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28.雪辱を果たせ五十嵐戦(赤と青④編)



 ◇



 田山圭太、ズバッと見参して舎兄にプレス! ……される、少し前のこと。

 無事にココロを助け出せた俺は健太をチャリの後ろに乗せてかっ飛ばし、急いで北D-7から東S-4倉庫に向かった。

 目的地に到着したのは良かったんだけど、正面口では乱闘というより死闘が繰り広げられていたからびっくり仰天。協定チームや仲間達がボカスカしていたわけですよ。想像以上に乱闘……じゃね、死闘を繰り広げていたんですよ。


 だってお互いがお互いに角材やら武器を持ってボカスカしているんだし? ちょ、怖くね? 実際目の当たりにしたら怖いって! 断言できる! ありゃ怖い!


 人質奪還チームだったイカバは手腕と根性があるから、到着後すぐにタコ沢達に加担。

 俺達に手腕があれば喜んで参戦するんだけど、残念な事に俺も健太もジミニャーノ人生が長かったもんだから、足手纏いにならないよう倉庫の中へ。そこで何か出来ることはないかろ役割を探してたんだけど、倉庫内でも喧嘩が繰り広げられてたもんだから、さあ大変。危うく一階の喧嘩に巻き込まれそうになった。

 しかも変に倉庫内が明るいから「何だろうなぁ……」と軽い気持ちで二階を見上げてみたら、オレンジ色の炎がメラメラ轟々。


 喧嘩に火? 火の用心、喧嘩一つ火事のもと! ……なんて阿呆を思っている場合じゃなく、喧嘩に火?! おいマジかよ、火ってありえなくね?!


 なんで炎が上がってるのかワケ分からなくて、いても立ってもいられず健太と二階へ上がった。状況を確認しようと思ったんだ。


 そしたら二階でもシズやワタルさん達が喧嘩をしていて、丁度俺達が二階に上がったと同着に人質の帆奈美さんが二階フロア最奥から逃げて来た。

 良かった、人質だった彼女も無事に解放されたんだ。胸を撫で下ろした俺達だったんだけど、帆奈美さんは矢継ぎ早に喋り日賀野が怪我したことを教えてくれた。「頭から血を流している……」クッと顔を顰める彼女は日賀野が重傷だと説明。それも自分を庇って重傷を負ってしまったのだと自責した。

 今、ヨウが彼を庇いながら五十嵐に挑んでいるらしいけれど、早く病院に連れて行かないと彼が危ない。


「ヨウに言われて……此処に来た。誰か、ヤマトを運んであげて!」


 帆奈美さんの話に、手が空いていた俺と健太は駆け足で二階フロアの最奥へ。

 そして最奥に辿り着いた俺等が見たのはヨウが負傷している日賀野を背負って逃げているところ。否、手摺側にいたヨウが日賀野を故意的に落として、上半身を手摺向こうに投げ出そうとしているところ。バランスを崩して落ちそうになっているヨウを見て、俺はなりふり構わず走った。


 手を伸ばし、間一髪でヨウの右腕を掴んだ俺は強く引っ張って彼の体を戻してやる。

 そこまでは良かったんだよ。自分で言うのもなんだけどカッコ良かったんだよ。やってやったぜ、俺的な気分だったんだよ。

 でも、勢いづいたヨウの体重を支えきれなくて、舎兄と転倒したというオチがついた。プレスされちまった俺、激カッコ悪! 元々カッコ良くは無いんだけど、それでもこの時くらい綺麗に決めたかったというのが本音。


 なのにドタン、バッタン、ぐぇっ! ……ちーん。

 ははっ、俺ってばキザ男にはぜぇーってなれねぇんだな。分かります。ジミニャーノですもの。所詮、田山圭太ですもの。カッコつけなんて百年早いんだと分かっています。


 俺の上から退いて、「大丈夫か?」手を差し伸べてくれるヨウの気遣いには泣きたくなったね。

 助けた筈なのに、何故か俺が助けられた感ムンムン。これがイケメンとジミニャーノの差か。どんなにジミニャーノが頑張っても、美味いところはイケメンが取っていくのか。畜生、イケメン不良に妬みを覚えるぜ!


