魔王の市
「市場は元々プログラムの発案者が用意した店の並ぶ通りが2本存在する。1本目は第2フェーズの履修者を対象にした店で、値段はそこそこで、それこそそこそこの代物が売られている。
例えば武具なら鉄製から鋼製の物、薬なら下級のものと一部中級の薬も売ってる。魔物はゴブリンやコボルトみたいな下級のものだな」
結局俺は転送陣のところで話しかけてきた男の案内を受けることにした。理由はいくつかあるが、もし俺を嵌めたりしようと考えていないのならその機嫌を損ねるようなことは避けたかったからだ。
案内事態はこっちとしても願ったり叶ったりな話だし、もしもの時のために最低限の警戒をしておけば問題は無いだろうと思ったからだ。まぁ相手。が相手だしそれでも嵌められたら俺が未熟だっただけだ。
男の名前は大矢慎二と言うらしい。名前から分かるとおり元日本人だという。
身長は俺よりも僅かに高い程度でロン毛が微妙に似合っていない。着ているのは黒いシャツにズボンと、髪の色と相まって全身真っ黒といった風情だ。武器に類いは身に付けていないがおそらく俺のウィクトリアを上回る武器を幾つも所持していると思っている。
「まぁここで手に入る武具やアイテムは品質が保証されてるし、魔物に関しても滅多なことじゃ裏切ったりすることも無いし、利用者もそこそこだ」
「え、裏切り?」
え、なにそれ?
「あぁ、まだ裏切られたことはなかったのか。
たしかに相当あれな扱いをしたりしなければ裏切られたりするこよも早々無いしな」
大矢曰く、配下の魔物に裏切られる可能性はどのように配下に加えたかによって変わってくるらしい。
最も裏切る可能性が高いのがほかのプログラム履修者から買い取った魔物だとという。特に売り手が自ら作成した配下には注意が必要で、そういう魔物は元の主から寝首を掻いてアイテムなどを奪ってくるように命令を受けていることがたまにあるらしい。
次に多いのが捕らえて屈服させて配下に加えた魔物で、酷使したり弱っているところを見せるとチャンスと思って寝首を掻きに来ることがあることがあるのだという。魔物の世界は基本弱肉強食、下克上は魔物の習いと言うことらしい。
次が配下から生まれた子供だという。これは生んだ配下の状態にも大きく影響をうけ、親の扱いが悪かったりすると裏切る可能性が特に高くなるらしい。これは別に親への愛情と言うわけではなく、親と自分は違うと強く思うことから自身も親と同じ扱いを受けることを嫌い反逆するというのだ。
そして最後が配下作成で作成した魔物で、これで作られた魔物は制作者に大きな忠誠を持った状態で産み出されるため、本当によほど酷い扱いをしたりしない限り裏切られることは無いという。
大矢自身作成した配下に寝首を掻かれたという話は片手で数えられるほどしか聞いたことが無いということだ。
「どの方法で配下に加えたとしてもよっぽど酷使したりしなければそう簡単裏切られることはない。ただオークみたいな頭の中を性欲と食欲がほとんどを占めているような奴はよくわからん理由で裏切りに走ったりすることもあるから注意だな」
俺の場合は畑のゴブリンと牧場のコボルトか。今は狼娘メイドを数人ずつ付けてるけど、監視役を作った方がいいかもしれないな。
「さっき言ってたとおり作成した魔物は忠誠心が高い。だからたとえ購入して配下になったとしても元の主の命令を優先することが多い。これが裏切る最大の理由だな」
なるべく魔物の購入は控えた方がいいな。可愛い娘がいたら買おうと思ってたのに。
「さて、話を戻すか。
プログラム発案者が用意したもう一本の通りは第3フェーズに到達した奴や卒業者を対象にした店が並んでいる。売っている物も一部の魔物の牙を加工した武具や、ミスリルやオリハルコンといった金属を代表とする魔鉱を鍛えた武具が並ぶようになる。とうぜんこいつらは相当値が張る。第2フェーズを対象とした店の品の100倍1000倍の値がつくものも結構ある。それだけ強力だってことだな。
薬なんかも中級から上級の物がメインになる。中には総オリハルコン製の武具の万倍の値段をする薬なんかも扱ってるが、こいつはもしも買えるようになったら1つは購入しておくといい。馬鹿高いだけあって効果は最高峰だ。
