いざ、ルペイン聖王国へ
「ふむ、確かにチーズ……なのか?」
「そうですね、どちらかと言うとこれは塩気のないバターに近いような……」
「お前ら……コレ作るのにメッチャ苦労したんだぞ……」
夜が明けて朝。
鳥のさえずりが耳に心地よいいい朝である。
だが、彼女たちの言葉は耳に気持ちよくはなかった。
俺の苦労を知らない彼女たちは、朝食時に俺が作ったチーズを恐る恐る口にすると、開口一番そう言いのけたのである。
「そうはいってもな、正直な感想を聞かせろとお前が言ったのではないか」
「く……!」
たしかにそう言いはしたが。
まあ、言いたいことはわかるけどな。
昨日の夜、チーズを作った俺はそれがチーズなのか試しに食べてみたところ、俺も同じような感想を抱いたのだ。
分類上、チーズではあるんだろう。
だがチーズと言っても幅は広い。
それにどのように作ったかで味も変わる。
チーズはチーズでも美味しいチーズではないということなのだろう。
「でもまあ収穫はあったな。調合ってのは俺が思ってる以上に使い勝手のいいスキルみたいだし」
「こうしてチーズが作れたわけですしね。しかしスキルというのは不思議です。普通チーズは酢によって分離して作るんですが……」
「え、そうなのか?」
牛乳を固めて作るとばかり思っていた。
いや、だからバターっぽいのかもしれんな。
驚く俺に、セシリーは説明を続ける。
「はい。それを牛乳だけで作ってしまうって事は、分離をスキルが行ったということですよね。それはつまり――」
「調合が成分を分別したって事か?」
俺の言葉にセシリーがコクリと頷く。
「こうしてバターのようになってしまったのは、リュウさんが何を必要で不必要かという知識がなかった為なんだと思います。とりあえず固まるという命令にスキルが反応して、無理やり固まる事のできる成分が固めた……恐らくはこういうことでしょうね」
セシリーが残っていたチーズをスプーンで掬い、口に入れる。
テイスティングするようにふむふむ、と頷いてはなるほど、と納得している。
たしかに俺は固まるようにイメージした。
そしてコレが出来た。
ということはやっぱり何が必要か不必要かという知識が必要なのだろう。
日本酒を作るためにはやはり製法や成分などがわからないと、このチーズのようにどこか気の抜けたモノになってしまうということか。
「なるほどなぁ……やっぱそう簡単には日本酒は作れないか」
初めから簡単に行くとは思っていなかったが、問題点を突きつけられるとやはり落ち込むものがある。
アイラも楽しみにしてたし、調合の幅も広がって面白いと思ったんだが。
「ふむ、よくわからんが、日本酒を作るのは難しいのか? そうなると残念だが他の酒を探すべき、か」
俺達の話題についていけなかったアイラがチーズをパンに塗りながらそう呟く。
なんだかんだ言いながら食べているってことは、不味くもないが上手くもないと言ったところか。
アイラは食べ物を選り好みしない、何でも食うやつだからな。
はむ、とそのパンに食らいつくアイラを見て苦笑する。
「それがいいかもな。ドワーフって大酒飲みなんだろ? もしかしたら大量に酒を持って行ったら気分を良くしてくれるかも知れないしな」
量より質を求めるタイプかもしれないし。
ウチのアイラのようにな。
「あまり仮定で進めたくはないのだがな……致し方なし、か」
「でもコンセラードはまだまだ遠くですから。お酒にかぎらずいい方法があるかもしれませんよ?」
「だといいのだが……むぐむぐ」
心なしか落ち込んだ表情でパンをはむつくアイラ。
まあ、日本酒があったとしてもドワーフが友好的に接してくれるかはわからないわけだしな。
他の方法も模索しながらの方が効率的ではあるだろう。
ルルードの街を出てそろそろ一週間が過ぎようとしていた。
俺達はようやくと言っていいのか、国境へとたどり着いた。
「お~すっげえな……どこまで続いてるんだ、コレ? それに関所っていうかちょっとした要塞みたいになってるぞ」
国境には延々と続く柵がめぐらされており、道沿いには関所が存在していた。
なかなかに堅牢そうな砦のような関所である。
「ルペイン聖王国とフランツ帝国はあまり仲が良くはないからな。戦争になるほどではないが、最悪、戦争になったとき最前線になるのはこの国境だ。だからお互い攻めにくいと印象づけるために砦を改装していった結果、こうなったのだ」
要は意地の張り合い、見栄の張り合いだな、とアイラ。
「へぇ、まあ確かにこうして砦が立っている所に攻め込もうとは思いづらいな。って事は、これはフランツ帝国の砦で、もしかして向こうには」
「ああ、ルペインの砦が存在する。しかも出国、入国ともに通行税を取られるぞ。両国共に一人あたり1000ベール、合わせて2000ベールだ」
「げ!? 国に入るのにも出るのにも金を取られるのか!?」
