06.舎兄vs舎弟(そして、いつも通り)
◇ ◇ ◇
血みどろの土曜決戦から大敗、入院に退院、次いでリーダーの身勝手騒動。
この数週間に色んなことがあった俺達だけど、大半は解決を迎えた。五十嵐や日賀野達のことは置いておいて、取り敢えず目前の問題は解決した。大半、な。
一つだけすぐにでも片付けられる問題が解決していない。そう、俺とヨウの舎兄弟喧嘩だ。
事実上、俺達は喧嘩をしたまま継続という形で日々を過ごしている。
俺の計画ではその日に仲直りをするつもりだったのだけれど、ヨウと二人きりで喋る機会を逃し、なあなあとなって今に至る。
仲間を交えて会話する時も俺とヨウの間にはぎこちなさがあり、巻き添えを食らったチームメートは困った表情を作っていた。俺的には普通に接しているつもりなのだけれど、ヨウの方が消極的な態度だ。人の顔を見ては決まり悪そうに頬を掻いている。
そらあヨウの拳を食らったせいで頬に青痣ができ、湿布を貼らなければいけない事態になったことについては思うことがあるけれど、怒りは不思議と抱かない。
ただただ気持ちは落ち着いている。
ヨウに殴られて怒りを覚えないわけではないのだけれど、それさえどうでもいいような気持ちに駆られていた。これについて責める予定はない。仲間内からはその態度が不自然だと指摘を受けてしまったのだけれど、本当に怒っていないよ。呆れてもいない。失望しているわけでもない。
じゃあ俺はヨウにどんな気持ちを寄せているのか。決まり悪いと言れたら、そうかもしんない。だけど俺はそれ以上に、きっと。
なんとなく気まずさがしこりとして残っている日々を過ごして四日目。
ついに俺はヨウと二人きりになる時間を得る。それはたむろ場解散後のこと。軽い集会のみで終わったその日は、俺の気分がとても乗っていた。五十嵐達のことを考えるとまっすぐ帰った方が良いのだけれど、少しは寄り道をして気晴らしをしたい。何か飯でも食って帰ろうか。
そんな思いから密かに寄り道を決行。徒歩で帰る仲間達と別れた後、チャリを押しながら何処へ行こうか思考を巡らせていた。
すると仲間と共に帰った筈のヨウが俺の後を追い、ぎこちなく隣に並んで途中まで良いかと声を掛けてくる。遠慮がちに聞くヨウに一笑し、俺はいいよと返事をする。夕方のことだった。
何かを食べたい俺の足は必然的に大通りと向かった。
そっちは帰路じゃないとヨウは知りつつ、俺と足並みを揃えて歩く。会話は弾まないどころか飛び交うことすらなかった。
何か話題はないものか。さすがに沈黙はつらい。無言は調子乗りにとって天敵だ。思考を巡らせて足を動かしているとヨウの足が止まる。
「ケイ」
名前を呼ばれることで俺の足も止まる。
顧みれば、きっと謝罪会見が開かれるのだろう。雰囲気を察してしまう。なら余計に振り返ることはしたくない。俺はヨウに謝って欲しいわけじゃないんだ。同じように俺はヨウに吐いた暴言に謝罪する気はない。
通り過ぎる通行人を脇目にした後、「行くぞヨウ」チャリを押して歩みを再開。出鼻を挫かれて困惑しているであろう舎兄に言葉を重ねる。
「気分はラーメンだ。俺はラーメンを食べたい。炒飯とセットがいいか。いや、ここはやっぱり餃子……迷うな」
まだ立ち止まっているであろう舎兄にようやく振り向き、「何しているんだよ」早く来いと催促する。
いつもヨウが俺に思いつくまま案を出し、当たり前のように二人で行動する前提で話すように、今の俺も思いつくまま案を出し、当たり前のように二人で行動する前提で話を進める。たまには俺が振り回したっていいだろう? それくらいは許される筈だ。
「駅前のラーメン屋でいいよな?」満面の笑顔でヨウに聞くと、呆けていた舎兄が見る見る頬を崩して片手を挙げた。
「俺は餃子を推すぜ。やっぱラーメンには餃子だろうが」
小走りで俺の隣に立つやヨウは人の体を押しのけて、ハンドルを奪うように握ると乗るよう親指で後ろを指す。
