一樹の陰一河の流れも他生の縁?
「こいつは……オメエこんなもん何処から持ってきやがった? ああ?」
街一番と言われる鍛冶師―――ガンツという名前らしい、は竜石を見た途端顔色を変えて詰問するように迫ってきた。
職人気質らしいべらんめえ口調。
なかなかに迫力のある人だ。
とりあえず入手の経緯を説明する。
説明途中、次第に顔が苦々しいものに変わっていき、アイラの刀を見ると大きなため息を吐いた。
「………オメエ等なあ……」
ガリガリと頭を掻き、ガンツさん(心の中でも一応敬称を使っておこうと思う)は竜石を手のうちで弄びながら口を開く。
「いいか、まずこの竜石。コイツは確かにドラゴンのドロップアイテムには違いねえが、ケイブドラゴン程度のドラゴンがドロップするようなシロモノじゃねえ。もっと力を蓄えたドラゴン……例えばエルダードラゴンって言えばわかるか? そういった何百年も生きて、それこそ大陸内地に存在するバケモノみてえなヤツがドロップするモンなんだ」
「エルダードラゴン!? あの傭兵王ハーディンが激戦によってようやく倒したとされる、あのドラゴンか!?」
「そう、傭兵王ハーディンですら仲間を何人も失って倒したっつーあのドラゴンだ」
ハーディン? 傭兵王?
聞いたことないが、なんか名前からして凄そうな功績を残してそうな人だな。
エルダードラゴンってのは名前の通り老龍っていうのはわかるんだが。
「んで、そのドラゴンが落としたとされるアイテムがこの竜石でな、その戦いで折れた魔剣『ファフニール』がそれによって修繕されたって話だ」
「修繕された、って事はやっぱり直すことは可能なんだな」
「話は最後まで聞けバカヤロウ! まあ、確かに直したんだが、お前それがどういうことかまるで分かってねえだろ? ファフニールはな、『オリハルコン』で出来てたんだぜ? しかもその折れた半分は戦いの最中、火山の中へ飲み込まれた。刀身半分を失ったそれをオメエ元通りに直しちまうってことは―――」
「竜石がオリハルコンの特性を持ち変化した……?」
「……そこの嬢ちゃんはなかなかモノがわかってんじゃねえか」
「あ……えっと……」
ニヤリ、とセシリーに笑うガンツさん。
思わず口を挟んでしまったのだろう。
セシリーがあたふたと挙動不審になり、そのうち帽子を深く被って顔を隠した。
そんなセシリーにガンツさんはケッ、と舌打ちした後、
「オリハルコンってのは伝説みてぇに語られちゃいるが実在する鉱石でな。そしてその特性はとんでもねえ頑丈さと特殊な魔力を帯びて、あらゆる魔法、属性による干渉を断つって話だ。所有した所で一体どうやったら加工出来るのか見当もつかねぇらしくてな。一説には『精霊』ってのがソレを可能にするって言うが……まあ、コレ余談だな。つまり何が言いてえかってーと、ファフニールを復元した竜石は、逆説的に言えばあらゆる物質に干渉するってことだ。わかるか? どんな材質だろうと関係なく、干渉する存在そのものに成り代わるんだ。それってのはつまりあらゆる鉱石がそれによって補われ、今や失われた武具の加工法すらその過程を超えて―――」
「……………」
ぽかんとする俺達を置いて、ガンツさんはますますヒートアップしていく。
正直に言ってチンプンカンプンです。
とりあえずオリハルコンは存在して、精霊もいるかもしれない。
んで、竜石はオリハルコンに変化することが出来るって事か?
「申し訳ないが結論だけ教えてもらえないだろうか? つまりその刀は直せるのか、という事をお聞きしたいのだが」
アイラも恐らくわかっていないのだろう。
難しい顔をしながらそう口を挟んだ。
そう、俺達の目的はアイラの刀が直るかどうか。
そしてその方法はどうすればいいのか。
どう竜石を使用するのかに尽きる。
「若ぇ奴はすぐ結論を急ぎやがる。ちっ、まあいい。オメエ等に鍛冶師のなんたるかなんぞわかるわけもねえしな」
面白くなさそうにガンツさんは舌打ちする。
なんかすいません。
錬成でサクッと造ってしまうんで、鍛冶師がどんな苦労をしてるかとかを共有できなくて。
ガンツさんは鞘から抜き刀身の折れた刀を見ながら、
「結論から言えば俺には直せねぇ。だが竜石を使えば直せる」
「本当か!」
「この刀がどんな材質でどんな過程でもって造られたかは分からねえが、竜石はあらゆる物質に変化するんだ。直せねぇ道理がねぇよ」
「そうか……そうか……っ」
その言葉に安心したのか、大きく息を吐くアイラ。
だが、ガンツさんは難しい顔をし、首を振った。
「安心してるとこ悪いが、俺から一つ忠告しておく。直せるとは言ったが、恐らくは直すことは出来ねえぞ? 正確には直してもらえない、か」
「? どういうことだ?」
「竜石はある種族にしか扱えない。しかもその種族ってのが大の人間嫌いでな、会っても門前払いを食らうだろうな。排他的な奴らでよ、他の種族、ましてや人間のために働こうなんて殊勝なタマじゃねえんだ。おまけに気も短え奴らばかりよ」
ひたすら続く罵詈雑言。
あんまりお近づきになりたくない方達のようだ。
とは言ってもその種族にしか竜石が扱えないってんじゃどうするもこうするもない。
会いに行くしか刀を直す方法はないんだからな。
「で、その種族っていうのは……」
「ドワーフだ」
「な、ドワーフかっ!?」
アイラが目をむくように驚く。
何か関係があるのだろうか?
