NYAーNYAーNYAー
「うぉぉぉぉッ!!」
俺は雄叫びを上げる。
槍をしっかりとその手に握りしめ、対する敵に自分の思いを誇示するかのように。
相手はアマヴァンス坑道の最奥に存在する主。
生半可な覚悟では奴と対峙することなど出来ないだろう。
俺は横にいる仲間たちを見やる。
目線を合わせ目配せする。
お互いの意見が合致した。
そして俺達はタイミングを合わせ、一気に駆け抜ける!
―――後ろ向きに、全力で。
「だから言ったじゃねえか!! まだアイツと戦うには早いって!!」
「皆で力を合わせれば勝てると思ったのだ! かつての勇者たちは自分達の力をはるかに超える魔物を相手に勝利しているのだぞ!?」
「それはそいつらが何かに選ばれた英雄だか、運が良かったかだよ! 大体レベル60以上の化け物だってわかった時点で撤退しようって提案したのに、真っ先に切り込みやがって!」
「私にはそんなレベルなどというモノは見えなかった!」
「そりゃそうだ! で、俺の忠告は!?」
「右から左だったな、うん!」
「アホかぁぁぁぁ!!!」
「りゅ、リュウさん、アイラさん! 後ろ、後ろっ!!」
全力疾走で後ろ向きに前進する俺達を追う『坑道の主』。
その頭の上に表示される数値を見るたびに絶望に襲われそうになる。
『ケイヴドラゴン』
LV・67
HP・1135/1203
MP・248/248
その大きさは俺の世界で建築されたちょっとした一軒家くらいある図体だ。
姿形は名は体を表すかのように、古代に隆盛を迎えていたとされる恐竜そのもので、人間サイズの物体なら軽くぱっくりとイケそうな位である。
まるで気分はティラノサウルスに追われる恐竜映画だ。
「うおぉっ!?」
俺のちょうど真横の岩盤にヤツの牙が突き刺さる。
煎餅でも齧るように抉られる岩盤を見て流石にぞっとしてしまう。
鉄の防具を造って装備しているからといって、噛まれれば即死亡遊戯だろう。
きっとヤツには俺達が美味しいごちそうにみえているに違いない。
「とりあえずここはまだ広い! 確か坑道の中腹は狭くなっていたはずだ! そこまで全力で逃げるぞ!」
「ふむ……しかしなぜあんな巨体の魔物がこんな坑道に生息しているのだろうな、不思議なものだ」
「しらねえよ! 奥の方の何処かに外へ通じる通気口みたいものでもあるんじゃないのか?! いや知らないけどっ」
呑気に話しているようにみえるかもしれないが超必死である。
「はぁ…はぁ…もう……限界ですぅ……」
セシリーが息も絶え絶えになって、走る速度がだんだんと落ちていく。
このままではヤツの美味しい夕食になってしまうだろう。
くそ、この坑道のモンスターのレベルが奥に行っても35前後だという点から油断していた。
主というくらいだから多少は高いレベルの魔物だと予想はしていたが、まさか67レベルでドラゴンだとは夢にも思わなかった。
初見殺しもいいところである。
コレがゲームならコントローラーを投げるだけで済むが、今の俺達はリセットボタンもなく投げるのは命ぐらいのものである。
あと悲鳴とかな。
いやまあ、悲鳴を投げるとは言わないか?