今日はヨウが運転手を買って出てくれるらしい。喜んで後ろに乗った俺はヨウの両肩を掴む。「ちゃんと運転できるか?」「舐めんなって」ニケツという交通違反をする俺達は、迷惑にも大通りを二人乗りで通り過ぎる。
顔を上げれば、いつもより高く見える景色。目線が高くなってる分、いつもの街並みがちょっと違って見える。それが楽しい。
オレンジ色から赤に染まるビル、感じる微風にちょっぴり低い人間達。目に見える景色けしきが俺の心を小躍りさせた。
こんな風に景色を眺めていると、何もかもが小さく思える。
ヨウのつまんない身勝手行動も、俺達が喧嘩をしたのも、何もかも。
もういいよな。俺達の喧嘩はもういいよな。おしまいだよ、おしまい。殴られたことも、発破を掛けたことも、謝罪会見もおしまいだ。
ヨウ。俺はお前に謝って欲しいんじゃなくて、ただ、こうした気兼ねない雰囲気に戻りたかったんだよ。それだけなんだよ。もしかしたらお前も、今、俺と同じことを思っているかもしれないな。こんなにも風が気持ちいいんだ。ちっぽけだよな、俺達の喧嘩ってさ。
駅前のラーメン屋に到着すると、俺はヨウと一緒に店に入って席を陣取った。
俺は味噌ラーメン、ヨウは醤油ラーメン、餃子は割り勘で注文。母さんに夕飯いらない旨をメールし、二人で注文した料理を待つことにした。待つ間ちょいとまた気まずい雰囲気、というより相手に躊躇があったんだけど、「今考えたらムカつく」不意にヨウが口を開く。
ムッスリと頬杖をついて賑わう店内に目を向けた。
「ケイがあんな馬鹿なこと言うわけねぇのに……まーた五木に言われる。『貴方は舎兄失格ですね』って。チョー想像できちまうぜ。俺、なーんで騙されたんだろ」
「名演技だろ?」俺は少し前の喧嘩を笑い話にしてみせた。
「ビバ・日賀野モードで頑張ってみた。嫌味キャラって難しいな。ヨウ、マージ切れしてて怖い怖い」
「うーっせぇな。馬鹿みてぇにパンチ食らわした俺、ダッセェ。激ダセェ。間抜けだってワタルに散々からかわれ……あいつ、どっかで見てたのかよ」
羞恥心を噛み締めるヨウは、殴ったことを詫びてこようとする。
不要な詫びだと思ったから(俺もお前を傷付ける発言したよ)、「舎弟だから仕方ない」笑声を漏らしてお冷を口にする。
「最後まで俺はお前についていく。そう約束した。だからお前にリタイアなんてさせねぇよ」
それだけで俺の気持ちが全部あいつに伝わったんだと思う。
馬鹿みたいに真っ直ぐ「ケイが舎弟で本当に良かった」イケメンくんはイケメン顔で俺にあどけない笑顔を見せてくれた。「恥ずかしい奴だな」そう気持ちを返す俺も、自然と笑顔。ごめんの一言は一切飛び交わなかった。それでいいんだと思う。今更ごめんとか、照れくさいじゃないか。
注文していたラーメンが運ばれてくる。俺達は割り箸を持って湯気だっているラーメンに目を落とした。あ、うっまそう、この半熟ゆで卵がまた食欲を……イッタダキマース。
「そういえばさ、ケイ。俺は黒派だ。そそるだろ?」
パキ、割り箸を割るヨウの言葉に俺は最初なんのこっちゃ分からなかった。
パキ、割り箸を真っ二つに割りながら首を傾げたら、「パンツ」してやったり顔でヨウはラーメンの麺を箸で掬い始める。
目を点にしていた俺だけど、
「兄貴のスッケベー」
大笑いして今度こそラーメンをイタダキマス。
「馬鹿、そーゆもんだろ」完全男子トークをかましてくるヨウに、「そっかぁ?」俺はうんっとクエッションマーク。「勝負だろ?」「勝負したことないし」ラーメン屋の一角で中々なKY話を開始。一頻りパンツどうのこうの、どーでもいいトークをかました。
「女は清純そうで、意外と触れて欲しいもんだそうな。今考えてみれば帆奈美もそうだったもんなぁ。ケイ、テメェも期待されてるんじゃねえの? ココロに」
「や……やめてくれよ。そういう系に俺、免疫ないんだから。こ、ココロは……大事にしてやりたいんだから」
「どーこまで進んだんだ? 舎弟くん?」
「うぐっ、べ、べつに進むも何も」
「ははーん、こりゃちょい進んだな? 何だ、キスでもしたか?」
○×△◇*※~~~!!
