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07.舎弟、彼女の家に行くノ巻



「ケイ、ちょっと頼みがあるんだ。ココロを家まで送ってくれねぇか?」


「え? ココロをですか? 響子さん」



 それは舎兄弟喧嘩から十日ちょい過ぎ、メンバーの怪我もそこそこ完治に向かっているある日のこと。いつものように倉庫内でたむろっていた俺達は集会に一区切りを迎えているところだった。

 けれど集会に区切りがつくや否や響子さんが俺の下にやって来て、片手を出しながらチャリで送ってやって欲しいと頼んできた。しかも何だか浮かない顔をして。

 そりゃ一向に構わないけど……もしかしてココロの具合でも悪いのか? ……病院? 病院系か?!


「ココロに何かあったんですか?」


 内心軽くプチパニックに陥りつつ、俺はココロに何かあったのかと響子さんに質問を投げる。

 すると響子さんが俺の心配に対して「ちょっとアレでアレなんだ」苦笑いを零す。目を泳がせ、決まり悪そうに弥生に視線を投げた。「うん、アレなんだよねアレ」立てない動けない歩けないのだと言うのだけれど俺にはなんのこっちゃ。アレアレアレで通じるほど俺もエスパーじゃないぞ。

 アレアレ病か? オレオレ詐欺ならぬ。もうちっと俺に分かるように説明してくれないかな! 女子の皆さん!

 目を点にして首を傾げる俺に、いいから送ってくれと響子さんに怒られた。怒鳴られた。頭叩かれた。なんで叩かれるよ?! 俺、ワルイコトしたか?! いや寧ろ、送ると頷いているんだから感謝されるべき立場にいるんじゃ……なんでぇ?!


「ケイ! 送るのか送らないのか! さっさと返事しろ!」 


「そ、そんなに怒らなくても……お、送りますよ! 彼女の具合が悪いんだ。送りますとも。でも原因ぐらい教えてくれたって!」


 すると焦れたように弥生が俺の耳を引っ張って(アイデデデ!)、ボソッと原因を教えてくれた。

 一瞬の沈黙。原因が分かった俺は「アー」と相槌、頬を掻いた。とんだ失態を犯した気分なんだけど……ははっ、アー……あーあ……何だか聞いちゃいけなかったような気がしたのは、俺が男だからだろうか? とにもかくにも原因を聞いてッアー、気まずい! どう反応すりゃいいんだよ、それを聞いた俺って! あっらぁ、そうですか。そりゃ大変でごぜーますね、なんて安易に言えるわけねぇだろ!


「そういうことだから。OK? さっき薬は飲んだみたいだけど、気分的に宜しくないんデスヨ? 家で休んで貰いたいんデスヨ? オーケイ?」


「OKデス。弥生サン。とにかく具合が悪いんデスネ。とつても悪いんデスネ?」


「そっ、具合が悪いの。ココロ。ぐ・あ・い・が・ね!」


 お、女の子って大変だよな! お、男で良かったとすこぶる思う。

 マジ女って大変だ。歩けないこともあるんだなぁ。ココロは重い方なんだそうな……うん。男の俺にはよくわかんねぇけど。

 「馬鹿ケイのKY、察しなさいよ」とか弥生に文句を言われたけど、ついでに背中思い切り叩かれたけど、男兄弟しかいない俺が知るわけないでしょーよ! そんな女性事情! おりゃあ心身男だぞいベラボウチクショウ!


 さて、何故ココロが具合が悪いかは心中で察して欲しいとして(口に出来るかよ!)、俺は具合悪そうにしているココロに声を掛けて送る旨を伝える。

 具合が悪いなら布団に入って寝ていた方がいいだろう。寝て治るかどうか怪しいところだけど……いや俺じゃ一生経験できないことですし? 憶測しかできませんけど。経験できたら俺は何者だよ! 確実に男じゃないってことだけは言える!

