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17.男なんだ、どうしたって格好をつけたがる



 ◇ ◇ ◇




 身体、が、マジ、笑えない、くらい、痛ぇ。



 昨日までは痛くてもちゃんと動いていたのに、今じゃ身体が鉛みてぇだ。朝起きた時、全然身体が動かなくて焦ったよ。ベッドから一生出られないかと思った。 

 やっぱ喧嘩慣れしてない平凡男子には、昨日のフルボッコ事件も大喧嘩事件もシンドかったってことだよな。実際今、かなりシンドイし。昨日よりも今日の方が痛みも酷いってマジ最悪。今日は体育が三時限目にあるってのに。


 しかも眠いしダルイ。たっぷり寝た筈なんだけどな。

 家に帰ってすぐシャワーを浴びて、怪我の手当てした後、飯も食わないで寝たから睡眠時間は十二分にとったのに。


 そういえば俺のボロクソになった姿を見て母さん達がかなり驚いていた。何かあったのか、何か事件に巻き込まれたのかって昨日も今朝も大袈裟に騒いで質問攻め。取り敢えず、適当に受け流してきた。学校に登校した俺のツラを見た光喜や透も質問してきたけど、やっぱ受け流した。

 言えないよなぁ。不良にフルボッコされましたなんて情けないことをさ。


 んでもって身体がダルイってのに俺、頑張って徒歩で来たんだ。


 本当は自転車で来たかったんだけど、俺の自転車はゲーセンに放置されているから。

 今日の今日に限って徒歩なんてないぜ、マジで。自転車盗られてねぇよな。撤去されてねぇよな。盗られたら暫くは自転車通学できなくなる。それは困るんだよ。俺にとってチャリは最大の武器であり、かけがえのない相棒なんだから。


 二度重い溜息をついて俺は、憂鬱と闘っていた。いや愛チャリのこともあるよ。あるけど、愛チャリを貸した相手が、な。

 肘ついて俺は利二の方を盗み見る。利二は光喜と話している。

 話しているっていうか光喜が一方的に話しているみたいだ。利二の方は上の空。聞いているのか聞いてないのか微妙なところだ。


 俺の視線に気付いたのか、利二がこっちを見てくる。

 視線がかち合って俺はすぐさま目を背けた。メッチャ気まずさを感じる。俺達、昨日から口を碌にきいてないんだよな。帰り際のあれだって俺が一方的に言っただけだし、会話っつー会話はしていない。

 只ならぬ俺達の雰囲気に、光喜や透に朝から気を遣わせしまっている始末。


 だってよ、朝、俺と利二が顔を合わせた瞬間、空気が重くなったんだぜ。朝から暗雲が漂ったっつーの? 空気の読めない二人じゃないから、俺と利二に何があったかは聞かないでくれた。それが俺達にとって凄く有り難かった。


 俺は深い溜息をついた。大喧嘩した後ってどう接していいか分からないよな。

 謝ればいいって簡単に口では言えるけど、実際行動に起こすとなると上手くいかないもんだ。変な意地とかプライドとかが邪魔するし。

 なんか利二のことを考えると今日一日の授業がめっちゃダルい。ついでに身体もダルイ。朝のSHRからダルイって思ったくらいだ。授業なんてもっとダルイ。一時限目の数学は辛うじて出たけど、二時限目の現社まーじダルイ。寝とけばいいんだろうけど、なんか教室、窮屈なんだよな。現社の後は体育だしさ。


 ダルさは頂点に達して、嫌気が差してきた。表面真面目で通してきた俺だけど、今回は真面目ちゃん無理そう。マジダルイ。時計に目をやる。もう二分くらいでチャイムが鳴るな。

 俺はギスギス軋む身体に鞭打って席を立った。


「圭太くん、何処行くの? もうチャイム鳴るよ」


 透が不思議そうな顔で俺に視線を向けてくる。

 俺は曖昧に笑って肩を竦めると、教室を出た。チャイムがそろそろ鳴るってことだけあって、生徒達がそれぞれの教室に戻って行っている。


 いつもの俺なら空気を読んで教室に戻るけど、今日の俺、不真面目ちゃんだから! あくまで気持ちだけだけど!


