XX. どうせなら“あの頃”以上を目指すのも悪くはない
終わりを迎え、もう一つの終わりと始まりを。
もう“答え”を見つけ出している。
「ふぁー……ねむ。あれからもう二週間か。ンー……平和だねぇ」
大きな欠伸を零す俺はうんっと背伸びをして目を擦る。
「穏やか過ぎてボケそう」ポロッと零した呟きに、「平和ボケか?」後ろから笑声が飛んできた。首だけ動かすと、そこには愛しの地味友・利二の姿。平和を愛していたくせに何を言っているんだと軽く頭を小突いて、堂々前の席に座るジミニャーノに俺は目で笑う。
いやだって仕方が無いだろう。ここ最近ド派手な喧嘩ばーっかしてきたんだから。
マジで慣れは怖いよな。いつの間にか物騒な喧嘩が“当たり前”になっているんだ。こうも喧嘩がないと体がだるい。好きか嫌いか、選択肢を迫られたら、当然後者を選ぶけど。
一方、喧嘩ばかりして体を動かしてたもんだから、頭は鈍っているようだ。授業がちっとも身に入らない。授業に入った途端、睡魔という名の悪魔が俺を蝕んでくる。誘惑してくるんだよ、眠気がさ!
だがしかし、サボってばっかの俺だから? テストで良い点とらないと留年になる。
しかもその理由がオサボリとか、ぜぇえって親に殺されるから! 母さんからぶっ叩かれても文句も言えない。頑張って授業を受けているよ。うん、今後の進路のためにもさ。
だけど本当に平和だねぇ。
“あれから”もう二週間、されど二週間経ったというのに、嘘みたいに平和だ。五十嵐とのバトルの時は毎日が忙し過ぎて目が回りそうだったのに。五十嵐の前は日賀野達とドンパチしていたしな。喧嘩三昧が当たり前のクラッカーだったから、今のこの時間が平和過ぎて眠くなる。
欠伸ばっかり噛み締める俺に、「平和だな」利二がつられて欠伸。めっきり仕事が減ったせいかもしれない、とぼやく。
そうだよな。利二は荒川チームの間接情報屋だったんだし、チームが喧嘩をしなくなりゃ、そりゃ情報収集もしなくて良いから暇だよな。平和が恋しいと思っていたのに、いざ平和な日常に放り込まれると暇だなぁ。暇だぁ、暇は人を駄目にしちまう。
じゃあ今までの遅れを取り戻すために勉強しろよってツッコまれたら、それはヤダー、メンドー、ダルー、眠くなるー……まさしく駄目男一直線じゃね? 俺?! これじゃあ、ただの怠け者だろ! ハロー怠け者田山、不良にすらなれねぇお前はジミニャーノ風上にも置けねぇぞ。地味以下だ。ジミニャーノを名乗る資格もねぇ! ……そ、そんな殺生な!
「ううっ、そりゃヤダ。頑張って勉強をするから……卒業してみるさ。絶対にしてみる。利二、俺はお前と卒業するからな!」
「……またお前は自分ワールドを繰り広げる。言葉のドッジボールはやめろ。会話とは言葉がキャッチされて成立するコミュニケーションの一つだぞ」
そりゃまた失礼。
頭を抱えていた俺だけど、ぺろっと舌を出して一笑。憮然と肩を竦める利二は俺の机に肘を置いて頬杖をつく。
不意に停学処分にならなくて良かったな、と話題を切り出してきた。ほんとうにな、俺は深々と相槌を打った。
あの日。五十嵐達を討ち取った日、俺達は因縁の不良に勝利したんだけど後始末がすこぶる大変だった。
五十嵐がゲームを盛り上げるために、倉庫に灯油をばら撒いてくれたおかげさまで危うく倉庫が火事になるところだった。勿論騒動がばれなかったわけなく、火事騒動が明るみに出たのは言うまでも無い。
ただし火事騒動は俺達の責任じゃないから、灯油を持参して下さった敵さんに責任を取ってもらった。
そして俺達は悠々警察その他等々の目を掻い潜った! わけもなく、“港倉庫街”で大騒動を起こしたからフツーに騒動のことを各々学校に通報されちまった。
幸い、通報されたのは学校生徒そのものであって、個人名を出されなかった。学校側も表沙汰に騒動のことを出したくなかったっぽかったから、後日全校集会を開いて厳重に騒動のことを注意。事なく得た。
