戦いを終えて
ふと、目を覚ますと其処は見覚えのある場所だった。
無造作においてある鉱石や調合の材料である野草、いつもお世話になっている作業台もある。
間違いなく俺の使っていたテントだ。
まだ少し痛む体を起こし、ぼんやりとする頭で考えを巡らせた。
「……ああ、そうか」
アマヴァンス大坑道の最奥に存在した主、ケイブドラゴンに挑戦したんだっけか。
戦いの顛末は覚えている。
俺の自爆特攻によって隙を作り、最後はセシリーが魔法でとどめを刺したのだ。
そしてそれを見届けた俺はそのまま意識を失ったんだろう。
瀕死の重傷に加えて、調合失敗のペナルティによる爆発まで受けたわけだからな。
「しかしよく勝てたもんだなぁ…」
改めて今回の戦いを思い返す。
相手はドラゴンだった。
どんな種で、ドラゴンの中でもどの位置にいるかは分からないが、元の世界では強敵の代名詞的存在の種族。
レベルも大凡二倍近く離れており、まさに激戦と言っても過言ではなかっただろう。
っつーか死にかけたしな、俺。
そこまで考えて、ふと、
「そういえば皆どうしてるんだ?」
あの戦いで疲労や怪我を負わなかった奴はいないはず。
ナールやアイラも最後には体中に傷を負っていた。
セシリーだってMPを使い果たすほどの魔法を放ったのだ。
あの後どうやって坑道を脱出したのか。
とりあえず他の皆の様子を知りたい。
「い…つつつ…」
まだ痛む身体を引きずるように様にテントの外へと向かった。
「お、起きたのかニャー」
辺りは静けさとともに闇で覆われていた。
そんな中、暗がりからナールの声がかかる。
テントの外ではいつもの様に焚き木が炊いてあり、その火に手をかざすように暖を取っていた。
よく見ると側には空の器などが散乱しており、食後だと思われる。
「ナール、か?」
「ウニャ」
俺は他の皆を探すようにキョロキョロと視線を彷徨わせるが、ナールの他には誰も見当たらない。
「他の皆は?」
「まだ寝てるニャ。お前が一番酷い怪我してたんだがニャー、一番に起きるとは余程頑丈な身体をしてるのかニャー」
まあ、いつも文字通り命削って物造りしてるからな。
疲労や痛みには耐性ができているのかもしれない。
俺はそのナールの呆れたような言葉に苦笑で返すと、焚き木を囲むように側へ腰を下ろす。
「で、あれからどうなったんだ? 気絶してたみたいで、サッパリわからなくてな」
「お前と魔法使いの嬢ちゃんはドラゴンが死んだのを見届けたら、パッタリと倒れたニャ。そのままにしておけねーから、オレとなんとか動ける剣の姉ちゃんでお前ら担いで坑道を脱出したんだニャ。まあ剣の姉ちゃんは坑道を出たと思ったらぶっ倒れちまったがニャ」
命に別状はなさそうだからとりあえずテントに放り込んでおいたニャ、とナール。
そうか、アイラは最後まで俺らを守ってくれたって事か。
アイツは面倒見が人一倍強いやつだからな、俺らの安全が確定するまで踏ん張ってくれたんだろう。
後で礼を言っておかねばなるまい。
だが、それよりまず、やることがあるだろう。
「ナール」
「ウニャ?」
「ありがとう」
深々と頭を下げた。
「ニャ!? 何なんニャ、一体!?」
「お前がいなければ俺達は、少なくとも俺は死んでた。だからその御礼だ。ホントにありがとうな」
顔を上げてナールを見ると顔を赤くしてそっぽを向いている。
意外にこういった直球でこられると弱いのかもしれない。
「ニャー……まあ、成り行きだったしニャ。オレもアイツには用があったし、お互い様でいいニャ」
「………そっか」
ナールはナールで、冒険者としても獣人としてもドラゴンを討伐しなければならないと言っていた。
それでも身を挺して庇ってもらったことには変わりない。
静かかな森のなかで、月明かり以外では唯一の灯となっている焚き木。
ナールは傍にあった枯れ木を焚き木へと放り投げる。
「……しかしお前らよくアイツに挑戦しようと思ったものニャー。正直まだドラゴンに挑むにゃー早かったんじゃねーか?」
「……かもな」
ステータスを見ることが出来て戦力比がわかる俺にとって、それは確かに無謀な挑戦だったのかも知れない。
何せレベルの差が二倍以上もあったのだから。
でも、
「俺らには俺らの目的があって、その為に何となくこの戦いは避けちゃいけない……そんな気持ちだったのかも」
「目的……英雄願望でもあるのかニャ?」
「いや、そういう願望は特にないな。でも今改めて考えるとなんでだったのかなぁ……自分でもよくわかってないんだよな」
エトランジェというパーティの今後のため。
アイラの挑戦心に感化された。
セシリーに自信をつけさせるため。
はたまた空想上の存在とされるドラゴンという魔物と戦ってみたかっただけという線もある。
どれも合っているようで的外れのような。
強いて言えばセシリーの件が大きかったように思うが、何もドラゴン相手でなくても良かったのかもしれない。
「よくわからねーのにドラゴンに挑む、か。お前ら実はアホかニャ?」
「うるせー」
強く批判できないのが辛いが、その通りだと自分でも思う。
「ま、今回はオレが居たから何とかなったものの、こんな調子じゃお前らすぐ死んじまうニャ。これからはもっとよく考えて行動する事だニャ、いつだって幸運がお前の側にあるわけじゃ―ねーからニャ、例え稀人っつっても死ぬ時は死ぬニャ」
「? 俺、お前に俺が稀人だってこと言ったっけ?」
「おっと……」
慌てて口を両手で塞ぐナール。
チラ、と気まず気に此方を横目で見る。
いや、バッチリ聞こえたからな?
