ザ・りべんじ
「コールアンデット、スケルトン」
呼び出したスケルトンを宝箱へと向かわせて、俺は広場の奥にある小部屋へと避難する。遠くから出される俺の指示に従ってスケルトンが宝箱の蓋を開いた。
「……………………何も無し、か」
ほっと一息ついてスケルトンに宝箱の中身を持ってこさせると、それは1振りの剣だった。
「鉄の剣か。まぁゴブリンジェネラルだしな」
作り出したスケルトンを破棄し、鉄の剣を異次元ポケットに放り込んだ俺は踵を返して階段を登り始める。
すでに気づいているかもしれないが、現在俺は再び1人で始まりのダンジョンに潜っている。理由はもちろん先日のリベンジだ。
前回は宝箱に仕掛けられた罠にかかっての死に戻りという非常に恥ずかしい最後を迎えた俺だったが、今回は罠が無かったもののしっかりと対策をとった上でそれをクリア。晴れて第2階層へと足を踏み入れようとしていた。
さて、始まりのダンジョン、第2階層となると何が出てくるのだったか。まず第1階層に出てきた3種、ゴブリン、大蠅、オオカミが出てくるのは覚えている。それと、コボルトだったっけ?
テラ達をアイアンリビングメイルに進化させるのに使用した大量の鉄鉱石をコボルトの大量虐殺で揃えたはずだからこれは間違っていないはず。
たしかあと1種いたよな?なんだっけ?
最後の1種を思い出せないでいると、階段を上った先、第2階層に入ってすぐのところでその答えと相対することになった。
それはそれは死者のように生気の無い白い身体を持ち、骨のように細い四肢に錆びた剣と盾を持った存在だった。
はい、何が骨のように細いだ、骨そのものじゃないか。生気がないのも当然、すでに死んでさらには白骨死体となって動き出したスケルトンに生気があってたまるか!
「あぁそうだ、スケルトンだ。ついさっき自分で使役しておいて忘れてたわ」
俺の存在を認識して武器を振り上げるスケルトン。こちらに攻撃しようと駆け出してくるそいつに会わせてやる理由などどこにもないので、俺は盾を構えて床を蹴り懐に入り込むとそのまま盾を叩き付けるように体当たりを決めた。
たったそれだけでスケルトンの身体は粉々に吹き飛んだ。これがレベルの差ってことか。
粉々になったスケルトンの欠片が光の粒子となって消えて行くのを見送り軽く肩を回す。
ドロップは無しか。まぁあっても骨片がほとんどだから別にいいけど。
それじゃ、先に進んで見ようかね。残るコボルトとゴブリン、大蠅、狼を片付けてフロアボスの狼男に挑むとしようか。
第2階層を進んでどれくらい経ったか、未だにコボルトだけが見つからない。スケルトンやゴブリン共は簡単に見つかるんだけど、まるでコボルトに避けられている気分だ。実際そうなのかもだけど。
「クゥン」
で、案の定戦うことなく恭順した狼が俺の回りに26頭もいると言う事実。5頭を越えた辺りからゴブリンとスケルトンは見つけた端から狼達が群がり始末してしまうので、それから俺は大蠅の相手しかしていない。それがちょっときつい。
狼達が何かを見つけたらしく足下で何やら鳴いている。さて次はいったい何を見つけたのやら。
「きゅぅ~ん」
27、28頭目の狼ですか、そうですか。あぁもうコボルトはいったいどこにいる!