 ヨウの手を取って、立ち上がる俺はそっくりそのまま言葉を返した。柔和に綻ぶヨウは「サンキュ」、俺の首に腕を回して助かったと一笑。


 一方で健太は日賀野の下に駆け寄って、「大丈夫ですか?」声を掛け、意識を確認していた。

 日賀野は朦朧とだけど意識はあるみたいだ。健太の声掛けに相槌を打っている。でもあんまり大丈夫そうでもない。それを物語るように彼のカッターシャツが点々とどす黒い赤に染まっていた。急いでこの場から離れたほうが良いと判断した健太は、日賀野を背負って俺達に視線を流してきた。


「おれは一旦ヤマトさんを外に連れ出すから。それからこの火はどうにかしないと……下手すりゃ警察沙汰になる」


「ああ。分かってる山田。工場のどっかに消火器があった筈だ。それを探さないと。けど、まずは五十嵐……あ、そういやあいつは何処へ行きやがったんだ?」


 慌てて周囲を見渡すヨウは、親玉の姿がいないことに舌を鳴らした。

 どうやらヨウはまだ親玉と決着を付けていないようだ。ということはこの近辺に五十嵐が? でも、身を隠せそうな場所はなさそうだ。向こうでドラム缶の山が崩れているけれど、五十嵐らしき不良はいない。逃げたのかもしれない。現状の不利を察して。


 証拠付けるものとして、あそこの窓が開いて……窓が開いてる?

 俺は急いで開かれた窓に駆け寄って下を覗き込む。そこには仲間であろう不良のバイクの後ろに乗る五十嵐の姿。雨樋(あまとい)を伝って下に逃げたな! 二階階段の出入り口は使えないって判断したに違いない。


「あ゛っ、五十嵐。テメェ!」


 遅れて窓の下を覗き込んだヨウは、逃がすかとばかりに窓枠に足を掛けた。

 ちょ……お前、まさか! 



「ヨウ、駄目!」



 ヨウの行動を制する女性の声。帆奈美さんだ。シズ達と共にこっちに駆けて来る。下の階で繰り広げられてきた喧嘩に勝利の一旗を挙げて、俺達に助太刀しに来たというところなのだろう、

 「追う必要ない」どうせ彼は自らセッティングしたゲームと喧嘩に背を向け、尻尾を巻いて逃げるのだ。自分の不利、そして敗北が怖いから逃げてしまうのだ。だったら逃げさせれば良い。深追いしたら今度はヨウが怪我を負う、そう切に告げる帆奈美さんはヨウの行動を止めるために彼の制服を握った。


「今は火」


 どうにかして火を消そう、彼女の切々な気持ちにヨウは唸り声を上げて頭部をガシガシ掻いた。煮え切らない態度に、「プライド優先?」帆奈美さんは何処か不貞腐れた表情を作る。勝たないと気が済まないのか、彼女の詰問に俺は心中で否定した。

 違うよ、帆奈美さん。確かにヨウは今回のゲームで特に“勝利”に執着している。勝たないと意味が無い、そう思っているんだ。


 だけどそれは、決して自分のプライドのためだけじゃない。

 ヨウはチームのリーダーだから、仲間想いで真っ直ぐなどーしょうもないリーダーだから。

 俺は準備をするためにそっと踵返した。ヨウの、帆奈美さんに告げる気持ちを耳にしながら。


「いつもだったら、此処で『うるせぇ』の一言をテメェを置いてけぼりにするんだろうな。

 なあ帆奈美、俺は終わらせたいんだ。此処であいつを逃がしたら、またゲームが始まっちまうだろ? 仲間が傷付く。そりゃ俺もヤマトもリーダーとしてごめんな状況。だから追うんだよ。もう、仲間を傷付けさせないためにもな。終わらせてくる……全部な。それにこのままじゃヤマトが浮かばれないだろ? お前はヤマトの傍にいろ。いいな?」


 きっとヨウは今までにないくらい優しい表情を彼女に向け、帆奈美さんは彼の言葉に呆けている。そうに違いない。

 ただ水を差すようだけどさ。ヨウさん、浮かばれないって……日賀野は死んじゃないだろーよ。縁起でもねぇ!


