竜石ってなあに?
「まいったな……」
「です……」
「うーむ……」
非常に困ったことになった。
難しい顔をしながら街路を歩く。
さて、どうしたものか。
俺達は今、ルルードの街にいた。
冒険者ギルドでドラゴン討伐の件を話した所、ナールが既に話を通していたのか、20万ベールという大金を手にすることになった。
半額でもコレである。
しかもCランクからBランクへの昇格も込みだ。
ピアスの色も紫になった。
ちなみにAは白になるらしい。
本来はCランクから先はそれ相応の依頼達成数と、B以上のランクを持つ冒険者の推薦と認可、さらには試験が必要になるらしいが、Sランクであるナールが俺達に見込み有りと伝えてくれていたようでサクッとBランクになってしまった。
どうやらSランクというのは考えている以上に発言権を持つようだ。
ナールのニャーニャー言ってるあの姿を見る限りとても大物には思えないのだがなぁ。
でもあの時見せたあの吸い込まれるような深い瞳の色。
見かけで判断するな、という良い見本なんだろうな。
さて、ここまでの経緯はこんなところであるが、俺達が何故今困っているのか。
それはアイラの刀の修繕の件だった。
あの夜、セシリーにローブを造り、じゃあ次は刀の修復でもと竜石を使おうとしたのだが、うんともすんとも言わなかった。
預かった刀に竜石を載せて錬成してみてもまるで反応しない。
ならばと擦り付けたり、叩きつけてみたりしたのだがどれも失敗に終わった。
鑑定した結果から効果は間違いなくあるはずなんだが、使い方がわからないのだ。
困った俺達はギルドの人に聞いてみたんだが、竜石ってなんですか? と逆に問われる始末。
詳しく聞いてみると、竜石というモノなんて見たことも聞いたこともがないらしく、現物を見せてもわからないとのこと。
様々な場所で聞いては見たもののやはり収穫はなかった。
その効果を知っていたナールなら使い方がわかるかもと探しては見たが既にこの街を離れていたらしく何処へ向かったのかも分からない。
そういう訳でこうして街路を歩きながら途方に暮れていたというわけだ。
「商人も見たことがないって、一体どれだけ珍しいって話だよ」
「ドラゴンの討伐は難しいとされていますが、絶対に敵わない相手というわけではありません。現にこの街にもドラゴンのドロップアイテムは少ないながらも流通しています。それでも見たことがない、となると……」
セシリーが考えこむように顎に手を当てる。
セシペディアでも検索が不可能とは。
魔法学校の論文や本を片っ端から読み漁った歩く知識もお手上げのようだ。
「……へたに修復できると知ってしまったからにはどうにも諦めがつかんぞ。リュウとセシリーには迷惑をかけるが……」
への字口でむむ、と難しい顔をするアイラ。
やはり思い入れのある刀の事だ。
どうにかしたいと思うのは当然のことだろう。
「まあ、目的のある旅でもないしな。いっその事、それを調べる旅をするっていうのもありっていえばありな訳だし」
「ボクもその意見には賛成です。大切なモノが直せるというなら、それも一つの目的になるんじゃないでしょうか?」
「リュウ、セシリー………すまんな」
申し訳無さそうに、そう口にするアイラ。
まあホントに目的なんてないからな。
良い指標ができたと前向きに考えることにするかね。
さて、とはいったものの、まるで情報がないのでは動きようがない。
取っ掛かりでもあればいいんだがなぁ。
ルルードは貿易都市だ。
さまざまな情報や物が行き来する。
そんな街でも情報がないとなると、もっと大きな、それこそ国で一番栄えている街にでも出向くしかないだろう。
あるいは情報が詰まった資料がある図書館のような建物のある街に行くとかな。
ん? 図書館か…そういえば今まで見かけたことはなかったが。
「なあ、図書館はどうだ? 資料もあるだろうし、なにかわかるかもしれない」
ふと思いつきのように二人へと問いかける。
だが二人は難しい顔で、
「………どうでしょうか。流通する書物は国が管理、選定して複写したもので、重要なものは漏れぬように保管していますから。そういった知識に関する書物を集めた資料室は、王家が所有する城内にしかほぼ存在しないんです。国立の学舎などにも書物や論文はありますが、そのほとんどは検閲された専門に関するものですし……城内の資料室も一般に公開はされませんから閲覧は難しいかもしれません」
「……へたに民が知恵をつければ反乱が起こる可能性があるからな。街に流通するほとんどの書物は童話や伝記のような創作物だ。知識や資料となると国家機密にも関わる場合がある。差し支えのない情報の乗った書物くらいしか手にすることはできないだろう」
「愚民政策ってやつか。道理で図書館を見かけないわけだ」
王政を敷く国家は、アイラが言ったように民が知恵をつけるのを嫌う。
国に疑問を感じさせないためだ。
それにこの世界には印刷技術がない。
そうなれば圧倒的に本の流通量が減るのは当然の帰結である。
今の話だと複写するのも国が指示してやってるみたいだしな。
知識は宝だというのに。
そんなんじゃ国の発展はありえないと思うのだが。
まあヘタに発展させるよりは現状維持を選んだってことなんだろうな。
嘆かわしいことだ。
「そうなるといよいよ手詰まりだな。さてどうしたものか……」
頭を悩ませながらも歩を進める。
情報か。
世界を旅する冒険者が集まるギルドですら竜石の存在を知らないという。
他に詳しそうなところといえば商人だが、此方も同様だった。
刀を修繕する、という目的から考えると他にどんな選択肢があるのか……。
ふと、目の前の武具屋が目にとまる。
この街で一番の鍛冶師が卸しているというあの店だ。
竜石について真っ先に聞きこんだが空振りに終わっている。
だが待てよ?