「グァウッ!グォンッ!!」
狼達が一斉に吠える。そしてそれと同時に俺の気配察知にいくつかの反応があった。そしてそれは俺達から逃げるように動いているのが見てとれる。
「追え!追いかけて退路を断て!!」
とっさに下した命令に狼達が地を駆ける。駆けた先の十字路を3方に分かれて狼達が走る。そしてそれを追って俺も駆ける。
気配察知で補足した対象が狼達に道を塞がれ右往左往しているのが分かる。大量の狼の群れに追いたてられ、その標的が俺の前に姿を現す。
「やっと見つけたぁぁぁーーーっ!!」
見つけたことに対する歓喜とここまで手こずらせてくれたことに対する怒りを込めて、4頭のコボルトに向けて地を蹴る。
あわてふためくコボルトの懐に飛び込むと同時にウィクトリアを抜刀し、1頭目を切り捨てる。すぐさま身体を滑るように右へ動かし状況を把握できていない2頭目を真っ二つにし、少し離れた場所にいるコボルトにウィクトリアを放ち心臓を穿つ。
ここまでの動きはわずかに数秒合間に行われた出来事だ。過去第2階層に上がってきたばかりの頃にはできなかった動きが、今や容易く行うことができる。俺も本当に成長したもんだ。
自信以外のすべての仲間が光の粒子となって散ってゆくのを見て、ようやく状況を理解したのか、はたまたただ怒りに我を忘れたか。ウィクトリアを手放したように見える俺にコボルトが鋭い爪を備えた腕を振るう。
「悪いけど、それは届かないなぁ」
コボルトの心臓を穿ち、穿った相手が消滅し床に落ちようとしていたウィクトリアが忽然とその姿を消す。
姿を消したウィクトリアが再び現れた場所は俺の右手の中。
最近ウィクトリアが覚えたスキル【転移】の力だ。転移できるのはウィクトリア本人のみ、尚且つ転移場所も俺の手の中だけという限定的な物だが、十分すぎる強力な能力だ。
右手の中に現れたウィクトリアを握りしめ、爪撃を繰り出そうとするコボルトを迎え撃つ。
なんの抵抗もなく振るわれた刀身がコボルトの腕を切り裂いた。
その結果に呆然とするコボルトの首を撥ね、その僅かな時間の内に行われた戦いは幕を閉じた。
「ふぅ、これで第2階層もコンプリートか。次はいよいよ狼男か」
本当にいよいよだ。
俺は狼男とは2度しか戦っていない。初めて挑んでなす術もなく破れたあの戦いと、テラ達を進化、命名して挑んだリベンジ戦の2度だ。
俺はそのどちらの戦いでも狼男の動きについていくことができなかった。
そんな俺にとって今度の挑戦は本当の意味での俺の挑戦と言うことになる。
あの頃から俺もレベルが上がっているのだ。勝てない相手ではない。そう思っていてもウィクトリアを握る手に自然と力がこもる。
「よし、お前達は拠点に行け。向こうでメイド達の言うことを聞くように」
この前と同じように狼達に指示を出し、後ろ髪を引かれるような様子の彼らが去ってゆくのを見送って俺もボスのいる部屋へと足を向けた。
そしてフロアボスの部屋の前にたどり着いたのだけれど、ここまで来る間にまた10頭の狼が追加され、彼らを先に拠点に向かわせることになったりした。
今後は第1階層と第2階層に俺が来るのは避けた方がいいのかな?際限なく狼が増えそうだ。
今の状態でも一気に狼が増えてるわけで管理が大変だし……………………、ビーストテイマーのような配下を作った方がいいかもしれないな。
さて、気を取り直して第2階層のフロアボス、狼男に挑むとするか。
ウィクトリアを背負った鞘から引き抜き小さく深呼吸してから部屋の扉を開いた。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォンッ!!」
部屋に入った俺を出迎える狼男の咆哮。そしてコボルト達が走り出す。
「コールアンデット、バトルスケルトン!!」
死霊魔法を行使しながら放った骨は10個。その10個の骨それぞれが死霊魔法の力で2対の腕を持つ大柄なスケルトンへと姿を変える。
呼び出されらバトルスケルトンは、地に足がつくと同時駆けてくるコボルトへと手にした武器を向ける。
