11.ゲームに名前を付ける心理はズバリ中二病
合図を待つこと午後七時。
軽く一時間待ちぼうけを喰らっていた俺達の下に(こっちから電話しても電源を切っていたのか繋がらなかった)、ピピピピピ――運命の着信音。
赤ん坊の泣き声を耳にしたかのように、チームメートは着信音に肩を軽く弾ませて音源の方へと流し目。代表してヨウが携帯に出る。あらかじめスピーカーフォン設定に操作していたから、向こうの声はダダ漏れだった。
『元気なう?』
癪に障る男の声が聞こえてきた。主は五十嵐本人だ。
『傷は癒えたなう?』重ねて癪な台詞を吐いてくる五十嵐に、「テメッ」ヨウは忌々しいとばかりに鼻を鳴らした。さっさとゲームとやらを始めろ、唸り声を上げるリーダーをシズが落ち着くよう宥め、まず仲間は無事なのかと質問。
どうだろうな、飄々とした返答に俺は思わず握り拳を作る。
やけに心臓が鳴った。高鳴って高鳴って口腔の水分が急速に失われていく。が、背中を思い切り叩かれて俺は我に返る。痛みをそのままに顔を上げれば、え……なんでタコ沢が隣に。
普段から俺に敵意を向けているタコ沢だけど、今も仕方が無さそうに敵意を向けて、「正気に戻ったか?」なんて慰めらしき言葉。
「これからって時に、そんな顔されても足手纏いなんだゴラァ。そんな面じゃ雪辱を晴らす気にもならねぇ」
「タコ沢……いひゃっ!」
「た・に・ざ・わ、だ! 舐めたあだ名を口にしているんじゃねえ!」
両頬を容赦なく引っ張ってくるタコ沢にギブギブと白旗、「フン」鼻を鳴らして解放してくれる彼を見上げて俺は疑問を口にする。「今回も手を貸してくれるのか?」と。
「仕方がないからな」タコ沢は俺に視線を落として腕組み。曰く、日賀野達を伸すまでは臨時メンバーになってくれるらしい。でもこれは日賀野達のことじゃないのに……俺の呟きにまたタコ沢は鼻を鳴らした。
「決戦で水差されたんだ。借りを返すのが男だろーが。それにこれは俺の喧嘩でもある。ついでに貴様等にも手を貸してやるだけだ」
ぶっきら棒な言葉に棘はない。
呆気に取られていた俺は「ずっとメンバーならいいのにな」頭の後ろで腕を組んだ。
「抜けたら寂しいかも。普段は煩いけど」
しっかり皮肉を付け足して仲間だって認めている発言を投げる。
そしたらタコ沢は即答で「だあれが貴様等の仲間になるか」元々自分は一匹不良狼なのだと宣言。いつまでもおちゃらけた奴等と仲間ごっこをして戯れあうなんてことするつもりはないらしい。が、この面子に思うこともあるらしい。強制的に仲間に入れられたタコ沢は期待の眼を投げる俺に、「予想外だぜゴラァ」と不貞腐れている。
なんだか安心した。これが終わってもお前はチームにいてくれそうだな。雰囲気がそう物語ってくれてる。どうせ抜けても、ヨウのパシリくんに戻るだけなんだ。だったらメンバーでいようぜ、な、タコ沢?