ドッカーンと俺の脳内が大爆発。
にやにや笑うヨウは、「ビンゴ、どんぴしゃだな?」とオモシロネタを見つけたように食って掛かってきた。こ、こ、こいつ、さっきまで気まずそうに話し掛けてきてたくせにっ、この調子乗りめ! 俺の調子乗りが感染ったか?! ……ってことは、俺のせい? ごめーんっ、調子乗り圭太で!
「う、う、煩いな……き、き、キスはし、し、したよっ……でも初デートもまだなのに、付き合って日も浅いのに、キスをしちまった俺は不純だろうか? 順序を間違った俺は不純くん?」
「不純? 何処が? 俺と帆奈美なんて付き合い三日でベッドインだぞ」
そりゃ……お前等に問題があるんだと思うよ。
俺達に問題があるんじゃなくて、お前達に問題があるっつーの。早過ぎるだろう、三日でベッドイン。さすがセフレだなぁ。想像もつかない世界だけど。
「テメェ等って結構ラブラブだよなぁ。なんっつーか甘ぇ」
「そうか? あんまチームでは出してないと思うけど。恋愛色薄くね?」
餃子を箸で割っていたヨウが思い切り顔を引き攣らせた。
「俺達の苦労も知らねぇでよ」口角を痙攣させるイケメン不良に俺はどぎまぎとしてしまう。え、苦労って……。
「なあにが恋愛色が薄い、だ。片思い時代から半ば強制的に守ってきた俺達は苦労してんだぞ馬鹿野郎が。これもそれも響子のせいで……テメェ等のせいでどんだけ苦労したと思ってやがる!」
「あ、えっと」
「大体見舞いの時もめっちゃ甘かったじゃねえか! あれを甘くないとは言わせねぇ。寝ぼけたことを言うテメェに俺の見たお前等を語ってやらぁ!」
◇
そうあれは、俺とケイが目を覚ました翌日のこと。
目を覚ましたと知った女子組が見舞いに来た時、真っ先にココロはお前の姿見て泣いただろうが。目が覚めて良かったと大号泣……まあ、あれは心配ゆえにだと思って目を瞑ってやらんこともねぇが、それからだそれから。
ありゃ確か、弥生と一緒に見舞いに来たココロが俺達のために林檎を剥いてくれている時のことだ。
ココロは俺達のベッド挟んで林檎を剥いていた。俺と弥生は他愛もない会話を交わしていたが、テメェ等はその時……目で会話していただろうが。だまーってケイはココロの作業を見守って、これまたココロもだまーって林檎を剥いて、視線かち合って一笑。何にも言わずまただまーって見守る、剥く、一笑、エンドレスエンドレス。
それが終わったら、ココロが俺とテメェに林檎を渡すわけだ。
各々林檎を取って食すわけだが、なんでかテメェ等はまだ黙って互いの反応をチラチラ。丁度弥生が手洗いに行くもんだから、俺は完全にぼっちなわけで。なーんか口も出せず、取り敢えず空気を読んで二人の様子を見ていたら、やっと二人が口を開いて。
『なあ』『あの』
見事にハモって軽く赤面、お先にどうぞの譲り合い。
同室の俺をスルーして沈黙を作った挙句、テメェは『ありがとう』、ココロは『どういたしまして』、また沈黙。桃色の沈黙。恋人の沈黙っつーのか? あれ。
林檎が妙に甘いと思っている俺を余所に、テメェ等は視線を合わせては外して合わせては外して、んでココロが『早く元気になって下さいね』柔和に笑顔。『おう、努力するよ』テメェも満面の笑顔。
『絶対ですからね』
『うん、絶対な。ちゃんと元気になるから』
笑声を漏らして、仄かな桃色ラブラブオーラを病室に振り撒きやがった。
どこの純情青春ドラマを観ているんだ俺、なんて思ったぞ、あの時は。カワイソーなぼっちの俺は取り敢えず、弥生の帰りを今か今かと待っていたという……。
