごほっ」
「すまない、油断をした」
「あの……ご、ごめんなさい。ボクのせいで怪我を……」
「アナタに怪我が、なかったのなら……構わないわ」
ゴリラの完全死亡を確認した後、俺たちはセシリーをかばって負傷した女性騎士に駆け寄り、その容態を確かめてみる。
彼女の言葉どおり、軽く咳き込みHPも減ってはいたが危険水域ではなく、見た目での外傷は確認できなかった。
ただ負傷の仕方が仕方だったので体の内側のほうが心配だ。
あれだけ激しく体を打ちつけたのだから、下手をすると内臓に傷を負っている可能性があるのだ。
「ちょっと待っててくれ。なかなか効き目のいい薬草を持ち合わせているから」
言わずも知れた良薬草である。
以前アイラから強烈なレバーブローを食らい、骨や内臓を負傷した俺をたちまち治してくれた頼れるヤツだ。
どんな原理で治るのかはさっぱりわからないが、爆発に巻き込まれること多々の俺にとって旅の必需品として重宝している。
腰に下げた袋から、良薬草を取り出そうとするが、
「ううん、大丈夫。自前のが、あるから」
「そうか? いや、俺のヤツはかなり効くぞ?」
「そういうことじゃなくって、ね……まあ、見てれば……わかるから――『ヒール』」
手のひらを自分の胸に当ててそう言葉を紡ぐと、彼女の手から光が漏れ始め、次第に体全体を覆っていく。
光の粒子が踊るように彼女の体を撫でる。
そして気がついたときにはその光は消え去り、彼女は体の調子を確かめるように肩や腕を動かすと、何事もなかったように立ち上がった。
「…………」
「ね? こういうこと」
肩をすくめて苦笑を浮かべる。
そんな光景を見て俺も驚いていたが、セシリーはもっと驚いていたのか、目を丸くしながら唖然とその言葉を口にした。
「治癒魔法……凄い……」
「? アナタは魔法使いなんだから別に珍しいモノじゃないと思うけど……」
「あ……その……ボクは……」
トラウマを刺激されたのかシュンとなってしまうセシリー。
初対面の彼女には事情が理解できないのだろう、不思議そうに、多少の罪悪感が見える顔をしながら首を捻っている。
「え、な、なにか気に障ることでも言ったの私?」
居心地の悪さから、チラチラと俺を見てくる。
俺は悪い、と一言加えながらセシリーのフォローをする。
「ああ、いやまあセシリーにも事情があってな。アンタに他意があるわけじゃないんだよ、気を悪くしないでくれ。それより聞きたいことがあるんだが……」
「私に? ……まあ、いいけど」
「今のって治癒魔法だよな? 見たところアンタは騎士だろ? なんで魔法が使えるんだ?」
俺の質問に、彼女はああ、と頷きながら、
「どうも私は小さいころから治癒魔法が使えるみたいでね、でも他の魔法はからきしよ。まあ、使う気もないんだけどね。一応本業は騎士のつもりだから。魔法はあくまで付属……おまけね。便利には違いないから重宝はしてるけど、やっぱり私は騎士でいたいから」
「へえ……魔法の資質があるヤツは、魔法使いを目指すものだと思っていたけどなぁ。特に冒険者をやっているんならどのパーティでも欲しがるだろうし、かなり優遇されるんだろ?」
攻撃、防御、回復、サポート……魔法使いはパーティにいれば確実に戦力を底上げできる存在だ。
まあ、うちの魔法使いは特殊だが、一瞬で敵を消し飛ばしたりする超火力を持っているので、強敵相手には欠かせないメンバーだ。
攻撃魔法以外できなくても、雷の魔法があれば、この先俺たちのパーティから離れても仲間に困ることはないだろう。
性格的な意味ではかなり不安なところではあるが。
「まあ、ね。でも家は代々騎士を輩出している家系だから、私も騎士に憧れていたし、なりたかったのよ。結構有名な家系なんだけど……ローサ・カラバンチェルって知ってる?」
「ローサ・カラバンチェル!? あの『盾のカラバンチェル』か!?」
その名前に覚えがあるのか、アイラが驚いたように声を上げる。
女性騎士は頷いて、
「そう、その『盾のカラバンチェル』。一応私はその直系の子孫ってわけ」
「そうか……それならあの燐光を放つ剣技にも納得がいく。代々受け継がれた技なのだな」
アイラが納得したように腕を組み頷くが、女性騎士は慌てたように手を振ってそれを否定した。
「あ、違う違う! アレは恥ずかしいけど私のオリジナルなの。私って騎士にしては力も体力も劣っているから、なにか一つ決定力というか火力が欲しくてね。色々考えて編み出したのがアレなのよ」
「なに? 自分で編み出したのか? 流石はカラバンチェルの末裔といったところか……凄いんだな」
「……ありがと。まだまだ未熟な技だけど、褒められると照れるわね」
そういってあはは、と照れたように笑みを浮かべる。
アレは自分で編み出したのか。
何気なく言っているが、それはかなり凄いことなんじゃないだろうか?
