うさぎと王様
Question
「うさぎ」と「ウサギ」と「兎」の違いはなんでしょう?
これは、むかしむかし、遠い遠い国でのおはなしです。
あるところに、うさぎがいました。
白くてもふもふした、かわいらしいうさぎくんです。
うさぎくんがちょうど昼ごはんのクローバーを探して放浪していた時、
古い木々が倒れてひらけた場所――――通称・木漏れ日広場から
わいわいがやがや、なにやら楽しそうな声が聞こえてきました。
森の王様である鹿さんの立派な角やクマさんの大きな背中が見えます。
近くの木の陰で茶色いもふもふが揺れました。
どうやら、お友達のリスくんもあそこにいるようです。
そちらへ駆けていって、ひょこっと茂みから顔を出すと
あっ、うさぎくん、とリスくんが声をかけてくれました。
「みんな楽しそうだね。なにをやっているの?」
「賭けさ」
「賭け?」
うさぎくんが聞きかえすと、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに
リスくんがブルーベリーのようにくりくりっとした目をきらきらさせながら語り出しました。
今、王様が「絶対笑わない」って賭けをしているんだ。
えっなんでそんな事してるのか、だって?
それはね、サルくんが王様はいつもニコニコしていすぎていて威厳がない、なんて言ってさ。
本人はちょっとした冗談のつもりだったみたいなんだけど、王様が少しカチンときちゃったみたいで。
もし、王様が三十分間ずーっと何をされても笑わなかったら
サルくんがみんなにおいしいベリーをごちそうする。
もし、サルくんが王様を笑わせることができたら
王様が新しい寝床をサルくんに用意してあげるっていう賭けをはじめたんだ。
友達のタヌキくんと漫才したりヘン顔したりしたんだけど、まだ王様は笑っていないんだ。
もうそろそろ三十分経つんだけどねえ。
「よし、最終手段だああああああああああああああああああああ!」
すちゃっと歪な黒目が描かれた白い石を両目に装着し、かっくんかっくんと世にも奇妙な動きを始める。
へんちくりんな伴奏つきで。
「ワレワレハ~コワレカケノォロボットデアールウウゥゥゥゥ♪」
静かな森に、笑いの嵐が吹き荒れる。
けど、王様はぴくりとも表情を変えない。
まるで堅い堅い岩の仮面が張りついたみたいだった。
王様の、泉の水のように澄んだ目がサルくんに向けられている。
いつもの穏やかな王様の顔だった。
けれど、なぜか氷の塊のように冷たく感じられた。
サルくんに注がれているはずの視線が、自分にも向けられているような気がした。
まるで首筋に冷たいナイフをつきつけられているようだった。
背中を氷の雫が滑り落ちていく、気味の悪い感覚に身をすくませると。
「ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴっ」
三十分の合図を任されたらしい、コトリさんの声が響いた。
「私が勝ったぞ、サル」
王様が、得意げに微笑む。
「あーあ、今のけっこう自信作だったんすよ?」
まいったなあ、と頭をかき、眉の端を下げる。
「サルくんのおごりだ~」
「ベリーベリ~」
「パーイ♪パーイ♪」
「いや、タルトだろ!」
「いやいや、マフィンだね」
「やったね、うさぎくん。君は何がいい?」
「僕は……いいや。あんまりお腹すいてないもの」
首をふり、断る。
さっきまでお腹がすいていたはずなのに、今はなんにも食べる気にならない。不思議だ。
「そう?もったいないなあ。でもお腹すいてないならしょうがないね。
ぼくが君の分のタルトとかは確保して後で届けてあげるよ」
「ありがとう」
力ない笑みを浮かべ、僕はその場をあとにした。
「梟さ~んっ梟じいさ~ん!!」
声を張り上げて巨木に向かって叫ぶが、返答は無かった。
「お留守かなあ」
しょぼーん、と耳が垂れる。
「あれ、うさぎくんじゃない」
振り向くと、黄金色のふぁさふぁさが揺れていた。
「あ、狐くん」
「また梟じいさんのところに来るってことは、何か気になることでもあったのかい?」
こくりとうなずく。
「残念だねえ、おじいさんは今、お茶に使う薬草を探しにいってるよ」
「そう……」
がっくりと肩をおとし、とぼとぼと踵を返して歩き始める。
「かわりにボクが聞いてあげようか」
「ほんとかい?!」
ぺたんとしていた耳がぴーんと起き上がる。
「うん。何がそんなにキミを悩ませてるか興味あるしね」
僕は、さっきの王様とサルくんの賭けの話を狐くんにした。
「へえ、壊れかけのロボットダンスねえ。さぞ傑作だったろうね」
「うん。みんなお腹を抱えて大爆笑していたもの」
「で、いつも優しい王様がぴくりとも笑わなくて恐ろしく見えたと」
「うん。顔の表情はいつもと同じなんだよ。
でも、顔にはりついちゃったみたいで、とっても」
怖かった。
「……そう」
目を閉じ、黙りこむ狐くん。
頭の真上に上がった太陽の前を、いくつもの雲が通り過ぎていく。
まるで、羊みたいだ。
羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹、羊が四匹…………。
こっくりこっくりしていた僕の頭を、ぺしっと狐くんが前足ではたいた。
「聞くだけ聞いといて居眠りって、キミ、いい度胸してるよねえ」
狐くんのほっそい目が、さらに細くなった。
「ごめんなさい」
「まあいいけどさ。――王様は『王様』だからねえ。
みんなが不安な時は、たとえ自分が泣きたくても笑っていなきゃいけなかったんだよ。
『おうさま』では、いられなかったんだよ」
「泣きたいのに、泣いちゃいけないの?」
「そうだよ。本音と建前っていうヤツさ。
『王様』はホントは『おうさま』でいたいのに『おうさま』の王様を出さないように
『王様』っていう王様のハリボテを建てているのさ」
「王様は何人もいるの?」
「そうかもしれないね。
――とにかく、いつもは笑いたくもないのに笑っている『王様』を建てるのさ。
今日はその『王様』を建てるのをやめてみたんじゃないかな」
「王様は、いつもは笑っていなかったってこと?」
灰色の雲が太陽を覆って、視界がほの暗くなる。
「そんなことはないよ。
王様は血も涙もない残酷な奴じゃないからね。
心から笑っていなかっただけだよ。
みんなを傷つけないように、自分の心を傷つけて笑っていたのさ」
なんで、そんなことをするんだろう。
「わからない。わからないよ、狐くん。
なんで王様は自分を傷つけてまで笑っていたの?なんで笑っていられたのかな。
笑いたくないのに笑わなきゃいけないなんて、ヘンだよ」
「たしかに、そうかもしれないねえ」
でもそれが世の中ってもんなのさ。
愛想笑い。お世辞。狸寝入り。社交辞令に猫かぶり。
騙し欺き、出し抜かれ、騙られる嘘だらけの世界。
それがボクらの世界だ。
みんな蓋を開けたら真っ黒さ。
まあ、うさぎくんにこんなこと言っても信じやしないだろう。
言っても困らせるだけだろうから、言わないけどね。
ああ、偉そうに世を達観しても、ボクは結局『きつね』じゃなくて『狐』みたいだ。
「ボクたちはいつ割れるか分からない薄っぺらい氷の上で踊っているようなものなんだ。
氷が割れないように、王様は『王様』っていう風船をつけて浮いているのさ」
「???」
あ~……首がねじれ落ちそうなくらい頭をひねっているみたいだ。
「ごめん、よくわからないや」
申し訳なさそうに言ううさぎくん。
「そうみたいだね。
うさぎくんは笑いたいときに笑って、泣きたいときに泣いていればいいんだよ」
そう言ってさっきは、はたいた頭を優しくなでる。
「さあ、湿った匂いがしてきた。雨がふるんじゃないかな。
大きな木の下は雷が落ちて危険だし、早く家に帰りなよ」
「ほんとだ!早く帰らなきゃ。
狐くん、話を聞いてくれてありがとう。
よくわからなかったけど
王様にも泣きたいときは泣いていいし、
笑いたくないときは無理して笑わなくてもいいんだよっていってあげるよ」
じゃあね、と駆けていくうさぎくん。
ちょっとアホっぽい友人の姿は、あっという間に見えなくなった。
「おお、狐じゃないか。なんじゃ、またタヌキと喧嘩でもしたのかの」
雨粒に濡れた羽をばっさばっさしながらたずねる。
「やあ、おじいさん。いやね、ちょっとうさぎくんの相談に乗っててね」
ボクは王様とサルくんの賭け、それから、さっきのボクとうさぎくんのやりとりを梟じいさんに話した。
「ほおほお。そんなことがあったのか」
「うさぎくんはやっぱり本音と建て前がよくわかっていないみたいでしたけど」
遠くを見つめるような目をする狐。
「うさぎくんには『ウサギ』にも『兎』にもなってほしくないなあ」
うさぎくんは他の人みたいに噂で人を判断しない。
ちゃんと向き合ってくれる。
サルくんやタヌキみたいにありもしない話に騙されずにボクと仲良くしてくれるし
嬉しいときは笑い、哀しいときは泣く。
そんな当たり前のことも、僕の目には眩しく映る。
「……ボクも、『きつね』のままでいたかったな……」
雨の湿気か、はたまたボクの気持ちのせいか。ボクの自慢のふぁさふぁさがしおれていく。
「――――おまえさんは『きつね』さ。友人の相談に親切に答える、
ただの、優しいきつねさ」
雨の音にまぎれて、もうひとつの水の音が響く。
「なんじゃ、泣いとるのか」
情けないのう、と肩をすくめる梟。
「うるさいな」
――――――これは、雨だよ。優しい、嬉しい雨だ。
END.
Answer
うさぎ……自分の頭でちゃんと考え、行動する。偏見なし。
本音と建前の使い分けができない。
子ども。
嘘で本心をごまかさない。
ウサギ……一般人。
噂とかに惑わされる。偏見あり。
流されている人。
兎……本音と建て前が使い分けられる人。
よーするに真面目な大人。
とっても窮屈そう。
※余談というか設定※
うさぎ→「純真無垢」
愛すべきおバカさん。
狐→「道化」
嘘吐き、皮肉屋、天邪鬼とか思わせといて実はイイ奴である。
梟→「賢者」
優しいおじじさま。
王様→「立派な大人」
鹿。けっこうお茶目かもしれん。