 横一列に並ぶ教室たちの前を素通りして、さっさと階段に向かっていると名前を呼ばれた。

 振り返れば、教室にいたヨウが窓から身を乗り出して俺の方を見てくる。ヨウの奴、今日は真面目に朝から学校に来ていたんだな。って、思った瞬間、チャイムが鳴った。

 やっべぇ、早くココからトンズラしねぇと先生来ちまう! 真面目ちゃん通してきた俺にとって、実はサボるって行為はドッキドキバクバクだ。現に今、スッゲェ心臓鳴っている。そんな俺を余所にヨウが声を掛けてくる。


「ケイ、昼飯一緒食おうぜ」


「いいよ。いつもの場所だろ? ってか、俺、早く行かないとヤバイんだけど。先生に見つかったらマジヤバイ」


「相変わらずクソ真面目だな。ケイ」


 悪かったな! クッソ真面目ちゃん貫き通して16年目だよ! あくまで表面のクッソ真面目ちゃんだけどな!

 けど、今日の俺はクッソ真面目ちゃんじゃねえぜ? なんたって俺、内心ビビりながらも、超ビビりながらも(でもチキンじゃないよ?)


「俺、今からふけるんだって。だから見つかったらヤバイ」


「マジ? ふけるのか?」


 何だよ……そのスッゲェ意外そうな顔。どーせ俺は真面目ちゃんですよーだ。お前と違って地味な真面目ちゃんですよーだ。悪いかバッカヤロ!

 心の中で悪態ついている俺、口に出せないことがこの上なく情けないけど仕方がない。ヨウは不良だもんな! そう簡単にツッコミなんて入れられねぇって! 仲良くしていたじゃないかって言われても不良は恐い! 胸張って言える!


 そんなことしている場合じゃない。

 俺はヨウにもう行くと告げて、速足で廊下を歩く。走りたいのは山々だけど身体が痛いんだよなぁ。


「ケイ! テメェがふけるなら俺もふけるッ、ちょっと待てって!」


 馬鹿、おま……そんなデカイ声で。廊下は声響くんだぞ、教室にいる皆様に聞こえちまうだろ。既に聞こえていると思うけど。足を止めて後ろを振り向けば、ヨウが窓枠に足をかけながら「けど数学は出ねぇとアレだよな」って迷っている。いや出席ヤバイなら出ろって。


「ヨウ、俺、午前中はふけていると思うから後で来いよ」


「そー……だな。分かった。んじゃ、後でな」


 俺はヨウと別れて階段を下った。

 階段を下る度にギシギシ身体が軋む。節々がオイル切れしているんじゃね? マジきついダルイしんどい。しかも心臓が馬鹿みたいに鳴っている。いやだって堂々サボるって緊張しね? 前はヨウがいたから、サボることに抵抗感はあったけど、ここまで緊張していたか。サボりじゃなくてヨウに対して。


「ッ!」


 高鳴る心臓が飛び跳ねた。 

 下から誰かが上がってくる。足音で分かる。俺は恐る恐る下を覗き込んだ。教材を片手に上ってくるのは前橋って男の先生。俺のところの担任……マジで?! よりにもよって担任かよ!

 俺が不良なら担任に会っても「ッハ! 舐めんな先公!」とか言えるんだろうけど、俺は表面真面目ちゃん。担任に遭遇した瞬間、「田山何やっている!」って何か言う前に怒鳴られちまう! 反論とかしたら更に怒鳴られること間違いナシ!


 やばいやばいやばい。どうするどうするどうする。


 取り敢えず、見つからないようにしねぇと! 焦っていたら思い切り腕を後ろに引かれた。思わず声を上げそうになったけど、グッと押し殺して顔を上げる。んで三度ビックリ。

 でもビックリしている場合じゃない、俺は声を殺しながら一つ上の階に上がった。足音に前橋が気付いたのか、速足で上がってくる。


「そこに誰かいるのか?」


 前橋の声にビビリながらも俺は男子トイレの一番奥の個室へ駆け込んだ。

 ワザと個室は閉めなかった。閉める音で前橋が気付くかもしれないから。ジッと息を潜めて足音に耳をすます。足音が階段を上っていく。どうやら難は逃れたようだ。俺は息を吐いて肩の力を抜く。同じように俺の隣で息を吐くのは、さっき俺の腕を引いてきた奴。利二だ。壁に寄り掛かって「焦った」とポケットに手を突っ込んでいる。