 取り敢えず、歩けそうにないココロにチャリに乗れそうかと聞く。

 壁に凭れて座っているココロが首を横に振り、この期に及んで送ってもらうことに遠慮を見せた。


「悪いですから」


 ううっと呻き、脂汗も滲ませながら、大丈夫だと気丈に笑ってくる。

 だけど、ちっとも大丈夫そうじゃない。こりゃ早く送ってやった方が良さそうだ。


「ココロ、無理は駄目だぞ。体調を万全にしておくのもチームのためだって」


「でも。めーわくに」


 寧ろ、途中で倒れられた方が迷惑なんだけど。

 俺は千里眼の持ち主じゃないからな。道の途中で倒れられても、連絡してもらわない限り気付くことは不可能なんだぜ! ……それに彼女が心配じゃんか。なあ?

 「送ってもらえって」響子さんにも強く押されて、ついでに復帰したリーダー、副リーダーにも強く押されて、ココロは思案する素振りを見せた。薬が効き始めたら大丈夫なんだけれど、と言う彼女。いや、そうは言ってもさ、それまで具合が悪いんだろうし……此処たむろ場。とても危険だ。奇襲をよく掛けられるんだからな。

 いつかは戻ってくるであろうハジメのために、敢えてたむろ場を変えていないけど、居場所を五十嵐の回し者であろう不良達に突き止められているから、よく襲われる。

 体調が悪いなら大人しく家に帰るのが自分のため、チームのためだと俺は思うよ。


「ケイに送ってもらえって。みーんなココロを心配しているんだぞ? 大丈夫、どっかの馬鹿リーダーみてぇに単独行動を起こしているわけじゃないんだし、な?」


「……おい響子」


「ふぁ~……そうだ。どっかの馬鹿リーダーは何も言わず……行動したんだから。奴はさほど心配しなかったが……ココロの体調不良は……とても心配だ」


「……悪かったな、シズ」


「そーだよ、ココロ! ヨウのバカチン行動に比べれば、ココロの早退なんてちっちゃなものだよ! 悪いことも何もしていないんだし! ゆっくり休んで、ね?」


「……弥生まで。リーダーの俺の立場、ちっさ」


 向こうで溜息をついているヨウだけど、そりゃお前が周りを見ないで行動したのが悪いんだぞ。自業自得だ。

 「言われやーんの!」ワタルさんに指をさされてゲラゲラ笑われていることには同情するけどな。


 仲間達の後押しもあり、ココロは帰宅する選択肢を取った。

 皆に「お先に失礼します」律儀も律儀にわざわざ頭を下げて、前もって倉庫前にとめていた俺のチャリの後ろへ。

 何だか覚束ない手つきで俺の肩を掴んで来るものだから、途中でチャリから落ちないだろうかと憂慮を抱いた。俺のチャリには荷台置き場がねぇんだよな。新チャリも旧チャリもそうだから、ニケツする場合は後ろの方に立ってもらうのが原則なんだけど。

 彼女の溜息に近い息遣いに、「大丈夫か?」俺は有り触れた言葉を掛ける。それしか言葉が思いつかない。


「ケイ、ココロを落とすなよ? 彼女が後ろに乗っているからって興奮すんな?」


 まるで鬱憤を晴らすようにヨウに要らん注意をされ(心の俺「だぁああっ、興奮ってなんぞやもし?!」)、それを引き攣り笑いで流した俺はココロを乗せてチャリを発進。

 再三再四、響子さんに「よろしく頼むな」と言われつつ、ゆっくりとチャリのペダルを漕ぎ始めた。 


 なるべく振動を起こさないよう慎重にペダルを踏むけど、やっぱココロにはニケツが辛いらしい。痛みに対する呻き声やら吐息やらが聞こえてくる。

 そんなココロに申し訳ないと思いつつ、「家どこら辺?」俺は道を尋ねた。ココロの家は知らないんだ。たむろ場から西方面というのは知っているけど具体的な場所を聞いたことはなかった。苦痛に耐えつつ、ココロはあっちだと指差す。うん、ココロ、そっちは自販機だな。行き止まりだぞ。

