星空の下のエトランジェ
いつものように、テントの片隅に置かれた木材で作った簡易作業台の前で胡座をかきながら目の前の材料を睨む。
薬草から始まり、様々な場所で摘んだり採取したり採掘した錬金、調合の材料。
この世界に来てもう数ヶ月が立ち、その日々と比例するように増えた材料達。
まあ、一部……とは言わず数割は爆発によって消滅したものもあるが。
俺に多大なダメージを負わせてくれた数々の英霊たちに合掌。
そして作業に移る。
「………うーん………」
あのドラゴン野郎による敗北の日から、数日。
尽き始めた支援アイテムを調合で補充しながらも、頭を捻った。
ケイブドラゴン。
HP1000の大台を初めて越して現れたアマヴァンス大坑道の主。
レベル67とか言う巫山戯た数値を誇り、数日前防具を得て意気揚々と挑んだ俺達の挑戦は一蹴された。
というか戦う以前に全力で逃げ帰ったんだけどな。
「しかし、勝てるのかね……」
側においてある俺の相棒、ジルコンランスを無意識に握り掲げる。
明日また、憎いあんちきしょうに闘いを挑むのだ。
ナールというドラゴンを蹴っ飛ばすような猫獣人も同行してくれるというが、あの巨体に岩盤をボリボリ食うようなヤツに果たして勝てるのかどうか。
鉱石で腹下して体調でも悪くなってくれてればいいんだがなぁ。
もしくは喉につまらせて死んでしまったとか。
「希望的観測ばかり考えちまうなぁ……」
セシリーにああまで啖呵を切った手前、逃げるという選択肢はない。
だが、ソレとは別に不安であるのもまた事実だ。
調合も色々試してみたが、これといった打開策になるようなシロモノは造れていない。
変わったのは同行する仲間が一人増えただけである。
また挑戦しても同じことの繰り返しになるのではないだろうか。
「ああ~! もう、頭がモニョモニョする!」
画面越しにゲームをする時はこんな思いをしなかった。
簡単に負ければリセット。
勝てるまで何度でも挑戦。
それが当たり前だったのだが、この世界に来た俺は生身。
死ねば終わり。
その後俺達の行方を知るものはいなかった、である。
いやまあ万分の一、億分の一の確立で教会やらで復活、おお死んでしまうとは情けない、となる可能性もあるが、まあ、ぶっちゃけ普通にありえないだろう。
何か武器になるような、戦況を変えるようなアイテムでも作れればいいんだが、現実はそううまくはいかない。
レベルを上げるにしてもアベレージが35程度のモンスターを倒した所で、そう旨味もないし。
一番期待の持てる、加護付き装備も出る気配はない。
「……一応作戦は練ってはいるんだが」
3人で話し合って決めたのだが、メインのダメージ源となるだろうアイラに加護付き装備の大口真神の外套を譲渡して、膂力と敏捷のステータスを上昇させる。
セシリーが雷の魔法で攻撃。
俺は二人のサポートに回ってアイテムで補助。
ナールは正式なパーティというわけではないので、遊撃という形になると思われる。
というか作戦を話そうとしても、敵即蹴のどこぞの浪士組みたいなことしか言わないため、作戦という意味ではあまり役に立ってくれそうにない。
やはり後のことも考えると俺たちエトランジェがエトランジェというパーティとして戦わなければならないだろう。
そうでなければ挑み挑戦する意味はない。
この一戦は今後の俺たちの活動の是非を問うモノでもあるからだ。
と、意気込んでは見たもののやはり不安は拭えない。
ここ数時間そうやって堂々めぐりしているのであった。
やはり引っかかっているのは、
「セシリー、か」
前回の戦いでは魔法を放つ事もなく怯んでしまった彼女。
アイラよりもダメージとして期待できるのはセシリーの雷の魔法である。
それが明日ちゃんとあの畜生爬虫類と向き合って、魔法を放つことが出来るのか。
その点が大きな分岐点になるだろう。
今日話した限りでは意気込みは十分であり、やる気は見せてくれている。
だが、理想と現実はやっぱり違う。
