ボクだけに許されてる伝説が今始まる
「な、なんていうか………とんでもないな、魔法という言うのは」
「…………さすがの私も言葉がない。これが古の魔法技術と言われていた雷の魔法なの、か?」
呆然とする俺達の前にあるのは、何かに抉られたように傷跡を残す『元』岩だった。
まるで超特大のハンマーで砕かれたかのようだ。
しかし呆れるほどのこの威力。
魔法というのはこれほどの威力を誇るものなのか?
「ただ驚いたという感想しか出てこない……魔法って凄いものなんだなぁ」
俺は簡単に魔法を使いたいなんて言っていたが、これを見ると夢物語なんじゃないかと思えてしまう。
「馬鹿を言うな、あんな威力を普通と思われては困るぞ。それに雷の魔法なんて数百年も昔に語られる、お伽噺の世界の勇者が使っていたと言われる伝説上の魔法だ。この目で見る事ができるなんて思いもよらなかった」
呆れたようなアイラの言葉。
昨日、正確には今日の深夜にも聞いた話だが、雷の魔法というのはこの世界でもとっくに失伝している魔法形態なのだそうだ。
俺がスキルに書いてあるとおりに、雷の魔法の才能が有るぞと口にした時、誰よりも驚いたのがアイラだった。
なんでも雷というのはこの世界では力と破壊の象徴と言われており、人々に畏怖されているのだそうだ。
はるか昔に勇者が巨大なドラゴンをその一撃で葬った、なんていう本当かどうかわからない話だがと延々と続けられたのだが、この目で見るとなるほど確かにと頷ける話だ。
雷の魔法なんてファンタジーではそう珍しくないと思っていたんだがなぁ。
「……これを、ボクが? 本当に……嘘……?」
俺達も驚いているが、彼女もまた驚いているのだろう。
ロッドを構えたまま魔法を放った姿を解く事も忘れ、ただその光景に呆然としていた。
そういえば放った本人を忘れていたな、と俺達は彼女――セシリーに駆け寄った。
「いや、月並みな感想で悪いんだが……その、凄かった」
「リュウさん……」
「驚かせてもらった。これでもう貴方を無能なんて言う連中はいなくなるだろう。なにせ伝説の魔法を扱って見せたのだからな、おめでとう」
「アイラさん……ボク……っ」
祝福の言葉を受け取り、ようやく実感が湧いてきたのだろう。
その目にじんわりと涙が溢れてきた。
「~~~~~っ! 嬉しいです……ボク、嬉しいよぅ……っ! 貴方達の言葉を信じてよかった! 貴方たちに出会えて本当に良かった……!」
崩れ落ちるように喜びを噛み締め、さめざめと泣くセシリー。
自分を落ちこぼれと語って、自信をなくしていたのがほんの数時間前。
もはや彼女は落ちこぼれではない。
それどころか、優秀という言葉も霞む伝説の魔法使いなのだから。
「ぐすん……ずず……っ。でも、どうして私がこんな魔法を使えたんだろう……魔法学園では何の才能もないって言われていたのに……」
改めて振り返り、疑問が湧いて来たのだろう。
喜びの影に少しの戸惑いがある。
「よくは分からないが、その、失伝? していた魔法が使えるとは思わなかったんだろうな。この世界ではスキルという存在は確認できないみたいだから、教師も見逃していたというのはありそうじゃないか?」
俺は言葉を紡ぎながら、アイラにそういう事もあるんじゃないのか? と聞いてみる。
アイラもコクリと頷きながら、
「私も学園の事はよく知らないが、そんなところだろうと思う。魔法を扱うことが出来る資質を確認する道具はあると聞くが、どんな魔法の資質があるかという事まで調べることは出来なかったはずだ」
「へえ、そんな道具があるのか?」
「かなり貴重なものらしいがな。その道具の数が少ないため、魔法の資質を調べることが困難であることも魔法使いの少なさに繋がっているとも言われている。一国の王家でも所有することは稀だな。現に私も聞いたことはあっても見たことは………当然あるわけ無いな、うん」