 俺のチャリはETじゃないから、自販機越えてお空を飛ぶは無理だからな! ……マジで大丈夫かよ。立ち続けるのもシンドそうだぞ。


 どうにかココロに二丁目の沼池がある住宅街だと聞いて、俺はそこに向かってチャリを漕ぎ始める。

 普段は学校までバス通らしい。学校からたむろ場では、同じ学校に通っている響子さんやシズと徒歩で向かうみたいだけど、たむろ場からココロの家がある近所まではちょい距離があるな。遠くまでチャリを漕ぐ分は苦じゃないんだけど、チャリの後ろで直立の体勢を保つココロには苦痛なこと極まりないに違いない。

 なるべく揺らさないよう、でもスピーディーにチャリを漕ぐ。


 半分くらい距離を詰めた頃、ココロの聞こえてくる息遣いに変化が表れた。

 さっきよりも呼吸が荒削りになる。一旦チャリを付近の駐車場にとめて、俺はココロを降ろす。やっぱり立っていることがつらかったみたいで、ココロはその場にへなへなと座り込んでしまった。地面に座り込み、重たそうな二酸化炭素を吐き出す。


「すみません、ケイさん。ちょっと立つのも……もうすぐしたら、お薬が効くと思いますんで」


 モゴモゴと言うココロは効き始めたら自力で歩いて帰るからここで良い、と無理やり綻んできた。

 勿論却下だぞココロ。俺がそんなに冷たそうな人間に見えるのか? 心外だっつーの。


「ちょっと待っててな」


 俺は武器のチャリを駐車場隅に寄せる。

 金網フェンスにチェーンを通して盗難防止をしっかり施すと、ココロの下に戻ってしゃがんだ。彼女に背中を向けて。

 「え?」瞠目するココロに、「おんぶ」それくらいなら俺にでもできるからと一笑。早く乗るよう促す。

 相手が躊躇いを見せると、


「不良に襲われでもしたらすぐ皆に連絡するよ。なるべく大通りを通るから安心しろって」


 彼女に言って乗るよう催促。

 そういう問題じゃないと苦笑いするココロだけど、具合が悪い方を優先したのかぎこちなく背に乗ってきた。

 ズンッと背中に重みが乗ってくるけど、間違っても重いなんて単語は口にしない。しないんだぞ。いや、そりゃヒト一人分が背中に乗ってくるんだ。軽くはないけれど、平均よりは軽いと思うし、思いなんて言ったら二度と口利いてくれなさそう。

 女の子は体重を気にするみたいだしな。口を利いてくれなかったら、そりゃ俺がへこむ! 一週間はへこみ続けるぞ!


 しっかりとココロを背負った俺は立ち上がって、大通りに向かって歩き始めた。  

 当初は裏道を使って家に送ってやろうと思ったけど、チャリから徒歩に変わった今、安全策として人目の多いところを通ることにする。

 そしたら不良も襲い難いだろ? ココロはともかく、俺はヨウの舎弟だから、悲しいことに顔を合わせただけで喧嘩を売られることがある。大半はヨウへの私怨なんだけどな! とばっちりの俺、可哀想!


 ココロを背負って黙々道を歩く。

 相手は喋る余裕も無さそうだから極力話し掛けず、右に左に真っ直ぐに道を進んでココロの家を目指した。その内、ココロも薬が効いたのか幾分息遣いが落ち着く。「すみません」喋る余裕も出てきたらしい。彼女から声を掛けてきた。


「負ぶってもらっちゃって……重いでしょう? 怪我もまだ癒えてないのに」


「大丈夫だって。気にしないでくれな。具合の方はどう? ちょっとはマシになった?」


「はい。楽になってきました」


 綻びを作るココロは、「ちょっと恥ずかしいですね」人の行き交う大通りを気にしながら、おんぶについての率直な感想を述べてきた。

 まあ、それはしょうがない。目立つかもしれないけど、不良に襲われるよりかは大通りを通った方がマシだろう。そう言ってやると、「早く終わるといいですね」今の状況について彼女がポツリ。日賀野達との対立も、俺等を狙ってくる五十嵐のことも、全部解決できたらいいのに。神妙に呟く。