他の店、つまり君や俺と同じ魔王候補生や卒業者のやってる店で同じ薬を扱ってることも希にあるが、そいつらは大概品質で劣っていて効果もそれに準じて格段に落ちる。少なくとも俺は同等の品質の品が売られてたって話は聞いたことがない」
「薬の作成はそれだけ大変だってことか」
「そういうことだな。
実際同等以上の品質の薬の作製に成功してる奴もいるんだとは思うぞ。けどその費用と苦労を考えると売りに出すよりも、もしもの時のために手元に置いておく奴がほとんどだろうな。少なくとも俺ならそうする」
俺もそうするだろうな。切り札級の代物なんてそう簡単に手放せないだろ。
「こっちの通りには各種素材や植物の種の売買を行ってる店もあるから見てみるといい。下位の素材なんかはダンジョンに潜るよりもこっちで買った方が安くつく場合もある」
下位の素材か。鉄鉱石なんかも売ってるのかね。売ってるようなら多目に買って帰りたいところだけど。
「今説明した2本の通りでダンジョンの攻略に必要な物は大方手に入る。新人からベテランまで幅広い客層の通りだ。ただ客層が幅広いってことは色んな連中が訪れるってことでもある。変な連中に目を付けられて嫌がらせを受けることもあるから、今俺にしているように警戒だけは怠らないようにした方がいい。ただ警戒心を表に出さないようにした方がいい」
警戒心そんなに漏れてるか……………………。
「市場ってこれで全部なのか?
今聞いた以上に広いような気もするんだけど」
目の前の男は未だに探知出来ていないが、周囲の気配は俺の気配察知で十分に探知できている。中には目の前の男みたいに探知出来ていないのもいるんだろうけど。そんな探知できた範囲だけでも大矢から聞いた通り以外の場所に人がいるのがわかる。
「当然これで全部なわけがない。というか今薬の話をしてたときにちょろっと出てきただろ」
「そういえば魔王候補生なんかふぁやってる店があるって……………………」
「そっ。
月額で多少のお金を取られるけど、市場に自分の店を構えることができるのさ。これからそっちの説明をしようか」
言いながら彼が指差した路地を抜けて行くと、先の通り同様に賑やかな通りへ出た。
「あぁ、先に説明した通りなんだけどな。市場を利用してる連中からはそれぞれ第2通り、第3通りと呼ばれてる。それぞれ第2フェーズ、第3フェーズを対象にしてるから付いた名称だな。
そしてこの通り名称は奴隷市だ」
聞かされた名称に周囲を見回しよく見てみると通りに並ぶ店先には幾つもの檻が並んでおり、その檻の中にはゴブリンやコボルト、オークといった魔物が並べられていた。
「ここで売られているのは見ての通り人形の魔物達だ。
ダンジョンで捕まえられた魔物や配下作成で作られたもの。それらの魔物から生まれたやつもいれば、卒業者が魔王として赴いた世界の魔物、そして人間も売り買いされている。
店先の檻で売られているのは大抵ダンジョンで捕まえたり増えすぎたために売られることになった価値の低いやつらが殆どだ。それ以外の高値がつくような強力な魔物や見目の美しいもの、何かしらのアビリティを持つようなのは店の奥に大事にしまわれている。
そういった奴は大抵金払いのいい上客じゃないとお目にかかることもないけどな。
あぁあと月に一度の開催だけど、奴隷のオークションなんかもある。参加は自由だから普段は店先に並ばないような奴隷も手に入るかもしれないな」
奴隷市と聞いて真っ先に思い浮かんだのは18禁なPCゲームに出てくるような全裸の少女が檻に入れられ店先に並べられている光景だというのに。期待して損した、裏切られる可能性があるとはいえ見るだけでもしてみたかったんだがなぁ。エルフとかダークエルフとか。
「次の通りに行くか」
再び路地に入る大矢に続いて訪れた通りは、奴隷市に似た檻の並ぶ通りだった。
ただ先の通りと違うのは檻の中にいるのがゴブリンやコボルトといった人形の魔物ではなく狼や虎、鳥といった魔物だというのが大きな違いだった。
「あっちが奴隷市なら、さしずめこっちはペットショップといったところか」
「惜しい。正確にはペットショップ通りだ」
大矢の話ではやはりきちらも強力な魔物は奥にしまわれているらしい。
「やっぱりこっちも月一でオークションを開いていてたまにドラゴンが出展されたりするんだけど、ドラゴンはプライドが高い。競り落としたはいいが服従させることができずに大きな被害を受けたって話をいまでもちらほらと聞く。