「まあそこはしょうがないと割り切ることだな。そういうところからの税収というのも馬鹿にできないものだ」
「そんなもんかね」
そんな会話をしていると、じきに関所へとたどり着いていく。
そこには何人もの兵士が武器を持ち立っていた。
物々しいとは言わないまでも、いつでも戦闘を開始できる、そんな雰囲気だ。
そして砦を潜ろうとする俺達の前に、二人の兵が立ちふさがる。
「止まれ、馬車を降りろ。冒険者か? それとも商人か?」
一人の兵が俺達に向かって声をかける。
俺達はその声に従い馬車を降りた。
「冒険者だ。パーティ名はエトランジェ、3人だ」
アイラが俺達の前に立ちそう答える。
二人の兵士は一つ頷くと、
「証明を」
「ああ、『我が名の下に』」
そう言って耳のピアスに手を触れ、ピアスが紫色の光を放つ。
俺とセシリーもそれに続いてピアスを光らせる。
その光をみた兵士は感嘆の含ませた声を上げた。
「ほぅ……Bランクとはな。よし、では荷物を改めさせてもらう」
兵士は回りにいた何人かに目配せをすると、その兵士たちは馬車の荷物の検査を始める。
国外に重要なものを持ち出していないかのチェックだろう。
「………これ、ルペイン側でも同じ事するのか?」
「ああ。だがこれくらいはどの国でも同じだぞ?」
「マジかよ……少し憂鬱になるな」
ため息を吐き、頭を掻く。
この世界を旅したいといったのは俺だが、こういうことは勘弁願いたい。
なんか職質を受けてる気分になるし。
いや、間違いなく職質を受けているんだろうが。
しばらくすると馬車から降りてきた兵士の一人が問題なしと声を上げる。
チェックは通ったようだ。
まあそんなに問題になるようなものを持ち歩いてるわけじゃないし、当然といえば当然だが。
「問題ない、通ってよし」
「ありがとう」
三人分の通行料3000ベールを支払うと、俺達は馬車に乗り馬を歩かせる。
馬車に戻った俺は緊張をとき、一つため息を吐いた。
隣を見るとセシリーも同じように息を吐いている。
「……緊張しました……。ボクああいう雰囲気って苦手で…」
「分かるよ。後ろめたいことがなくても妙にソワソワするんだよな」
「大勢の人に囲まれるとどうしても……」
セシリーがなんとも言えない顔でため息をもう一つ吐く。
「だがセシリー、安心してる所悪いがもう一回検問があるからな」
「あ……うぅ……そうでした」
帽子のつばを持って顔を隠すように俯く。
笑っては悪いとは思うものの、その姿が小動物っぽく見えて、少し吹き出してしまう。
俺が笑ったのをみたセシリーが、ジトリとした目で俺を見る。
「悪い悪い。けどさっきみたいにすぐ済むさ。一回も二回も一緒だって」
「そうは言いますけど……」
俺達がそんなやりとりをしていると、すぐに先ほどの関所と遜色ないほどの大きさの砦が目に入ってくる。
しかしこっちも大きいな。
意地の張り合い、見栄の張り合いとアイラは言っていたが、確かにそんな印象を受ける。
関所ならここまで大きく堅牢にする必要はない。
だが国境は国の要所でもある。
俺の国は凄いんだぞ、と誇示する意味でも必要なのかもしれない。
それにしても、とは思うがね。
そうして先ほどと同じように兵士に呼び止められ、同じように馬車の検査をされる。
セシリーを見ると早く終わってくれと言わんばかりに表情が固まっていた。
アイラは兵士達に何かを聞かれているようで、その返答をしながら問いに答えている。
だその様子をなんと話しに聞いていると、何かトラブルがあったのかアイラの声のトーンが少し上がっていた。
少し気になり、耳をそばだてる。
「2500ベール? 二倍以上も通行税が上がっているのか?」
「最近、どうも国が不安定らしくてな。此処数ヶ月で二度も上がったんだ。財政難なのかは知らないがね、君たちは少し時期が悪かったかもしれんな」
「そうか……それなら仕方ないな」
「スマンね、これも決まりだ。………問題なし? よし、通ってもいいぞ」
「ああ、ありがとう」
話が終わったのか、アイラが此方へと戻ってくる。
その顔色はあまりいいものではなかった。
「なんかあったのか?」
「ん? ああ、通行税がな……思った以上に上がっていたんだ。2500ベール、両国三人合わせて10500ベール。少しばかり痛手だな」
「げ、パーティの財布ってまだ余裕があったっけ?」
通行税でこれだけ取られると、米を買ったのがかなり響いてくる。
やっぱり米はもう少し減らすべきだったかもしれん。
「まあ、余裕が無いわけではないが、あるわけでもない、な。ルペイン聖王国のどこかの街で、金策をしなければならないかもな」
「酒のこともあるしなぁ……ま、暗くなっても仕方ないか。せっかくルペイン聖王国に来たんだ。まずは観光から始めようぜ、な?」
せっかくの新天地だ。
外国に旅行しに来たとまでは行かないが、それに近い心境でもある。
旅は楽しくなくちゃ嘘ってもんだ。
こうして俺達はルペイン聖王国へと足を踏み入れたのである。