「ニャハハハ! まあ、細かいことは気にすんニャ!」
ごまかすように笑うナール。
あからさま過ぎて苦笑してしまう。
まあ、別に言いたくなけりゃ聞きはしないけどな。
命の恩人に詰問するほど恩知らずでも、空気を読めないわけでもない。
ごまかし笑いをするナールは一頻り笑って満足したのか、
「ニャハハ……まあでも、忠告だけは覚えとくニャ。確かにお前は稀人として選ばれた訳だが、『世界』はお前が思ってるほど優しくはないんだぜ?」
「ナール……?」
さっきまでとは違うどこか深い瞳の色。
まるで吸い込まれてしまいそうな無機質な底のない闇を彷彿とさせる。
思わず息を呑んだ。
だが、それは一瞬で幻だったかのようにソレは霧散する。
そこにいるのは変わりない人好きのする笑みを浮かべるナール。
「ま、生き急がずにまずは世界を見て回ってみることニャ。そうすりゃいろんな事も見えてくるし、妙な事にゃーなんねーだろうニャ」
そう言って、ナールは腰を上げて立ち上がった。
「さて、お前も目を覚ましたことだし、もう此処には用はねー。オレは帰るニャ」
側の置いてあった荷物を担ぎ、此処を立ち去ろうとするナール。
俺は慌てて帰ろうとするナールを引き止めた。
「お、おい……! せめて皆が起きて、もう一回くらい食事でも……」
「オレは気まぐれな風来坊の猫ニャ。気の向くままに風の吹くままに……また何処かで会ったらご馳走してくれればいいニャ」
そう言って背を向けるナール。
だが、足を踏みだそうとして、ふと立ち止まった。
「おっと、忘れてたニャ」
そう言って荷物の中に入っていた袋を俺に投げ寄越す。
軽い音を立てて俺の手の中にソレは収まった。
「これは……?」
「ケイブドラゴンのドロップアイテム。お前ら運がいいニャ、竜の皮と竜石の二つドロップしてたニャ。特に竜石はかなりレアなモンだから大事にするといいニャ」
「ドロップアイテム……って、二つあるならせめてどっちかを貰う権利が……」
そう言う俺にナールは笑って、
「どうせオレにゃー無用の長物ニャ。食うモンでもねーし、自前の毛皮持ってるしニャ。ちなみに竜の皮は魔法使いのローブとしては最高級の材料ニャ。んで竜石はモノを復元する力があるって話だから剣の姉ちゃんの獲物を直してやったらいい。あの戦いで折れちまったみたいだしニャー」
アイラの剣が?
ってかそんな状態で俺達を担いで坑道を脱出したのか。
さすがの実力……ってそうじゃなくて!
