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16.だから俺達は改めて舎兄弟を結ぶ




 ◇



 ゲーセンから出ると日が沈みかけている。

 俺はてっきり夜になっていると思ったんだけど、意外と時間はゆっくり動いているみたいだ。まだ夕暮れ時なんだってことに俺は多少ならず驚いた。


 それだけ俺の中で時間が進んでいたんだろうな、濃い一日だったしな。体に痛みが走ることを承知の上で軽く背伸びをする。予想以上の痛みに、俺は思わず顔を強張らせた。随分俺の身体は悲鳴を上げているようだ。ついでに家に帰ってちゃんと怪我の手当てをしないとやばい。腕や膝から軽く血が垂れている。


 なにより早いところ帰って手当てして寝ないと、俺、ぶっ倒れるかも。


「ふぁ~……ケイ……乗るか?」


 シズが俺の様子に気が付いてくれたのか、バイクを指差してくる。

 送ろうか? って言ってきてくれているんだと思う。


 でも、そんなに遠い距離じゃない。俺は歩いて帰ると言って、シズの気持ちだけ受け取った。 

 俺は家に帰るけど(帰らないともう無理……限界)、シズやヨウ達は場所を変えて溜まるみたいだ。話しているところを聞いちまった。

 多分、日賀野の件で駄弁るんだろうな。ゲーセンで溜まっていても良いんじゃないかって思ったけど、休日の夕暮れの時間帯は補導員がよく見回りに来るそうだ。まあこのゲーセン、溜まりやすいしな。補導員が目を光らせるのも分かる気がする。響子さん、未成年で煙草吸っているし捕まったら面倒そう。


「本当に帰れるか? ……送るぞ……眠い……」


「歩くくらいの元気はあるから」


「ほんっとかぁ~?」


 後からゲーセンに出てきたモトが「道端で死ぬんじゃね?」と皮肉を浴びせてくる。

 心配してくれているが故に……そう言ってきてくれるんだよな? 俺は信じているぞ、モト。そうじゃなかったら俺は泣くぞ、マジで。


 同じくゲーセンから出て来た利二とバッチリ視線が合った。めっちゃ気まずくて俺は目を逸らしてしまった。


 三階のフロアに戻った後も、俺、利二と口きいてないんだ。極力目も合わさないようにしていたし、近寄りもしなかった。あんな派手な喧嘩した後だし、謝るって気には今のところ、どうしてもなれない。変な意地とプライドが邪魔しているってヤツかな。


 利二も同じみたいで極力俺と目を合わせないよう、俺に背を向けていた。

 そうなると意地でも俺も背を向けたくなって、でも気になってチラッと利二を盗み見る……あれ? 利二のヤツ、手に缶緑茶持ってね? 俺と同じメーカーじゃね? もしかして利二のヤツもモトに貰ったってヤツ? うわぁつ、スッゲー気になる。かなり気になる。


 どうでもいいことを気にしていた俺を余所に、利二は先にお暇するとヨウ達に頭を下げて帰路を歩き出す。腹部を押さえながら。利二のヤツ、日賀野の蹴りを腹に二回も喰らったんだよな。