これはドラゴンに限らず高位の魔物ならどれでもあり得る話だから君も気を付けた方がいい」
ペットショップ通りの説明はこれで終わりらしく、大矢は次の路地へと入っていった。当然俺もその後につづいたのだが、通りに出るよりも前、路地を少し進んだところでそれが聞こえてきた。
それは金属を叩く甲高い音。そして周囲の温度も僅かに上がってきたような気がする。
「これってもしかして……………………」
「ん、やっぱり分かるか」
苦笑するように笑った大矢が肩をすくめて路地を抜けた。
「多分予想通りだと思うけど。
ここが鍛冶師通り、武具の売買に作成を行う店が並ぶ通りさ」
周囲の店から金属を鍛える音が響き、さらには他の通りではなかった客を呼び込む声が重なり、鍛冶師通りには人の生き生きとした活気が溢れていた。
「ここ鍛冶師通りでは第2通りや第3通りでは扱ってない属性を付与した武具や、なにかしらの魔法を付与した武具を取り扱っているんだ。例としてあげるなら振るうと炎を放つ剣や、身体能力を底上げする鎧なんかだな」
鎧はともかく、そういう武器ならウィクトリアの方が全体的に性能は良さそうだな。ウィクトリアにはまだまだ"成長"する余地もあるし、今は敵わない性能の武器でもいつかは勝ることだって出来るだろうし。
そんな感じですべての通りを見て回った俺は、食い物通りの一角にあるカフェで紅茶を飲んでいた。
え、紅茶なんて気取るなって?コーヒー飲むと腹下すんだよ、俺。
「通りの説明はこんなもんだけど、どう、役に立ったか?」
「いろいろと注意点とかも聞けたしね。
ありがとう、礼は言っておくよ」
「どういたしまして」
しかし、素材を扱ってるマテリアルストリートで死体も素材として取り扱ってるとは思わなかったな。
今度フェンと同じ方法でハーレム増やそう。あそこなら女性骨格のスケルトンも手に入りそうだし。
「これ興味本意での質問なんだけど、黄麻は何で魔王育成プログラムを受けたんだ?」
「ん、チート能力とハーレムが欲しかったから」
何でそんなことを聞きたがるのかね。まぁ別に知られて問題のあるようなことでもないし素直に答えると、大矢は一瞬どこか遠くを眺めるように目を細目て苦笑した。
「笑うようなことかね」
「あぁすまん、日本人のプログラム履修者の8割以上が似たような理由だったからな」
「は?
日本人の履修者って………………、おい、日本人の履修者ってそんなにたくさんいるのか?」
「俺が知ってるだけで100人以上いるね。ただ皆が皆同じ世界の日本から来たのかってなると首をかしげざるをえなくなるけどな」
言っていることの意味がよくわからず首を傾げると大矢は説明を続けた。
「簡単に言ってしまえば彼らは全員日本人だが、それぞれ別の平行世界から来た日本人じゃないかってことだ。平行世界って分かるか?」
「あれだろ、雑な言い方になっちまうけど『もしもの世界』って奴だろう?」
コーヒーを飲みながらそう尋ねられ、最近特に題材されることの多いような気がする平行世界に関する知識を答える。
「正解。話を聞いてみると総理大臣が違ったりすることが多々あるんだよ。他にも最近起こった世界規模の事件とかな。
それに俺はここを卒業してから100年以上立ってるが、未だに年号が平成だったりなぜか昭和だったりするんだよ」
たしかに、そんだけ話が食い違ったら本当に同じ日本から来ているとは思えないな。
けど今はその事以上に………………。
「100年以上?」
「ん、そっちに反応するか。
プログラム履修者がここでは死なないのは知ってるだろ。あれ、ただ死なないだけじゃなくて老化もしなくなるんだよ。
そんで卒業後に異世界に行くと死んで生き返ることは出来なくなるけど不老だけは残るんだよ。
結果老いによる死はなくなり殺されなきゃ死なないようになるのさ」
しかも異世界に行った後でもここのダンジョンなら死んでも生き返れるらしい。
なにそれすごい。
「そんな長い時間を手に入れても目的が無くなれば無為に時間を過ごすだけになるけどな」
「そこんところは問題ないな。俺の目的はチートとハーレムだぞ。永遠にハーレムでイチャイチャするだけさ」
俺がそう言うと大矢はなにも言わずにただ自嘲気味に笑うのだった。




