that is the question
ドン、というけたたましい音とともにテントからミサイルのように発射される物体。
2,3回バウンドしてサーフボードよろしく、土という波に乗って滑走し、木にぶつかってその勢いを止めた。
ぴくりともしない物体X。
っていうか俺だった。
「ごふっ!? げほ、ごほ……りゅ、リュウさん!?」
俺の異変、と言うか痴態を目撃し外で食事をとっていたセシリーは、ソフト帽の探偵の如く華麗に口からスープを吹き出した。
アイラはもう慣れたことなのか、すまし顔で食事を続けている。
「ってぇぇ……今回はなかなかの爆発っぷりだったな」
打った頭をさすりながら、ノソリと立ち上がる。
駆け寄ってきたセシリーを手で制し、大丈夫だとひらひらさせた。
「くそ……やはり防具は難しいな」
爆発の原因はやっぱりというべきか防具であった。
ルルードでアイラやセシリーが買った防具のプロトタイプ的なものをつくろうとしたところ、やはりというべきか爆発したのである。
試したのは比較的質量の少なそうなアイラのブレストプレート。
まずは弓道の胸当てを媒体として片側の肩と、後ろにぐるっと鉄で覆うようにしたのだが、何が行けなかったのか大爆発だ。
途中までは上手くいっていたのだ。
弓道の胸当ての部分までは上手く言ったのだが、そこからブレストプレートのように発展させることができなかった。
全く理解不能である。
鉄の板を作ることはできる。
そこから湾曲させたりも一応は可能だ(爆発もするが)
問題はそこからである。
買ってきた防具の見本通りに真似しようとしてもなぜか出来ない。
もういっその事鉄の板を紐でくくって、鉄のエプロンだ! と開き直るか?
最高に使いづらい品になること請け合いだろうが。
「………どうしたものか」
そうやって色々考えていると、く~っと腹がなる。
そういえばもう日が登っているな。
作業を始めたのが夜中だから徹夜してしまったということか。
しょうがない、気分転換を兼ねて俺も食事でもするかな。
「で、今日はどんな失敗だったんだ?」
器用にスプーンを加えながらそう問いかけるアイラ。
「一応胸当てっぽいものはできたんだけどな。こう後ろの板金? 詳しくはわからんがそんな感じのものがな、どうしてもネックになるというか」
「ふむ……」
「いろいろ試してみたんだがなあ…どうにもって感じだ」
俺は用意されたスープを飲みながら答える。
「やっぱり一から手で作ったほうがいいのかもしれんなぁ」
ルルードの街は鍛冶に街だ。
どこかの鍛冶師に弟子入りするのもいいかもしれない。
だがそうすると恐らく年単位の修行をしなければならないだろう。
そんな長い時間をこの街にアイラとセシリーを拘束することは出来ないし、俺自身そんな時間を費やすなら、多少金は掛かっても鍛冶屋でオーダーメイドしたほうが効率がいいだろうとも思う。
既成品の防具を買って、その構造を見るだけでも違うと思ったんだが。
「見通しが甘かったのかなぁ」
「まあ、思い通りに事が運ぶ事などないさ。急ぐ旅ではないしな、幸いこの坑道の奥の魔物は強くなかなかの修行場でもあるみたいだし」
「ボクもアイラさんの意見に賛成です。急いては事を仕損じる、ですよ」
「そんなもんかね」
落ち込む感情をぐっとこらえ、俺は食事に専念することにした。
坑道を拠点にしてから幾日がたった。
あいかわらず俺はミサイルになること多数。
そろそろ星を巡るスペースデブリにならんばかりの勢いだ。
もう本当に鍛冶屋に弟子入りか、既成品のオーダーメイドで行こうか。
そんなことを考えている、そんな頃であった。
「む?」
いつものように三人で朝食を食べていると、アイラが突然動きを止めた。
その表情には警戒が現れており、周囲に視線がせわしなく動いている。
「どうした?」
俺が不思議に思い声をかけても返事をせず、じっとしているばかりだ。
「?」
セシリーも不思議そうに首を傾げている。
何かあったんだろうか?