 しかもその後、俺が加減無しにぶっ叩いたり蹴ったりしたんだよな。痛い、筈だよな。俺もお返しを十二分に貰ったけど。


「なあケイ、いいのかよ」 


 黙って利二の背を見送っていたら、モトに心配された。あのモトから普通に心配された。

 知るかよ、俺に挨拶なしだったし……とか思ってみてもさ、あーもう、何だよコンニャロ! 俺だってそりゃ気まずいし決まり悪いって! でも謝る気にはなれないし。


 悩んでいる間にも利二の背は遠ざかって行く。モトが焦れたように俺を呼んできた。

 分かっているよ、言っておかないとイケねぇことがあるってことぐらい。俺だって言っておきたいことがあるし。遠ざかる利二と、焦れたモトの声と、尻込みする俺の気持ち。


 どうしようか考えて考えて考えてかんがえて、考えることが面倒になった。


 響子さんの言う『ウジウジする前に行動をしろ』ってのは、まさにこの時のことを指すんじゃないかと思う。

 俺は痛む身体に鞭を売って利二の後を追った。


 ゆっくり歩く利二に対して俺、全力疾走だぜ? フルボッコにされた上に大喧嘩して暴れまくったっつーのに力一杯走る、俺ってタフだよな。ほんと。

 直ぐに息切れしてくるけど、そこは根性だ根性。痛みとか辛さとか苦しさとか、そんなものは全部無視して俺は利二の前に回って足を止めた。


「田山?」


 利二の驚く声が鼓膜を振動する。

 俺が追い駆けて来ると思わなかったんだろうな。俺だってお前を追い駆ける気、十秒前までは無かったよ。てか、ちょっとたんま。喋りたいけど呼吸が整わねぇんだよ。根性で走れても、あがった息は根性じゃどうしようもねぇんだって。何度も息を吸って吐いて呼吸と気持ちを整える。


 よし、少し呼吸が楽になってきた。

 早鐘のように高鳴る鼓動を感じながら俺は、ゆっくり息を吐いて顔を上げる。目を丸くしている利二と向かい合って、俺は息と一緒に言葉を吐き出した。



「あの時、お前をこれ巻き込まないようっ、日賀野の舎弟になろうとした。それをお前は止めた。日賀野のこと恐いくせにさ、ビビッてたくせにさ、後先考えないで俺の決断を止めやがった。お前だって十分カッコ付けだ。人のこと言えないってのがひとつ。そしてもうひとつ、お前に言いたい」



 言い方は荒いけど俺、利二と喧嘩したいわけじゃない。

 ただ一つ言っておきたいんだ。日賀野の誘いに乗ろうとした俺を体張って止めてくれた利二のおかげで、最悪の間違いを犯さなかった。今以上に悔いていただろう未来を迎えることなかった。それは利二のおかげだ。

 だからヒトコト言っておきたいんだ。一呼吸置いて、俺は利二から目を逸らした。


「俺が日賀野の誘いを断ることができたのは、お前が止めてくれたからだ。あそこで止めてくれなかったら、俺はきっと断れなかった。絶対に」


「……田山」


「お前は間違ってねぇ。間違ったことなんかしてねぇから」


 ヒシヒシ利二の視線は感じるけど、はっきり言って今、利二を直視できない。

 他人と喧嘩なんて滅多にしないから、喧嘩後の接し方とか対処方法もよく分からないし。普段、面と向かって友達にこんなこと言わないし。


 でも今日のうちに、今のうちに、今直ぐに、どうしても言っておきたかったんだ。俺の為に走ってくれた利二に、どうしても。どうしてもさ。利二の視線に堪えられなくなって、俺は利二の脇をすり抜けて歩き出す。

 背後に立っている利二がどんな顔をしているのか知らねぇし、俺の言葉をどう受け止めているのかも分からねぇ。だけど俺は俺の思ったことを言ってやるんだ。


 フルボッコされた俺の身体を容赦なくぶっ叩いてきた、好き勝手言いやがってきた、薄情者に。


「利二……なんも間違ったことなんかしてねぇから」


 本当は礼を言う筈だったのに、こんなくどい言い方するつもりじゃなかったのに、上手く言葉が紡げなかった。不器用な自分に悪態をつきたくなる。振り向けないまま目を泳がせていると、道の脇に並ぶ店達のひとつの窓ガラスに目が留まった。


 窓ガラス越しには薄っすらと俺の姿、それから身体ごと俺の方を振り向いている利二の姿。ハッキリと利二の表情はガラスに映っていない。驚いているようなツラは薄っすらとしているような、何か思案しているツラをしているような、そんなカンジ。

