14.どうしても許せなかった
◇ ◇ ◇
鼓膜を忙しく震わす煩いゲーセンのBGMが妙に遠い。
俺の鼓膜に異常があるのか、それともフルボッコにされた俺の脳に異常があるのか、とにかく音が遠い。BGMが雑音にしか聴こえないし。
身体の感覚も、いつもより鈍い感じ。何かに触れても感触をあまり感じない。
だからって痛覚も鈍っているかっていったら、そうでもない。殴られた箇所を触れられるだけで疼く痛みが刺す痛みに変わる。痛いもんは痛いってことだよな。どーせなら痛みも麻痺してくれたらいいのに、俺の身体って正直だよな。
あ、そういえば明日は何の授業あるっけ。現社に数学に英語に……何か宿題あったっけ。
あ、英語の予習をしなきゃいけねぇんだっけ。やらねぇとチェックされるんだよな、メンドくせぇな。
あ、今日ずっと見たかった映画がテレビであるんだよな。録画予約しとかなきゃな。
……俺の頭ちょっとヤバイ。
思考があんま回ってないみてぇ。さっきからどうでも良いことをめぐらせている。
やっぱフルボッコされたからだろうな。頭の中がぐーらぐらだもん。喧嘩慣れしてねぇ平凡地味日陰少年な俺がよ? 教師もビビっちまうあの天下のヨウと肩を並ばせる不良からフルボッコにされてみ?
「アイタタタ、ヤラれちまったぜ」なんて可愛い状態どころじゃない。「もう再起不能っす。真っ白な灰になったっす」廃人状態だぜ、チクショウ。
じゃあ俺が廃人になっているかっていったら、いや普通なんじゃないかと思う。
ただちょーっと思考と感覚が危ないだけで、ワリと気持ち的には元気。ボッコボコのフルボッコにされても、ベッコベコまでにヘコむ……ってことにはなってない。多少はヘコんでるよ。ヘコんでるけどさ、どん底に落ち込むって感じじゃない。俺って心も体も結構丈夫な奴みたいだ。
降りかかってきた災難のことをなるべく考えないようにしているから……そんなに落ち込んでないんだろうな。
だってよ、思い出すだけで恐怖心と悔しさが滲み出てくるんだぜ。フルボッコにされた恐怖、それ以上に何も出来なかった俺に対する怒りと悔しさ。
『また会おうぜ、ラッキープレインボーイ。次は良い返事を期待している』
俺をフルボッコにした日賀野が去る際に言ってきた。
「次は良い返事を期待している」って。あいつは俺をどう弄ぶつもりなんだよ。あいつは俺をどう利用したいんだよ。ホラ、思い出しただけで恐怖心と悔しさが込み上げてくる。
「ケイさん……ケイさん……あの、」
細い声に俺の思考は現実に引き戻された。
明るく広がる視界、遠かったゲーセンのBGMが急に近くなる。俺は何度か瞬きをして隣に視線を向けた。
オドオドとしているココロがそこにはいた。近くのコンビニで買ってきたと思われる消毒液と、血と泥で汚れたティッシュを持って「他に傷は」と俺に声を掛けてくれる。
そうだ俺。
ヨウ達に連れられてゲーセンに来た後、ココロに傷の手当してもらってたんだっけ。
家に帰ってしっかり手当てできるように簡単な手当てしてくれてるんだっけ。ゲーセンの迷惑も顧みず、俺、地べたに座ってエアホッケー台に寄り掛かってるんだっけ。いっけねぇ。完全、俺のワールドに入ってたよ。
何も答えない俺に困った表情を作っているココロ、俺は詫びて「もうないよ」と返事を返した。
「ありがと。後は家に帰って自分でやるから」
「あ、あああの、絆創膏なら買ってきてるんです…、良ければどうぞ」
そっと差し出してきた絆創膏の入った小さな箱。
うん、これはやっぱり近くのコンビニで買ったな。コンビニ名の入ったシールがベッタリと貼ってある。なんてクダラナイことを思いながら、俺は受け取ることにした。遠慮しても良かったんだけど、ココロの気持ちを拒否するようで悪い気がしたから。