「ふーん……」
またアイラが残念な事を言いかけていたような気もするが、深くは追求しまい。
藪をつついて蛇を出すことになりかねないからな。
俺は知りたいことは徹底して調べる質だが、知りたくないことは放置できる賢い人間なのだ。
絶対に面倒くさい事が絡んでるに違いないだろうし。
だが、ここには俺以外にももう一人いた。
アイラのその言葉を聞いたセシリーが驚きをみせている。
「アイラさんは『魔の水晶球』を知っているんですか? アレは魔法学園でも秘奥のはずなのに……どうして」
「いや、その……まあなんだ。私も流浪の剣士として各国を周っていたからな。そんな話を交流のあった魔法使いに聞いたことがあって、たまたま覚えていたんだろう、うん」
「各国を……? ボクとあまり歳が離れてないはずなのに……凄いんですね」
その言葉を聞き、アイラは気を取り直すようにゴホン、と一つ咳払いをした。
「……私の学ぶ流派『剣刃踏破』は人の世を流れ理を知らねばならない、という教えがあってな。未だ未熟な身だが、一応は初伝の型を継承されている。その時、初めて理を得るために旅へ出ることを許されるのだが、ここにいるリュウもそんな中で出会った一人なのだ」
その言葉を受けた俺は、肩をすくめる。
っていうかアイラが旅してるのってそういう理由なのな。
初めて聞いたわけだが。
別にどういった経緯で、なんていうのは気にしてなかったけどさ。
「まあ、俺は訳あってこの世界を旅してる放浪者と言ったところか。色々あってアイラとは道中を共にしているんだ。結構気の合うところもあってな」
「ふん、最近は随分と私に対してぞんざいになってきた様だが。そういう所もお前にとっては気が合う、という事なんだろうな」
「親しみがあっていいじゃん。俺はアイラの微妙に残念な部分が嫌いじゃないぞ?」
「誰が残念かっ! リュウ、お前は本当に最近意地が悪いぞ」
そんな掛け合いをしていると。
「ふふ……仲が良いんですね。少し羨ましいです」
セシリーが微笑ましそうに俺達を見る。
俺は別に異存がないため肩をすくめてジェスチャーして見せると、アイラはその評価に不服なのか、腕を組んでそっぽを向いた。
そんな俺達の様子が可笑しかったのか、ころころとセシリーが笑う。
「なにが羨ましいものか。それならセシリーも一緒に来るか? そうすればリュウの相手をするのがどれだけ大変なのか分かるだろう。世間知らずでその辺の野草や石ころを弄ってはニヤニヤしている、おまけに乙女の身体を無遠慮に触る……端から見るとまるで変質者のそれで―――」
「ハイ! ボク、リュウさんやアイラさんと一緒に旅がしてみたいですっ!」
「そうだろう、そんな奴と一緒に旅などしたくないだろう。だが私はそんな性癖を持つリュウを一応は尊重しているというのに、リュウはそんな気を使っている私に対して残念だのなんだの…………なに?」
アイラは思わぬ答えが返ってきたため、ぎょっとセシリーを見る。
俺も釣られてセシリーを見ると、キラキラと目を輝かせ、憧れを見るように俺達を向いていた。
「お二人を見てるととても楽しそうです。ボクもそんな人達と一緒に旅をしてみたい………ボクは冒険者になったけど旅が楽しいなんて思ったことはなかった。どこでも役立たずだった。でも貴方達はボクを蔑まなかった、慰めてくれた、才能があるって教えてくれた。そんな貴方達と一緒に世界を見て回る―――それはきっと、ボクが思うより……ずっと楽しい事のはずだからっ」
「………………おいおい、マジかい?」
「(ぱくぱくぱく)」
どうやら俺達は探していた魔法使いの仲間を得ることになったみたいである。
どうしてこうなった?
なんというか突然の事だが、あれか。
『良縁』スキルの成すべき業なのか?