 だけど俺がガラス越しに見ていることに気付いた利二は、俺から目を背けて速足で家路を歩き出していた。


 俺はちょっと安心した。今の俺、利二にどんな顔していいか分からないから。

 不安もあるぜ。反応と言葉のなかった利二と、このまま溝が出来たらどうしようか、前みたいに話せる仲じゃないよな……って。

 片隅で迷っている。利二を追い駆けてちゃんと詫びと礼を言うべきなんじゃないかって。


 けど結局は振り返られないし、追い駆けられない。こんなことを言った後、どんなツラしてあいつと話せばいいのか分からないから。そういう面じゃ、きっと利二も俺と同じ気持ちなんじゃないかと思う。


 利二が俺に背を向けて帰って行く。俺も利二に背を向けて歩く。ガラスから俺達の姿が消えた瞬間、なんかゲーセンの前まで戻る気が失せてきた。

 俺はワザと店と店の隙間にできている脇道に入った。家へ帰るには遠回りになるけど、ゲーセンの前まで戻ってモトに仲直りしたかとか聞かれるよりはマシだ。


 ちゃんとヨウ達に挨拶しなかったけど、今日くらいはいいよな。今日くらいは。ヨウ達、不良で恐いけど俺の気持ちは汲んでくれる奴等だし、きっと挨拶しないでも分かってくれると思う。


 軽く吐息をついて俺は軽く空を仰いだ。

 張り巡らされている黒い電線の向こうに見える茜色の空。目にしみる眩しさだ。

 妙に感傷に浸ってしまうのは、今日一日色んな事があり過ぎたからなんだろうな。利二と駄弁って、日賀野と会って一騒動起こして、ヨウ達に情けないとこ見せて、フルボッコされた後も利二と大喧嘩して、ヘコんでムシャクシャして悔しがって。


 結局俺、舎弟のことをどうするのか考えてないな。


 これから俺はどうするんだろう、どうしたいんだろう。


 成り行き舎弟生活はこれからもダッラダラ続いていくんだろうか。

 それとも舎弟生活を終わらっ、終わるのか? 舎弟を白紙にしたら、この奇妙な日常が終わるのか――。




 目を細めながら俺はボンヤリと思考を回す。答えは出てこない。


 肩を竦めて地面に目を落とす。歩く度に動く俺の影は長く伸びている。影を踏み付けるように速足で追うけど、影も動くから踏み付けられない。

 そうやって追って影を踏み付けるように速足で歩いていたら、長い影がもうひとつ伸びてきた。

 見る限り、影は走ってきている。俺は歩調を落として後ろを振り向く。そして足を止めた。「やっと追いついた」俺の前で足を止めて、膝に手を置きながらあがった息を整えている追い駆けてきた影。


「ケイ、おまえ……歩くの……速ぇって……さすが、チャリ漕ぐの……、速いだけあるっつーか。そのカラダでよく、速く歩けるっつーか」


 見事に染まっている金髪に赤メッシュ。

 大きく息を吐いて軽く折った体を起こすヨウに、俺は目を削いでしまう。まさか舎兄が俺の後を追って来るなんて、微塵も予想もしないじゃないか。


「なんで……ワタルさん達と一緒に行かなかったのか?」


「俺はっ、パスしてきた。っはああぁぁー……シンドかった」


 素で驚いている俺にヨウは「途中までいいか?」と聞いてきた。

 追って来てくれたのにダメなんて言えないだろ。不良にそんなこと言えるほど、俺、気が強くないしさ。寧ろそんなこと言うなんて恐いしさ。言葉の代わりに首を縦に振って返事をした。


 伸びた俺達の影が本体に合わせて、ゆっくりと動く。陽のあたたかさを背中で感じながら、俺達は影の後を追っていた。

 上着のポケットに手を突っ込んで俺の隣に並ぶヨウが、不意に「変な感じだな」と話題を切り出してくる。


「お前っていつもチャリに乗っているのに。今日は歩き。妙な気分」


「俺だって歩きの時くらいあるぜ、ヨウ」


「俺の中じゃ常にチャリ乗って爆走しているイメージがあンだよ。めっちゃ狭ぇ裏道とか難なく抜けられるし、ぶつかりそうになってもギリギリでかわすし。お前のチャリの腕、スゲェし」