「あのドラゴンは俺達だけじゃ倒せなかったんだ。何もしない受け取らないってのは……」
ナールだって冒険者なんだ。
戦果を上げて手ぶらでって訳にはいかないだろう。
俺がそう言うと、ナールはフム、と考えこみ、
「じゃあ、ドラゴンを倒したギルドの報酬を半分貰うニャ。ついでに坑道の主討伐の、依頼達成の顛末はオレがメイン、お前らがサブで倒したと報告しておく、それで手を打つニャ」
「討伐依頼……出ていたのか」
Aランク冒険者が何人もアイツにやられたって話を聞いたような。
そりゃ考えてみればギルドも看過できない出来事だろう。
討伐依頼が出ていてもおかしくはない。
「む、知らなかったのかニャ? しまった、こっそり手柄を独り占めすれば良かったニャ」
「………ドロップアイテムを渡さなくても良かったはずなのに、手柄だけは欲しいってか?」
「ニャハハ。獣人にとっちゃ強い敵を倒すことこそが名誉だしニャー」
ったく、本当にそんながめつい奴なら、俺達が起きる前に何もかも掻っ攫っちまえば良かった話だ。
白々しく笑う猫の獣人。
お人好しな奴だ。
「さて、ホントにもう行くニャ。短い間だったけど、世話になったニャ」
「そうか、こちらこそ世話になったな。また会ったら必ず礼はさせてもらう。腹いっぱい美味いモノおごってやるさ」
「期待してるニャ……じゃーな」
にゃおん、と一声無き、ナールは今度こそ振り返らずに背を向け歩み出す。
しかしなんとも不思議な奴だったな。
とらえどころがないというか、気ままな猫っていうか。
まあ猫の獣人らしいしな。
そういう物かもしれないな。
なんとはなく、その後姿を見えなくなるまで見送る。
「ふむ、もう行ってしまったのか」
「おわ!?」
突然後ろから駆けられる声。
「あ、アイラか、脅かすなよ……」
最近のアイラは神出鬼没属性が付きつつあるのか、こうして不意に声をかけられることが多い。
「そんなつもりはなかったが……しかし、ナールか。凄まじい身体能力と体術の使い手だったな。さすがはSランクと言ったところか」
「は? Sランク?」
「なんだ、気づいてなかったのか? 彼女の耳のピアスの石、あれはSランク冒険者がつけることを許される虹色石だったのだが……」
「虹色……そういえばランクを聞いてなかったし、ピアスも気にしてなかったな」
「お前のことだ。獣耳が、とか何とか言ってそれに気を取られていたんだろう?」
「う……」
「破廉恥者め」
否定出来ない厳然たる事実であった。
いや、此方の世界では普通にいる獣人でも、俺にとっては萌え存在なんだ。
少しくらい目がいってもしょうがないと言わざるをえないだろう、うん。
「そういえばセシリーはまだ起きないのか?」
「ああ、あれだけの魔法を放ったのだ。それに激戦による緊張の糸が切れたんだろうな、もうしばらくは起きないだろう」
「そうか……」
MPが切れて気絶するのは俺も経験が何度もある。
と言うかしょっちゅうだ。
結構キツイんだよな、アレ。
「あ、そういえばお前の剣……」
ふとナールが言っていたことを思い出す。
「ん?」
「折れたって聞いたんだが」
「……ああ、すまんな。せっかく造ってもらったんだが、たった一戦で折ってしまった」
謝罪するように頭を下げるアイラ。
「いや、謝るのは俺だ。もっと上手く錬成が出来ればよかったんだが……」
一応今まで培った錬成技術を振るった出来のいい武器のつもりだった。
決して手を抜いていないし、材料も銀を使った逸品。
だが、ドラゴン相手では少々役者が不足していたと言わざるをえない。
もっと錬成の精度を高められていれば……。
「そんなことはない、あの剣はいい武器だったぞ。私の技量の問題だ」
「……そう言ってもらえると助かるがな。早い内に新しい武器を錬成するよ」
「頼む。………しかし、こんな時あの刀さえあればな。少しは結果も違ったのだろうが」
「あの刀? 銀の刀の事か?」
「いや、私が師のもとを離れ旅を始める際に賜った一振りでな。旅の途中強敵相手に折ってしまったのだ。確かこの話は以前しなかったか?」
「そういえば……」
初めてアイラと会った時、アイラはそんなことを言っていたのを思い出す。
それで仕方なく粗悪品の銀の刀を使っていたんだっけか。
「流派『剣刃踏破』の初伝の型伝授と共に与えられた歴史ある代物でな。何でも数百年前の稀代の鍛冶師が、過去の稀人が所持していた日本刀という斬ることに特化した武器に興味を持ち、複製したと言われ、それの幾つかを初代が譲り受けたのだとか」
「また日本人か……ホントこの世界は日本文化が浸透しているというか」
文字も日本語だしな。
いや、アレは俺の言語理解スキルによるものなのか?
まあそれを抜きにしても様々な影響があるのは確かだ。
「その内の一刀を師から賜ったのだが、私が未熟なばかりに……」
「いや、まあ経年劣化とかさ、そういうのもあったと思うんだが…」
数百年前の武器が現存して形を持っている時点で相当なものだろうが、物には耐久度がある。
金属疲労もあるし、一概にアイラの責任とはいえないだろう。
「確かに刃こぼれや歪みはあったが、歴史と伝統ある一刀だったのだ」
「そんなもん魔物相手に振り回したら折れるに決まってるだろうが!」
いくら折れず曲がらず刃毀れせずを謳う日本刀だって限界が有るわ!