遠回しで不器用な励ましは俺に伝わってきたしさ。
こんなやり取りがあっている一方、ヨウとシズが五十嵐に仲間は無事なのかと繰り返している。
せせら笑うだけの五十嵐は仕方がなしに『無事じゃないとゲームに支障がでるだろ』
真偽が見えにくい。腹の底が見えない回答だ。けれど冷静を欠かさないよう、俺は深呼吸をする。
ヨウがメンバーに視線を投げると、物音を立てないよう静かに行動開始。
『さあてゲームを始めようじゃねえか。なうなう、準備OK? これから72時間以内にお仲間を取り返すシンプルゲームを。あくまでお仲間を取り返すゲーム。見事お仲間を見つけ出す事が出来たら、お前等の勝ちだ。タイムリミットは三日後の午後7時まで。タイムオーバーしたらお前等の負け。あと全滅したらお前等の負けだ。負けたらお仲間はこっちの好きにさせてもらう』
メンバーは前もって倉庫に運んでおいた乗り物に跨る。俺は相変わらずチャリだ。
『ああ、そうそう。途中リタイアも可能だぜ。ただし条件付きだがな』
「リタイア、か。俺等がするとは思えねぇが言ってみな?」
『その強がりが何処まで通じるだろうな。荒川……まあいい。説明してやる。途中リタイアには二つ手法がある。
一つ、お前のチームメートを全員こっちに吸収させてもらう条件。以後、俺等に絶対服従を誓ってもらうぜ。どんなことをされても文句の言わせねぇ。奴隷的立場にいてもらう。もう一つは古渡が出した条件、詳細は舎弟くんに聞け。ま、簡略的に言うと一人の犠牲で人質を解放してやる。でもってゲームも終了。一人の犠牲でゲームエンド。人質も解放される。素晴らしくねぇか? どっちを選択するかはお前等次第だがな。
仲間意識が高いお前等のことだ。大勢の仲間を助けるか、それとも一人を犠牲にするか、どっちが賢い選択肢か考えなくとも分かるよな? これは慈悲だ。どうだ、嬉しいか?』
「あーあーあー。激ありがてぇな。優しさに反吐が出そうだぜ」
嫌悪感にまみれたヨウの顔を一瞥し、モトが素っ頓狂な声を上げた。
「ケイ、古渡の条件って何だよ。オレ達に話してねぇじゃん!」
ぶーっと頬を膨らませて睨んでくるモトに、「言っても無駄だって思った」肩を竦めて一笑。
どうせ言っても皆許してくれない選択肢だからと口を噤むと、フザけるなと怒られてしまった。仕方がないので正直に話すことにする。
「ま、簡単に言えば、俺が向こうに古渡の彼氏になりたいと身売りすりゃ終わるんだと。はぁー、モテ期に入ったのかなぁ。女の子に身売り条件を出される日がくるなんて」
「うぇえええっ! ケイさんが身売りィ?! そ、それだったら俺っちもォオオオ! 生きる時も死ぬ時もブラザーは一緒っスよぉおお! 身売りだって一緒にやってのけちゃいますからね、俺っち!」
いやいやキヨタ、何故そこで運命共同体? そして君は誰に身売りするつもりだい?
「童貞じゃ無理むり」条件を聞いたモトは心配して損したと悪態をついてくる。クダラナイその選択肢は選ぶ日も来ない。何故なら自分達が勝つのだから! 絶対に!
頼もしい中坊の一声に俺は頷いた。そう、俺達は負けの喧嘩にもゲームにも興味はない。だからこれから始まるゲームは勝つ気でいないと。ココロは絶対に取り戻す。絶対に!
『ま、ヒントは基本的に一切ナシだが、ヤサシー俺はお前等にヒントを与えてやる。けどタダっても癪だから? ヒントをある場所に置いてきた。探してみな? “ヒントのある場所は工事現場が見える小さな光の下”。さあ、始まりなう! 72ゲーム!』
お前等の絶望に染まる顔を楽しみにしている。
高笑いと同時に、「行け!」ヨウが声音を張ってチームに命令。各々バイクが飛び出して行く。
俺達は三手に分かれた。一手は情報収集係り(弥生・タコ沢)、一手は協定チームの下(モト・響子さん)、残り一手は行き当たりバッタリ隊(舎兄弟・ワタルさん・シズ・キヨタ)。妨害その他を担当なんだぜ!