「そっかなぁ。慣れれば誰でもこなせるもんだぜ、チャリって。それにチャリ……あ、そういえば俺のチャリ」


 忘れていた。俺、日賀野から逃げるよう利二に言ってチャリを貸したんだっけ。

 多分、ゲーセン前に放置されていると思うんだけど。さっき利二にチャリのこと聞けば良かったな。利二が俺のチャリの鍵を持っていると思うし。


 「なんかあるのか?」話を中断した俺を不思議そうにヨウが見てくる。何でもないとばかりに俺は肩を竦めてみせた。

 「変なヤツだな」怪訝な顔をして俺から目を放すヨウは、道に転がっている小石を見つけて爪先で軽く小突いていた。小石は電柱に当たる。


「ヤマトとは中学からの付き合いだった」


 突然始まった昔話に俺はヨウを凝視する。気にすることもなくヨウは話を続けた。


「中学の時、学校がダリィ。教師ウゼェ思っているメンバーが集まってデッケェ寄せ集めグループができた。そん中にヤマトがいたんだ。今ツルんでる面子も、その時のグループに属していた。ココロと弥生はいなかったんだけどな……」


 ということはワタルさんやシズやモト、響子さんに先日病院に送られていたハジメっていう不良はみんな、中学時代にツルんでいたってことか。

 俺は敢えてヨウに何も聞かず、心の中で話を自分なり解釈する。


「ツルんでた奴等と一緒に喧嘩に明け暮れて、学校サボッてはハシャいで……そんな調子のいいグループだった。似たり寄ったりの理由で集まった奴等だ。ワリと気が合う奴等ばっかだったけど、俺はヤマトといっつもソリが合わねぇでいた。まあ、中にはそういう奴もいるだろって分かっていたつもりだった。ンだけど、気が付けばいつもあいつと口論になっていた」


 最初から日賀野とヨウは仲が悪かったってことか。

 そういう奴いるよな。出逢ったその瞬間、外見とオーラだけで「こいつと俺じゃ無理そうだ」って感じる奴。俺もそういう奴に何人も会ってきた。極力そういう奴とは関わらないようにしてきたけど、ヨウの場合はそうもいかないよな。同じグループに属していたんだしさ。


「考えがいつも正反対だったんだ。俺とヤマトは。俺が白って言えば、あいつが黒。あいつが下って言えば、俺は上って答えるみてぇに、いっつも考えが正反対だった。ヤマトと口論する度に『クソ、何だよコイツ、舐めているのか。ウゼェっつーんだ。いっぺん地獄に叩き落してやろうか?』って思っていた」


 日賀野も随分ヨウを嫌っていたけど、ヨウも大層日賀野を嫌っているんだな。

 盛大な舌打ちをするヨウに思わず目を背けてしまう。不良のご立腹姿ってやっぱり恐いっつーんだ。チクショウ。


「それでもグループは秩序を保っていた。当然だよな、俺とヤマトの仲に問題があるだけでグループ全体には関係ないことだから。ンだけど、ある日、二つのグループに分かれちまう出来事が起きた」


「出来事?」


「当時俺達は、地元で一番有名な不良グループを伸した。高校の不良グループを俺達中学の不良グループが解散にまで追い詰めたんだ。高校の不良グループに仲間の何人かがヤラれてさ、敵討ちをしたんだ。けどなその追い詰めたやり方があまりにも狡かった。喧嘩っつーより騙まし討ちだな。ありゃ」


 もっと別のやり方があったんじゃないか、真正面から勝負を挑んでも伸せないことはなかった。

 追い詰めた狡いやり方にヨウは反感の念を抱いた。ヨウを中心に、ワタルさんやシズ達も反感を抱いた。


 だけど日賀野を含む複数の不良は勝ったモン勝ちだと、自分達もこの手に乗ったクセに何を偽善ぶっているんだとヨウ達の意見に反感を抱いた。 つまり、ヨウ達は卑怯な手を使ってまで勝ちたくなかった。真っ向勝負を挑みたかった。これではヤラれた仲間達だって自分達だって納得しない、と主張。