◇
「テメェ等は会話を目ですることが多いんだよ。それが甘いっつーか。口を開いたら、また甘いっつーか。見舞いの時間が来る度に、何度にクソッタレと思ったか。せめて目で会話するのはやめろ。青い恋を目の当たりにしている気分になっ……おい聞いてるかケイ?」
「……おー」
「……気色悪いほどオーラが春だぞ、お前」
「……おー」
「…………」
「……おー」
完全にすべての体温が顔に集まっている。
こうやって他人に指摘されて初めてわかる。俺とココロはちゃんと恋人に見えるんだな。嬉しいやら照れていいやらどうすればいいやら。今の状況で恋人に見えるのは不味いかもしれないけど、だけどやっぱり嬉しい。ココロと恋人に見える現実が。
でもやっぱ恥ずかしさも出てくるわけで……。
俺は餃子をモシャモシャ食いつつ、チラッとヨウに視線を投げてすぐに視線を逸らす。それを繰り返しながら微妙な桃色オーラを出す。
「俺に目で会話をしても意味ねぇよ。キショイだけだぞ」
舎兄から盛大に呆れられた。
だ、だって仕方がないじゃないか。羞恥と喜びで言葉が出ないんだもん。目で訴えるしかねぇじゃん?
ちょっと前、思いが通じ合う前はそういう関係に見られて焦ったけど、今は恋人に見られえて嬉しいや。うん、嬉しい……でも舎弟の彼女ってやっぱ危ないわけで。
ハジメの一件は五十嵐と関係している。ということは古渡も噛んでいるんだよな……古渡か。ココロを弄くって遊んでた性悪女らしいけど(話を聞く限り男を寝取るらしい)、日賀野達と衝突する以上に不安だ。何だか彼女を危ない目に遭わせそうな気がする。傷付くような、そんな気がする。
ネガティブに考えちゃ駄目だけどさ。考えちゃ駄目なんだけど、やっぱなぁ。
「ヨウ、あのさ」
一変して浮かない顔を作る俺を流し目するヨウは、「大丈夫だろ」話もろくすっぽ聞かず返答。
さすがは兄貴。俺の顔色だけで何を思ったのか、ある程度は分かったみたいだ。
「馬鹿な舎兄を蹴り飛ばすだけの力量があんだ。自信を持て。どーしてもピンチなったら、俺やチーム全員が手ぇ貸す、だろ? 俺と違って馬鹿するような奴じゃねーよ、テメェは」
チームの意味を再確認した男の発言はとてもとても頼もしいもの。
俺も「そうだな」力強く頷いて、餃子を口に放り込んだ。うん、大丈夫、何かあってもきっと乗り越えられる。今までがそうだったように、きっと乗り越えられる。みんなで。
不思議だな、ヨウにそう言われると本当にそうだなっと思える。それって俺達が互いに信用を置いている舎兄弟だからかな? 俺はあいつの重たい背中を預かっちまって、いつの間にかヨウも俺の背中を預かって支えてくれる兄貴。お互いに馬鹿なことをしたら、背中蹴り飛ばして気付かせる。
そういう関係に俺達はなっているんだろうな………へーんな異色舎兄弟。
「なあ、ヨウ。ひとつ暴露していい?」
お楽しみに取っておいたであろうチャーシューを銜えているお行儀の悪い不良に、俺はちょいと意地悪く笑って肩を竦めた。
「俺、実は舎弟に指名されてからずーっと、どうすりゃ舎弟白紙にできるか考えた。言っちゃえば、舎弟ドチクショウ! なんて思ってました」
「ぷははっ、そりゃ残念だったな。白紙にできなくて。これから先もそれはねえから安心しろよ」
当時の本音も笑い話に俺達はラーメンのスープを飲み干してごちそーさま。
地味と不良、喧嘩をしてもこうやって元通り。謝るなんて小っ恥ずかしい言の葉は俺達の間には一切不要なんだ。そうだろ? 兄貴。