俺はそれ以上バトルスケルトンの様子を確認するようなことはせずに、俺目掛けて一直線に駆ける狼男へと視線を向けた。
「あの時は目で追うこともできなかったけどな……………………」
今は違う。四つ足と見違うほど上半身を低くして疾駆する狼男のを睨み付け、俺もまた前へ一歩を踏み出した。
先に仕掛けたのは狼男の方だった。走る速度を失うこともなく左右に身を振りジグザグに駆け、足元から地面を抉るように右腕の爪が振るわれる。
「見えてるんだよ!!」
右上段から袈裟懸けに振るったウィクトリアの刀身が狼男の右腕を迎え撃ち、切り飛ばした。
「……………………!?」
くるくると血も流さずに宙を舞う右腕を狼男は目を見開いて追いかけ、それは致命的な隙を俺に晒すことになった。
「余所見とか余裕だな」
そういうわけでは無いことはわかっているが、以前は視認することすらできなかった攻撃をこうして迎撃することができるようになったのだ、でかい口の1つも聞きたくなってくる。
狼男の脇を抜けるように踏み込みウィクトリアを薙ぐ。狼男の驚愕に満ちた目が俺を追うが、それ以上の反応を見せることはできずに刀身だその身体を切り裂く。
踏み込んだ勢いのままに駆け抜けた俺の背後で、狼男の上半身が下半身と泣き別れになって地に落ちる。
死体は残ることなく光の粒子となって霧散し宝箱だけが残された。
「かつての強敵も今ではこの程度か。なんか初代ピッコロ大魔王と最終回の悟空の戦いのような感じだな。漫画でそんなことなかったけど実際そうなったらこんななんだろうな」
宝箱から視線を外して周囲に視線を回せば取り巻きのコボルトはバトルスケルトン達の手によりすでに全滅したあとのようだった。
よし、バトルスケルトンに宝箱を確認させたら第3階層の攻略だ。ちゃっちゃと終わらせて大本命の第4階層の攻略に移ろう。
というわけで第4階層に到着した。え、第3階層はどうしたのかって?ちゃっちゃと終わらせて来ましたとも。
雑魚は一斬り、ボスは広範囲魔法の1発で蹴りを付けてきましたよ。特筆するようなことはいっさいありませんでしたとも。
「ヴ、ヴォォォォォォ……………………」
「お、アロスか。ちょうどいいところに」
いざ第4階層の攻略に踏み出そうとしたところでこの階層でレベル上げを命じていたアロスと遭遇した。現在アロスのレベルは10。タイターンとの戦いから大分経っているがようやく2桁とは、本当にレベルが上がりづらいのな。
「すまないけど、配下のゴーレム達を引き上げさせてくれ。1人で攻略したい」
「ヴォォォォォォ……………………」
俺の命令を聞いたアロスの声が第4階層中に響き渡る。それから暫くは何も起きなかったが、5分ほどした頃だろうか、通路の向こうから大きな影が歩いてきた。
それはアロスと比べると一回りほど小さいが、それでも十分に大きな鉄の身体を持つ人形だ。
メタルゴーレム。アロスの配下として作った鋼鉄製のゴーレムだ。
ゾロゾロと転送用の魔法陣から拠点へ帰っていくメタルゴーレムの数は全部で5体。少ないと思うかもしれないが、現状彼らが活動できる場所がこの階層しかないため、5体でも少し多いくらいだ。
「それじゃ、次の指示があるまで拠点で待機していてくれ」
「ヴォ……………………」
相変わらず唸り声にしか聞こえない返事を返し、軽く会釈をしてアロスも拠点へと戻っていく。
「さて、と。いくか」
この階層の敵はギガースとフロアボスのタイターンのみ。まずはギガースと何度か戦ってでかいのと戦うのに慣らしてからタイターンに挑もう。
そう決めた俺は最初のギガースがいる部屋を目指して通路を歩き始めた。
そうしてたどり着いたには初めてギガースと戦ったあの部屋だ。今回もまた部屋にはいると同時に動き出したギガースに笑みを浮かべ、背負った鞘からウィクトリアを引き抜いた。
敵は巨大な手斧を両手に装備したギガースだ。手斧の二刀流とはまたマニアックなギガースだ。
最初はゆっくりとした動きで歩き始めたギガースだったが徐々に駆け足となり、わずかに前傾姿勢をとりながら走る姿はかなりの威圧感を俺に与えている。
が、その程度で怯む気はないけどな。