 一方、日賀野達の言い分はこうだ。目的は敵討ちじゃないか。もともと高校の不良グループと真っ向勝負するなんて分が悪いに決まっている。これ以上仲間を怪我させるにはいかなかったではないか、と主張。


 どっちが悪いってわけじゃない。

 どっちも道理に合った意見を述べているからお互いに対立、何度も諍いが起きて亀裂が生じ、ついには二つのグループに分かれたんだ。二つのグループに分かれた両者はその後、顔を合わす度に火花を散らした。中学卒業して別々の高校に進学しても、それは変わらず今現在に至る。

 ヨウはそう俺に話してくれた。

 かなり面倒なことになっているんだな。ヨウ達と日賀野達の仲って。


 そういう経緯なら尚更、日賀野が俺を狙ってきた理由も分かる気がする。舎弟の俺を狙ってくる理由がさ。黙って聞いていた俺は頬を掻きながら、自分なりに話を整理していたけど、小さく口を開いて俺は聞いた。


「じゃあ、先日のハジメって奴がヤラれていた喧嘩騒動は日賀野達のグループが関わっているのか?」


「ああ……あいつはあんま喧嘩デキねぇからな。狙いやすかったんだろ」


「なんで、狙ったんだ?」


「俺達グループを潰してぇんだろうな。正直、向こうの狙いなんざ俺もよく読めねぇよ」


 苦虫を噛み潰したような顔を作るヨウの気持ちは分からないけど、多分悔しいんだと思う。

 俺は前に視線を向けた。伸びている俺達の影が視界に入ってしょうがない。暫く俺達の間に沈黙が流れたけど、不意をつくように俺は口を開いた。  


「なあヨウ、モトを舎弟にした方が良いんじゃないか? あいつなら俺より、喧嘩できるだろ」


 率直な俺の意見にヨウは返事を返してこない。俺は前を見つめながら話を続けた。


「喧嘩できるとできねぇじゃ大きい違いだろ? 仮にモトが舎弟だったら、お前の負担も減ると思うぜ。俺じゃお荷物だろ」


「別に素直に言っていいんだぜ。今日の騒動は俺のせいだって。俺が舎弟にしたからこんな目に遭ったって」


「へ? なんで」


「あ? テメェこそなんでだよ」


 俺とヨウは間の抜けた声を上げあった。ヨウは俺につられて声を上げたんだと思うけど。だってまさかヨウがそんなこと言うと思わなかったしさ。

 驚く俺にヨウが決まり悪そうに頭を掻いて目を逸らした。


「そういう意味で言ったんじゃねえのか?」


「ヨウさ、俺の話聞いていたか? 俺じゃ弱いしお荷物になるからモトにしたら、そう言ってるんだけど」


「ウッセェな。そういう意味で捉えちまうだろ、フツー」


 捉えないだろ、フツー……ああ、そうか。

 俺は数秒間を置いてヨウの気持ちを察した。響子さんの言うとおり、ヨウは責任を感じているんだ。自分のせいでこうなったって。

 そういえば自分のこと『ダサイ』って言っていたあの台詞、アレももしかして責任を感じて言っていたのかもしれない。けど俺だってお前に背を向けようとしたんだぜ。日賀野の脅しに屈しようとしたんだぜ。


