作戦開始の一歩前
ダークエルフの集落周辺を除く森の探索はほぼ終了し、次の階層へ進むための階段ないし転送用魔方陣は見つからなかった。おそらくダークエルフの集落にあるのだと思われる。もし無かったらフラムやフレイムホースに命じて森を焼き払うなどして徹底的に調査しなくてはいけないだろう。
それはそれで少し楽しそう?
いやいやそんな物騒な。
「主様、到着しました」
フェンに声をかけられうつらうつらとしょうもないことを考えていた意識を元に戻した。
今俺とフェンがいるのは森の中でも使いやすいように設計された馬車の中だ。牽いているのはアイアンホース、さすがに農耕馬の代わりとしてだけ使っているのはもったいないということで試験的に作った物だ。
結論として使いづらかったけどな。
移動中はずっとアイアンホースに任せっきりで、敵に関してもカーリウスとアピスの兄弟達が露払いしてくれていて楽だったけど、森の整備されていない道はサスペンションを装備した馬車であってもお世辞でも良い道のりとはいえなかったし、当然のように通れない道も存在してその度に回り道をすることになる。
最低限の道を整備しないと移動に使うような代物じゃないな。物資の移動には使えそうだけどそれなら異次元ポケットがあるしな。
アイアンホース、本当に現状での使い道が見つからない……………………。
それはそれとして目的地であるダークエルフの集落に着いたんだったな。
「あぁ、分かった」
先に馬車を降りたフェンに続いて馬車を降り、軽く延びをして身体を解した。
ちらりと視線を馬車に向ける。馬車は幌ではなく、しっかりとした壁と天井のある2輪馬車で、あまり大きな物ではないがこれでも人の手が入っていない森の中では大きすぎるのか。
2輪馬車から視線を外して回りを見ると、そこには俺の配下がずらりと整列していた。
一緒の馬車に乗っていたフェンを初め、斥候を勤めてきたカーリウス。露払いのために文字通り飛び回ってくれたアピスとその妹達。同じく妹達を引き連れたコイトゥス。テラ、アエル、フルーメン、イグニース達エレメンタルナイツと戦闘になった際彼等が率いることになる本日の主力、ハードレザーリビングメイル、ウルフレザーリビングメイル、ベアレザーリビングメイル、スネークレザーリビングメイル、スケイルリビングメイル各10組計200体。
本日アイアンリビングメイル達は別途任務中である。彼等も一緒にここまで連れてこようとすると時間がかかるからな。
他にもアピスとコイトゥスの妹達も全員参加だ。飛行可能な彼女達は貴重な機動戦力だ。
そして捕獲と言えばのゲル率いるパラライズスライム。なんか出発するときよりも数が増えてるような………………………。まぁいいか。
ここにはいないがダークエルフを逃がさないようのするためにカーリウスの兄弟達が集落を囲み、ツインヘッドウルフとアームベアがそれにしたがっている。
「檻の手配は?」
「すでにできていますわ」
答えたのアピスだった。視線を向けたのは集落から少し外れた位置だ。
「私達が眷族の巣を作るのに使用する鉄蜜蝋の檻。魔封じの結界も張ってありますのでダークエルフでは一度入れられれば自力での脱出は不可能です」
鉄蜜蝋は固まれば鋼鉄と同等の硬度になる特殊な蜜蝋で、蜂人が分泌する毒液に濡れている間だけ加工できる程度の柔らかさになるが、それ以外ではかなり上位の魔法でも使用しないかぎり破ることのできない堅牢さを持っており、それがこの彼女の自信に満ちた解答になったのだろう。
魔封じの結界は文字通り結界内での魔法の使用を禁じる結界だ。今日のために魔法関連の店を回って結界の張り方が載っている本を探して来たのだ。
「警備の方はどういう手筈になっている?」
「精霊達がすでに待機しています」
……………………?
ん?
精霊達が待機してる?
あ、命名してない精霊達のことか!その存在すっかり忘れてたわ!
「ん、そうか」
いかん、さすがに存在を忘れてたことは隠しておかんと。
「よし、決めていた通り部隊を5つに分けろ。5方向から進軍して集落を囲むぞ」
俺の命令を聞いた配下が素早く動く。リビングメイル達は各2組ずつに分かれてそれぞれがテラ、アエル、フルーメン、イグニース、そして俺の下へと整列する。
アピスとコイトゥスの妹達もカーリウスの妹達がいないがいつもと変わらぬ組み合わせで各方面に分かれている。ゲル率いるパラライズスライムもだな。彼等(彼女等?)が今何体居るのかは分からないけれど、大体均等に分かれている。
フェン、カーリウス、アピス、コイトゥスは俺と一緒だ。
グランディア達はエレメンタルナイツと属性が被らないように別れさせて配属した。
部隊分けが終わったところで各自所定の場所へと移動して行く。
当然俺たちもだ。
今俺達が集まっていた場所はダークエルフの集落からそれなりに離れた場所だった。そこから所定の場所への移動となればそれなりに時間がかかるが、そこまでするだけの価値があると俺は思っている。
所定の場所は引き連れた一団がギリギリ収まる程度に開けた空間だった。戦力向上に勤めている間にベアレザーリビングメイルを少しずつ回して用意させた広場は、当然他の連中が向かった先にも用意されており、そこにはカーリウスの兄弟が待機していて部隊が到着し次第連絡が来る手筈になっている。
「大地様、なにもない場所ですがようこそ」
「待たせたな。変わりはないか?」
「はっ、ダークエルフの集落に動きはありません。準備ができ次第いつでも行動に移ってよろしいかと」
広場に待機していたカーリウスの弟を労ってやり、整列する配下を見回した。今回動かした配下の5分の1の数とはいえ狭い空間にこうもびっしりとひきめしあっていると流石に壮観だな。なんかこう圧力を感じるわ。
さて、他の準備が整うまで時間がかかるがどうするか。
そう思っているとカーリウスが異次元ポケットから何かを取り出して組み立て始めた。あれは、木の棒と布?