「まさか、担任が来るなんてな」


「ホントにな。まあ他の教師に見つかってもヤバイだろけどさ」


「確かにな」


 利二が微笑して肩を竦めてくる。俺もつられて笑いを一つ零した。


「田山、これから何処に行くつもりだ?」


「ンー? 体育館裏。あそこが一番サボれるんだ。ってか、そこしかサボれる場所知んねぇけどさ。利二は何しているんだよ。授業出なくていいのか? サボっていいのか?」


「お前には言われたくないな」


 表情を緩めたまま利二が俺から目を放す。ちょっと間を置いて利二は口を開いた。


「なんとなく、ふけてみたくなった。ダルかったんだ」 


 利二の答えに俺もちょっと間を置いて口を開いた。


「フーン。俺と同じ理由か」


 自然と視線が合って俺達は軽く笑いを漏らした。


「体育の時間にでもふけようと思っていたら、お前が先に教室を抜けたからな。抜けてきた」


「それじゃまるで俺のせいで抜けたって言っているようなもんだぞ」


 「そうとも言うな」「抜けたのは自分のせいだろ」「おかげで助かっただろ?」「ちぇ。恩着せがましいったらありゃしねぇ」


 いつもの雰囲気、いつものノリ、いつものやり取り。

 利二の気持ちは分からないけど、俺自身、このやり取りが妙にくすぐったい。照れるってのも変な感じだけど、妙に照れちまう。なんでだろうな。


 いつまでもトイレの個室で駄弁っているのもアレだから、俺達は場所を移動した。俺が唯一知っているサボれる場所に。

 相変わらず体育館裏は静かだ。風通りが良くて気持ちがいい。階段の段に座って空を仰ぐと、高くて遠い遠い空が穏やかに見下ろしてくる。それがまた居心地を良くさせてくれた。



 好きだな、体育館裏。


 ヨウに呼び出された嫌な思い出があるけど、そのおかげで俺は此処の良さを知ることができたんだ。ホント好きだな、体育館裏。此処にいると抱えていた悩みなんて、ちっぽけでクダラナイ……って思わせてくれる。


 空を仰いでいる俺の左隣には利二が座っている。体育館裏に来る途中で買った紙パックのカフェオレを飲みながら、同じように空を仰いでいた。


「田山。自転車置き場にお前の自転車、置いておいたから」


「持って来てくれたのか」


「昨日、鍵を返そうと思って忘れていたからな。本当は今朝、お前の家に置いておこうと思ったんだがー……起きたら身体が動かなかった」


「利二もか。俺も動かなかった。おかげで焦ったぜ。やっべぇ、どうやって起きよう……ってな」


「やっと起き上がっても、今度は着替えに苦労する羽目になる」


「そうそう。着替えとかアリエネェよな」


 俺達は空を仰ぎながら適当にお喋り。

 サボりの醍醐味だよな。こんな風にサボって適当に駄弁るのって。体育館から聞こえる生徒達や教師の声をBGMにしながら、俺達は会話を弾ませるわけでもなくグッダグダ喋っていた。


「田山、これからどうするんだ?」


 話題を変えてきた利二。何を聞いているのか分かったから俺は小さく苦笑。


「ヨウにさ。舎弟、モトの方が……あ、モトって金髪の不良のことな」


「あー自分に説教垂れて茶をくれた奴か」


 昨日利二が持っていた缶緑茶はやっぱりモトから貰ったんだ。曰く「反省しろ」って怒鳴られて茶を押し付けられたとかナントカ。

 モト、お前さ、俺達の仲を心配してくれたのは分かるけど、もうちっと言い方、どうにかなんねぇかな。まあ、いいんだけどさ。


 逸れた話を戻して俺は言葉を続ける。


「モトの方が舎弟あっているんじゃね? って言ったんだ。スゲくね? 俺、不良さまにそんなことを言ったんだぜ? でも、俺はヨウの舎弟のまんま。っつーか、ますます俺、舎弟の件を……俺って馬鹿かもしれねぇ……利二」


 額に手を当てて俺は項垂れる。

 昨日キッパリと「舎弟はモトの方がいいです」って言わなかったから(言ったけどヨウが綺麗に無視してくれたっつーか)、ますます俺、ヨウの舎弟になっちまったじゃないか。お断りし難くなっちまったよ。白紙にしたかった筈なのに、なんで、舎弟の位置付けを固定しちまっているんだ。


 だからって昨日断れる雰囲気かっつったら、いやいやいや無理だから! あの空気で断るって、マジどんだけ?!


 断ったら俺は『K(究極に)K(空気の)Y(読めない)H(平凡)』略して『KKYHダブルケーワイエイチ』だぜ! ……なんか分かりにくい略。なんでもアルファベットに略しちまえばいいってわけでもないな。分かる人には分かるけど、分からない人にはゼンッゼン分からないし。

 この前も下校途中、小学生が『あの人クラスじゃTUだよね』って言ってたの聞いた時、ハア? 何だそりゃ⁈ と振り返っちまったもん。あとでネットを使って調べてみたら『T(超)U(有名)』って意味らしい。初めて聞いたら絶対ワッカンネェって!