「俺にヨウを責める権利なんてないんけどな。それどころか責められる立場だよ」


「それこそ何でだよ」


「だって俺、一度は日賀野の誘いに乗ろうとしたんだぜ?」


「けど結局、乗ってないだろうが」


「ならヨウだって、俺がピンチだって聞いて来てくれただろ」


「間に合わなかっただろ」


 顔を顰めるヨウが荒々しく言葉を続ける。


「俺が来てもケイはヤラれた後。意味ねぇんだよ」


「ヨウが来てくれなかったら、あそこでずっとオネンネしていたと思うけど」


「ハジメがピンチの時、テメェのおかげで間に合ったんだぞ。なのにテメェの時は間に合わなかった。ンなの釣り合わねぇだろ。俺、テメェに借り作りっぱなしじゃねえか」


 ヨウの言葉を聞いて、俺は盛大に吹き出してしまった。

 突然大笑いする俺にヨウは恥ずかしそうに「ンだよ」と低い声を出してくるけど、笑いがどうしても漏れる。


「ケイ……テメ、笑い過ぎだ」


「悪い悪い。ヨウって律儀だよな。はじめて会った時からそうだ。あの時も、不本意だけど俺に助けられたからってガムくれたよな」


「チッ、そういう性分なんだよ」


 不機嫌そうにヨウが反論してくる。これ以上笑うと機嫌を損ねるよな。

 どうにか笑いを殺して、俺は茜色に染まった空を仰いだ。


「借りなんて俺、そんな大それたモン作らした覚えないよ。あれは俺が勝手にヨウを追ったことだし……それにお前が仲間の為に突っ走っていた。だから俺、ヨウに手を貸したくなった。舎弟っつーのもあったけど、こんな俺でもお前の足くらいにならなれるんじゃないかと、あの時思ったんだ」


 「ホントだからな」目を丸くして俺を見てくるヨウに笑ってみせた。

 喧嘩経験も皆無で、腕っ節もないけど、ヨウの足くらいにならなれるんじゃないかって思ったんだ。

 だから借りを作ったとかそういう大それたモノを押し付ける気もない。不良に借りを作るってもの恐いしな。


「マジに今回のことを責めるつもりなんてないよ。寧ろちょっと申し訳ない気分。恥ずかしい姿バッカ見せたから」


「ンなことねぇよ」


「そうだって。取り乱したり、弱音吐いたり、挙句の果てには喧嘩止めてもらったり……ヨウ、俺がモトを舎弟にした方がイイって言っているのは俺が弱いせいだからなんだ。ヨウのせいじゃない」


 並んで歩くヨウに言って、俺は自分を指差した。


「見ろよ、このフルボッコ後の情けない姿。お前の舎弟にしちゃ弱いだろ?」


「……ンな、ことー……ねぇよ?」


 いや、目を逸らせてフォローされると虚しくなるだけだから。そこは素直に『弱い』って言って欲しいんだけど。

 気を取り直して、俺は話を続ける。


「一件で俺はどうすれば良いのか。ヨウはどうすれば良いのか。そうだな、例え話をしてみようか。俺とヨウの舎兄弟を白紙に戻したら? っていう、今直ぐにでもありえそうな例え話をさ」


「……テメェはどう考えているんだ? ケイ」


「俺? 俺はーそうだな。白紙に戻しても、今までどおりだと思っているよ」


 だってそうだろ? 俺達って同じ学校に通っているし、こうやって関わり持っちまった。簡単に繋がりが切れるかっつったらそうでもない。舎兄弟ってのが消えるだけで、俺達は今までどおりに接しているんだぜ。

 きっと俺は表じゃ笑って、裏じゃ不良に嘆いている。それにヨウは気付かないで笑っている。チャリに乗せろとか言って、俺の後ろに乗ってくる。

 な、大して変わらないだろ?   