「シズ、後は頼んだぜ。火の後始末、どうにかしておいてくれ」


 リーダーの指示と、「ヨウ!」帆奈美さんの悲鳴。

 どうやらヨウは二階から雨樋を伝って下におりたようだ。俺も急いで階段を下りると、決着がつきそうな乱闘を掻い潜って外に出た。倉庫の壁際に立てかけていたチャリに跨ってペダルを踏むと、急いで五十嵐達がいたであろう窓の下に回る。


 俺が窓の下に着く一歩手前、五十嵐達が何処かに向かってバイクを走らせ始めた。方角からして“港倉庫街”正門じゃなさそうだな。

 この喧嘩のほとぼりが冷めるまで、どこかで身を隠そうって魂胆か? それとも抜け道が……後者だろうな。抜け道っつったら、俺が地図を頭に叩き込んだ限り一つしかない。

 雨樋を伝って二階から下りてきたヨウは、遅かったかと下唇を噛み締め、それでも相手を追い駆けようと走り出す。バイク相手じゃ絶対に追いつかないと分かっているくせに、仲間のために、両チームのために、自分のために終わらそうとするその直向きなところはヨウの長所だ。俺はあの姿を見て、舎兄について行こうと決めた。最後までついて行こうと決めたんだよ。

 一人で突っ走ろうとするヨウの前に回って、俺はチャリをとめた。「乗れよ」決着付けに行こうぜ、いつもの調子で笑ってみせる。


「走って追うなんて絶対に無理だろ。お前の足を忘れんな」


 ちょいと呆けるヨウだったけど、すぐに満面の笑顔を作った。


「バーカ。テメェが追い駆けてくるのは当然だろ? ケイは俺の舎弟なんだから。追って来ると信じていたよ」


 負けん気いっぱいの台詞が飛んでくる。

 言葉に茨になく、颯爽とチャリの後ろに乗って肩を叩いてきた。合図だと判断した俺はチャリを発進。全力でペダルを漕いで、五十嵐達の後を追う。


「ケイ、ココロは?」


 俺の気持ちを心配しての気遣いだろう。「大丈夫」俺はヨウに返事をした。


「無事だよ。今は響子さん達と一緒だ。帆奈美さんも無事で良かった」


「ああ。ヤマトがあいつを全力で守ったからな。こりゃ何が何でも、五十嵐を討ち取らないと俺の立場ねぇや。それにしても五十嵐、何処に……性格上、今日のところは一旦引いて再度ゲームを申し込む寸法だろうが、そうはさせねぇ。これ以上肝の縮まるゲームに付き合ってられっか!」


「多分、抜け道を使うと思う。此処、港倉庫街には正門以外に一箇所だけ抜け道がある」


 それは同じ東エリアの貨物船場。

 貨物船付近に貨物を載せたトラックが入れるよう関門があるんだ。トラックが通れるんだから、当然バイクも通れる。直接普通道路と繋がっているし、五十嵐を乗せたバイクはきっとその抜け道に向かっている筈。勿論俺の憶測に過ぎない。

 けど話を聞いた途端、ヨウは当たり前のように俺を信じてくれるんだ。「ケイが言うから間違いねぇ」なーんてプレッシャーをかけて、さ。


「追いつけるか?」


「ははっ、これでも“足”を自負している俺ですから? 何が何でも追いついてみせますって兄貴!」


 荒々しくハンドルを切る俺に、「頼もしいぜ」流石は俺の舎弟だと褒めてくれる。

 そりゃお前のせいでどんだけ扱かれたと思っているんだよ。来る日も来る日も不良達に喧嘩売られ、追い駆けられ、俺は散々嘆いて日々を過ごしてきたんだ。少しは成長してないとおかしいだろ?


 脇道にチャリを突っ込ませ、フルスピードでコンテナタワーを過ぎる。

 しかし、どう頑張ってもチャリのスピードとバイクのスピードには大差がある。間に合うと啖呵切ったものの追いつくかな。ちょい不安になってきたぞ。いや、言い切ったからには追いつく。何が何でも追いつくさ。

 スピードを出すせいで、真っ向から吹く風は暴風のよう。だけど構う事無く、俺はヨウを乗せてチャリを走らせる。


 曲がりくねった脇道を飛び出し、船がチラチラッと夜景が見えてきた。

 夜景に散らばるネオンはまるで空に散らばっている星のように見える。地上の星として点々と瞬いている。

 その星の中、エンジン音を響かせて移動する点を発見。五十嵐達だ。「ビンゴだぜ」よくやったと褒めてくれるヨウだけど、まだその台詞は早い。見つけただけで勝ってもないんだからな、俺等。


「ヨウ、今から前に出てバイクの動きを止める。お前は降りろ。失敗すれば轢かれちまう。お前は怪我しちゃ不味い」


 バイクの動きを止めるには、無謀にもチャリを飛び出させないといけない。これが最善の策だと俺は思っている。

 いやガチ話、怖い、怖いよ? 入院どころかあの世に行きそうな戦法だし……でもこれしかない。

 「阿呆」案は見事に一蹴されちまった。


「お前が怪我しても不味いだろーが。俺は舎弟を犠牲にするつもりは毛頭ねぇぞ。それよりもっと良い方法がある筈だ」


 ンマー、惚れちまいそうだぜ兄貴! 女の子が黄色い悲鳴を上げそうな台詞だぜ! だけど他に策なんてあるか?