「ケイさん…、お友達さんとはあれから顔を合わせてないんですよね?」


「健太のことか? ……うん、まあな。同じ病院に入院していることは知っていたけど、会いに行かなかったしさ」  


 五十嵐にすべてを持っていかれたけど、健太や日賀野達のことは何一つ解決できてない。それが心苦しかったりする。 

 せっかく決着をつけようとしたのに、解決できないまま、両者負傷して終わるなんて。向こうのチームは今、どうしているんだろう? 五十嵐の方に目を向けちまっているから、まったく動きを知らないんだけど。少なくとも今は俺達に対する敵意を隠しているみたい。奇襲等が一切ないから。

 「元気だといいんだけどな」苦笑する俺に、「素敵なお友達さんですよね」ココロは健太についてポツポツと零す。


「どんなに冷たくしようとしても、心の中ではケイさんをお友達だって思っていました。ケイさんがドラム缶山の雪崩れに巻き込まれた時も……真っ先に助けようとしていましたし。きっと向こうも心配してますよ。ケイさんのこと」


「だといいけどなぁ。どーなるんだろ、俺達……乱入者によって別の道に進んでいるけどさ。結局はまたぶつかるんだろうな……向こうチームと」


 今度は本気でぶつかれないだろうな。

 健太の弱い面を目の当たりにしたのに、どうやって本気を出せと? ……傷付け合うだけだな、俺達の友情。健太の言うとおり、中学時代の関係は邪魔だったのかもしれない。冷徹を貫くあいつのように、俺も冷徹になれば、少しは違った未来が見えたのかな。


「いいえ、きっともっと傷付いていたんだと思いますよ」


 無意識に口に出していた独白を、ココロは全否定して「大切にしていいんだと思います」中学時代の関係を肯定してくれる。


「偽っても結局、心は正直でありたいものです。確かに傷付け合うばかりかもしれません。でも心を偽っていたら、今以上に傷付け合っていたと思います。ケイさん、自分の選択に自信を持っていいと思います」


 回している細い腕に力を込めて、ぬくもりと優しさを体に押し付けてくれる彼女に俺は自然と微笑を零した。

 「そうだな」首を捻って彼女に目尻を下げる。「そうですよ」自信を持てと頷くココロにまた一笑。不思議と胸のつっかえが掻き消えた。どうしてだろうな?

 横断歩道を横切り、本屋の前を通り過ぎ、バス停でたむろしている学生を流し目。俺は彼女と街道を歩く。 



「ん? そこにいるのは田山じゃんか!」



 と、街中で奇遇の出会い。

 俺は買い食いという道草を食っているジミニャーノ二人とばったり出くわした。

 顔を合わせたのは部活生の光喜、透。今日は休みなのか、それともサボったのか、二人で巷でちょいと有名になっているたこ焼きを立ち食いしている。お行儀わるいなぁ、お前等。道の隅によって立ち食いとか、お母さんが見たら泣くぜ!

 心中でツッコむ俺を余所に、「噂の彼女か!」挨拶ナシに光喜が絡んできた。おい勘弁しろって。こっちは急いでいるんだっつーの。

 人の良いココロは、「お友達ですか?」俺に質問した後、光喜と透に挨拶。体調が悪いくせに……律儀なんだからもう。


 挨拶を返す二人は好奇心の宿った眼で俺とココロを交互に見やる。で。


「あ、アリエネェー! 噂には聞いていたけど、田山っ、普通に彼女を作っているとか! フツーに可愛いとか! ない、ないわ!」


 見事に悪態ついてきやがった。来ると思ったぜ!