まあ、学校はある程度誰が騒動を起こしたか分かっていたっぽい。
こんな馬鹿騒動起こしたのは、学校の問題児である“不良達”しかいないと容易に結論が達したんだろうな。後々個別で呼び出しは喰らったよ。シラを切ったけどありゃバレていたと思う。今度こんな騒動を起こしたら容赦なく保護者を呼び出される。もしくは停学(退学)処分なんだろうな。
ううっ、想像するだけで身の毛がよだつ。
でも一方で、五十嵐達と決着がついてホッとする俺がいるんだ。
日賀野達と対峙していた以上に、あいつとの対峙は神経を使ったからな。姑息卑怯非道極まりなかったし。
そういえば五十嵐の奴、軽く警察に捕まったと話を聞いたな。やっぱ灯油を持参ってのが、な。持参の上に一種の放火もどきをしちまったんだ。そりゃ警察からお呼び出しもくる。幾ら喧嘩でもしても良いこと、悪いことがあるよ。
ちなみにこの情報を教えてくれたのは、五十嵐の義弟・須垣誠吾生徒会長。
彼は前触れも無く俺達の前に現れて、和気藹々世間話程度に話してくれた。
「義兄さんに勝利したみたいだね。オメデトウ。ま、おかげで僕の家は大騒動だけど」
しっかりと皮肉を付け足して。
須垣先輩は意気揚々とした顔で俺達に報告した。どうやら義兄が痛い目に遭ったことを面白がっていたっぽい。背景にはきっと苦労があったんだろうな。半分だけ家族でも不良が家族、しかも五十嵐みたいな性格の持ち主だったら苦労するよな。
「義兄さんの二の舞にならないようにね」
やっぱり須垣先輩は不良に嫌悪感を抱いているようで、最後の最後までシニカルな言葉を送ってきてくれた。
俺みたいに不良に好感を持って気持ちを改める奴もいれば、不良の存在に嫌悪感を持つ奴も当然いる。須垣先輩の態度はある意味、妥当な態度だったのかもしれない。残念な事にお友達には一生なれなさそうな人種だ。
ぼんやりと物思いに耽っていると、「終わったんだな」利二が改めて話を切り出す。
たっぷりと間を置いて俺は微笑。ああ、終わったんだ。五十嵐とのバトル、因縁の対決も。
「五十嵐達とのバトルで、いがみ合っていた両チームのあり方が少し……変化したからな。今しばらくは決着もオアズケだろうよ」
喧嘩を終えたヨウが俺達を含む両チームに出した案は、これまでになかった譲歩案。
対峙していた両チームが、初めて少し姿勢を変えようとする案をヨウは打ち出した。勿論向こうのリーダーが負傷をして不在だったから、後日話し合いを持っていくとは言っていたけれど、その案は中学時代に対峙していたヨウ達を大きく変えるもの。きっと日賀野もチーム想いだから受け入れるんじゃないかな。
個々人に因縁がある奴はともかく、両チームとしてはきっと…望ましい案だと俺は思っている。
「だったら向こうの友と仲直りもできるんじゃないか? 仲直りは語弊かもしれないがな」
気遣いを含む利二の言葉、俺は視線を机上に落として口を一の字に結んだ。
向こうチームには絶交宣言を交わした友達がいる。緩和されつつあるけど、俺達の仲は絶交宣言を交わした頃と同じ。何一つ変化が見られない。
軽く息をつく俺は、「ちょっと自信が無いんだ」利二に吐露した。なんっつーかなぁ、案が通ってもこれからも俺はヨウ達とつるみ、健太は日賀野達とつるむ。あいつと元通りになることを望む一方で、尻込みする俺がいるわけだ。今までどう努力してきても仲は改善されるわけじゃなく、寧ろ傷付いてばかりだった。
ようやく一つ、二つ、しがらみが消えそうな状況下にはあるんだけど、前のように戻れるか、俺的に不安。
完全に前のように戻れるわけ無い、どこかで諦める俺がいるわけだ。
そりゃ健太のことは大切な友達で、これからも仲良くしていきたい奴だけど……あいつにはあいつの居場所。俺には俺の居場所がある。