最高にどうでもいいことではあるが。
「ちっ、なにか手はないか……」
走りながらも考える。
左右上下の岩盤を見ると、まだケイヴドラゴンが動けるだけの幅を有している。
むしろヤツが暴れまわってるせいでガンガン岩盤が削れて広くなっているくらいだ。
もしかしたら前にも何回か同じようなことがあって、坑道の大きさが広がったのかもしれないな。
道理で奥に行くたびに狭くなるどころか広くなってくと思ったよ。
普通は奥へ行けば行くほど狭くなるはずだし。
と、そんなことを考えている内についにセシリーの体力が尽きたのか、膝に手を当て立ち止まってしまった。
「セシリー!?」
そしてその隙を逃す訳はなく、ケイヴドラゴンがセシリーに迫り来る。
大きく開けた口には鋭牙が並ぶ。
「ひっ………!」
セシリーは恐怖で身動きがとれない。
最悪の予想が頭をよぎる。
だが、
「――――せえぇやぁっ!!」
その牙はセシリーを食い破ることはなかった。
いつの間にかアイラがドラゴンの死角へと移動しており、喉元に切り上げの一撃を叩き込んでいた。
「ギャァァァウウウッッ!!?」
思わぬ一撃を食らったドラゴンはたたらを踏むように、その場でもだえ苦しむ。
しかしその一撃だけでは不十分だったのか、ドラゴンが倒れこむ様子はない。
むしろ痛みによって怒りを感じたのか、その目に強い殺気をギラつかせ始めた。
「ちっ…! 手応えはあったが首を切り落とすまではいかなかったか……っ」
一撃を放った後、素早くセシリーをかばうように前に立つアイラ。
不意打ちの一撃を食らったドラゴンは、不幸中の幸いというべきか、様子を見るように足を止めている。
だが、俺達もセシリーがもう走ることが出来ないため、その場を動くことが出来ない。
戦況が硬直したとでも言うべきか。
まあ、事態が好転したわけでも無いがな。
「………どうする? もうセシリーの体力が限界だ。このまま逃げる事は無理っぽいぞ?」
「………ああ、わかっている」
セシリーは杖を支えにして立っているのが精一杯といった様子だ。
とても走って逃げられるような体調ではない。
睨み合う俺達と魔物。
起死回生の手を探るもこんな坑道ではどうしようもない。
あるといえば背中に背負っているバックパックにある鉱石くらいなものだ。
錬成した所でどうにかなるような状況ではないし、どうしたものか……。
そんなことを考えていると、隣のセシリーが、
「ぼ、ボクが……ボクが囮になります……お二人はその隙に……」
息も絶え絶えにそんなことを言い出した。
瞬間的に頭がカッとなった。
目の前が真っ赤になり、心臓の音がはっきりと聞こえてくる。
セシリーを見殺しにして逃げる?
そんなことはな―――
「んなこと認められるか! いいか、保護責任者遺棄等罪と言ってだな、助けられる人を助けない場合、刑法で3月以上5年以下の懲役に処されるんだ、わかったか!?」
「ほごせきにん…いき……?」
「つまり、仲間を見捨てたらいけないってことだよ!」
槍を両手で握りしめ、足を踏ん張り目の前のドラゴンへと向ける。
不思議と恐怖を感じなかった。
さっきまでは手が震えていたっていうのにな。
「………やるのか?」
隣を見ると、こんな苦境にあるというのに口角が上がっているアイラ。
俺は一つ頷いて目の前の敵をまっすぐに見据えた。
「………やるさ」
勝ち目は正直に言ってゼロに近い。
なりふり構わず逃げたっていい場面だとも思う。
それでも逃げようなんて思わなくなったのはなぜだろうか。
後ろに仲間がいる。
そんな状況に酔ってしまったのかもしれないなぁ。
英雄願望なんて俺には無いと思っていたんだがね。
「グルゥゥゥ……ッ」
俺達がやる気になったというのを感じ取ったのか、ドラゴンが警戒するように身を伏せいつでも襲いかかれる体制を取る。
俺はアイラに目線で合図を送った。
そして、
「ウニャーーーーーーッ!!!」
唐突に俺達の横を通り過ぎる影。
妙な叫び声(?)を上げながら、勢いをそのままに華麗なまでのドロップキックを放った。
――――ドゴォ!!