アイラが警戒してるなか、邪魔をしてはいけないだろうということで静かに食事をとる俺とセシリー。
ちょうどその食事が終わる頃、
「ん? なんだ?」
俺達が拠点にしている近くの森の藪がガサガサと音を立てる。
一瞬獣か? とも思ったが、揺れる藪の音の中に、かすかに金属が擦れる音がする。
次第にその音は大きくなり、もうすぐそこまでやってきた。
「人? こんな所に……?」
俺達がテントを張って拠点としているのはアマヴァンス大坑道から少し離れた所にある。
この坑道に日数をかけて挑む冒険者が、何度か使っていただろう森のなかでも少し開けた場所だ。
坑道の入口付近では他の冒険者に迷惑がかかるし、質の悪い冒険者なら寝込みを襲ってくる可能性もある。
森のなかなら獣はいるが、獣が嫌がる臭いのする匂草(俺の調合品である)を焚き木に混ぜて燃やしており魔物が寄ってこないため比較的安全なのだ。
足音はルルードから来たのならアマヴァンス大坑道の入り口を通りすぎてコッチに向かっていることになる
なにか嫌な予感がするな。
アイラはそれが分かっているのか既にその手に剣を手にとっており、臨戦態勢に入っている。
俺も傍にあった槍を手元に引き寄せ、足音の方向に注意を向ける。
どくん、と心臓が跳ねる。
そしてついに足音がすぐそこまで来た。
「少し失礼する。ここらで焚き木の煙を見かけたものでね、寄らせてもらった」
藪から現れたのは、身長が190近くあるかと思われる初老の偉丈夫だった。
傷ひとつ無いプレートアーマーを着こなし、その背には自分の身長よりやや小さいくらいの大剣を背負っている。
鎧の上からでも鍛え上げたであろう肉体が予想でき、ただ立っているだけでも異様な圧力を感じた。
「あ、貴方は……?」
「ああ、済まないね。自己紹介をしなければならないか。私の名前は―――」
「アルベルト…っ!?」
名前を口にしたのは目の前の男ではない。
ぽかんとした表情のアイラだった。
名前を呼ばれたその男は、アイラの方を向くと、
「お、おおおぉぉぉぉぉ………アイリィ様、お久しゅうございます!!」
その場で崩れ落ち、駆け寄ったアイラの手を頭上へと掲げた。
ここに神はいた! そう言わんばかりのポーズであった。
「…………誰?」
「………ボクにもちょっと……」
取り残された二人は顔を見合わせながら肩をすくめたのであった。
「なるほど、お前はルペイン聖王国には留まっていなかったのか」
「もちろんでございます! あのような簒奪者の治める国など一秒たりともいたくありませぬ」
憤懣やるかたないと言った様子の男―――アルベルトは怒りに任せるように、肉を食いちぎっては口に運ぶ。
あの後成り行きで、一緒に飯を食う事になった。
なんでも空腹だったらしく、焚き木の煙と匂いに誘われてやってきたらしい。
しかしよう食うな、この人。
相当腹が減っていたんだな。
みた感じ40を過ぎているようにみえるんだが、胃もたれとか大丈夫だろうか?
「してアイリィ様、この者達は?」
アルベルトはなおも食いながら俺たちを見やる。
アイラはため息をつきながら口を開いた。
「こっちのパッとしない男はリュウ。もう一人の女性がセシリーだ。私の冒険者仲間でもある」
パッとしないって。
物言いを挟みたい所であるが、話の腰を折るのも何なので、黙っていることにした。
俺は空気の読める男なのだ。
「なるほど。アイリィ様は今まで冒険者をしてらしたのですなぁ」
「ああ、剣の修業も兼ねて、な」
「なるほど………そうでしたか」
アルベルトは食器を置き、一つ頷いた。
そしてぼんやりと空を眺め始める。
一段落ついたと思ったのか、セシリーが気まずそうに口を開いた。
「あのぅ……アイラさんはこの方とどのような……」
「ん? ああ、さっきも名前は聞いただろうがコイツはアルベルト・アウグスト。ルペイン聖王国の近衛騎士副団長だ」
「元、でありますアイリィ様」
「ああ、そうだったな」
元近衛騎士団副団長か。
道理で威圧感があると思ったよ。
まあ問題はなんでこの元副団長様がアイラをアイリィ様と呼び、目上の人かのように敬わっているのか、ということなんだが。
もう誰かが思いっきりババをした直後に入ったトイレのように臭う。