対する俺も地を蹴り比我の距離は瞬く間に縮まり、そして0になる。
初手を放ったのはギガースの方だ。後方へ腕を伸ばすように振り上げられた手斧を豪快に振り回す。当たれば確実に大ダメージ、いや下手すると即死する可能性だってある。
「なんとーーーーーーー!」
どこかで聞いたことのあるような叫び声をあげながら後ろに転ぶかのような勢いで身体を倒してスライディング。わずかに遅れた前髪が手斧に引っかけられてぶちぶちと引きちぎられる。だが今はそんなことに気を回す余裕はない。スライディングの状態から左手と右足で床を蹴り跳躍。ジャンプのアビリティの恩恵か、それだけでギガースの頭上を飛び越えて身体を捻り、背後に向けてウィクトリアを振るう。
振るったウィクトリアがギガースの後頭部を切り裂くがまだまだ浅い。急停止して体勢を崩しながらも振り返ろうとするギガースの肩を蹴って離れた場所に着地する。
いやはや、始まりのダンジョンとはいえ第4階層ともなると油断はできないな。一撃必殺の攻撃に巨体ゆえのタフネス、おまけに属性魔法に対する完全な体制。
魔法無しでも勝てるとは思うが時間がかかるな。
よし、この間思い付いたあれを試してみるか。
エクストラアビリティ『重力操作』を発動しギガースを超重力で押さえつける。
て、膝すら付かずに耐えてる!?さすがに動くことはできないみたいだけど。ちょっとばかりびっくりだな。体が大きい分負担も倍増してるはずなんだけど……………………。まぁいいか、動けないんだから目的は達してるんだ。
ギガースの動きを止めて次に行うのは根源魔法だ。目に見えないような小さな小さな氷の粒を大量に生み出し、それを風を操り一定空間内で激しく暴れさせる。さらに同じものをもう1つも生み出しギガースの背後に配置。風を操り生み出した乱気流の中で氷の粒達がぶつかり合い擦れ合い、やがてピカッと僅かな光を発して放電を始める。
「さて、これが属性魔法と見られるか、はたまた俺の予想通りの結果となるか……………………。全ては結果をご覧見ろってな!!」
轟音とともに腕で庇っても目が眩むような閃光が部屋の中を駆け抜けた。それも1度だけではなく全部で8度。
閃光が収まり、それでもなおチカチカするのと、周囲の音が遠く聞こえることにやり過ぎたと思いながら目をかばっていた手をどける。それと同時に重たいものが崩れ落ちる音が聞こえて瞼を開けば、超重力に押し潰され全身から煙を立ち上らせ黒こげになったギガースの姿があった。
「企みは大成功ってところか」
魔法に対する絶対的な耐性を持つギガースがなぜ黒こげになっているのか。まぁ大体理由はわかっているんじゃないかな。それでも一応説明はしておこうか。
俺がやったのは非常に簡単なことだ。一繋ぎの大秘宝をめぐる物語で航海士さんが羊に食らわせたのと同じことをしただけだ。つまり、雷雲を作って強力な雷を浴びせてやっただけだ。
雷の発生プロセスを詳しく知っているわけではないんだけど、その概要なら知っているので試して見たのだ。
雷の発生プロセスを簡単に説明すると、上空で水蒸気が凍ってできた氷の粒。それが上昇気流だなんだで動き回りぶつかり合い、ぶつかり合った結果発生した静電気が大量に蓄積され、磁石のN極とS極が引かれ合うように別の場所に溜まった静電気のもとへ移動した際に起きる現象が雷、立ったと思う。何分いつどこで調べたかもわからない知識だし詳しくは違うのだろうけど大体そんな感じ立ったと思う。少なくとも大きくは間違っていないはずだ。成功したし。
で、肝心なのは今回俺が魔法を用いて行ったことは、氷の粒の作成と風を操りそれをぶつけ合わせたことだけと言うこと。
ここで重要なのは雷そのものには直接魔法、魔力が関わっていないということ。雷を放つのだって自然現象になるべく近い方法をとっているため、ギガースを撃った雷は魔法ではなく自然現象と判断され属性魔法無効のスキルが働かなかったのだ。
つまり、俺は同様の耐性を持つ敵に大きなダメージを与える手段を得たということだ。やったね。
で、肝心の威力なんだけど……………………。正直あまり高くない。