武器や防具に詳しくても、造り方は知らないわけだ。
いや知ってるかもしれないが、実際に造るのは鍛冶師だ。
この街は鍛冶で有名な街である。
なら様々な武器や防具を修繕したり、材料を見てきているはずだ。
「どうした、リュウ?」
考えこむ俺を覗きこむようにアイラが顔を近づける。
不覚にも少しドキッとしてしまったが、俺は考えをまとめ口にした。
「商人が駄目なら鍛冶師に直接聞くってのはどうだ? この街は鍛冶で有名な街だし、もしかしたらアイラの刀だって竜石を使わなくても直せるかもしれない」
俺の言葉にアイラがなるほど、と手を打つ。
「確かにこの街には刀も流通している。恐らく刀を打てる鍛冶師もいるだろう。情報を聞けるかもしれんな」
だが、とアイラは続けた。
「竜石を使わずに直せはしないだろうな。以前名の知れた鍛冶師に頼み込んだことがあるが、修復は無理だと断言されたからな」
そもそも刀は折れてしまえばその構造上復元は不可能らしい。
硬い金属と柔らかい金属の二重構造でできているため、同じ材料を使ったとしても繋ぎ合わせる事は可能だが、その部分が非常に脆くなってしまうのだとか。
鋳造の剣なら溶かして再び直せるが、刀になると溶かしてもう一度一から打ち直さなければならない。
そうなってしまえば材料が同じなだけの刀であって、以前とは全くの別物になってしまい本末転倒だという。
「この刀は歴史を持ち、伝統によって伝わったモノだ。それが失われてしまう位ならこのままの方がいいと思ってな」
アイラらしいこだわりだ。
形が同じであっても、その経歴がなければ意味は無いってわけか。
「そっか。ま、竜石はあるべき形に戻して、作られた当時の耐久力に戻すってことらしいからな。刀そのものの出来や歴史が変わるわけでもないってわけか」
「ああ。我ながら頭が硬いとは思うが、どうしても、な」
「いいんじゃねえか? こだわりってのは人それぞれだし、なあ?」
セシリーに話を振ると、セシリーも同意見なのかコクコクと頷いている。
「ボクにはそういったモノや経験はありませんが、でもこのローブが同じようになったらって考えると、気持ちはわかりますから」
そう言って着ているローブに手を当てる。
『地竜のローブ』
防御力+45 魔力+20 精神+50
土属性吸収
ケイブドラゴンの皮で作られたローブ。
俺が竜の皮を錬成して造ったものだ。
ドラゴンの皮を材料にしているだけあってなかなかの性能になった。
っていうかチート一歩手前位だ。
思金神の杖と地竜のローブで魔力+120に精神+150。
加えて魔法威力増幅(強)まで付いて、それを装備するのが伝説の雷の魔法を使うセシリーとなれば、魔法戦では大陸随一かもしれん。
言ってもセシリー以外の魔法使いに会ったことはないがね。
戦いとなれば数値だけじゃ判断できないが、それでも恐るべき能力である。
まあ、その話はいいだろう。
今はアイラの刀をどうするか、その手がかりを探すのが先決だ。
気を取り直すように、一つ咳をする。
「ゴホン……さて、それじゃま、ダメ元で鍛冶師を訪ねてみるか。とりあえずこの街で一番の鍛冶師って言われてる人のところへ向かうとしよう」
場所は武具を卸している店に聞けばわかるだろう。
俺達はその店で話を聞くべく、歩き出した。