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大苦戦

「散開!」


 俺の指示と皆が散らばるのはどちらが先だっただろうか?

 巨人が手に持った大剣を振り回し、先ほどまで俺がいた位置をものすごい音を立てて通り過ぎていく。あんな物を喰らったら俺なんかじゃ耐えることもできずに死ねると思う。たとえアイアンプレートメイルで身を包んでいてもだ。鎧はひしゃげ、ひしゃげた部分が俺の体に食い込み傷つけ、血反吐を吐きながら吹き飛ばされること請け合いである。


 巨人から距離を取るように後退しながら牽制のために光の矢を放つ。高速で宙を駆け抜けた光の矢は外れることなく巨人の頭部に命中した。だが。


「効いた様子がないな………………」


 巨人は気にした風もなく敵の大剣の間合いぎりぎりのところで敵を引きつけてくれているテラ達へと獲物を振るっている。俺と同じように距離をとった精霊達から魔法の矢が放たれる。グランディアの土の矢にアクアの水の矢。フラムの火球にヴィンディの風の刃だ。しかしそのどれも当たりはする物の、まるで微風か何かであるかのように平然と武器を振るっているのだ。


「属性が悪いのか、そもそも魔法が効かない可能性もあるか」


 そう思いつつも電撃を放ち、ウィクトリアも闇の玉を生成して一斉に放つ。アクアが改めて放った氷の矢も同時に命中するが、結果はやはり変わらなかった。


「こいつは魔法が効かないと考えた方がいいな」


 確証はないがこちらの魔法攻撃がことごとく効果が無い以上結局は同じである。

 そうなると物理攻撃しかないわけだが…………………………。


「あれに近づくとか自殺行為だろ」


 台風の時に聞く荒れ狂う風の音。それに近い音を立てて振り回される剣の間合いのさらに中に飛び込む。まさしく台風の大海原に身一つで飛び込むような無茶だろう。けれどそれをしなければ勝てる相手でもないのだ。


「アエル、奴の目をねらえ!

 アクアとフラムは奴の視界を封じろ!

 ヴィンディは妨害!

 テラ、フルーメン、イグニース、グランディアはなんとか奴の懐に入り込んで、とにかくぶちかませ!」


 あぁ、自分の指揮能力の低さは情けなくなる。もう少しマシな指揮は出来ないものだろうか?

 だがあんな指揮でも俺の配下は全力で応えてくれる。アエルの放つ矢が巨人の目元に集中し、うっとうしげにそちらに視線を向ける前にフラムが爆発を起こす。爆音とともにまき散らされる炎によって巨人の視界が一時的にふさがれ、その内に別の場所へとアエルは駆ける。

 巨人の顔の辺りに霧が発生する。アクアの仕業だろう。

 もとより大振りだった巨人の攻撃からさらに精確性が削がれた。これなら懐に飛び込む隙もできるか?

 巨人の動きに意識を集中し、ゆっくりと立ち位置を変えてゆく。巨人が大剣を持つのは右手だ、ならば左手側から攻める方が攻撃は当たりにくいはず。

 巨人の大剣が左から右へと薙払われる瞬間、俺は駆けだした。エレメンタルナイツやヴィンディの動き、それに狼男のあのスピードと比べればでたらめなほど速いわけではない。だが元の世界にいたころの自分よりも速い速度で地を駆ける。手の中のウィクトリアが朱く光を発すると体が軽くなった。補助魔法をかけてくれたようだ。これなら前傾姿勢になる俺の脳裏に警鐘が鳴る。何事かと思いながら地を蹴り跳躍すると、目の前の巨人がこちらにわずかに振り返りながら大剣を振るい、滞空する俺の真下を巨人の大剣が通り過ぎていく。

 危なかった、意識を集中していたおかげか、アビリティの直感のおかげか、はたまたその両方か間一髪で致命の攻撃を回避した俺は、着地と同時に脳裏に響く警鐘を頼りに地面に転がった。


 ガキン!と金属音が響く。さらに金属同士が削りあう音が響き、回転する視界の中に盾と剣、そして全身を使って巨人の大剣を上方へと逸らそうとするテラの姿があった。

 完全に大剣の軌道を逸らすことが出来なかずにテラが吹き飛ばされた。しかしテラが体を張って逸らされた大剣は、床を転がる俺の僅か上を抜けていった。テラが動いてくれなければ直撃していたかもしれない。

 俺の直ぐ上を通り過ぎていった大剣に寒気を覚える。だがそれで震え立ち止まれば体を張ったテラの働き無意味になる。

 床を転がっていた俺は昔学校の体育の授業で柔道部よりも上手いと唯一褒められた前回り受け身の要領で立ち上がると、残る距離を一気に駆け抜けた。


「やっぱりでかいな」


 巨人の直ぐ側にまで近寄った俺は、見上げても腰までしか見えないという相手の大きさに思わずぼやいていた。だがぼやいてばかりでは始まらないのだ。ウィクトリアを両手でしっかりと握りしめ、目の前の丸太のごとき左足に斬撃を見舞った。