見事そのドロップキックはドラゴンの横っ面を吹き飛ばし、その顔面は岩盤へとめり込んだ。
「……………」
「……………」
「……………」
辺りに沈黙が訪れた。
俺達は訳がわからないまま、その様子をただ呆然と見守っている。
乱入したとおもわれるその影はクルクルと宙を舞い、軽い身のこなしで俺達の隣へと着地する。
そして、
「………お前ら誰ニャ?」
此方のセリフであった。
その後、ドラゴンを蹴っ飛ばした猫語(?)を喋る人(?)は、岩盤に顔が埋まって身動きができないドラゴンをと俺達を見て事情を理解したのか、殿をかって出てくれた。
わけの分からなかった俺達だが、「とりあえずここから脱出するニャ」と言う言葉に従い共に坑道を脱出した。
正直何が起こっているのかわからねーと思うが状態であったが、九死に一生を得た俺達は、事のあらましをを説明しながらせめてものお礼と称し食事を振舞うことにしたのである。
「いや~、そうかそうか。それでお前らアイツに追われていたのか。奥が騒がしいから何かと思ったニャ」
「あーなんだ、そのお陰で助かったよ、ありがとう」
「んーにゃ、お礼を言われるほどでもねー。こうしてメシを食わせてもらってることだしニャー」
ガツガツと用意した食料を次から次へと口に運ぶ猫娘。
服装や体型から察するに女性であることは間違いないだろう。
結構なものをお持ちになっているみたいだし。
ニャーニャー言っているが、それは口癖なのだろうな。
ピコピコと動く猫のような耳があるため見たところ獣人っぽいんだが。
しかしあれだな。
街でも見かけたが獣人っていうのはやっぱり獣耳なんだな。
一応助けてもらった恩人であるため、ジロジロ見るのは失礼に当たるんだろうが、どうにも目がソレに吸い寄せられてしまう。
猫娘は俺の視線に気づいたのか、
「ん? オレの耳が珍しいのか?」
「あ、いや。こうして獣人? の人と話すのが初めてでな」
「なるほどニャー。確かにオレら獣人は人族みたいに数は多くないからニャ。こうして顔を合わせることもないかもしれんニャ」
聞けば獣人は森を住処にしている種族らしく、大半の獣人は住処とした森に集落を作りそこから離れたり森を出ることは稀であるという。
ただ、獣人はその身体能力の高さから戦闘能力が秀でており、時折森の生活では刺激が足りず、自分の力を試すように冒険者になったりするらしい。
「へえ……森を住処に、か。それにしてはルルードの街では獣人を多く見かけたんだが……」
「それはアマヴァンス大坑道にドラゴンが出たって噂になったからだニャ。オレらは強い敵を求めて冒険者として放浪しているようなもんニャ。ドラゴンっつったらどんな種でも上位の魔物だからよ、殺っちまえば箔もつくってもんニャ。大方そんなところじゃねーかニャ」
「それじゃあ……えっと貴方もドラゴンを?」
「貴方なんてこっ恥ずかしいからナールでいいニャ。ま、そういうことだニャ」
彼女の名前を聞き、俺はまだ自分の名前すら言ってないことに気づく。
「ああ、すいません俺はリュウです。こっちは……」
「私はアイラだ。よろしく頼むナール殿」
「……………セシリーです」
お互いに改めて自己紹介をする。
セシリーはまだ行動の事を引きずっているのか、口調に覇気が感じられない。
トラウマにならなければいいんだが。
「うにゃー、気軽にナールって呼び捨てにしてほしいニャ。困ったときはお互い様ニャ。こうしてメシも食わせてもらったしニャ」
気づいたら結構な量を用意していたはずの食料があらかたなくなっていた。
かなり奮発して多めに出したんだが……。
伝説のフードファイターもびっくりな胃袋である。
大食い王に出られそうなほど食いまくったナールはひと心地ついたのか、若干膨れた腹をポンポンと叩くと、
「で、お前らこれからどうするニャ? オレはアイツに用があるからまた坑道に潜るつもりニャが」
「……あの化け物を倒すってことか?」
「ニャ。アイツにゃー何人もの同胞が食い殺されてるからニャ、冒険者としても獣人としても殺らにゃなんねー。お前らも追われてたって事は、アイツをねらってたんじゃねーのか? リベンジっつーなら手伝ってもいいニャ」
「それは……」
あの化け物を思い出す。
確かにレベルが高く恐ろしいバケモノだった。
でもここで芋を引くように逃げ出してもいいものか。
これからも旅を続けるならこういった経験は何度も遭遇するだろう。
そのたびにこんな調子では、旅なんてやっていけるものだろうか?