颯爽と俺のチャリの後ろに乗るヨウは残った面子にヒントを探すぞと指示。
“ヒントのある場所は工事現場が見える小さな光の下”ということは、まず工事現場を探り当てないといけないわけか。工事現場と一口に言ってもこの近所は最近、マンション工事やら土木工事やら近所で頻繁にあっている。簡単に見つけ出すことは難しい。
舌を鳴らす俺は記憶を頼りに、「でかい工事現場から行ってみよう!」皆に意見。
「駅付近、パチンコ店近くに新しいカラオケ店ができるみたいでそこが工事中なんだ。小さな光の下ってのが気になるけど、俺が思い当たる節としてそこが一番記憶としてはあるよ」
「うっし、行くぞ。ワタル、シズ、キヨタ。先に行け! 俺達も直ぐ追いつく!」
仲間はバイクのホーンで返事。
エンジン音と共に去って行く大型機械の後を追うために、俺もペダルを踏んでチャリを漕ぎ始めた。
暮夜の空は既に漆黒に染まっているけど、そこは簡易型ライトを点けて対処。ヨウに周囲の見張りを任せて、夜風を切って行く。
駅付近パチンコ店近くの工事現場は裏道よりも大通りの方が早い。たむろ場から駅付近まで一本道だから。ということはバイクと同じ道を辿るわけで……ちっとばかし向こうの方が早く到着するに違いない。
シャーシャー、真新しいタイヤがうねりを上げるように音を奏でている。人ごみを避けるように、歩道から路面へ。境をぎっりぎり走って俺は目的地を目指す。
色付いたネオンの集合体が俺達を見守っているけど、俺等はそれに目を向ける余裕なんてない。刻まれる一刻一刻を大切にしていきたいんだ。72時間なんてあっという間だろうし。
(ココロ……三日も待たせないから。だから待ってろよ)
再会したら一番にお礼を言うんだ。クッキーありがとう。今度は直接手渡してくれよなって。
口内一杯に広がった優しい味を思い出す。きっとココロは俺と長電話をした後、夜中にイソイソとクッキー作りに精を出してくれたに違いない。何かお礼をしなきゃ、その一心できっと。
「ン?」と、ヨウが鋭く反応。
「どうした?」早速敵さんのお出ましか? 俺の問い掛けに、「ヤマト」トラウマ不良の名前を紡ぐ舎兄。思わず筋肉を硬直させた。
いや、しょ、しょーがないだろ。トラウマ不良の名前を口に出されたんだから! 日賀野不良症候群は今も現在進行形で俺を蝕んでいるぞ!
ヨウの見ている方角を俺も見る。前方、左歩道の人が行き交うそこに日賀野大和はいた。健太もいる。
決戦以来だ。姿を目の当たりにするの。珍しく不機嫌面、健太と一緒に携帯で連絡を取っている様子。なにやら慌てている様子だ。捲くし立てているように携帯に向かって怒声。荒々しく制服のポケットに仕舞っていた。希少だな、ああいう日賀野。
けど構ってられない。俺等は奴等を追い越して目的地に向かった。
「荒川にプレインボーイ?」日賀野が怪訝そうな声音を出していたけど無視、逃げるように(俺の気持ち的な話!)急いでチャリを漕ぐ。関わらない関わらない、健太に怪我のこと大丈夫だったか聞きたいけど、日賀野がいるんだ。おりゃあ関わらないぞ! 嗚呼っ、くそ、身震いが…身震いがぁああ!
「おいケイ……大丈夫か? 震えってけど」
「き、気のせいじゃないか?」
「……いや。ちげぇだろ」
HAHAHAHA!
俺のビビっている気持ちがヨウに気付かれちまった!
そうだよな、肩に手を置いているんだ。分かるよな! 分かっちまよな! ははっ、ダッセェ俺! でも仕方がねぇ!
「べ、べつになんてことないっすよ。ちょい持病の……日賀野不良症候群が出ているだけだから。あばばっ、俺は見てない。見てないんだぞ!」
「大丈夫だって。この俺がいるんだし。あいつも人間だって」
そ、そういう問題じゃないっつーの!
お前は知らないんだ。フルボッコされた俺の気持ち! フルボッコで終わるならまだしも、俺を苛めることに味をしめたのかドンドンドンドン絡んできてっ……アーッ、あいつだけはすこぶる苦手だ! なんで健太はあいつと一緒にいられるのか不思議でなんねぇ!
