宗教は根深い
ルペイン聖王国の東側国境付近の街サラボナ。
関所の近くであるためルルードと同じように行商人が多く見られる。
ただ、違うのは街にその国の特色が強く現れているということだろう。
まず聖王国と名の付くだけあって宗教が盛んであるということ。
この街にも大きな教会が建てられており、そこには多くの信徒が出入りしているという。
そしてもう一つの大きな特徴は獣人が全く見当たらないという点だろう。
どうやらルペイン聖王国は人間のみを認め、亜人――つまり獣人等はその存在を否定されているらしい。
その為この街を含め、多くの人族以外の種族は迫害される傾向にあるという。
「それじゃあ、ボクはあんまり歓迎されない……ということでしょうか?」
ハーフエルフであるセシリーがビクビクと帽子を深くかぶりながらそう言う。
半分は人族、半分はエルフ。
確かに警戒はしておいたほうがいいかもしれない。
「確かにあまり歓迎はされないだろう、な。しかしエルフは森の住人で人に近い容姿を持つからそこまで神経質にはならなくてもいいだろう。ルペイン聖王国の宗教――イリスタ教は過去幾度も宗教戦争を起こしている国柄だ。人族に対しては寛容だが、多種族には酷く排他的でな」
何でもイリスタ教はイリスタという昔の人物が説いた教えをその弟子が広めたのだという。
レウスという唯一神を信じ、神は絶対であり神のようになりなさいという教えらしい。
人は生まれながら利己的な欲望を持つ為、徳を積み、善の行為をして正しく生きなさいという、ぶっちゃけ性悪説まんまの事を目的としているという。
隣人を愛し、自分と同じように愛する。
そして完全な人として神に近づきなさい、とのことだ。
「隣人を愛せって……獣人に排他的なんだろ? 矛盾してないか?」
「その辺の解釈は複雑でな、人に対して優しくするというのは人族にたいしてであり、魔のもの――言葉は悪くなってしまうが亜人はそこに含まれないという事になるんだ。それに獣人はその種族ごとに崇める神も違えば、その能力から利己的な者も多い。その辺りが教義に反すると考えるのだろう」
これはあくまで客観的にみた宗教論だが、とアイラ。
つまり神を崇めなければ背信者、容姿も人間に近くなければ背信者。
それだけ聞けばむしろお前らが利己的じゃねえか、とツッコミを入れたくなる教えだ。
「最近はそんな宗教を逆手に取って教徒を意のままに操る輩もいるらしくてな、全く本末転倒も甚だしいというものだ」
「なるほどね。俺の世界にも似たような宗教があったが、彼奴等も教義を広めるとか言って周辺諸国に戦争ふっかけては植民地にしてたからな。神の教えを知らなければその者は不幸だ、ってな」
元いた世界も宗教戦争なんてザラにあった。
俺の教えが正しく一番だって押し付けて、それを学び実践させることが正義だって疑わない連中の引き起こすアレだ。
まあ、実際は利害関係などの背景もあったんだろうが。
つまりこの国はそういう教えが国に浸透していて、それが当たり前なのだろう。
しかしこの世界は中世ヨーロッパを模したような世界観だとは思っていたが、こんなとこまで似ているとはな。
イリスト教ね……キリスト教になんか似てるけどまさか、な。
「リュウのいた世界でも似たようなことが起きているのか? この国も過去稀人が建国したというが……」
「アイタタタ……」
結局、俺の世界の不始末からかい。
そういえば建国などには殆ど稀人が関わってるとか言ってたな。
頑張り過ぎじゃないか、過去の稀人は。
「はぁ……まあ、ここで話していてもしょうがない。とりあえずギルドに行って手続きを済ませて、寝床を探しながら街の見学でもするか」
そういう俺の言葉にアイラとセシリーが同意し、まずは冒険者ギルドへ向かうことにした
「なるほど……やっぱりルルードとは雰囲気が違うな」
冒険者ギルドで一通りの手続きをした俺達は、街をめぐろうとし、まずは商店街方面に向かった。
ルルードはアマヴァンス大坑道が近くにあったためか、鍛冶屋が多く、それにともなって武具屋や道具屋が多かった。
だが、サラボナは武具屋の姿はさほどなく、代わりにあるのが貴金属を扱う店や、芸術品等の鑑賞、娯楽用品に並ぶ店が多い。
冒険者用ではない、高級服飾ブランド店すら存在していた。
そういうのを見ていると、何処かしら町並みもオシャレに見えてくる。
建築様式とかが進歩していたりするのかね。
「ルペイン聖王国は美術品や工芸品が特産物だからな。フランツ帝国は鉱石が発掘できるが、ルペインは宝石が多く発掘できる。その違いかもな」
「確かにルペイン製の服や工芸品などは他国で高値で取引されますね。それにこの国は一日の寒暖差が激しいですし、一年通してもその傾向があります。自然とそういった方面の技術が向上していったのかもしれません」
気温差が激しい、か。
そういえばフランツ帝国は数ヶ月……半年近くいたが気温の差は殆ど感じなかったな。