俺が受け取るとココロが嬉しそうにはにかんできた。
自然と俺も笑えてココロに再度礼を言った。ココロは照れたように「こんなの何でもないです」、汚れたティッシュをビニール袋に放り込んで片付けを始めた。
結構な量の汚れたティッシュがビニール袋に放り込まれている。それだけ俺、怪我したって事だよな。
絆創膏の箱に目を落とす。
明日の俺、絆創膏男にでもなってそうだなー……。
必要最低限のところに使おう、絆創膏。なるべく顔には使わないようにしよう。
絆創膏の箱に貼りついているシールを親指で触っていると、ココロと入れ替わりに誰かが隣に胡坐掻いて座ってきた。誰が座ってきたか見なくても分かる。ってかさ、つくづくゲーセン側にとって迷惑極まりない行為をしているよな。
ジベタリアンっていうんだっけな? こういう何処でも構わず地べたに座る奴等のこと。箱を見つめながら、また一つどうでもいいことをボンヤリ考えた。
そんな俺に声を掛けてくるのは、隣に座っている舎兄。
「気分、どうだ」
「最高。さっきは取り乱して。ごめん……来てくれたっつーのにさ。ダサいとこ見せた。取り乱しちまった」
「気にしてねぇよ。それに互い様だ。テメェもダサいけど、俺も十分ダサい」
「なんでヨウがダサいんだよ」
思わず苦笑い。
気を遣ってくれるのは嬉しいけど、やっぱ俺、ダサいよな。日賀野にあそこまでヤラれちまうなんて。喧嘩なんてレベルの高いものじゃないぜ、俺のヤラレ方。ホントただのフルボッコ。ネズミが果敢にも百獣の王ライオンに勝負を挑んだってカンジ。
でも俺がここまでボッコボコにヤラれたのは、相手が日賀野だったからってのもあると思う。喧嘩なんて殆どしたことねぇけどさ、日賀野の強さは平凡少年にもよく伝わってきた。
なんっつーか、雰囲気がまず違うんだよな。拳とか蹴りとかメッチャ痛かったし。ヨウと肩を並べる不良だってのも納得いく。
ああ、思い出すとヘコむぜ。
ケッチョンケッチョンに負けたあの日賀野との喧嘩、いや一方的フルボッコ。
溜息をつく俺にヨウは何か言いたげな顔をしていたけど、言葉が見つからなかったのか口を閉じてしまっていた。
それでも頭部を掻いてしきりに言葉を探そうとしてくれているのは分かる。もしかしたら日賀野のことを聞きたいのかもしれない。それはヨウにしか分からないけど、俺から日賀野の話題を切り出すことは出来なかった。
だって俺、日賀野に一度は魂売ろうとしたしさ。なんか決まりが悪い。
「ケイィイイイ! あんた何ヤラれてるんだよぉおおお! ヨウさんの顔に泥塗るなァアア!」
ギャンギャン吼えて俺達のところにやって来る不良一匹。
ヨウを崇拝して止まないモトさまのご登場だ。是非是非今日はお前に会いたくなかったよ。お前の相手、スンゲー疲れるんだよな。
興奮したように声を荒げて「あいつになんかヤラれるなよ!」と、俺を指差してくる。
「オレは認めてねぇえけど、あんたヨウさんの舎弟だろ! なのにそんなボッロボロになっちまってよ! ダッサイんだよあんた! しかもヤマトさんから舎弟に誘われただぁ?! あんたもしかして、既にヤマトさんの舎弟に成り下がっているんじゃねえのかぁああ?!」
……モト、お前、ほんと容赦ないよな。
今ので田山圭太は二百のダメージを受けたぞ。殆ど残っていないHPが削られて瀕死状態だぜ、俺。
黙っている俺が気に食わないのか、「やっぱりそうなんだろぉおお!」と胸倉を掴んだ。
ちょ、ちょちょちょ! またもや喧嘩か?! フルボッコか?! それはあんまりじゃねえかッ、てかモトの目が血走っている。コエーよ。
日賀野との一件で不良が恐くなくなったか? と問われたら、答えはノーだ! 寧ろ、日賀野との一件で不良が三倍恐くなったぜ! 殴られるとかマジないよ! マジ勘弁!