むしろそんな刀をドラゴン相手に使われなくてホッとしたくらいである。
一瞬でポッキリといったに違いない。
「な! 師はその刀で木や岩も魔物ですら両断していたんだぞ!」
「……お前の流派って東方不敗の間違いなんじゃないのか?」
あの人達なら金色に輝いてなんでも一刀両断だろう。
むしろ刀なんてなくても己の肉体でビルを蹴りあげたり、張り手一発で岩を粉砕したり狼の群れを蹴散らしたりするしな。
「まあアレだ、失ったものをとやかく言った所で元に戻る訳でも……ん?」
視線を落とすと、そこにあるのはナールから渡された袋。
ケイブドラゴンのドロップアイテム。
そういえば元に戻るといえば、そんな事をさっき言われたような気がする。
「何か出来過ぎなような気もするんだが」
ナールから受け取った袋を開け、中を覗く。
そこには折りたたまれた布のような竜皮であろうモノと拳大の透き通るような鉱石が存在していた。
俺はその鉱石……ナールが言うには竜石というらしいが、取り出し目の前に掲げてみる。
「………何だそれは?」
「ケイブドラゴンのドロップアイテムらしい。ホントかどうかはわからんがモノを復元する効果があるんだとか。もしかしたらその刀を修繕できるかもな」
「本当か!?」
そう言って目の前の鉱石を『見る』。
『竜石』
ドラゴンの体内で生成される魔力結晶。
形を失ったモノを補い、在るべき姿に戻す効果を持つ。
武具の耐久度を作られた当時同様に修復する。
「……うん、確かにそんな感じのモノだな」
「そうか! これで先達に顔向けが……いや、だが」
竜石の効果を知ったアイラが破顔するが、すぐさま考えこむように顔を顰める。
「なんだ? 何か問題でもあったか?」
「うむ……あのドラゴンを倒したのはセシリーやナールが居てこそだ。なら、そのドロップアイテムを私の都合で使ってしまっていいものか…」
あのドラゴンとの戦い、そして勝利はセシリーの功績抜きでは語れないだろう。
前線で戦ったアイラだが、ナールの助けもあった。
そんな中で自分の我を通して、ドロップアイテムを使わせてもらうというのが納得出来ないといったところか。
「ああ、それなら大丈夫だと思う。何か二つドロップしたみたいでな」
「二つ? そんなこともありえるのか……」
訝しそうにするアイラ。
それを横目に俺はもう一つの戦利品を取り出す。
『地竜の皮』
ケイブドラゴンの皮。
魔力を帯びており丈夫で伸縮性に富む。
軽く魔力との融和性が有り、防具の素材としては最適である。
「コレを使ってセシリーにローブを造ろうと思ってるんだが」
っていうか地竜だったんだなアイツ。
坑道に住んでるんだから、まあ地竜としてはおかしくはないか。
「ふむ……いいのではないか? セシリーには防具を造れなかったしな。それに今回の件では大分負担をかけたのだし」
「よし、決まりだな」
まあアイラなら反対はしないだろうとは思っていた。
なんだかんだで仲間思いの良い奴だしな。
幸い毛皮の扱いなら慣れている。
まあヘタに扱って消滅させたら泣くに泣けないから慎重に造らないといけないが。
体を包むようなマント、大口真神の外套みたいにすれば失敗はしないだろう。
しないと思いたい。
「とまあ、セシリーにはコレがあるんだから竜石はお前が使っても問題ないだろ。っていうかあのセシリーがモノを巡って所有権を主張すると思うか? むしろどうぞどうぞとばかりに遠慮してローブを作ることさえ反対しそうだ」
きっとどこかの三人組みたいなコントになるに違いない。
「セシリーが起きる前に問答無用で造っておこうかとすら思っているくらいだ」
「はは、それがいいかもしれんな。だがいいのか? そうするとお前の取り分がないことになるんだが」
「ん? ああ、俺はこれからの旅でまた何か良い物があったらそれを貰えればいいさ。俺は錬成で色々なモノが造れるし、今は装備に不自由してないしな」
防具は既にあるし、槍はジルコン製の逸品だ。
他にこれといって不足しているものもない。
「………そうか。ならありがたく使わせてもらおう」
そう言ってアイラが笑みを浮かべる。
普段凛々しい奴がこうやって微笑みを浮かべると絵になるな。
童貞力の高い俺にはなかなかにクリティカルだ。
いかんいかん、残念なアイラを思いだせ。
色即是空空即是色。
「………で、その刀は今持ってるのか? ローブを造る合間にパッと錬成してもいいが」
「む、そ、そうだな。では持ってこよう」
そう言ってアイラは慌てたようにテントへ駆け出していく。
余程嬉しいんだろうな。
アイラは先達に相当な敬意を持っている。
その刀がどんな歴史を持っているかは分からないが、アイラにとっては非常に重要なモノなのだろう。
その後姿を眺め、俺は苦笑を漏らした。