「御主人様、こちらに」
出来上がったのは椅子だった。座る部分の布に4本の棒を交差させて四隅にとめたキャンプなどで使うような簡易椅子だ。
「ありがとう、カーリウス」
早速それに座ってカーリウスの頭を撫でてやり、そのまま膝に上半身を預けさせるようにしなだれさせる。僅かに頬を染める彼女の頭を撫でながら自然と笑みが浮かんでくる。
カーリウスは蛇なんだけどな、今の状態はむしろ借りてきた猫のようなんだが。まぁかわいいから良いか。
ふと視線を向けると悔しそうにしているアピスとそれを苦笑しながら宥めるフェンとコイトゥスの姿があった。どうもカーリウスとアピスは同時に作成したせいか互いをライバル視、いやそこまではいかないか。それでも互いのことを意識しているきらいがある。どちらも毒を戦闘に用いるのもその理由かもしれない。
そのため揃って居るときはこういった光景が時折見られるのだ。
妹達はそんなこともなく仲良くやってるんだけどな。
ちなみに拠点での恋愛関係を俺は特に禁止していない。ハーレムのメンバー流石にあれだが、俺が命名もしていない配下連中に関しては好きにさせているため、実はすでにカップルが出来上がっていたりする。カーリウスの弟の1人とアピスの妹の1人だ。
関係がどこまで進んでいるのかは不明だが、これからそういう関係が増えていけば俺が魔王としてプログラムを卒業したあかつきには国を作ることもできるかもしれない。
というかフェン達だけでなく配下全員に小遣い、というかお金を持たせるかな。そんでドワーフ達にも店を出させて。
配下として必要な物は最低限支給して、それ以上またはそれ以外の嗜好品なんかを自分で買わせて、市場に行くことも許せば色々と購買意欲とかを増させることもできるかもしれん。うん、面白そうだな。
結構細かいことまで設定できるらしいし、ダンジョンで敵を討った場合得られる金の一部を与えるか。
命名した連中ほどじゃないけど、配下連中にも個性があるし色々と賑やかになりそうだな。
色々と楽しみができたところでリビングメイル達に視線をむける。みんなレザーリビングメイルの頃から大分見た目が変わったよな。
ハードレザーリビングメイルはレザーリビングメイルの頃には無かった革の兜が頭部に乗っている以外に特にこれといった違いは見られないが、その能力は確実に上昇している。
ウルフレザーリビングメイルはハードレザーリビングメイルよりも若干細身だが、頭部にあるのは革の兜ではなく狼の頭部をそのまま加工したような兜だ。全体的に素早さと索敵、追跡能力に優れた狩人のような連中だ。
対してベアレザーリビングメイルはハードレザーリビングメイルよりも全体的にボリュームがあり、その体躯はアイアンリビングメイルに匹敵する。頭部はやはりウルフレザーリビングメイルと同様に熊の頭部を加工した兜であり、ベアの名を関するだけあって力が強く、
このままいけばリビングメイル系統きってのパワーファイターになるのではないかと俺は思っている。
スネークレザーリビングメイルは先の2種よりも隠密索敵能力に優れている。頭部はやはり蛇の頭部を加工した兜であり、熱を持つ存在は彼等から隠れきることはできないだろう。
スケイルリビングメイル。本来スケイルメイルというのは金属板を鱗のように繋げて鎧状にしたもののことを指すそうなのだが、彼等の場合は金属板ではなく何のかは分からないが本物の鱗で身体が構成されている。能力的にはハードレザーリビングメイルとそう変わらないが、今後この鱗が上位の物に変わってゆけば、そうドラゴンの鱗に変わったりしてゆけばその能力は飛躍的に上昇すると思われる、現状一番の期待株だ。
はぁ、まさか一番最初の配下がここまで変わるとは思ってなかったなぁ。いや、ゴブリンよりはよっぽど将来性があるって思ってはいたけどさ、ここまで汎用性と多様性に富んだ存在になるとは思ってもみなかったよ。
レザーリビングメイルだったころの、まだ命名を行っておらず剣持ち、槍持ちと呼んでいたころのテラ達を思いだし懐かしい気分のに浸っていると、ようやくカーリウスの妹の1人が広場に連絡を持ってきた。
待つべき報告は後3つ。もうすぐ作戦の時間だ。