「略語って初めて聞いたら絶対分からないよな。な?」


「……田山、一体全体何の話だ」


 あ、そうだった。俺、今、利二と舎弟の話をしていたんだ。

 いっけねぇ。あまりのショックに現実逃避していたよ。まあ、どーせ俺に拒否権なんてなかったんだけどさ。最初から。


「利二、俺さ。ますます、舎弟生活から抜け出せなくなったっぽい。喧嘩に強いわけでもねぇのに、ヨウは俺を舎弟に指名した。断れることもできたけど、流れ的に俺返事しちまったんだ。『足にくらいにしかなれねぇからな』って」


 痛む身体を無視して俺は足を組んだ。


「これからどうなるか、どうするか、正直わっかんねぇ。なるようになるとは思うけど…まあ返事しちまったものは仕方ないし、どうにか頑張ってみるしかねぇって」 


 俺の話に利二は少し考えた素振りを見せて、ストローから口を離す。


「ホントにカッコばっかりつけるんだな、田山は」


「……今の会話の何処にカッコつけた?」


「すべてにだな」


 バッサリ切り捨ててくれるな……ッ今ので軽く闘争心に火がつきそうなんだけど。利二、お前、昨日の喧嘩の続きでもしたいのか?

 イラッとしている俺とは対照的に利二は表情を緩めて視線を外してしまう。


「悔いていた。お前を置いて逃げたことに」


 利二の声はスッゲェ落ち着いて静かだった。

 苛立っていた俺の気持ちは、利二の言葉で萎んでいく。


「あの時、残るべきだったんじゃないか? 逃げるべきではなかったんじゃないか? 荒川に助けを求めに行ったはいいものの、ずっと悔いていた。荒川と一緒に戻ってきたお前のヤラれように、後悔は増すばかりだった。自己嫌悪するほどに。そしてお前に腹を立てた。一種の八つ当たりだな、あの時、お前に喧嘩を吹っ掛けたのは」


「利二……」


「それでまた自己嫌悪だ。自分は何やっているんだ……って、な」

 微苦笑する利二が飲み終わった紙パックのカフェオレを潰し始める。俺は黙って話に耳を傾けていた。



「自己嫌悪ばかりしていた時、帰り際、お前が追い駆けて来た。お前は間違いじゃなかったと言ってくれた。そのヒトコトが悔いていた気持ちを断ち切らせてくれた」


 潰していた手を止めて、利二が俺に視線を送る。



「カッコばかりつけるお前が、また馬鹿なことをしようとしたら勝手に止めに入る。それくらいのカッコをつけても良いだろ?」



 遠くから聞こえてくる体育をしている生徒達の声、教師の太い声。吹き抜ける風の気持ち良さ。そして利二の言葉のくすぐったさ。

 「カッコつけ」俺は思わず利二に悪態をついて照れ隠し。


「また……あんな目に遭っちまうかもしれねぇんだぞ。どっちがカッコつけだよ」


「お前よりはマシだと思っているがな。別に昨日のことをとやかく言うつもりもないしな」


「俺、これからもヨウの舎弟なんだぞ。マジで不良になっちまうかもしれないぜ?」


「言っただろ。お前が不良になっても変わらず接してやるって」


 軽く笑声を漏らす利二に、なんか悔しかったり照れたり嬉しかったり。


 やっぱお前、俺と気の合う地味友だよ。どんなことがあってもお前となら友達でいられるような気がする。なーんか照れくさいし、妙に悔しいから、絶対口に出して言ってやらないけど、俺、感謝しているんだ。全力で止めてくれたお前にスッゲェ感謝している。

 俺は利二の顔を盗み見る。利二の右頬には絆創膏が貼ってある。傷に罪悪感を抱かないわけじゃないけど、それ以上に俺は利二に感謝したくなった。


 だってその傷は、俺を止めてくれた時に作ったものだから。


 ごめんとか申し訳ないって思っても、利二はそんな俺の気持ち望んでないだろうしさ。  

 利二。もしもまた迷って馬鹿なことしようとしたら、止めてくれな。俺も同じように止めてやるから。


「田山、今週の土曜日。予定入っているか?」


「ンー? なんもねぇよ。泊まりに来るか? ウチに」


「そのつもりで聞いたんだが」


「じゃー、もうひとつ。三時間目の体育はサボるだろ。四時間目の英語はどうする? 俺、予習も宿題してきてねぇんだ。お前は」


「してきている筈ないだろ。帰って直ぐ寝たんだからな。田山はどうするんだ」


「ダルいしな。利二は?」


「そうだな、ダルいからな」


 その時間、俺達は初めて自分からサボった。これからの時間もサボる予定。理由はダルいってだけ。ただそんだけの大したこともない理由。

 終わりのチャイムが聞こえてきた。後数分も経たないうちにきっと、ヨウが来るんだろうな。



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