冷汗ダッラダラの俺を助けてくれたのはヨウだった。俺達の間に割って入ってくる。
「馬鹿、ヤメろ!」
「だってこいつッ、ヤマトさんに誘われたんでしょう?! ヤラれた振りをして本当は」
「モト! テメェ何言っているか」
「い、いいってヨウ。別に言われても仕方ないしさ!」
明るく言ったつもりなんだけど、空気がどんより重くなる。息苦しいくらい……息苦しいのはモトが胸倉掴んでいるせいだろうけど。
ヨウは舌打ちをしてモトに手を放すよう強要した。モトは渋々と手を放してくれたけど、俺にガンを飛ばしてきた。信用されてないって事だよな。
仕方ないと思う。
ヨウ達と日賀野って仲が悪いらしいし、日賀野が舎弟になれって言ってきたし、一度は日賀野の勧誘に乗ろうとした。思い出しただけで悔しい。モトの言うとおり、俺はヨウの顔に泥を塗った。勝てるとは思わなかったけどこんなにも一方的にヤラれちまったんだから。
「やっぱ舎弟……失格だよな」
成り行き舎弟だけどさ、なんか悔しい。
俺は知らず知らず、絆創膏の入った箱を握り締めていた。気付けば新品の箱が軽くひしゃげている。俺の気持ちがひしゃげた箱に表れている気がした。
俺の態度により空気は一層重くなった。
しまった、重くするつもりはなかったんだけど! 思っても後の祭りでヨウがモトに睨みを飛ばしていた。モトは必死にヨウの視線から逃げている。でも俺にガンを飛ばすモトは立派だよ、ホント。
「ふざけるな、田山」
悪態を付かれた。この声は利二……?
弾かれたように俺は声の方を見る。
今までに見たことのないような険しい顔で俺に歩み寄ってくるのは、小1時間くらい前まで一緒にいた利二だった。
お前、此処にいたんだな。全然気付かなかった。利二が地味というのもあるけど、此処に来た時の俺の意識が朦朧としていたせいで気付かなかったってのもあると思う。
ヨウ達に助けを求めてくれた後、ゲーセンで俺と同じように手当てを受けていたみたいで、右頬に絆創膏が貼ってある。その傷を見ると罪悪感が出てくるけど、利二が無事に逃げてくれたみたいで良かった。安堵の息が漏れる。
束の間、速足で歩み寄って来た利二に容赦なく胸倉を掴まれて、力いっぱい引っ張られて無理やり立たされた。利二にこんな力があるなんて驚きだ。
思った瞬間、胸倉を引っ張られてそのまま向こうの床に投げられた。
受身を取れず俺は床にたたきつけられ、手から絆創膏の箱が滑り落ちる。ボロ雑巾のようになった俺の身体になんて仕打ちだよ! イッテェ!