セシリーが怯んでしまえばドラゴンへの蓄積ダメージとヘイト管理はアイラやナールに集中し、あの暴れ狂うドラゴンの行動を抑えきれない。
そうなれば俺もサポートしきれず前線の崩壊をまねき、みんないっしょに美味しいご飯となってしまうだろう。
だが、セシリーが踏ん張ったのなら勝機はある。
思金神の杖の存在だ。
ただでさえ強力な雷の魔法が魔力+100に加え魔法威力増大(強)というチート極まりない杖。
それによってブーストされた魔法さえ決まれば如何に67レベルの相手であっても怯ませられるだけの威力が見込めるだろう。
というかそこにしか活路はないような気がする。
未だ自分に自信が持てないセシリー。
コレはある種の賭けでもある。
今後一緒に旅をする仲間として、背中を預けても安心できる存在として、あのドラゴンに立ち向かうことが出来れば荒療治ではあるが自信もきっと生まれるだろう。
そして失敗すれば、運良く生き残ったとしても恐らくセシリーは今以上に自信を失い、もしかしたらパーティからの離脱すらあり得る。
まだ出会ってそう時間も経っていないが、俺は戦力としてはもちろん、人柄を含めてアイツとなら面白い旅ができると思って一緒にいるのだ。
抜けてもらっては非常に困るわけで。
「出たとこ勝負……分の悪い賭けは嫌いじゃない、と言うのは嘘で俺はプレイでは慎重派なんだがなぁ」
コレ以上考えてもいい案は浮かばないだろう。
というか考えれば考えるほど不安になってくる。
「信頼ってのは難しいモノだよな」
考えすぎて煮えきった頭を一度冷やすそうと、俺は立ち上がりテントを抜け出すのだった。
「…………お~う、いい夜空だな」
テントを出て少し歩いた場所で空を見上げると、都会育ちの俺では見ることの出来ない満天の星空が空を彩っていた。
この世界にきてから何度も見たこの夜空だが、いつ見ても圧倒される。
星の粒が所狭しと並び、その光がキラキラと存在を誇示するように光り輝いている。
実を言えばこの世界に来て一番の思い出はこの圧倒されるような星空だった。
俺のいた地球では科学で解明できないものはもうほぼないと言ってもいい。
実際あの時の俺には夢や希望、ロマンといったものがまるでなかった。
全てがシステム化してしまったような現代日本では、廃人ゲーマーを自称する俺にとって到底そんなものを夢見たりすることが出来ない世界観だったのである。
だが、ひょんなことからこの世界に飛ばされ、この夜空を見た時、俺は漠然とした夢の様なモノを描いたのだ。
それはまだ見ぬこんな夜空のような綺麗な景色や風景を、仲間と一緒に旅をして、探して、そして分かち合うという事。
それはきっと苦労するだろう。
怪我をして、時には喧嘩なんかもしたりして、それでも気のおけない仲間とともに到達し、眺めるソレは最高に素晴らしい物なんじゃないかって。
むしろ苦労した分、色鮮やかに映るに違いない。
それに様々な出会いや交流もあるだろう。
この世界には日本にいた時には絶対に出会うことのなかったファンタジーが存在する。
幻想だ。
本などの物語にしか存在しない幻想。
多くの人が憧れ、それでも掴むことの出来なかった、見ることの叶わなかった架空の存在。
手を伸ばせば届く位置に存在するソレに、手を伸ばさずに入られるのか。
「せっかく異世界に来たからには、ソレを見ずに平凡と暮らすなんてありえないよな。地球じゃ決して体験できない事が幾らでもあるはずだし、な」
俺は夜空に浮かぶ星を掴むように手を伸ばす。
不思議な発見や出来事がゴロゴロしているこの世界の事だ。
俺がこうして想い描く想像を超えた物語があるに違いない。
アイラやセシリーという仲間との冒険の旅。
彼女たちとならきっと、それは本当にきっと、楽しい事のはずなのだから。
「ふむ、お前の旅をしたいという原点は其処にあったのだな」
「うおっ!?」
突然かけられた言葉に驚きつつ、声のした方を見ると、
「アイラ……見て、いや……聞いたのかよ」
口角を上げどこか微笑ましそうに俺を見るアイラが其処にいた。