元に戻れば、今の居場所を崩すような気がするんだ。どんなに手を組んで仲良く会話しても、いざという時に結局傷付くんじゃないか。中学時代の“仲”に執着している俺は結構悪い奴なんじゃないかと思うくらいに躊躇いを覚えている。
「高校と中学は違うよな」
過ごす環境も変われば居場所も変わる。俺等の仲も変わって当然なのかもしれない。
あの頃のように仲が再生できなくて当たり前、なのかもな。
ぼやく俺に向こうは軽く瞠目していたけど、すぐに笑って馬鹿だと額を叩いてくる。
「何だよ」不貞腐れ気味に額を擦って異議申し立てをする俺に、「だったら作れば良いさ」利二は能天気な台詞を吐いた。否、本人はいたって本気みたいだ。微笑を零したまま目尻を和らげてくる。
「まんま元通りなんて、面白くないだろ? 違うか? お前の言うあの頃の田山と今のお前は違う。違って当然だ。時間は流れるんだから、居場所や考え、見方も変わる。山田とどう在りたいか、それはお前次第。
だが、お前が望んでいるなら、仲直りすれば良い。嗚呼、また語弊を口にしてしまったな。仲直りじゃなく、戻れば良いさ。友達に。
べつに完全に元に戻れなくても良いじゃないか。少しくらい再生に曲がりや歪みがあっても、ちょっとやそっとじゃ関係の基盤は変わらないさ。過ごす場所が違うから、また傷付き合うかもしれない。尻込みするお前を見ているとどーも背中を蹴り飛ばしたくなる。ソレは自分がお前を友だと思っているからだろうな。悔しいよ、お前がそんなんだと。あれほど努力してたくせに、土壇場になってヘタレてどうする。
折角荒川に『舎兄を認めます』と言ったんだ。推している田山がヘタレてもらっちゃ自分の立場がなくなる」
え? お前、いつそんなことを。
瞠目する俺だったけど、「あ」ついつい声を漏らす。
きっとあの時だ。五十嵐戦を目前に利二が皆と別行動をする際、ヨウにポツッと零したあれ。ヨウが嬉しそうに笑ってたから何でかなぁ? と思っていたんだけど、そういうことか。利二はヨウのことを……。
「まあ正確には『友達と思っているんで頑張って下さい』と言っただけなんだがな」
ズルッ。
俺は椅子からずっこけそうになった。それ、舎兄を認めるの何処にも掠っていないと思うんだけど。
引き攣り笑いを浮かべる俺に、「成長しただろ? あの荒川にそう言えたんだから」利二はおどけ口調ではにかむ。遠回し遠回しに認めていると言ってやったのだ、鼻高々と言う利二は俺の肩を叩いた。
「今の状況を認めた上で、相手を認めてやれば、きっと上手くいくさ。自分もそうして、荒川を受け入れられたんだしな。きっと荒川達もそうなんじゃないか。分裂した向こうチームを認めることで、きっと。完全な元通りを求めるんじゃなく、不完全な元通りを求めたらいいだろ田山。そして不完全な部分は今から補えば良い。お前ならきっとやれるさ」
この状況、きっと乗り越えられるよ。
人の肩を二度叩いた利二は「戻るから」チャイムを耳にして、自分の席に戻る。
呆けて利二の姿を見送った俺だけど、ふっと曖昧に笑みを零してしまう。敵わないな、利二には。いつも精神面的に支えてもらっている。大喧嘩して、より一層仲良くなったってカンジ――だから利二は自信を持って言ってくれるのかもな。
「次の時間は英語だっけ」
机上に散らばっている数学の教科書を仕舞って、俺は引き出しに突っ込んでいる英語の教科書やノート、ワーク、それから電子辞書を取り出す。
綺麗に揃えて置いた後、机に上半身をのせて窓辺に目を向ける。ぽっかりと漂う雲と青空は平和の象徴のようだな。慌しく喧嘩していた日々が遠い夢のよう。
「そういえばヨウ。今日は午後から学校に来ると言っていたな」
きっと、日賀野のところに行ったんだろうな。
あいつはあいつで終わらせるつもりなんだろうな。全部に。
第三者でも、何となく想像できる結末にく苦笑して俺は青空を見つめた。本当に喧嘩が終わって平和だ。