「何すんっ、」
「田山! お前、ひとりで敵う相手だとでも思ったのか! 勝手なことばかりして……ふざけるな!」
倒れた俺に馬乗りになってくる利二は、また胸倉を掴んで怒声を張ってきた。
いつも冷静な利二がこんなに感情を剥き出すなんて珍しい。呆然とする俺を余所に利二が言葉を続ける。
「よくもあんな勝手な判断ッ、独り善がりもいいところだ! 流れ的に自分が逃げることになったがッ、もっと別の流れも作れただろう! このカッコ付け!」
「ッ、俺がいつどこであの状況でどうやってカッコつけたって?!」
「すべてだ。お前の判断全てがカッコつけなんだ!」
今の言葉は頂けないぜ、ヒジョーに頂けないぜ。
忘れかけていた怒りが込み上げ、俺は利二の手を振り払って逆に胸倉を掴むと身体を起こして床に押し倒した。身体の痛みなんて一切関係ない。
「おッ、おいケイ! 五木!」
「ちょ……やめろって!」
ヨウやモトの制する声が聞こえるけど関係ない。
とにかく目の前の野郎にメッチャ腹が立つ。気付けば腹の底から声を出すように怒鳴り散らしていた。
「お前には関係ないことだっただろ! 何か? お前は俺と同じようにフルボッコされたかったってか?! それともお前と一緒だったら日賀野に勝てたってか?!」
「そうは言ってないだろ! お前の勝手な判断に腹を立てているんだ!」
「ああするしかなかっただろ! 他に手なんかなかっただろッ、つ、」
手加減無しに腹に蹴りを入れられた。
フルボッコにされた身体によくも蹴り入れやがったなチクショウ! もう堪忍袋の緒が切れた! 痛みに呻きながらも頭に血がのぼった俺はお返しとばかりに、利二の横面を引っ叩いた。乾いた音がゲーセンのBGMに掻き消される。
「あ、あああっ……ケイさん。五木さん。その辺で」
ココロのオドオドした声もゲーセンのBGMに掻き消される。
「もう、そんくらいにしとけ。怪我に障る」
「ヨウさんの言うとおりだ。アンタ等離れとけよ! 面倒な奴等ッ、イデッ! ヨウさんなんで叩くんっすか!」
「お前はそろそろ空気読め」
「いや、オレはァアア!」
ただならぬ空気にヨウとモトが俺達を引き離そうと、こっちに歩み寄ってきたけど、もう遅い。
いつもいつも平和をこよなく愛する地味平凡少年でもなー。
「田山ッ……」
喧嘩を売り買いするもんだぜ。
「先に喧嘩振ってきたのはそっちだッ、利二」
相手が不良ならまだしも、似たもの同士なら尚更売られた喧嘩は買うっつーんだ!
完全に俺も利二も、闘争心に火がついた。睨み合った刹那、怪我のことなんて頭から飛んで感情のまま手を上げた。お互いにワザと怪我した箇所を狙い、服を引っ張り合って床に押し倒して、転がっては相手よりも有利に立とうと馬乗りになる。引っ掴み合いの喧嘩をしながら利二が怒声を上げてきた。
「お前が勝手な判断をしたばっかりに、こんなことになったんだ! 分かるか田山!」
「分かるかよ! 大体、さっさと利二が帰っていたらもっと別の流れになっていたんだ!」
「あの状況で帰れるか?! 帰れるわけないだろう! あの状況で帰れるような器用な奴なんていないだろ! いるなら自分の前に連れて来い!」
利二の拳が肩や腹部や面に当たる。俺も負けじとやり返して怒声を張った。
「いたとしてもお前の前になんか連れて来るかよ! 日賀野にビビッてたくせに!」
「その言葉、お前にだって言えることだろ! それに田山よりはビビッてなんかいなかった! ビビりの腰抜け!」
「お前はビビりじゃないってか?! んじゃ、今度髪染めてお前をビビらせてやるよ! ぜってーお前ビビるから!」
「やってみろ! 中身を知っているんだ! 染めたとしても鼻で笑ってやる!」
「ケイ、ケイ! テメェ怪我しているんだ! やめろ! 落ち着け!」
「五木、あんたもヤメロって! ちょ、落ち着けよ!」
俺達の間にヨウとモトが入ってきた。
掴み合う俺達を引き剥がそうとしながら「落ち着け!」とヨウが声を荒げる。けど頭に血が上っている俺達には聞こえない。ヨウ、モトの声が無情にもゲーセンのBGMによって消えていく。
俺はとにかく悔しかった。利二の吐く言葉の意味が分からなかった。
あの時ああするしかなかったじゃないか、何で分かってくれないんだ、何で俺がカッコつけなんだ、色々と気持ちがぶつかり合って昂ぶる。