見た感じセシリー・マルティニークという人物は悪人ではなく、善人よりなのは間違いなさそうではあるが。
とりあえずこの出会いに対しては奇貨居くべし、とでも行くべきなのかね。
「……ゴホン、あ~では本日より俺達のパーティに加わることになったセシリー・マルティニークさんの歓迎を込めて、昼間っからではありますがこの酒場にて祝宴を上げたいと思う次第です。目出度い! 有難う! おめでとう! そしてこれからの旅路に―――」
「「「乾杯っ!!」」」
カラン、と心地よい音色を上げる3つのグラス。
俺達は揃ってグラスを傾け、一気にその中身を呷っていく。
最近飲んでばかりで、ついには昼間酒だがそんな事は気にしないことにした。
「ぷはっ! いや~なんだ、こう都合よく行くと笑ってしまいたくなるな。いいのか? 俺は笑うぞ? 問題ないな?」
俺がセシリーにそう問いかけると、セシリーは困ったように微笑み、ちょこんと掲げるようにグラスを傾けた。
魔法使いを探そうと思ったら、偶然事件に巻き込まれ、なぜか伝説の魔法を使う魔法使いとの縁に恵まれた。
頭痛が痛いみたいな言い方だが、間違いを言っているわけではない。
なんというかもわらしべ長者もびっくりの超展開だ。
まさに、なん…だと…? である。
「本当に不思議な縁だ。私とリュウもそうだったが、稀人というのは本当にこの世界にとって特別なのだな。お前にあってから退屈とは無縁の日々だぞ」
「稀人は世界と深い関わりを持ち、何か特別な契約を結び何かをなさせようとしているのではないか? という『稀人が世界を変革させる』のではなく『世界が稀人に変革させている』という逆視点の論文を魔法学校で読んだことがありますが、リュウさんたちの話を聞くともしかしたら案外正鵠を射ているのかもしれませんね」
「ほう、そのような論文がな」
「故に稀人の周りには必ずそれを支える人がいる、のだそうです。でもその論法が成り立つなら世界が意思を持っているということになります。私はそんなことありえないと考えていましたが、いざこうしてみると、なるほどと思わされます」
稀人のいる時代に生きていた、当時の有名な魔法使いの論文です、とセシリーが説明する。
世界が意志を持つ……ね。
確かに、例えば地球が意志を持っていると言われれば、ありえないと俺は考えるだろう。
何故なら地球は生物ではないのだから。
でもこうしてこの世界に来ている事を考えると、誰かが手引きしているのかとも思ってしまう。
それが世界だっていうのはちょっと安易な極論のようにも聞こえるが、その可能性は否定出来ないもののようにも感じた。
と、まあここまでの会話から分かるように、俺達はあの後セシリーに俺が何者なのか、何故セシリーの素質がわかったのかということを既に話してある。
それを理解したその上でセシリーは俺達に同行したいと言ってくれたのだ。
貴重な魔法使いであり、素質があり、性根は善良そうなセシリー。
まさにこれ以上ないくらいの高物件である。
それこそ今話題になった、世界さんがこの人どうっすか? と紹介してくれたかのようだ。
俺からすればアンタいい仕事するよ、と親指を立てたい。
たとえそうだったとしても、縁を結ぶかどうかは俺次第で、これから何をするのかも俺が自分で決めることなのだ。
操られているにしても、俺の意志は確かにあると実感しているし、俺はそれならそれで構わないとさえ思う。
世界のレールにそって生きるなんてまっぴらだぜ! 人は操り人形じゃない、生きているんだ! 的な勇者的な思想は俺には向いてないし。
そもそも俺は刹那的快楽主義者だからな。
そうじゃなきゃワゴン行き100円のゲームなんて買わないし、廃人のゲーマーじゃなかっただろう。
「ま、今が楽しければ……ってね」
「ん? なんか言ったかリュウ?」
俺のつぶやきを聞いていたのか、アイラが首を傾げる。
その問いかけに、
「いいや、何にも」
俺は苦笑しながら返すのだった。