慌てて翳していた手を引っ込める。
その仕草が笑いのツボに入ったのか、アイラは肩を揺すって笑い始める。
「人が思いにふけっている最中に盗み聞きに覗き見とは……風情のない奴め」
「くっく……いや、別に気配を消して近づいたわけじゃないがな。それに私だけじゃないぞ」
アイラが指をさした方向を見ると、
「あの……こんばんは。その、何かすいません」
セシリーがちょこんといつの間にか其処に立っていた。
アイラはともかくセシリーがいることにも気づかないなんて。
どうやら思った以上に俺は注意散漫だったようだ。
「はぁ……まあいいけどさ」
そう言って、俺は肩をすくめた後その場に腰を下ろす。
何を思ったのか、アイラとセシリーも俺の側へとやってきて肩を並べるように腰を下ろした。
三人が何を言うでもなく夜空を見上げる。
そういえば一緒に旅をする仲間って言っても、こうして何をするでもなく腰を据えて話し集まるっていう事が無かったな。
「で、さっきの話の続きだが……」
「……なんだよ? 俺がこんな夜空を見て浸ってるのがそんなに可笑しかったか?」
「いや、それはそれで意外ではあったが違う。お前がこの世界にきて何度も言っている異世界観光だなんて言う、旅の切っ掛けについての話さ」
「ボクもリュウさんが旅をしたいとは聞いていましたが、それがどうしてなのかっていうのは今まで考えたことがなかったです。ただ漠然と、稀人であるリュウさんはこの世界を周り、そして変革していくのだと……」
「稀人、ね。俺自身そんな歴史に名を残そうなんて考えちゃいないんだけどな」
この世界では多くの稀人がこの世界に影響を与えている。
アイラやセシリーからも何度かその話を聞いた。
俺としてはそんな未来より今、何がしたいかで動いてるつもりだ。
たとえそれが世界のレールってやつに沿ったモノでも、俺は俺がやりたいことをやっているに過ぎない。
この二人と旅をすることにしたのも、そのやりたいことの一環だ。
其処に誰かの意思が介入していると言われても、ふーん、としか答えようがないしな。
「なんて言ったらいいのかな、俺の元いた世界ってのはさ、機械ってやつにすべてを支配されたような環境でさ、あらゆる出来事は全て機械による観測や計算で予測ができるんだ」
例外もあるが、大凡間違った解釈ではないだろう。
「機械? 確かドーツ王国でそんなモノが開発されているとは聞くが……」
「ん? この世界にも機械は存在するのか?」
その答えを引き継いだのはセシリーだった。
「ドーツ王国では人工で作られた金属のアイテムや武装……機械と呼ばれる無人機が魔法によって動き、労働力や防衛装置、兵器として稼働しているという話です。確か先代稀人による遺産だったかと」
「そりゃ凄いな。電気もないのにどうやって稼働してるんだか。先代の稀人ってのは相当頭のいい理系のヤツだったんだな」
異世界で機械を造ろうという熱意もそうだが、電気がないこの世界でよく機械なんて発想が出てきたものだ。
電気の代わりに魔力っていうところに柔軟性を感じるな。
恐らくその人は俺とは違い、どこぞの機動戦士辺りを造ることにロマンや夢を見たのかもな。
「まあ、その前の稀人の話は置いといて。俺はそんななんでも分かっちまうような環境で夢も希望も持てなくてな。ただ漠然と生きてるだけだった。きっとこの世界に来なければ、何を成すでもなく、ただ生きているだけの、そんな人生だっただろうな」
傍に生えていた草を一束詰み、手を離すと風にさらわれていく。
まるでこの世界に来る前の状況に流されてばかりいた俺みたいだ。
「だからこの世界にきて思った。普通ならありえないような生き物が存在するんだぜ? ファンタジーとしかいえない世界観だ。他に何かもっと不思議があるに違いない。だったらそれを見て周ったら楽しいだろうなってな」
「ふむ、私はお前の世界のことはよくわからんが、異世界というのはそういうものなのかもな。私にとっては当たり前のようにしか感じないのだが、お前にとっては違うということか」