「あいつって生粋のSだから怯えれば怯えるほど、狙ってくると思うけどなぁ。あれだ、ヤマトはガキ大将気質。ジコチューで周りを見てなくて、俺様が一番だと思ってやがる。思いつきで行動することも多いし、ジャイアニズム満載だ。不良の風上にも置けねぇ奴だぜ」
……お前にも当て嵌まらないか? それ。
なんて間違っても思っちゃいけないんだぞ、俺。空気を読んでそこは相槌なんだぞ。どんなに親しくなっても相手は不良、地味不良と呼ばれようともドハデ不良は怖いんだぞ。うん。
「もしもの時はあいつと勝負して、楽に勝ってみせるさ。任せろ」
フフンとヨウが鼻高々に頼り甲斐のある台詞を口にした。
「な、なら安心かも」俺はホッと息を吐いて、いつも日賀野に勝っていたのかと尋ねる。こんなにも胸を張って自慢するんだ。力量はどっこいどっこいのようだろうけどヨウは腕前に自信あるのだろう、中学時代は日賀野に余裕で勝っていただったんだろうな。
するとヨウはたっぷり間を置いてゴッホンと咳払い。
「ま、中学時代は引き分けだったけど……けど、この俺が負ける筈ないだろ! 舎兄を信じろって! こんな俺でもあの頃に比べれば格段に成長したんだしな! そうだ、俺も成長したんだっ、今なら頭脳戦でもヤマトに勝てる筈だ! ポーカーではイカサマでいつも負けてばっかだったけど、今ならポーカーだって!」
……聞かなきゃ良かったぜ。
俺は空笑いを零して、もしもの事態が来ないことを切願。ヨウの実力を見下しているわけじゃないけど、日賀野の実力も嫌という程分かっている。舎兄がこれだもんな。信用なんねぇー。
そうこうしている内にも工事現場が見えた。
ハンドルを切って俺はチャリを道端にとめると仲間達を目で探す。ヨウも携帯で連絡を取って仲間内の居場所を確認。
するとシズ・キヨタペア、そしてワタルさんは各々工事現場から見える“小さな光”を探しているらしい。
だけど此処が該当する工場現場かどうかも分からないし、時刻は夜。例えばヒントがメモ紙だとしたら、この時刻は不利だ。大体小さな光ってのが気になるんだよな。何だよ、工場現場から見える小さな光って。
工場現場から見える・見える・見える……わかるか!
探偵ごっこをしているんじゃないんだ。体は子供、頭脳は大人な……わけないんだぞ! 心身共にただの高校生でいドチクショウ! 黒ずくめの組織と闘っているんじゃないんだ! アタマ使わせるなー!
やきもきしながら、俺はヨウの指示で仲間達と合流するために一旦工場現場ギリギリまでチャリを走らせた。
先に到着していたシズ達は到着するや否や、俺とヨウに日賀野チームがいると顔を顰める。付近を徘徊しているらしい。シズ・キヨタペアは副頭さんに遭遇したそうだし、ワタルさんは魚住と顔を合わせたとか。
マジか、俺等と同じ?
ということは注意を配るのは五十嵐だけじゃないってことか! くそっ、こんな時に、鉢合わせしたら最悪だぞ。
「ふぁ~……ねむっ。とにかく奴等は放置だ。会っても、極力……喧嘩を吹っかけるな。特にワタル……ヨウ……控えておけ」
「血の気が多くてごめんちょいちょーい」
既に喧嘩を売ろうと考えていた。
舌を出すワタルさんに、シズは面倒事を増やすなと溜息。
余所でヨウも「喧嘩売るかも」なんてボソボソ。いやいや、やめてくれよ。今はゲーム中なんだから! 俺なんて喧嘩を売られても日賀野達を構う余裕なんてないぞ。
「敵さんが来たみたいっスよ」
キヨタがお喋りは仕舞いだと指摘。首を捻って状況確認した俺等はゲンナリと吐息。
日賀野達ではないけど、なんだかチンピラみたいなヤンキー兄ちゃん方が群でこっちに来てやんの。徒歩組もいりゃ、バイク組もいるって……ははっ、これぞ“妨害”と呼ぶべき状況なんだろうな! 五十嵐め、高校生相手にドチクショウな手を使いやがって!
俺達は一旦敵を散らすために解散。
各々連絡することを確認して乗り物を走らせた。路面を走り去る仲間達を余所に、俺はヨウと脇道に入る。
路地裏ではないけど人目の少ない細い道だ。両サイドのブロック塀を横切って俺はヨウに状況確認を求める。「バイク二台が来る」と言われて、俺、引き攣り笑い。こんな細い道でもバイクで突っ切ろうとするその執念には惚れるんだぜ! ……やべっ、これじゃあすぐに追いつかれるぞ。
ここら辺は一本道が多いから撒こうにもっ……仕方がない!
「ちょ……てめっ、そこは民家じゃ! 不味いだろ!」
あらんばかりの道に向かってハンドルを切る俺にヨウが珍しく常識発言。
ははっ、お前は何を言っているんだい? 命を取るか、常識を取るか、無い頭でよく考えてみろって! 人間、誰しも命を取るんだぜ!