下唇を噛み締めて、引き剥がそうとするヨウ達の手を振り切って利二に思うがまま手を上げた。気持ちをぶつけるように殴れば、負けじと利二の拳が飛んでくる。至近距離にいる俺は、それを避けることも出来ず、フルボッコされた身体で受け止める他なかった。
「俺にどうして欲しかったんだよッ、言ってみろよ!」
「どうかして欲しかったわけじゃない!」
「なんだよ、それ! お前の言うこと分かんねぇよ! 利二には関係ないことだったのに、ああやって巻き込んでッ、俺はあの時どうすれば良かったんだよッ。どうしようもなかったじゃないか……っ、ああするしかなかった! そうだろ?!」
お前には分からないくせにッ。
あの時、追い詰められていた俺の気持ちなんて分からないくせに。
知り合って日の浅い日賀野に目を付けられた上に、ダチを巻き込んで、惨めに負けてフルボッコされた俺の気持ちなんかッ、
「言うとおり、どうしようもなかった。どうしようもっ、あれが最善の手だっただろうっ」
思わず振り翳した手を止めてしまった。
あがった息を整えもせず、俺は利二を凝視する。
「お前にとっても、自分にとっても。そんなこと分かっているッ……! だからっ、だから腹が立つんだっ」
俺に向けていた手を下ろし、一呼吸置いて利二が今までにないほど静かな声を出してきた。
「途中の過程がどうであれ、お前の判断は自分の目から見た限り間違っちゃいなかったんだ。日賀野の誘いを断ったことも、自分を逃がしたあの行為も、」
利二の言葉はまるで冷や水。一気に怒りが冷めていく。
「ヤラれたから何だ。ダサいから何だ。お前は間違っちゃ判断なんかしてない。頼むから自分の判断に胸張れ。お前は自分を逃がした。舎弟として舎兄を裏切らなかった。日賀野の誘いには乗らなかった。そう、なんで主張しないんだ」
「利二……」
「でなければ、お前を置いて助けを求めに行った自分の行動さえ……間違いだと思ってしまうだろ。別の手があったんじゃないかと、お前にも自分にも腹が立つだろ。悔いるだろ。どんな思いでお前をあの時置いて行ったと思うんだっ……、何も分かっていないッ、お前は何もッ」
顔を背ける利二に、俺も手を下ろして俯いた。
不思議と目頭が熱くなった。フルボッコされた時も、ヨウ達の前でも気丈に振舞えていたのに、利二のヒトコトで張り詰めていた気持ちが緩む。抑え付けていた悔しさが襲ってきた。熱くなる目頭を冷ますように頭を軽く振った、けど、視界が滲む。俺の力でもどうしようもない。意思に関係なく勝手に視界が滲む。
それがまた悔しくて、掌に爪を立てた握り拳を利二にぶつける。
本気でぶつけたいのにカラダに力が入らない。ぶつける拳の力、メッチャ弱いと思う。情けねぇ。
「おまっ、そういうことは…先言えよ……なんだよ。なんなんだよ」
利二のカラダを叩いた。何度も何度も。
「なんだよ…っ、としじっ、だって…分かってねぇよ…おれが、あの時、どんなおもいでっ」
利二は何も言わない。何も反撃してこない。何かぶつけてくれたらいいのに、さっきみたいにぶつけてくれたらいいのに。じゃないと今の俺、スッゲェダッサい奴だろ。一方的に感情ぶつけている俺、癇癪起こしたガキみたいだろ。
馬鹿みたいに情けない拳を利二のカラダにぶつける。手が止まらない。止める術を知らない。同じ動作を繰り返す。
ふと手が止まった。俺の意思で止まったんじゃない。止められたんだ。
ノロノロと顔を上げて、叩いていた自分の手に視線をやる。何度も叩く手を止めてくれたのはヨウだった。
「もう、いいだろ」
ヨウの言葉で俺は項垂れて身体の力を抜いた。
惨めだったんだよ、日賀野に太刀打ちできなかった自分が。フルボッコにされた自分が。
情けなかったんだよ、日賀野の誘いに少しでも乗ろうとした自分が。利用されそうになった自分が。
許せなかったんだよ、利二を巻き込んだ自分が。ヨウ達に背を向けようとした弱い自分が。
「……なんだよ…っなんなんだよ」
「ケイ…」
滲んだ視界を振り切るように俺は俯いて下唇を噛み締めた。
何よりも悔しかった。ヨウの舎弟とかさ、不釣合いとかさ、そんなの関係なしに、ただただ悔しかったんだ。
「ダッセェ。だっせーの……」
すっげー、悔しかったんだ。