「もぉー、光喜くん。祝福してあげてこそのお友達じゃない? でも本当に圭太くんには勿体無い彼女さんだね」


 「デート中?」なんて聞く透。

 残念、送っている真っ最中だっつーの。デートはまだ俺等の間じゃ禁止。ちゃーんと物事が全部解決してから、おデートさせてもらうつもりです。はい。


「ちょい急いでいるんだ。また今度な」


「そう言って、彼女との時間を長く持ちたいんだろう? この裏切り者! クラスから、特に女子から怯えられてるくせに。お前ありえねぇぞ!」


 恨めしそうに見据えてくる光喜さん。

 ははっ、前半はスルーするとして、後半は余計だ。どーせ俺は不良と絡んでる人相はフツー、でも素行の悪いジミニャーノだよ! クラスメート(特に地味女子)に怯えられてなぁ、超胸が痛いんだぞ! なんとなく居心地悪くも感じているんだぞ!

 「不良田山め」光喜の悪態に、「うーっせぇ」俺は一蹴。構ってられるかと肩を竦めた時、「こ、怖くないですよ!」俺の背中から大きなフォローが聞こえた。


「ケイさん、とても優しいです! お、思いやりのある人だと思います! 私の体調が悪いからとこうして送って下さいますし、仲間のためにいつも自転車を漕いで走る人なんです! 恐がっている人達はケイさんをちゃんと知らないんです!」


 な、何事? 何が起きたんだ一体。


「ちょ……ココロさん?」


「あ……いえ、その……怖い方じゃないと、言いたかっただけで。その……そのー」


 これを不意打ちと言わずになんと言う?

 バッチリと視線を合わせた俺達はものの見事に赤面。

 「あ、ありがとう」「ほ、本当のことですから」視線を逸らして恋人の沈黙を作ってしまう。何だこれ、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。恥ずかし過ぎるんだけど。予想外の羞恥を噛み締めつつ、俺はポカンとしている二人にまたな、と挨拶。その場から逃げるように、歩みを再開させる。


「ノロケ……?」


「ノロケだよね。あはは、圭太くんと本当にお似合いだ」


 背後で光喜と透の零した単語は聞き流すことにした。



 ドックンドックン、バックンバックン。

 心臓を高鳴らせながら、俺はココロを背負って道を歩く。

 尾を引くように心臓が鳴ってらぁ。彼女の言葉に一喜一憂する俺ってどんだけ青春ボーイ? ……いいじゃないか、人生最大の春を噛み締めたってなぁ! それに恥ずかしかったのはきっと俺だけじゃない。ココロだってきっと同じ気持ちだ。体を媒体に彼女の鼓動が聞こえてくるし、な。

 お得意の恋人沈黙を作る俺等は必死に話題を探した。何か、この状況を打破する話題は無いか? 話題は! カモン、話のネタ!


「わ、私……ケイさんと同じ学校だったら……と、最近よく思うんですよ」


 先制として話題を切り出してきたのはココロ。

 「時間が少ない…ですから」何だかちょいとした遠距離を噛み締めている気分だと、恋人らしい吐露を零す。まったくもって同じ感想を持っている俺はぎこちなく返答した。


「んじゃ……電話とか? 迷惑だろうから、控えていたんだけど」


「あ、その、別に全然です……私も……その」


 うーっわ、また沈黙。

 どうすりゃいいんだよ、この桃色沈黙ムード。ぎこちなさパねぇ! 俺は女の子の扱いが上手いわけじゃないから、寧ろ女の子と殆ど友好関係がなかったから、どうすりゃいいのか分からないぞ。

 「あ、次を右です」「OK」そういう事務的な会話は交わせるのにな。彼女を持つって色々気遣ったり、考えさせられたり、自分の気持ちと葛藤したり……大変だなぁ。


 不意に空を仰ぎ、「終わったらデートな!」取りとめもない言葉を投げ掛けた。苦心の末の話題だった。

 恋愛経験のない俺は「普通デートって何処に行くもんかな?」ココロに質問。「うーん」あまり思いつかないと彼女も首を捻る。大勢で出掛けたり、同性同士じゃ遊んだりするけど、異性同士ってのがまずなぁ。