ギガースを倒せる威力を考えれば十分に強いのだけど、消費魔力や手間の割には威力が低いように思われるのだ。
魔法に対する耐性を持つ相手にも変わらぬダメージを与えられるだろうことは高い評価を与えられるのだが。
「もう少し改良する余地はあるのかな?そうすれば評価も上がるんだが……………………」
それは今考えることじゃないな。
「よし、もう4、5体ギガースを倒したらタイターンだ」
というわけで結局合計で8体のギガースを倒してから訪れたタイターンの待ち構える部屋。
部屋の中央で待ち構える八面六臂の武人を前に俺は不適な笑みを浮かべた。
「さぁ、残るはお前だけだ。お前を倒せば始まりのダンジョン完全制覇だ」
俺の言葉に応えるようにタイターンが一歩前に足を踏み出し、俺は目の前に先のギガース戦で使用した雷雲を作り出す。
「行くぞ!」
作り出した雷雲をそのままに走り出す。駆ける俺めがけてタイターンのチャクラムが放たれるが、俺の胴を真っ二つにせんと飛来するチャクラムを掬い上げるように切り上げその軌道を逸らす。さらに振り返りながら氷の槍を作り出してそれをチャクラムに向けて放つ。放たれた氷の槍は見事にチャクラムの中心の輪に差し込まれその動きを封じ込んだ。
「よし、これで武器を1つ封じた」
再びタイターンへと向き直った俺の目の前に鉄球が迫っていた。
「!?」
声をあげる隙有らばと真横に身を投げ出しギリギリのところでその攻撃を回避する。
あぶねぇ、あいつの攻撃は食らえば確実に終る。恐らくかすっただけでも大ダメージは必須。
前回のように攻撃を意図してではなく払うだけの攻撃は恐らく無い。食らえばその時点で負けると、全ては避けるつもりで挑まなければ……………………。
「まぁそれは、一撃で倒せなければの話だけどな」
引き戻される鉄球に繋がった鎖を掴み、敵の力を借りて一気に跳躍。その頭上に投げ出される。
ウィクトリアが風を操り制動をかけて、俺はエクストラアビリティ『重力操作』を発動させる。対象はもちろんタイターン。動きを封じて超振動を纏わせたウィクトリアを叩き込んでやる!
風を操りタイターンへ向けて突撃。ウィクトリアを超重力に押さえ込まれ動けなくなったタイターンへ叩き込……………………!?
ウィクトリアが発動させた横殴りの風によって、タイターンへと向けられていた軌道がずらされる。そしてその直後にウィクトリアが風を操らなければ俺が存在していただろう場所をタイターンの斧が薙ぎ払われた。
驚愕する俺の目とタイターンの1対の目があった。
俺目掛けて鎚が振るわれ、ウィクトリアが再び暴風を発動させてその攻撃から逃れる。床に地をつくと同時に力任せに背後へと跳躍。タイターンとの距離を取る。
「重力操作が効いてない?」
いや、そんなことはない。確かに効果は出ている。その証拠にタイターンの動きが遅く、鈍くなっている。ただそれ以上の効果、動きを止めるに至っていないだけだ。
くそ、ギガースの膝を突けさせることができなかった時点で予想はしてたけど……………………。前に重力操作で動きを縛れたのはそれだけダメージを負っていたからか。
ちっ、意識を切り替えろ。もとより敵は一番最初とはいえダンジョンのボスだ。一度突破したというのも仲間と力を合わせての結果であり、対して今の俺は1人、苦戦して当然だ。
こちらに正面を向けるタイターンを睨み付け、意識して呼吸を深くする。
ウィクトリアのアビリティ『精神感応』を通じて氷の粒を作るように指示をだし、作られたそれをもとに雷雲を作成する。
つくり出された雷雲をその場に残し俺は走り出す。タイターンを中心に置いて円を描くように。
「っと!」
巨体に見会わぬ素早い踏み込みから繰り出される剣撃を身を投げ出すようにして転がって回避。起き上がるのと同時に雷雲を生み出しさらに走る。
「シッ!」
時折攻撃を回避しながら反撃を行う。反撃を行うのは剣か斧による攻撃を行ってきた時に限るが、その攻撃を飛び越え、時に潜り抜けながら武器を握る腕にウィクトリアを走らせ切り傷を増やしていく。
いったいどれだけの時間をそうしていたのだろうか?