「もともと俺達って舎兄弟って雰囲気でもないしな。俺がキンパにすりゃちょっとは見えるかもしれねぇけどさ。所詮は見掛け倒し。喧嘩できる方じゃないし、不良でもない。今日みたいにお前の手を煩わせることだってある」


 認めるの悔しいけど、ガキの頃から喧嘩を避けてきた俺は普通に弱い。日賀野が不良の中でも飛び切り強いから、こんな惨めな負け方したって分かっている。だったら日賀野の以外の不良に勝てるのか。こんな負け方しないのか。

 そう問われたら俺は「ノー」って答える。

 ずっとずっと喧嘩とか諍いを避けてきたんだぜ? 喧嘩慣れしている不良に勝てる筈ないじゃないか。 今のヨウの話を聞いて、舎弟はモトの方が断然向いているって思った。モトを舎弟にした方が良いって思った。


 どーせヨウが舎弟を作るなら、もっと強い奴がいいじゃないか。

 どーせならもっと喧嘩できる奴がいいじゃないか。少なくともモトなら、こんな負け方しない。きっと、そうきっと。


 成り行きでなった肩書きだけの舎兄弟だ。

 俺達が舎兄弟であろうがなかろうが、俺とヨウの仲に影響があると思えない。大して変わらないなら、俺との舎弟を白紙にしてヨウはもっと別の舎弟を作るべきなんだって思うじゃん。


「ヨウの舎弟がダッセェ負け方したんだぜ。とーんだお笑い種だよな」


 負けた悔しさとか、自分に対する情けなさとか。

 色んな感情が雑じって俺は思わず道端に転がっている小石に八つ当たりした。俺に蹴られた小石は変な方向に飛んで民家の塀に当たる。小石は俺を恨みがましく見ながら、侘しく転がっていた。

 思わず自嘲。なんかあの小石と俺が重なって見えたから。



「決めたぜ、ケイ」



 ヨウがいきなり俺の首に腕を回してきた。

 ちょ、イッテェって! フルボッコにされたカラダにそれはキツイ! ギブッ、ギーブッ! イッテェ! 痛がる俺を無視してヨウが話を続ける。


「俺、今この瞬間からテメェに背中を預けることにした」


 ヨウが、俺に、背中を預ける、だって?

 唖然とする俺に対して、ヨウはもう決めたとばかりに口角をつり上げて俺を見てくる。イケメンってそういうお顔もイケてるよな。女子がウットリしそうなほどカッコイイ。俺もそんなイケメンになってみた……って、ちげぇ! 俺は我に返って素っ頓狂な声を上げた。


「な、何言い出すんだよ! おまっ、今まで俺達、何を話していた? 意味分かってるのか? 俺に背中を預けるってことは」


「このままじゃダッセェだろ。俺もテメェも」


 俺の言葉を妨げるように、ヨウがいつもより大きめに声を出して足を止める。

 当然、必然的に俺も足を止める羽目になる。


「テメェも俺もヤマトにしてヤラれた。ヤマトがヤラかしてくれたせいで、俺達は舎兄弟を白紙にする。究極にダサくねぇか? 少なくとも俺はダサ過ぎて笑いが出る。あいつのせいで舎兄弟を白紙にするっつーんだぜ?」


「し、仕方ないじゃないか。俺、弱いし喧嘩できねぇし何をするにしてもフッツーだし」


「足くれぇにはなれるっつってただろ。それでイイじゃねえか」


 ゼンッゼン良くねぇだろ!

 ヨウ、今までの話を聞いていたか? 耳の穴かっぽじって聞いてくれていたか? 俺じゃ喧嘩できねぇし、最弱ってわけじゃないけど弱い分類にいるし、ヨウのお荷物になるっつっているんだぞ。俺の訴えを一切無視してくれるヨウは、回してくる腕の力をより一層強くしてきた。