 大体ココロってなあにが好きなんだ? ちっとも彼女のこと知らないんだけど……ん? 俺達って根本的にお互いのことを知らなくないか? カレカノ関係なのに。


 ということでデート計画の前に、取り敢えず根本的なところから改善することにする。

 「ココロさん、ご趣味は?」「あ、手芸を少々」、「ケイさん、ご趣味は?」「ゲームかなぁ?」、「好きな色は?」「オレンジです」、「好きな食べ物あります?」「基本的にジャガイモ料理が好きだな。コロッケが一番好きかも」エンドレスエンドレス。


 どうでもいい質問を飛び交わせて話題に花を咲かせた。

 ココロが好きなものは以下の通り。手芸や絵を描くことが好きで、好きな色はオレンジと白、好きな食べ物はクッキー、行き着けのお店は本屋さん。手芸の本や雑誌を眺めるのが好きなんだって。家庭的な子だから、料理雑誌を買ったりもするとか。

 なるほどなるほど。じゃあ、初デートは本屋? いやいやいや、なんてジミーなデートスポットでっしゃろう!

 でもお互いに系統が似ているせいか、俺も似たり寄ったりな回答をしてしまう。漫画が好きだから本屋によく行く。後はゲーム好きだからゲーム屋に行く。ココロはゲームをしない女の子だから、二人の気が合う場所と言ったらやっぱ本屋なわけだ。


「本屋さんって時間が潰せますよね。眺めているだけでも楽しいです」


「わっかる。あそこで時間を潰そうと思えば、幾らでも潰せると思うし」


「うーん、でもデート場所ですかね? 異性の方と遊ぶって、今までなかったものですから……私、いまいち場所が出てこないんですよ。不良の皆さんの恋愛話を聞いて参考にしてもいいんですけど、多分、私達にとってびっくり仰天な回答が返ってくると思いますし」


「だよなぁ。皆、超大人だから」


 ヨウとか帆奈美さんと付き合い三日でベッドインだろ? ……どんなお付き合いの仕方だよ、理解に苦しむ! 中坊のくせになあにしてたんだよ!  

 「無難に映画かな?」「ですかね?」首を傾げ合う俺達。異性同士で遊ぶって難しいな。しかも二人きりになるわけだから、お互いが楽しめる、想い出に残るような場所が良いわけで。贅沢か? そういう風に考えるの。

 ま、全部が終わったら悩んでみようかな。贅沢な悩みとして取っておくのも……悪くはないだろ? いつ終わってくれるかは謎だけど。


「早く全部が終わればいいな」


「そうですね。不安も沢山ありますけど終わればいいですね。だけど私、何があっても心を強くして頑張ろうと思います。皆さんや、ケイさんが一緒ですから……きっと大丈夫です。卑屈にならず、前向きに考えます」


 はにかんでくる彼女に笑みを返して、俺は住宅街を歩んでいく。

 そういう前向き発言してくれる彼女のことが、大好きだ。どんな彼女でも好きだと言える自信はあるけどさ。



 ココロの家は俺の家と同じ一軒家で平屋らしい。  

 新築が並ぶ一軒家たちの中、ちょいと古そうな一軒家を指差してあそこが自分の家だと教えてくれる。家の裏には小さな畑もあって、祖父母が趣味で野菜を作っているとかなんとか。

 彼女はご両親を亡くしているから、祖父母の下で暮らしているそうだ。ココロの家族事情はヨウ達同様結構デリケートみたい。度々家庭の事情は耳にはしていたけど詳細は聞いたことがない。

 俺はなるべくご両親の話題に触れず、彼女の家の前まで足を運ぶ。家まで送ったらそのままたむろ場に戻ろうと思ったんだけどその前に、「おや、こころじゃないの?」家の敷地で掃除している彼女の祖母らしき人に声を掛けられた。


「ばあば」


 ココロがそう呼んでたから、この人はココロのおばあちゃんなんだと確信を得る。

 ばあばって呼んでいるんだな、可愛らしいじゃん。と思うのは、普通だよな! そう思ってもおかしくないよな!