「でかいうえに固いのかよ」


 ウィクトリアが補助魔法を使用して俺の力を引き上げたうえで放った渾身の一撃は、たしかに巨人の左足に傷を付けた。確かに傷を付けたが、それは人で言えば紙で指を少し切ってしまったような僅かな傷でしかなかった。

 呆然としている暇はない。塵も積もれば山となる。気が遠くなりそうだが現状はそれしか出来ることがないのだから、それをする以外に無い。

 気を取り直してウィクトリアを握りしめ、たった今付けた傷めがけて再び剣を振るった。






 回りに目を向ける暇がなかった。目の前の脚の挙動に意識を向け、蹴られぬように気を付けながらウィクトリアを振るう。時折足下を薙ぐように振るわれる大剣を巨人の股の間に転がり込むことで回避して再び同じところへ攻撃する。

 何度も同じ箇所に攻撃することで、はじめは擦り傷程度にすら値しなかった傷口は、すでに動けば血が流れ出るような傷へと変わっていた。ここまで傷口を成長させるために意識を集中していたためにエレメンタルナイツや精霊達がどうなっているのか全く分からない。俺への攻撃が徐々に多くなってきているが、それでも間があることから全滅だけはしていないことは分かる。俺への攻撃が増えたのが攻撃対象が減ったが故でなく、俺の付けた傷が無視し得ない物になりつつあるからならいいんだけど。


 肩で息をしながら後退した左足を追って床を蹴る。全力で床を踏み切り助走無しでの行った跳躍は、たったの1度で後退した左足に追いつき、俺は落下の勢いをすべてウィクトリアにつぎ込むべく全力で振り下ろした。


「ダイチ様!!」


 時折周囲の音が聞こえなくなるほど集中していた俺の耳に普段は陽気なヴィンディの焦りを含んだ声が届いた。

 そして真横からの衝撃を受ける。いきなりの衝撃に驚いた俺は次の瞬間には床を転がっていた。巨人の大剣を受けてしまったのかと思ったが、それにしては痛みはない。いやそれどころか受け身すらまともにとれなかったというのに落下の衝撃がほとんどなかった。そして鎧越しに伝わる感触に、床に倒れたまま自分の身体を見下ろせば呼吸をしない精霊であるはずのヴィンディが肩で息をしながらしがみついていた。どうやら俺が受けた衝撃の正体は彼女だったらしい。


「ヴィンディ?」


「ダイチ様ゴ無事デスカ!?」


 上半身を起こす俺に焦りに満ちた声がかけられる。声の主を見れば、そこには盾と剣を持つものの自身の身体である鎧をひしゃげさせたテラが駆け寄ってきていた。一度テラから視線を外して巨人の方を見れば巨人の左脚には俺が付けた傷跡があり、そこからは巨人が動く度に血が流れ出ていた。だが俺を青ざめさせたのは巨人の足下にある傷跡だった。そう、足下にある傷跡だ。床に付けられた、魔法を全力で放っても傷一つ付けられなかった床に付けられた、足下を薙払った跡にも見える傷跡だ。

 それを見て理解する。あのまま巨人の左脚に攻撃しようとしていれば、俺はあの堅固な床に傷跡を残すような一撃を受けていたのだと。理解した瞬間全身から嫌な汗が流れた。ヴィンディが庇ってくれたおかげ死を免れたのだ。


「助かった、ヴィンディ」


「ダイチ様が無事でよかったです」


「お前のおかげだ」


 駆け寄ってきたテラに片手を上げて無事であることを伝えて立ち上がる。視線を再び巨人に戻すと、今まで俺が張り付いていた左足にイグニースとグランディアが張り付いたところだった。確固とした実体を持たないグランディアはいつもと変わらない姿だが、イグニースの方はテラほどではないものの鎧がひしゃげている。フルーメンはどうしたのかと見回してみると、壁際に片足を失ったフルーメンの姿があった。


「攻撃力ノ高イイグニースノ身代ワリトナッテ片足ヲ失イマシタ」


 フルーメンの状況をテラが教えてくれる。皆大なり小なり傷を負っているか。


「ぐぐぁぁぁあぁぁぁぁっ!」


 巨人が悲鳴を上げて後ずさった。大剣を持たない左手が顔を押さえ、その下から赤い血が流れ出ている。血を振り払うように左手が振るわれ、その下がどうなっているのかが晒される。そこには1本の矢が左目に突き刺さり、閉じられた左目の瞼から血が流れ出ていた。

 アエルが片目を潰したか。

 巨人が暴れぶりが激しくなる。


「だけど流れはこちらに向いてきたか」


 ウィクトリアを握りしめると、身体に力が張ってくる。また補助魔法をかけてくれたのだろう。ウィクトリアは補助魔法が切れかかると即座に補助魔法をかけ直してくれている。これのおかげであの巨人が相手でも戦えるのだ、本当にありがたいことだ。