一撃でも食らえば戦闘不能になる攻撃を回避し続け、時に反撃を行いながら部屋中に幾つもの雷雲を作り出して維持を続け、さらにはタイターンの動きを鈍らせるために重力操作もかけ続けている。消費した魔力を回復させるためにいったいどれだけの魔力薬を飲んだだろうか?それすらもわからなくなるほどの長時間、よく集中力が保ったものだ。おかげで今の俺は全身から汗を流して肩で息をしている有り様だ。
「けど、それも、ここで、終わりだ!」
ぜぇぜぇと全身で呼吸を行っているかのような有り様で、しかし俺は自分がやりとげたことに満身の笑みを浮かべていた。俺の視線の先にいるのは当然タイターンだ。しかしそのタイターンは本来6本の腕に6種の武器を持つはずが今では武器の数を半分に減らし、その武器を失った手は俺が与えた幾つもの刀傷により血まみれの状態だ。
ただ、それだけの傷を負いながらいまだに前回のように重力操作で動きを封じられるまでには至っていないのだから流石はダンジョンボスと言うべきか。
「グゥゥオォォォォォォッ!」
タイターンが咆哮し俺目掛けて走り出そうとする。
「仕込みは、終わってるんだよ……………………」
パチン、と指をならすと同時に雷雲を維持するための風を解除する。
雷雲を維持し続けた風。それは雷雲を維持するだけではなく、雷雲の中で発生し続ける静電気、つまり雷の元となるそれが外部に漏れなくするための物でもある。それが解除された今、俺が部屋中に作り出してきた雷雲達は、互いに互いを導き引き寄せようとして、部屋中を多い尽くす雷を発生させた。
部屋中を蹂躙する電撃の嵐。それから身を守るために地に伏せた俺の周囲をウィクトリアと俺自身が瞬時に作り出した純水の壁が覆う。不純物を含まない水は絶縁体となり、魔力により作られた水はさらに魔力を帯びているがゆえにそう蒸発したりはしないはずだった。しかし部屋を蹂躙する雷はそんな俺達を嘲笑うかのように、その圧倒的熱量を持って水の壁を蒸発させ、俺とウィクトリアはそうはさせじと全力で魔力を注ぎ込み、純水の壁を維持し続けた。
およそ1分もの時間雷は荒れ狂い続けた。その間どれだけの雷が部屋を蹂躙し続けたのかは俺にもわからない。ただ言えるのは逃げ場もない場所でこれを使うのは二度と止めようと言うことだ。自分でやったこととはいえ死ぬかと思った。
「で、タイターン、はどうなった?」
あの荒れ狂う雷の嵐の中に生身で放り込まれるようなことになったんだ。ただで済む筈がない。
純水の壁を解除してタイターンの姿を探せばすぐに見つけることができた。どうやら時化の海に出た木の葉のごとく蹂躙されたのか、最後に見たよりももっと離れた場所に倒れ伏すタイターン。その全身は雷に焼かれ丸焦げとなり、6種の武器を同時に構えていた6本の腕は半分が喪われていた。
「は、はは、こんな、状態でも、生きてるとか、しぶとすぎだろ」
炭になりかけた腕で何とか上体を起こそうとしているタイターンへと近づいて行きウィクトリアを頭上に振りかぶる。
「それじゃ、あばよ……………………」
超振動を発動させ、さらにウィクトリアには魔法剣を発動させる。雷光を纏った剣身がタイターンの首を切り落とし、タイターンの身体は光の粒子となって弾けて消える。そして後に残ったのは1つの宝箱。
「はぁ、はぁ、はぁ、傷1つ、負わなかったけど、体力も、魔力もすっからかんだ」
勝ちはしたけどまだまだだ。タイターンを相手に1対1で勝てるようにならなきゃな。
こんな息も絶え絶えの状態じゃな……………………。
戻ったらもう一度自分のアビリティを見直そう。付与魔法なんて最近使ってないし、そういうのはもっと必要そうなものと交換しよう。
そうと決まればさっさと戦利品を回収して拠点に戻ろう。
ウィクトリアを鞘に戻し座り込みそうになる脚を叱咤しつつ、少し離れた場所に現れた宝箱へと近づき、その蓋を開いた。
閃光、爆音。気が付いたとき、俺は玉座に座っていた。
またやっちまった。