幸いナールはドラゴンを蹴っ飛ばすくらいの強さで、同行もしてくれるという。
頼もしい戦力になってくれるのは間違いないはずだ。
それに俺としてもやられっぱなしっていうのは性に合わない。
「…………」
「…………(こくん」
アイラをみると、決意を込めた視線を送ってくる。
彼女も俺と似たような気持ちなのだろう。
だが、
「……………」
オレやアイラはともかく、セシリーを見る。
怯えたような目で、縋りつくようなそんな視線。
もう一度アタックすることに反対なのだろう。
あんな思いをしたんだ、もうあんな化け物と対峙するどころかトラウマになっていたとしてもおかしくない。
っていうか普通はなる。
俺だって出来れば二度と会いたくないという気持ちはある。
それにもともとセシリーは性格が穏やかで繊細な部分がある。
優しいとも言えるが、それは臆病とも取れるセシリーの欠点だ。
これからのことを考えると、ここで慣れておく必要がある……というのは言葉がおかしいかもしれないが、逃げてばかりいては今後の活動に影響が確実に出るだろう。
ドラゴンじゃなくても、凶暴なモンスターはこの世界にはそれこそ星の数ほどいるのだ。
いや、それはちょっと盛り過ぎかもしれんが、そんなモンスターに会うたび何も出来ないなら、どこに行くにも臆病に安全な場所での旅という選択しかすることは出来ない。
これはある種の選択でもあるのかもしれない。
『エトランジェ』というパーティの。
だから俺は、こう言うしかないのだ。
「なあ、セシリー。お前は俺たちについて来てくれるって言ってくれたよな」
「………はい」
「俺達の目的はこの世界を旅することで、簡単に異世界観光なんて言ったけど安全な場所だけ見て回るわけじゃないんだ」
「……………」
せっかくこの世界にこれたのだから、いろいろな場所を見てみたい。
そう思う場所が危険だと言われる所でも、そこに目的が出来たなら行きたいと俺は思うだろう。
ココらへんはゲーマーとしての性だな。
危険な場所ほど得るものが大きいというのはRPGの醍醐味でもあるし。
強力な武器やアイテムを作るための材料とか、そういうのってそういう場所にあるのが定番だしな。
「もし、今日のことで俺達に付いてこれないっていうならそれもしょうがないと思う」
「………」
「今日明日危険を避けた所で、きっとまた同じようなことは起こるはずだ。お前も知っての通り俺はちょっと違う人種らしいしな。多分そういうことに巻き込まれたり首を突っ込んだりして、きっとお前やアイラに迷惑をかける」
この世界に来た稀人は必ずこの世界に影響を与える存在になる。
それはいままでの歴史が証明してきた事実なのだ。
多分それは命の危険だってあるに違いないだろう。
「だからさ、セシリー。酷なことを言うようだがそんな俺を助けちゃくれねえだろうか?」
「…………え?」
その言葉で初めてセシリーが顔を上げる。
「いや、俺はさ、アイラみたいに強くもないし、セシリーみたいに魔法も使うことが出来ない。セシリーにパーティを抜けられたら多分俺簡単に死ぬような気がする。アイラはあれで残念な部分があるからなんかの拍子に同時にポックリ、みたいな」
「…………おい」
今まで黙って聞いていたアイラのツッコミが聞こえるがこの際無視だ。
「それに俺もカッとなると周りがよく見えなくなっちまうし、そんな中セシリーが俺たちを抑止してくれたり、あの超威力の大魔法で助けてくれたり……ああ、なんて言ったらいいかわからんが………っ」
なんか頭がモニョモニョする!
元々俺は対人スキルに難ありの人間なんだよ!
言葉がうまくまとまらない。
「で、でもボク……あの時何も……出来なくて……」
「あ~そういう助けて欲しいじゃなくて……俺が言いたいのはだな、ぐあッ! もう一言で言うぞ!」
「…あ、え?」
「いいか! ――――俺は、お前とこれからも一緒に旅をしたいんだよ!」
時が止まったような静寂が訪れる。
「………………………………ふぇ? ……えええええええぇぇぇ!?」」
突如あたふたと顔を真っ赤にしながらテンパりだすセシリー。
隣を見るとアイラが頭痛を堪えるように額に手を当てている。
俺は自分が何を言ったのかだんだんと理解をし始めた。
「いや、いやまて! 変な意味じゃない! 勘違いするなよ!? って、おいコラナール!お前はお前でなに拍手してるんだよ!」
「ニャー、恋の生まれる瞬間ってやつを初めてみたニャー。感動だニャー」
「生まれるか! 誤解しか生まれてないわ!」
「ニャハハハハ!」
この猫ヤロウ!
明らかにわかっててからかってやがるな。
白々しい拍手とともに転がりながら笑ってやがる!
「おいアイラ! お前も何とか言ってくれ!」
「くっくっく……いいじゃないか、一緒に旅をしたいという言葉のどこに誤解がある。ははははははっ!」
お前な!
これじゃ、俺がセシリーに告白したみたいじゃねえか!
「………くす」
そんな喧騒の中、かすかな笑い声。
聞こえた方を向くとセシリーが肩を震わせて顔を両手で覆っている。
「………くそ……ああ、もういいよ。笑ってくれ俺を笑えばいいさ」
三人の笑い声に俺は背を向ける。
背中越しに聞こえてくるその笑い声は、静かな森のなかに似つかわしくない賑やかさを持っていつまでも続いていた。