「ああ、世界が違えば常識や価値観もぜんぜん違う。俺にとっては目新しいことばかりだよ」
本当にこの世界にきてよかったと今は素直に思えている。
今後どうなるかはまだわからないけどな。
「そう、ですか。リュウさんはいろんな事を見て周りたい……だから『異世界観光』、なんですね」
セシリーがそう、納得したように口を開く。
「ん~大体合ってはいるが、ちょっと違うな」
「え?」
きょとんとした顔で俺を見るセシリー。
相変わらずキュートである。
「たしかにいろんな事を経験したいし見てみたい。でもそれは俺だけでって意味じゃないんだよな。いつかセシリーも言ってたよな、俺達と旅をして色々なモノを見て経験して……それはきっと楽しいことのはずだからって」
「あ……」
「俺も同じ気持ちだったんだよな。一緒に旅をする仲間とソレをわかち合って、同じ想いを共有して、苦労はしても達成感とかあってさ。セシリーにもそういう気持ちがあるって、俺はあの時感じたんだよ。それを聞いた時、ああ、お前とならって……そう思った」
あの時のセシリーの憧れを見る目を思い出す。
あれはきっと、俺達への感謝だけではなく、仲間と共に旅をする楽しさや共に歩む道程への期待に対してのものでもあったんじゃないかって。
「だからセシリー、前にも言ったが俺はお前が伝説の魔法を使うとかそういう事で仲間に迎えたわけじゃなくて、同じ価値観を共有する本当の意味での仲間―――まあ、なんていうかこっ恥ずかしい言い方だが、『友達』みたいなさ、そんな感じの………ってセシリー?」
「………ぐすっ……う、うぅぅぅ……っ」
セシリーをみると、膝に顔をうずめながら肩を揺らし涙を流していた。
「ちょ……いや、俺、なんか変なこと言ったか?」
泣きながらもブンブンと顔を横に勢い良く振られる。
助けを求めるようにアイラの方を向くが、アイラは片肘をついて微笑ましそうに空を見上げるだけで、何のフォローもしてくれなかった。
こ、このやろう……。
このまま立ち去るのも気まずいため、俺は少し悩みながらもセシリーの肩をポンポンと叩く。
なにがそんなに琴線に触れたかは知らないが、泣き止むまではそばにいたほうがいいのかもしれない。
アイラもその場を動く様子はないしな。
暫くの間そうしていたのがよかったのか、次第に波が治まっていき、しゃくりあげるように肩を揺らしながら、涙で濡れた顔をローブの袖で何度も拭い、セシリーが言葉を紡ぎ始めた。
「ボク……頑張り、ます」
「セシリー?」
「頑張りますからっ………だからっ……」
「………そっか、これからもよろしく頼むよ」
「はい……はい……っ!」
俺達三人はその後、特に何かを話すわけでもなく、ただ夜空を見上げていた。
満天の星空の中、形には残らない何かを分かち合うように。
ただ静かにずっと……。
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時は深夜。
三人が星空を眺めているのを、一つの影が見守るように見つめていた。
「うーん、今回の稀人はちょいと変わってるみてーだニャー」
その影はひとしきりその光景を見届けると、踵を返しその場を立ち去っていく。
その顔には笑みのような、しかし苦いものも混じった複雑な表情が現れており、ポリポリと頬を掻く。
「共に旅をしそれを分かち合う仲間、か。おもしれー事考えるヤツだニャー。ちっとばかり興味が湧いてきたニャ。アノヤロー達が気にかけるのも何となく分かるニャ」
それは誰に言った言葉なのか。
それを知るものは、此処にはいない。
「ま、今は多少の面倒だけは見てやるニャ。だが、オレが直接手を貸すのは今回限りニャ。コレ以上は『世界の理』に抵触しちまうからよ、その後はアイツラ次第ニャ。どうなっていくのか……はてさて、だニャー」
そう言って気まぐれな猫のように、にゃおんと一声鳴くと影を残さずその場から消えていった。
まるで何事もなかったように、何一つ痕跡を残さずに。