 「そういや、ケイ、テメェ。ブレザーは?」ヨウの突拍子も無い質問に、俺はついつい溜息。今は関係ないだろ、ブレザーなんて。


「ブレザーは貸してきたよ。どうするんだよ。早くしないと奴等が逃げちまうぞ」


「……そうだ。ブレザーだ! ケイ、ブレザーが使えるじゃねえか!」


 「はあ?」俺は思わず声を出すけど、「あいつ等の前に回ってくれ」ヨウはお構いなしに指示。こっちに向かって来るバイクと擦れ違うような形で通り過ぎろと指示された。

 驚いてしまうけれど、説明する暇も聞く暇もない。何が何だか分からないけど、誰も怪我せずバイクを止められる方法が見つかったらしい。俺はヨウを信じてチャリをかっ飛ばした。舎兄は舎弟を信じてくれるんだ。だったらその反対もないと俺の立場がないだろう?


 闇を切って走るバイクを捉え、俺は言われたとおりバイク横ギリギリを通り過ぎるようなカタチでチャリを漕ぐ。


「五十嵐!」


 親玉に向かって吠えるヨウはバイクとチャリが通り過ぎる手前でブレザーを脱いで、運転手の顔にそれを投げ被せた。

 視界を覆われた運転手は身の安全を確保するためにバイクを一時停止。「今だ!」ヨウの掛け声と共に、俺はチャリを迂回させて真横からバイクに激突させた。バイクであろうとチャリであろうと二輪は真横への攻撃がすこぶる弱い。重量感あるバイクは運転手もろとも横へと転倒。バイクは重たいからな、一人で起こすのには時間が掛かるだろう。運転手もダメージを受けたみたいだ。

 肝心の五十嵐はというと間一髪でバイクから降り、難を逃れていた。まったくもって悪運の強い奴だな。感心するぞ。綺麗に地に着地する五十嵐は忌々しそうに俺等を見据えて舌を鳴らした。


「此処まで追って来るとはな。一々計画を狂わす奴等だ。あの頃からそうだ。あの頃から貴様等は、俺の邪魔ばかりしてくる」


「べつに邪魔したつもりなんざねぇよ。あの頃、テメェは俺等の仲間を傷付けた。だから仕返しをした。それだけだ。気に食わないからって俺等にちょっかい出してきたのはお前だろ?」


 喧嘩売った相手が悪かったんだよ、細く綻ぶヨウは俺の肩を叩いた。ペダルを踏む俺はチャリを前進させる。

 その間もヨウは五十嵐に吐き捨てた。


「いいか五十嵐。テメェみたいに、力が力を制すなんざ厨二病染みた考えを持っても三日天下で終わるんだよ。特に仲間に甘っちょろい考えを持つテメェの天下なんざ、すぐに終わる。俺等に喧嘩売ったこと、仲間を傷付けたこと、おちょくってくれたことすべてに覚悟しろ! 今度は正々堂々拳で終わらせる!」


 見る見るチャリは加速し、夜風と一つになる。

 相手を吹き抜けるように突っ込むと、五十嵐は紙一重に避ける。けれど俺が素早くハンドルを切り、お互いの距離は至近となった。

 「チッ」顔を歪ませる五十嵐は攻撃がくるをことを読んでいるけれど、体が追いついていない。


「パシリ野郎め。小細工な」


 悪態つかれたけど、訂正して欲しい箇所ひとつ。俺はパシリじゃないっつーの! 舎弟だ!