「こいつを倒したら、本気でレベルを上げないとな。地力を上げないときつすぎる」


 こんな奴がフロアボスとしてではなくダンジョン内の配置モンスターとして出てくるなんて難易度が上がりすぎだと思うが、逆に今までが楽すぎたとも言える。何度か死に戻りしてるけど。


 テラはこの状態では戦えまいと休むように告げて、アエルが目を潰した左側へと駆ける。左足はイグニースとグランディアが攻撃していて、俺のはいる場所はない。そうなると別の場所を攻撃するしかないのだが、1から傷を広げていくのも時間がかかりすぎる。なら既に傷が付いている場所を狙うべきか。

 巨人の背後に回り込み、一度タイミングを見てから走り出す。しっかりと助走をつけて跳躍。ウィクトリアの補助魔法のおかげで自分の身長よりも高く飛び上がり、巨人の毛皮の服へとしがみついた。


「ウィクトリア、ちょっと我慢してくれよ」


 ウィクトリアの柄をくわえて巨人の背中をよじ登る。登攀のアビリティでもあればもう少し楽なのだろうが、ただでさえ少ないアビリティの枠を使う機会のすくないアビリティで埋めるのは勿体ないのだから仕方がない。


 背中をよじ登る俺に気が付いたのか巨人が背中を気にするそぶりを見せる。だが背中を登る俺に攻撃する手段がなく、ゆっくり確実に背中を登ってゆく。


「こいつを、喰らっとけ!」


 肩の高さまでたどりついたところで跳躍。根源魔法で風を操り巨人の目の前まで躍り出ると、再び持ち直したウィクトリアを残る右目に突き刺した。


「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁっ!!!」


 巨人が悲鳴を上げながら激しく頭を振り回し、俺はウィクトリアから手を離しまう。


「ぐっ!」


 吹き飛ばされ地面にたたきつけられるのを覚悟した俺だが、思った衝撃は無かった。


「大丈夫ですか!?」


「おかげでな」


 どうやらフラムに受け止められたようだ。フラムの胸元に抱きしめられながら、ついに大剣を手放し悶絶する巨人を睨みつける。

 ウィクトリアが右目に刺さったままだ。なんとかしないと。

 とそのとき、ウィクトリアの刺さった右目から雷光が走った。右目に突き刺さったまま根源魔法を使用したようだ。魔法が効かないと思われていたさしもの巨人も体内からの攻撃まではどうにも出来ないらしい。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああっ!」


 突如響いた雄叫びは、グランディアの物か。驚きそちらに視線を向けると、ちょうどグランディアが俺のつけた傷口に渾身の一撃を放ったところだった。傷口に強烈な一撃を受けた巨人はさらに悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。まだ倒せたわけではないが、脚に蓄積したダメージが遂に実をなしたようだ。


「ダイチ様、コレヲ」


 いつの間にか直ぐ側に着ていたテラが片膝を付いて鉄の剣を差し出してきた。自身が戦えないのなら剣を失う形になった俺に渡す方がいいと判断したようだ。


「助かる」


 言葉少なに霊を告げて、俺は再び走り出した。うずくまる巨人へと跳躍してその肩へと着地する。とうぜん巨人は振り払おうとしてくるわけだが、そんなこと知ったことか。両目を潰され手探りで俺を捕まえようとする手を回避して今度は顔に張り付き、巨人の左目に鉄の剣を突き刺した。


「こっちにも、喰らっておけ!」 


 鉄の剣を通して電撃を流し込む。巨人の身体が雷に撃たれたかのように痙攣し上半身を仰け反らせる。このまま一気に押し切ってやる!!


 魔力を総動員して根源魔法を使用する。電撃を流している鉄の剣が熱を帯び、それを握る俺の手までそれによりダメージを受ける。だがダメージなどどうでもいい。これなんんとしても倒しきる。

 その覚悟とともに放ち続けていた電撃も、魔力切れとともに終わりを告げる。剣を握っていた手は鉄の剣の帯びた熱で酷い火傷を負っているが、それを無視して剣を手放し柄へと握り拳を叩き込んだ。


 その直後、身体を支えていた左手から掴んでいた巨人の感触が消え去った。目の前から巨人の身体が光の粒子となって散っていくのを見て、勝ったのか、とどこか他人事のように思いながら落下する。


 軽い衝撃とともに落下が終わる。一心不乱に根源魔法を放ち続けたせいか、どうも意識が朦朧としている。視線を巡らせて分かるのは巨人の姿が完全に無くなったことと、どうやらグランディアに抱きしめられていることの二つだ。


「お疲れさまでございます」


 労いの言葉をかけられ、魔力が枯渇した俺は安堵するとともに意識を手放した。





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