感心と共に尊敬の念が生まれるな。
俺はそんなことを思いながらも、気になっていた事を聞いてみることにした。
「そういえばさっきから名前が挙がってるけど、盾のカラバンチェルって誰なんだ? 後、お互い自己紹介もまだだしな」
「あ……」
今気がついた、というように女性騎士が顔を上げる。
ごほん、と気を取り直すように咳払いを一つはさみ、彼女は自分の名前を口にした。
「自己紹介が遅れてごめんなさい。私の名前はナタリア・カラバンチェル。冒険者ギルドに所属するCランクの騎士よ。さっきは助けに入ってくれて感謝しているわ」
女性騎士――ナタリア・カラバンチェルはそう言って頭を下げた。
ローサ・カラバンチェル。
またの名を盾のカラバンチェルという。
百年以上前にルペイン聖王国で生を受け、冒険者として数多くの実績を残した女性騎士である。
卓越した剣の腕は勿論だが、いかなる攻撃も通さないと言われた盾を駆使した防御能力こそが彼女の本領だといわれている。
彼女は当時有名なパーティに所属しており、そのパーティーは輝かしい功績と戦果をギルドにもたらし、他の冒険者に多くの情報や、大陸内地の地図の拡大に貢献し、そのリーダーとしてメンバーを率いていたという。
特筆すべきはメンバーの生存率。
初期から数えても、引退以外でのメンバー離脱が一度もなく、五体に後遺症の残る傷を負わせなかったのは彼女の力があってこそだったと言われており、彼女の防御能力もそうだが、指揮能力にも稀有な才を見せていたと伝えられている。
その功績からルペイン聖王国の貴族として爵位を与え、軍を率いる将軍に迎えたいと国王直々に異例の代診を受けるも、それを辞退。
現役を終えるその時までパーティーのリーダーとして、一人の冒険者として各地を旅して回った。
現役を退いた後は、様々な思惑を持つ人達が彼女の能力を欲したが、その全てを断り、共に旅をしたパーティーメンバーの一人の男性と結婚し、家庭に入る。
英雄であり世界的有名人である彼女だったが、家庭に入った後はごく普通の主婦として暮らし、その名前が持つ権力を振りかざすことはなかった。
引退後は一度も剣を取ることはなかったが、夫婦喧嘩の時に鍋のふたを使って夫を殴り倒したという笑い話が実しやかに語られている。
残りの半生を穏やかに暮らした後、この世を去った彼女の葬儀には数多くの彼女を慕う冒険者が集まったが、彼女の死を悼む参列者は、様々な物や人を守り抜いたその人生に敬意を表し、誰一人として武具をその場に持ち込まなかったという。
そんな彼女の数少ない遺産である冒険者時代の盾は、代々彼女の子孫へ受け継がれており、現所有者はナタリアなのだという。
「はぁ……凄い人だったんだな」
ナタリアの話を聞き終えた俺は、なんともいえない感動を覚え、ため息を吐いた。
守り抜いた人生か。
一貫して貫いたその信念は確かに後世に伝えられ称えられるべきだろう。
「ええ、冒険者としても女性としても、尊敬ができる人。私は彼女のような騎士になりたいのよ」
過去に憧れを抱き、前を向くナタリア。
その瞳に迷いはなく、ただまっすぐに未来だけを見詰めていた。
「とてもいい話だった。その功績もあるだろうが彼女の人柄こそが盾のカラバンチェルという名を世に広めているのかもしれんな。……ところでローサがパーティーを大切にし、守っていたのはわかったが、貴方はパーティに所属していないのか? 見たところフリーのようだが」
「うっ……」
「あ……」
「……それは聞いては……」
流石は空気の読めない女、アイラである。
天然ここにきわまれりといった感じだ。
あえて聞かなかったことをズバリと言うその姿に俺とセシリーはドン引きである。
ローサに憧れるナタリアがパーティーを求めなかったわけがないのだ。
それでも今フリーだというなら、相応の事情があるのだとわかりそうなものなのにな。
アイラの言葉がクリティカルヒットしたナタリアはプルプルと震えだし、若干涙目になっていた。
ローサを尊敬しており、その誇るべき生涯を語った後に、現実を突きつけられるという一撃はかなり彼女の胸を抉ったらしい。
「い、意見の食い違いで……その、つい先日……」
震える口調で言葉を語るも、先が続かなかった。
見ていられなかった俺は、話題を変えようと、
「そ、そういえばそのローサの使っていた盾は今ナタリアが使っているんだろ!? 言ってみれば伝説の装備みたいなものだよな!? 俺は武具も作ったりしているから、参考に見せて欲しいんだけど!」
「! ろ、ローサの盾が見たいの? しょうがないわね、あまり人に見せることはしたくないんだけど、そこまで頼むのなら特別に見せてあげるわ!」
そこまで頼んだ覚えはなかったが、あえて突っ込みはしまい。
見てみたいのは本当だしな。
「ちょっと待って、今外すから…………あっ」
『あ……』
声が重なった。
ナタリアの左腕に装備されていた件の盾。
長い歴史を持つそれは、先ほどのゴリラの一撃によって見事にへこみ破損していたのである。
経年劣化もしていたのだろう、所々に皹が入り、今まさに崩壊寸前ですといった様相であった。
「ちょ……!」
慌てたナタリアはどうにか盾を修復しようとしたのだろうが、そもそも盾が人の腕力でどうにかなるようなら、それは防具として成り立っていない。
むしろ下手に弄ってしまった分、変な力が加わってしまったのか、装飾がポロリとその手から零れ落ちた。
「あ~~~! あ~~~! 嘘!? ほんとに!? コレ……!」
零れ落ちた盾の破片を拾い、目の前に掲げるも、どうしようもないことがわかったのか、言葉をなくし俯いてしまう。
そのうち、膝を抱えさめざめと涙を流しながら肩をひくつかせるナタリアに、俺たちはかける言葉も見当たらなかった。