 一方でヨウはニヤリと口角をつり上げた。



「ッハ、ケイと俺の舎兄弟コンビはどっこよりも異色で、バツグンのコンビネーションだ!」



 縮まった距離と加速したチャリのスピードに乗ってヨウは、五十嵐の顔面に拳を入れる。

 メキッと鼻の折れる音が聞こえたけど、ヨウは容赦なく向こうの顔面に拳をめり込ませた。直後、チャリから飛んで相手に食って掛かる。「ヨウ!」チャリを止めて舎兄を呼ぶけれど、ヨウは相手と揉み合っていて俺の声なんて聞こえちゃない。

 それどころか必死に足を踏ん張らせる五十嵐の胸倉を掴んで飛び蹴りをかます。

 タフな五十嵐だけど、今の攻撃は痛恨だったっぽい。よろっと体を傾かせ、重心を崩した。隙を見逃さずヨウは勢いよく相手にボディーブローとアッパー、トドメの頭突きをかました。


 グラッと後ろへ体を傾かせる五十嵐は、そのまま港向こうへ。

 此処は貨物船置き場だ。彼の背後には真っ黒くろな海が堂々待ち構えている。

 五十嵐が咄嗟にヨウのシャツを掴んだ。まだ意識があるみたいだ。一緒に海に引き込まれるヨウだけど、完全な勝利を手にするために落ちながらも相手にトドメのトドメ。鳩尾に肘鉄砲を食らわせた。


 次の瞬間、二つの水しぶきが上がり、彼等の体が真っ黒な海へと落ちてしまう。


「ヨウ!」


 チャリから飛び降りた俺は、それが倒れることを気にする余裕もなくコンクリートの縁に立って両膝を折る。


 ブクブクと落ちた場所からは泡が見え隠れしている。

 ヨウ、大丈夫かよ。早く顔を上げてくれ。ドキドキハラハラしている俺の心配は憂慮だったみたいだ。

 数秒の間を置き、ザブンと水飛沫を上げて勢いよくヨウが顔を出した。失神している五十嵐も一緒だ。ははっ、親玉は鼻血を出して気を失ってらぁ、だっせぇの。きっとヨウの仲間を思う気持ちが渾身の拳に表れたんだろう。よくよく見ると前歯が二本ない。あーらら永久歯だったろうに。


 ヨウは立ち泳ぎをしながら、こっちに泳いで俺に拳を見せてきた。


「今度こそっ、勝った。正々堂々……勝って、うわっつ、ゲッホゲホ。しょっぺえ!」


「馬鹿。先に上がってから、台詞を決めろって。締まらないだろ?」


 手を差し伸べて、まず五十嵐の体をヨウと一緒に引き上げる。

 重っ! 嗚呼、まったくっ、ドチクショウ! 最後の最後まで手を掛けさせる奴だよ。敵さんの俺等にこんなことさせやがってからにもう!

 どうにかこうにかキャツを引き上げて、今度はヨウの番だ。「ほら」手を差し伸べる俺は、びしょ濡れな舎兄を目で笑った。カッコ悪いな。勝利する代償にびしょ濡れとか。「カッコ悪いは余計だろ?」どーやら心の声は外に漏らしていたらしい。差し出した右手をしっかり握って不服な顔を作ってくる。


 だけど瞬く間に極悪な笑みを浮かべてきた。


「ま、“カッコ悪い”は一人じゃねえからいいけどな? 舎弟は舎兄を追い駆けてくれるものだろ? なあ?」


「は? ……あ゛っ、まさかお前っ、馬鹿バカバカ! ナシナシナッ?!!」


 水飛沫がまた一つ上がったのはその直後だった。






「ゲホゲッホ。うぇっ、しょっぺぇ。最悪、俺まで海に落ちるとか……ベトベトするし」


「ゲッホ、ははっ、ダッセェ、ケイ。びしょ濡れだな。風邪ひくなよ」


 誰のせいだと思っているんだよ、こんの阿呆! よくもまあ、海に引きこんでくれたよな!

 ゼェゼェと息をついてコンクリートの縁に上がった俺は、ヨウに手を貸してやり、揃って大の字に寝転がる。お互いに息遣いは荒く、ちょっとだけ海の水を飲んで咽ていたりする。


 でも気持ちはスーッと晴れ渡っていた。

 向こうで気を失っている五十嵐を流し目にした俺とヨウは視線を合わせて、今度は夜空に目を向ける。地上の(ネオン)は沢山見えるのに、夜空の星は果敢なく消えそうな光を放っている。地上の明かりが明るいせいだろうな。