強烈な面倒くさい臭がプンプンするぞ。
触れるべきか触れないべきか……that is the questionだ。
だがここには天然が一人存在する。
無垢なる心を持って核心をついてしまうだろう女性が。
「……それでその副団長様がなんでアイラさんと……? それに敬語とかも……」
まさに一閃である。
ズバッといったなこれは。
予想道理アイラはあたふたと挙動不審になり、目が泳ぎ始める。
「む……う、うん。ま、まあ昔なじみでな。なんというか……うん、堅苦しいヤツなんだ。誰に対してもこんな感じだったと思うぞ。アルベルトもアレだ、その堅苦しい敬語はやめて普通に接してくれ、うん」
「何をおっしゃいますか! このアルベルト、先代から仕え、幼少のみぎりからお守りした大事な姫むぐっ――――」
神速で口をふさぐアイラ。
残像が見えてもおかしくない動きである。
「す、すまんがちょっとアルベルトと話をしてくるっ!」
「な、何を……! 姫さむぐぅ……っ!」
そう言って、アルベルトを引きずるようにその場を立ち去っていった。
取り残された俺達はあいた口が塞がらず、ただ呆然とするのみであった。
時間は深夜。
俺は皆が寝静まった頃、一人外の空気を吸うためにテントを出ていた。
帰ってきた二人は口裏を合わせたように、かつての冒険者仲間だの一点張りで押し通した。
セシリーは疑問や不信を多少持っていたようだが、元来人を疑うことをしない人柄で、その言葉に一応の納得をした。
俺は特に突っ込むこともせず、我関せずを通した。
まあ、誰にだって過去はあるし、言いたくないというなら聞くのも野暮っていうものだろう。
大体の予想はついてるしな。
「やれやれ……」
なんとなくボヤくようにため息を吐く。
こんな時タバコでもあれば様になるんだが……。
「…………リュウ」
そんなことを考えていると背後から声がかかる。
振り向かずとも声でわかる。
アイラだ。
俺はあえて振り向かず声もださず、手を上げて答える。
「………リュウ、お前には話しておかなければ―――」
「言いたくないなら別に言わなくても構わんぞ」
「………!」
言葉を遮るように返答を返す。
背後でアイラが息を呑むのがわかった。
「別にお前がどこの誰だろうが、まあ言葉は悪いが俺としてはどうでもいいというか。っていうかうすうす気づいていたっていうか」
男言葉でときどきポロッと口に出る妙な言葉と態度。
察するなっていうほうが無理な話だ。
「そうか……気づいていたか」
「といってもこの世界のことは全然知らないからな。お前が何処かの王女様かもしくはその縁者ってくらいか」
「……………」
アイラはその言葉に何も返さず、俺の隣へと足を進め、腰を下ろした。
俺もそれに合わせて腰を下ろす。
「リュウはなかなか鋭いな」
「鋭いっていうか……結構バレバレだったっていうか」
「む……私としては完全に隠し通していたつもりだったのだがな」
「ならお前に嘘をつく才能はないってことだ」
「………むぅ」
膨れるようにそっぽを向くアイラ。
まったくやんごとない身分の奴がする仕草ではない。
「まあなんだ、いつもどおりでいいじゃねえか。どんな事情を抱えているかはわからないけど、お前は俺が旅をするっていったら付いてきた。剣の修行をするためにってな。俺の中でお前はそんな旅仲間なんだよ」
「リュウ………」
「別に復讐がどうのってわけじゃないんだろ?」
「それは……うん、今更私はどうこうするつもりはない、が」
「ならいいじゃねえか」
そう言って俺は腰を上げ伸びをする。
空を見上げればなかなかに良い星空だ。
湿っぽい話は似合わない。
語るとするならロマンチックが止まらない話だろう。
「………んじゃま、俺はテントに戻るわ。早い内に寝ろよ………まあ爆発で起こしちまうかもしれないが」
未だに防具は試行錯誤の日々だし。
「………お前はあいかわらずだな」
「はは、まあ夜は長い。気持ちの整理でもつけて、お前も明日は相変わらずでいろよ」
ひらひらと手をふり、アイラに背を向ける。
こんな坑道でこんな出会いと出来事があるとはなぁ。
これも良縁スキルだとか言わないよな………
益体もないことを考えながら、俺は自分のテントへ戻っていった。