「ヨウ、一緒にお声を揃えて! ハイ、おっ邪魔シマース!」
言うや否や俺は人様の車庫にお邪魔する。
車庫に突っ込んだことによって追って来ていたバイクが向こうへと走っていく。一本道だから方向転換が利きにくい。これはバイクの欠点だ。
俺は通り過ぎたバイクを見やった後、丁度車に用事があったであろう家主と視線が合い(向こうは見事に固まっている)、ヨウと一緒に軽く頭を下げて「お邪魔しました」
今時の若者は、と団塊の世代さまからよく文句を言われますが、地味だって、不良だって礼儀の「れ」くらい分かっている。ちゃんと頭を下げるべきところは下げるよ。
急いで車庫からチャリを出して、俺は来た道を戻る。
バイク相手なら大通りに出た方が有利だ。人目があるし、チャリは歩道を走れるからな。
さっきの工事現場に戻る。ヤンキー兄ちゃん(徒歩組)はいないようだ……おおっとっ、もうバイク組が来たっ!
逃げるついでに俺達はヒントがあるであろう、工事現場から見える“小さな光”の行方を探す。工事現場が見えるギリギリまでチャリを走らせて小さな光のありそうな建物や店、駐車場に行くんだけど時刻は夜、視界が暗いせいかヒントがあるかどうかも分からない。こりゃ謎掛けを解かないと、無駄足になるぞ。
工事現場も複数あるし、ああくそ光って一体っ、イ゛ッ―!
チャリを走らせていた俺は急ブレーキを掛けた。
「うわっヅ!」前乗りになるヨウが俺に体重を掛けてくる。「急に止まるな」と大喝破されるけど、俺の耳には入らない。左のこめかみを押さえて痛みに耐える。
「ケイ? どうし……おい、血が出てるじゃねえかよ」
血相を変える舎兄の指摘によってこめかみに怪我を負ったことを知る。
垂れる血を止めるためにポケットからハンカチを取り出し、「やられた」物を投げられたようだと唸り声を上げる。
ヨウが百円ライターを取り出し、足元を確認する。揺らめくライターの火が光る破片を照らし出した。ガラスの破片のようだ。どうやら俺はそれの切っ先で切ったようだ。
「瓶の破片みてぇだな。まじかよ。こんなものが投げられたのか。くそ、此処は大通りだから人に紛れやすい。どさくさに紛れて投げられた可能性がある。ケイ、運転できそうか?」
「大丈夫だ。それより行こう。グズグズしていたら……ああ、もう見つかったみたいだ」
徒歩組が俺達の姿を見つけたらしく、こっちに向かって走って来る。
こめかみの痛みを感じながら、急いでペダルに足を掛けた。同着にまた何か物を投げられた。それを確認する暇はないけれど、ガラスではなさそうだ。
「イ゛!」危うく目に入りそうになったそれは、右瞼上にぶつかり俺は身悶える。それでもペダルを漕ぐ足は止めない。ド根性田山を舐めるんじゃない! これでも不良のおかげさまで根性だけはついてるんだぜ! っとっ、また何か飛んで来たっ! アッブネ!
「ツッ、これじゃ運転に集中できない……」
「クソが! ちゃっちいを攻撃しやがって!」
舌を鳴らすヨウが徒歩組とは別の敵を探し出そうと周囲を睨む。
余所で俺は歯を食い縛ってチャリをかっ飛ばす。粘着質の高い妨げをどうにか振り切るけど、これじゃあ運転にも集中できないし、ヒント探しにも集中できない。時間だけが刻一刻と過ぎていく。ついでに俺の体力も削られる。
こうしていても埒が明かない。 俺達は一旦付近の公園に集合することにする。五人でこれからどうするかを話し合うことにしたんだ。早くヒントを探したいけど、こうも妨害を受けちゃ時間は過ぎるばかりだ。何か手を打たないと。
公園に向かう途中、ワタルさんと合流した。よし、後はシズやキヨタと公園で合流すれば完璧。と思って公園に突撃したんだけど……いや乗り物に跨ったまま公園の敷地にお邪魔しますしたんだけど。
わぁお、公園にいたのはまさかの……。
「また荒川にプレインボーイ、それから貫名じゃねえか」
ぬぁああああああっ、出た出た出た出た! 俺のトラウマ不良っ! ひ、ひ、日賀野大和(と、その他お仲間さま)が目前に。
カッチーン固まる俺に対し、ド不機嫌顔を作って敵意を剥き出しにしたのはヨウ。ウズウズと喧嘩したそうな顔を作っているのはワタルさん。俺、田山圭太はカッチンコッチンのコンコンチン。ははっ、泣きたいんだぜ。
日賀野に副頭さんに、健太、魚住、紅白饅頭双子不良。人数的にこっちが不利だしさ! 丁度シズやキヨタが公園に入って来たから、ますます事態が悪化。無言の青い火花が散りあった。
「ほぉ……揃いも揃って退院しているのか。一生病院に世話になっときゃいいのにな、荒川」
「病院に世話になっても、そのひん曲がった性格は相変わらずだな。ヤマト」
「あ゛?」
「あ゛あ゛ン?」
Hey! 両者リーダーさんっ、こわっ、母音濁点こわいYOっ! 俺、不良っ、こわいYO! 地味不良も「あ゛」言ってみたいけど、あんた等みたいな凄みは出なさそうだぜ! ちょ……いやいやいや喧嘩をしている場合じゃないだろ、兄貴! 今日のところは潔く身を引こうって! 喧嘩している場合じゃないんだぞー!