「気温の差……そうか、そういえばもう寒期も近くなっていたな。夜はかなり冷え込むから防寒着を購入しておいたほうがいいかもしれん」
「防寒着か。この辺の何処かの店で見繕うかね。ブランドとかは気にしないから出来れば安いものがいいんだが……」
辺りを見回すと、デザイナーが透けて見える様な服を着るマダムや紳士達が多く見られる。
ここらはそういうお高い服などの売っている商店街の一角なのかもしれん。
「この先もあるし、もう少しグレードを落とした店で買うか」
街路を歩きながら店を探す。
相変わらず貴金属などを取り扱っている店が多い。
リーズナブルな店があればいいんだが。
「ど、どうでしょうか?」
「ふむ、なかなかいいんじゃないか? 私も一応見繕ってみたがどうだろうか?」
「わぁ! いいですね! でもアイラさんならやっぱりもっと明るい色が似合うんじゃないでしょうか」
「そ、そうか? なら他を探してみよう」
比較的庶民的な店っぽい場所を見つけ、その店で防寒着を買うことにした俺達は鑑賞会を開いていた。
アイラ、セシリーのオンステージだ。
俺は大口真神の外套が気温調整できることを思い出したため、防寒着の購入は見送った。
余り服装にもこだわりはないしな。
だが、アイラとセシリーは意外とオシャレが好きなようで、何着も来てはコレでもないアレでもないとワイワイやっている。
俺は特にすることもないので、ぼーっとその光景を見つめているだけだ。
しかしセシリーはともかくアイラもか。
女は買い物好きとはよく聞くが、アイラに当てはまるとは正直思わなかった。
竹を割った性格だし、一目見てじゃあコレで、みたいになると思っていたんだがな。
「お客様はなにかお探しでは?」
余程暇そうにしていたのか、女性店員の声がかかる。
どの世界でもこういう店員はいるもんだな。
「いや、俺はもう別のものを持ってるから」
「この街は縫製技術の高い職人の作品や高い加工技術の装飾品もありますから、そちらはいかがでしょう?」
「うーん、服はいらないが装飾品は見てみたいかもしれんな」
錬成で腕輪も作れるし、もしかしたら参考になる物や、意外な掘り出し物もあるかもしれん。
俺は店員に連れられてそのコーナーで様々な装飾品を見ることにした。
「ルビー、サファイア、エメラルド……おお、装飾も凝ってるな」
ケースに入れられたそれを眺めていく。
鑑定眼を使ってそれらを見ると、+のものもあれば-のものもある。
概ね+が多いようにも感じる。
だが、それ以上に目を引かれたのは、
「耐火、耐水、耐風……宝石はそういう効果があるんだな」
鉱石にはなかった特徴。
ちなみに左からルビー、サファイア、エメラルドだ。
石の色がその属性に対応しているのか?
なかなか興味深いな。
「錬成とか出来るのかな……アイラの剣にルビーを錬成して炎のシャムシールとか」
耐火ではあるが、武器にすれば火付加とかに変化する可能性は否定出来ない。
だが、それを試すには足りないものがある。
「16000ベール……」
たかが指輪程度の大きさでコレである。
これじゃあ金がいくら合っても足りない。
加工賃が幾分か含まれるとはいえ、流石に手が出しづらい値段である。
「それにこの土台、白金ってプラチナか?」
何気に宝石を飾っている土台の方の金属にも目が行く。
アマヴァンス大坑道では見つからなかった金属だ。
武器にしたらどんな威力で付加効果があるのか……。
とはいってももう坑道は懲り懲りなので、白金目当てで採掘はしたくないが。
何処かでプラチナの塊があればな……まあ、買えないだろうけど。
「それにこれから酒のことで色々物入りになるだろうしな。入国料もかなり痛かったし……」
ため息を吐き、その装飾品から目を離す。
そんなこんなをしてる間に、セシリー達は買い物を済ませたのか、袋を持ち小応え歩いてくる。
久々の買い物を満喫したのか、なかなかに晴れやかな顔だ。
「どうだ? いいものを見つけられたか?」
「うむ。まあ、それなりに……だな。お前の方はどうだ?」
「装飾品が少し気になったんだけどな、この値段じゃさすがに手が出ないな」
「どれどれ……16000……!?」
値段を見てアイラが目をむいた。
「ルビーとか宝石には耐火みたいな、セシリーの地竜のローブに付加されてる効果が確認できたんだがなぁ。色々試してみたいが……無い袖は振れないな」
「むう……この先、金は入用になるだろう。流石に16000ベールはな……」
「だろ? だから涙をのんで諦めようとしていたところさ」
俺は諦めの意味を込めて肩をすくめる。
日本酒を作れたら、という前提がある以上米を買わないという選択肢はなかったが、もうし買わなければもう少しゆとりを持った買い物ができただろう。
まだ出来ないと決まったわけではないが、可能性は低いと言わざるをえない。
宝石を付加した武具を作ってみたかったんだがね。
「ま、どうしようもないことはあるわな。今はあるものでやりくりしていかなきゃな」
「ですね……」
俺達はそう言ってその店から立ち去るのだった。