「なんだ、知ってんのか?」
「む……あ、ああ。確かこの刀を造ったのはドワーフだったという話でな。こんな所で繋がるとは、縁と言うのは分からないものだ」
世間は広いようで狭いってやつだな。
しかしそんな排他的な種族と知り合いだったり、刀を譲ってもらったりする辺り、アイラの流派の旅ってのは広く流離うんだなぁ。
それに過去の稀人とも交流があったっぽいし。
まあ数百年も前って事だから、今とは事情が違うんだろうけど。
「あん? この刀、ドワーフが造ったってのか? ハン、道理でな」
「何かわかるのか?」
「俺には打てねえ相当な業物だってことくらいは、な。ま、とにかくそういうこった、諦めな。アイツラはお前らの話にゃ耳を貸さねえだろうよ」
話は終わったとばかりに、刀を鞘に収めアイラに手渡すガンツさん。
しかしドワーフか。
エルフがいるならドワーフもいるとは思っていたが、こんな形で知るとは。
まあそれはともかく、諦めろと言われてもなぁ。
ハイそうですか、と素直に頷くことは出来ない。
「その、事情はよくわからないけど、とにかくドワーフなら竜石を扱うことが出来る、と。で、肝心のドワーフが何処にいるか……っていうのは知ってますかね?」
「ああ? まあ、別に行くってんなら止めやしねえが……オメエ、コンセラードって場所知ってるか?」
「コンセラード?」
聞いたことないな。
だが、俺が首をひねっていると、
「……ルペイン聖王国の西南に位置する山岳地帯だ。未開の大陸内地に程近く、険しい山に囲まれた場所で、人が足を踏み入れるような場所ではないな。そうかドワーフはそんな所に……」
「知ってるのか、アイラ?」
「ん? ああ……まあ、一応はな」
なんだ?
アイラにしては歯切れが悪い。
そういえばルペイン聖王国って確か、アマヴァンス大坑道で偶然アルベルトって人に会った時にも話に出てような。
何か事情があるらしいってのは分かるが。
「分かってるとは思うが、大陸内地に近づくほど魔物は凶暴で強くなっていく。行くとなると相当危険な旅になるぜ?」
この世界、俺達の今いるヴァステン大陸は内地に行くほど危険だと以前アイラが言っていたことを思い出す。
世界地図を見たことないからどうなっている分からないが、
「まあ、そこにドワーフがいるっていうんだからなぁ。行くしかない、か。ちなみに他にドワーフのいる場所は……」
「少なくとも俺は知らねぇな」
「……ですか。じゃあ、決まりか」
一応セシリーに確認を取るように見ると、セシリーは俺を見て頷いたくれた。
よし、コンセラード――ルペイン聖王国か。
今回の旅は厳しくなりそうだな。
って、まあそこまで旅らしいことをしたってわけでもないがね。
ようやく冒険、異世界観光らしくなってきたって事か。
「坊主……オメエ……」
ガンツさんが呆れたような顔をして俺を見る。
そうして、大きく息を吐くと、
「はぁ~……ったく、冒険者ってのはどいつもこいつも」
呆れた口調でなおも続ける。
「………酒だ」
「へ?」
「ドワーフってのは酒を何よりも好む種族だからな。極上の酒でも用意すれば、あるいは話を聞いてくれるかもな」
「酒……それも極上、ですか。分かりました。ガンツさん、情報に感謝します」
「けっ」
ガンツさんは舌打ちすると、もう話は終わったと言わんばかりに手でシッシと俺達を追い出そうとする。
その態度からは拒絶が見れるが、それでもこうして忠告と助言までしてくれたのだ。
厳つい頑固そうな人だけど、結構面倒見のいい人なのかもしれん。
俺は頭を下げて再び礼を言った後、その場を去ろうとするが、
「あの……」
「あん?」
セシリーがその場に立ち止まり、何かを聞きたそうに、だが言い出せずモジモジしている。
「なんでぇ、嬢ちゃん」
「あの……こんなこと聞くのは、その、失礼かもしれませんが……もしかして貴方は……?」
その後に続く言葉はセシリーからは出ない。
だが、ガンツさんは何が言いたいのか理解したようだ。
苦々しい顔をしてセシリーを見る。
「………ハーフだ。俺には竜石を扱えねえっつったろ? 人間側の特徴が強く出たみたいでな。オメエもその口なんだろ? 『瞳の色』を見りゃわかる」
「………」
「ま、嬢ちゃんもガンバんな。血ってのは思った以上に厄介なもんだ。だがよ、同胞っての何処にでもいるもんだ。そう考えりゃ……少しは救われるぜ」
「…………はい」
セシリーはペコリと深くおじぎをする。
それを最後に二人は視線を再び合わすことはなく、俺達はその場を立ち去るのだった。