「ヨウ」俺が名前を呼べば分かっているとばかりに舌を鳴らして、ヨウは向こうチームを無視するようチームメートに告げる「奴等は空気だ」とかなんとか、喧嘩を売る発言するんだからもう……向こうの怒りを買うというね!
でも、向こうも今は俺達に眼中はないみたい。向こうは向こうで話し始めた。よ、良かった。激突しなくて。
ハンカチでこめかみを押さえながら、ホッと胸を撫で下ろす俺を側らでヨウはやや苛立ちながらも現状を仲間内に報告。妨害が凄まじいと眉根を寄せた。
「此処まで徹底的にされるとは思わなかった。俺達をとことん甚振りたいんだろうな……ゲーム開始から三時間経過ってところだが……手掛かりゼロか」
「工事現場だけならばまだしも……小さな光というのが…な」
欠伸を噛み締めるシズに、「それなんっス」同調するキヨタ。
小さな光さえなかったらシラミ潰しに工場現場を探し出していくのに、悔しそうに奥歯を噛み締めるキヨタ取り敢えず工場現場の数を把握しようと意見。一点だけ調べても違った場合、対処しかねるとご尤もなことを述べてきた。
「だよねぇ」ワタルさんは頷いて、俺に工事現場の数を思いだせる限り思い出すよう頼んでくる。
「ケイちゃーん。この辺りの地形に詳しいしさ。僕ちゃん達より、ぜぇえったい出てくると思うんだよね。幾つか工事現場行ったら、小さな光ってのも見つかるってぇ!」
「ぬぬぬっ、ヤマト困ったぞい。工事現場なんてちっとも思い浮かばないぞい。小さな光ってのも分からんし、第一地形に詳しい奴がおらんっつー話じゃいけん!」
ワタルさんと、向こうチームの魚住の大きな声が重なり、公園は沈黙に包まれた。
「…………」「…………」お互いにぎこちなくチームを見やって、「は?」「あ?」両者リーダー、間の抜けた声を出す。あっらぁヤーな予感がするんだけど。しちゃうんだけど……ま・さ・か!
先に啖呵切ったのはヨウ。
「はぁあ?! テメェ等もまさかのゲーム中か?! マジかよあっりえねぇっ!」
「そういう荒川、貴様等もか。チッ、五十嵐め、どういうつもりだ……だが、見る限りテメェ等も俺等と同じヒント探しってことは、だ。ある意味チャンスだよな? ちょいとお仲間を貸してもらうおうか」
シニカルな笑みを浮かべてくる日賀野はニッコリと俺を見て手招き。おいでおいでとされる。
「へ? 俺指名っすか」俺は自分を指差して確認。頷く日賀野は「プレインボーイちょい面貸せ」こっちに来るよう何度も手招き。それが地獄の手招きに見えたのは、果たして俺だけだろうか。 魔王様がなにやら手招きっ、アアッ、日賀野大和症候群っ! 俺、冷汗ダッラダラ! 硬直っ! 動悸っ、動悸がぁあ!
「プレインボーイ。ちょーっと来い。俺とテメェの仲じゃねえか」
「あっ、は……はははっ……っ」
どぉおおいう仲だよチクショウっ!
お前なぁっ、俺をフルボッコにしたじゃないかよぉお! 嫌だこの人っ、俺の最大のトラウマなう! 泣きたいっ、泣きたいんだぞっ!