「俺がテメェを舎弟にしたのは、テメェが面白かったからだ。喧嘩できるできねぇなんざカンケーねぇ。俺はテメェじゃねえとゼッテェ退屈する」


「た、退屈ってお前さ」


 脱力。そんな問題じゃねぇだろ。呆れる俺に構わず、ヨウは言葉を続ける。  


「このままじゃテメェも俺もダッセェ負け犬だ、ケイ。そんなの腹立つだろ?」


 ヨウが問いかけてくる。

 そりゃ俺だって負け犬とかレッテル貼られるのは嫌だぜ。俺にだって意地とプライドくらいはあるんだから。

 だけどさ、ヨウはこのまま舎兄弟を続けてもイイのかよ。日陰凡人少年を舎弟にしたままでイイのかよ。手を煩わせる事だって、足手纏いになることだってあるだろうし。


「『やっぱヤメときゃ良かった!』って後悔されても責任取れねぇよ? 俺」


「こンまま何もしねぇ方が後悔する」


「イッ」


 首から腕を離したヨウが、軽く俺の背中を蹴ってくる。

 フルボッコにされた俺の身体にとっては軽い蹴りでも痛手だ。「蹴るなって」ヨウに文句垂れながら、俺は腰辺りを押さえる。気にすることなくヨウは五歩、六歩、前に進んで振り返ってきた。


「言ったな。舎兄弟であろうがなかろうが俺たちゃ別に何も変わらねぇって。俺もそれには同感。けどな、このまま何もしねぇで終わるのは癪だ。そうだろ?」


 響子さんの言葉が蘇る。今以上に行動を起こしてみろよ。何もしねぇでウッジウジするな。ていう手厳しい言葉が。


「俺はダッセェまま終わりたくねぇ。ケイ、俺とイケるとこまでイッてみようぜ」


 真っ向から夕の陽を浴びるヨウの顔は笑っていた。

 俺は夕の陽の光に眩しさを覚え、目を細めながらも、ヨウの視線を受け止めて微苦笑を零す。遠回しな言い草だけど、改めてヨウに舎弟になれって誘われている。成り行きで舎弟にされたあの日と比べたらスッゲェ違いだよな。


 勿論、断る事だってできる。「俺じゃ不釣合いだから」って断れる事もできる。


 だけどさ、いっつも俺には拒否権がないんだよな。どうせ断る勇気なんてないよ。不良恐いし。俺に拒否権なんてない。あの日も、今も、さ。

 返答を待っているヨウに肩を竦めて、俺も笑ってみせた。 


「足、くらいにしかなれねぇからな」


 ヨウは最高の笑顔を見せた。



「上等だ」




 ◇




――習字を馬鹿にするなよ、俺はあれで精神を鍛えられたんだぜ! 



 習字ってのはな。 

 イチに墨汁をたっぷり吸った筆を持ち、ニに半紙と向き合い、サンにどれだけ字を綺麗に正確に丁寧に書けるか勝負をする。

 謂わば真剣勝負なんだぜ! 一瞬の気の乱れで字は崩れちまうんだ! ちなみに熱弁している俺だけど、習いたくて習っていたんじゃないからな! 習わされていたんだからな!


「あの状況で習字を語るなんざ、大したプレインボーイだぜ」


 ケイが放った言葉を思い出し、ヤマトは軽く笑いを漏らした。

 これから自分に何かされる分かっていながら、怯えながら、尚も自分に勝てるモノは習字だと猛反論し、あんなフザけたことを吼える。しかも大真面目に。


「やっぱ面白い奴だな。無理やりにでも舎弟にすりゃ良かった」  


 ヤマトは口笛を吹いて足を組みなおす。足元から呻き声が聞こえた。

 目を落とせば、自分が先程伸した不良が呻いている。呻いている理由は分かる。自分が不良の上に乗っているからだ。しかしヤマトには関係のないことだった。呻いている不良の頭を足で小突き、「静かにしろ」と脅す。


 一応、声は聞こえなくなったが直ぐに声が聞こえてくるだろう。


 自分から喧嘩をふっておいて、このザマかよ。情けない奴。もう少しシメてやろうか。 

 肩を竦めて不良を見下ろしていたが今日は気分が良い。勘弁してやるとばかりに、ワザと体重をかけた。潰れた声が聞こえたがヤマトは無視した。



「さぞ見物だったろうな。荒川の憤った顔。次、会った時が楽しみだな」



 どんな顔をして自分に突っ込んでくるか。

 世界で一番気に食わない奴の顔を思い浮かべながら、ヤマトはせせら笑った。



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