 弾んだ息を呑み込んで、「火ィ消されたかな。警察沙汰になるかな」ヨウに話題を振る。


「大丈夫だろう」


 火はきっと仲間達が消してくれる筈。無理だったら消防署に連絡でもやるんじゃね? なーんて他人事のように言った。

 お前なぁ、警察沙汰になったら停学、最悪退学処分だぞ。分かっているのか、そこらへん……ま、火を点けたは俺達じゃないしな。喧嘩もゲームも火も五十嵐達に責任がある。処罰するならどうぞ、五十嵐達を処罰してくれ。


「終わったな」


 上体を起こすヨウは、意外と呆気なかったと口にする。

 馬鹿、トラウマになりそうな濃厚なゲームだったっつーの。幸い人質は無事だったけど日賀野は負傷しちまったし。いつ仲間が傷付くかと思うと気が気じゃなかったって。まあ、実際はヨウも俺と同じ心境なんだろうけどな。


 俺も上体を起こす。

 向こうでバイクのエンジン音が聞こえた。

 視線を投げれば、五十嵐と一緒にいた不良がバイクに乗ってトンズラしている。仲間である筈の五十嵐なんて目もくれない。上辺だけ、力だけの関係だと、そんなもんなんだろうな。そういう世界を否定するつもりは無いけど、なんか……むないと思う俺がいる。それはきっと俺が仲間を必要としているから。居場所として必要としているからなんだろうな。


 瞬きをして走り去ったバイクを思っていると、「ケイ」名前を呼ばれた。

 首を捻ってヨウに視線を留める。ヨウは満面の笑みを浮かべて、俺に拳を見せ付けてきた。さっき言いそびれた台詞を口にする。


「今度こそ勝った。ヤマト達のやり方と俺達のやり方が合わさって、正々堂々地元で名前を挙げていた五十嵐竜也に勝ったんだ。これは俺自身、そしてチームの誇りだ。そうだろ? ケイ」


 軽く拳を見た後、俺は一笑してヨウと拳を合わせた。


「やったな、兄貴。ハジメの仇やチームの雪辱は果たせたじゃん」


「仲間や舎弟、二チームがいてこそ掴んだ勝利だ。俺一人の力じゃねえ。こんなにも達成感のある喧嘩は初めてだ」


 ああ、ほんとにな。

 こんなに満たされた喧嘩は初めてだ。エリア戦争と対照的な感情が支配している。

 俺は相槌を打って、「皆のところに戻るか?」舎兄に案を出してみる。もう少し此処で休憩したいとヨウは言ってきた。良かった、俺も同じ気持ちだよ。ちょっと今の出来事で疲れたんだ。一休みしたい。


 すぐに俺達が戻らなくても大丈夫。

 皆、強いだろうし、倉庫の火だってどうにかしてくれる筈。今頃、消火器でも探し出して火を消しているかもな。日賀野が心配だけど、あいつだってすぐにくたばる奴じゃないだろ。天下の日賀野大和さまだもんな。


 俺達は再度その場に寝転がって夜空を見上げた。

 相変わらず弱々しい発光を放っている星たち。だけど俺達の目には一生忘れられない、星の瞬きだった。鼻につく潮風を感じながら、俺達はただひたすら夜空を見つめる。


 ふと俺はヨウの顔を盗み見た。

 達成感に浸っているヨウの横顔は一段とイケメン、だけど年齢相応の顔をしていた。誰よりも仲間を守りたい、仇を取りたい、勝利を手にしたいと切望していた少年が今、こうして心満たされている。それは不良の顔というより、まんま少年の顔だった。


 イケメンを除いて、俺もきっとヨウと同じ顔をしている。きっと、そう、きっとな。


 だって俺達はどんなに人種が違おうとさ、日陰だの日向だの言ってもさ、同い年の同級生だもんな。

 俺達は何一つ同じところのない、だけど何一つ違わない、フツーの高校一年の男子だ。


「泣きたいほど嬉しいことってあンだな」


 聞こえてきた舎兄の吐露、ヨウの気持ちに俺は一笑。


「あるだろ。胸は貸すけど? 今なら無料で」


「ははっ、是非とも貸して貰いたいぜ」


 大の字に寝転んだまま空一杯に笑い声を上げた。

 びしょ濡れ舎兄弟の姿は今、傍から見たら誰よりも格好悪いナリをしているのだろうけれど、俺達の気持ちは夜空以上に濁りなく澄んでいる。


 なあヨウ。

 こんなにも気持ちが澄んでいるんだ。明日からはさ、今までとは違う朝が来るよな?



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