ガタガタのブルブルブルブル。体を震わせている俺に味をしめたのか、S心に火が点いたのか、「早くしねぇとフルボッコ」最強魔法の呪文を掛けてきた。途端に俺、ヒッと引き攣ったような悲鳴を上げた。
ぎゃぁああっ、思い出しちまったっ!
フルボッコのアノ光景っ……嗚呼っ、メッタンメッタンギッタンギッタンにやられた俺。楽しく愉快にボコしてくれた日賀野の顔に、フルボッコの痛みに恐怖! 嗚呼、大パニック! 早くしねぇとフルボッコぉおおお?!
「キヨタァアアア! おぉお俺うえわぁあ!」
「お、落ち着いて下さいケイさん! 俺っちが守るッス!」
チャリから飛び降りた俺は、つられてチャリから降りるヨウをそっちのけでバイクの後ろに乗っている弟分の背後に隠れた。
合気道経験者である頼もしい弟分は構えを取り、「誰が面なんて貸すかよボケェ!」果敢にも魔王様に悪口をついた。か、カッコイイ! お前めっちゃカッコイイ! 惚れるんだけど!
あと、す、すんません、情けない田山で。でも本当に日賀野は駄目なんです。できることなら二度とお会いしたくない人なんです。
便乗したのはヨウだ。キヨタの言う通りだと吐き捨て、仲間は貸さないと敵意を見せる。
「ヤマト、仲間内に何してくれようとしてんだ。ハッ倒すぞ。俺達はテメェ等と関わる暇なんざねぇんだよ」
「それはこっちの台詞だ。時間内に帆奈美を助け出さなきゃなんねぇ。何が何でも情報を貰うぞ」
一変して険しい顔を作る日賀野。
どうやら向こうは帆奈美さんを人質にされているらしい。両者女性を人質に取られているなんて、五十嵐も大概でヤな奴だよな。
しかも帆奈美さんといえばヨウの元セフレであり、日賀野の現セフレでもある。ヨウは帆奈美さんをまだ想っているから、日賀野の台詞に舌を鳴らしていた。ウザッタそうに舌を鳴らすヨウの態度は、帆奈美さんに対する嫌悪感なのか、それとも憂慮なのか。
一触即発の雰囲気が漂い始める。
微動だにしない両者リーダー。チームメート。そして公園に入ってくる第三者。妨害者のようだ。人数が多いこと多いこと。
「ざけんなよ」こめかみに青筋を立てるヨウは俺達に目を向けた。バイク組は一旦乗り物から降りる。「舐めるな」日賀野も同じように青筋を立て仲間に目を向ける。戦闘態勢はバッチシのようだ。
「ッハ、どーせヒントは一つ。同じゲームを俺等にさせて衝突させて醜い争いをさせようって魂胆だろうが……その手にはもう乗らねぇ!」
「同じ手に引っ掛かるほどバカじゃねぇ。五十嵐は当然それを知ってくれているんだろーな? あ゛ーん」
乱入してくる妨害者に、まるで積もりに積もった鬱憤を晴らすかのごとく両チーム、地を蹴って拳を振るい始める。
両チームが激突することはない。助けるわけでもないけど、襲うこともない。思い思い乱入者を蹴散らす。それは俺の目から見てみりゃ協力戦のように見えた。そう……協力しているように俺は見えたんだ。
一頻り喧嘩し終わった後、俺達はお互いに仲間内のところへ戻ることになった。
その際、向こうの言いなりは癪だということでヨウは日賀野に「休戦だ」と言って暫くは喧嘩を吹っかけないと宣言。「乗ってやる」日賀野も仲間を助けたい気持ちの方が勝っているのか宣言に乗ってくれた。
結局工事現場のことなんだけど、休戦はしたけど協力するわけじゃないんで情報提供はお互いに一切なし。
向こうも自力で工事現場、ヒントを探す態度を見せてきた。
……それでいいのかなぁ。
俺は公園を去る際、日賀野チームを見てそう思わずにはいられなかった。
そりゃ対立しているチームだけど、お互いにこんなことしている場合じゃないと思うんだ。それぞれ仲間を人質に取られているわけだし。取られている……わけだし。と、俺は反対側の出入り口から出ようとする健太と目が合う。あいつは俺を見て、苦笑交じりに軽く手を振ってきた。手を振り返す俺も微苦笑。
どうやら俺だけじゃなく、向こうチームのジミニャーノも同じことを思っていたみたい。目がそう物語っていた。