「こころ、お帰り。その人は? それにどうしたんだい? あんれあんれ、ご大層におぶってもらって」


 おっとり口調のおばあさんは見るからに優しそう。ココロのおばあちゃんだというのも納得だ。

 家の外に出てくるおばあさんに俺は「こんにちは」元気よく挨拶。うん、第一印象は大切だからな! 悪く思われるのはヤじゃん? おばあさんは笑顔で「こんにちは」会釈して、改めてどうしたのかと孫に質問を投げる。

 俺の背から下りるココロはモジモジと手遊びをしつつ、説明。


「ちょっと具合が悪くて……送ってもらったの。あのね、ばあば、この人がばあば達によく話している圭太さん」


「まあ、じゃあ、こころの彼氏さん。それはどうも、こころがいつもお世話になっております」


 深々と頭を下げられて、「こちらこそ」俺も深々と頭を下げた。

 おぉおっ、無駄に緊張するぞ! ココロ、おばあさんにいつもどんな話をしてくれているんだい?! スッゲェ気になる! いや、話されたら赤面するから知りたくない気持ちも一抹あるんだけど。


「具合が悪いってこころ、まーた生理痛? ちゃーんとお薬は飲まんと」


「ば、ばあば! そういうことっ、ケイさんの前で言わないでよ!」


 反応しちゃ駄目だ、駄目だぞ。

 ココロの名誉のためにスルーしてやるんだ。うん。反応ナッシングだぞ。  

 赤面して怒りを見せるココロに対し、おばあさんはのほほんと笑って「どーぞ上がって下さいな、今お茶の用意をするから」おいでおいでと家に招かれた。


 え゛?

 あ、ちょ、いやいやいや、俺は送ったらたむろ場に戻るつもりなんですが! ココロだって具合いが悪いだろうし。薬は効いてるみたいだけど、ちょっと横になりたいだろうからな?


 遠慮しようとする俺に、「おはぎは好きかい? そんなものしかないけれど」何とか積極的に家に招こうとする。

 こ、これは帰るに帰れない状況である。断るのにも罪悪感……いやでもっ、ココロの具合が!


「ご厚意は嬉しいんですが、ココロの具合も悪そうですし」


「もうお薬効いているわよね、こころ。生理痛は病気じゃな「ばあば!」そんなに怒らんでもいいじゃないの、隠す必要もないだろうに」


 能天気に笑うおばあさんは是非家に上がってくれと笑顔。

 「おじーさん。こころが彼氏さんを連れて来ましたよ」玄関を開けるなり大声でおじいさんに報告している。おかげで俺はますます断れず、ココロも体調は幾分マシになったからと家に上がってくれるよう頼んできた。


「ばあば、乗り気ですから……」


 ああなったら止められないのだとココロは苦笑を零していた。


 わ、わ、わ、わぁお奇想天外な展開になってきたんだけど!  

 か、か、彼女の家にお邪魔するとかお邪魔するとかお邪魔するとかっ、うぇええ?! まだ心構えも何もっ、不良が奇襲を掛けてくるよりも心臓に悪いんだけどっ! ぬぁああ手土産も何も用意してねぇよ! こんなことならっ、ちょいと前のケーキ屋でケーキでも買ってくれば良かったあぁあ!

 でも折角のご厚意を蹴り飛ばすわけにも行かず、俺はココロと一緒に玄関へ。


 かくして俺、田山圭太は手ぶらの状態で彼女宅にお邪魔させてもらうことになった。トホホな気分だぜ、ドチクショウ。

 取り敢えず……ヨウ達に連絡だけはしとこう。後で笑いのネタにされそうだな。あーもう。



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