05.舎兄vs舎弟(Restart編)
「――あーそのだなぁ。つまり、ちょっち周りが見えなくなっていてだな。先走ったことをしちまったわけで……」
「ほぉー? 見えなくなってチーム放置プレイ……自分に仲間を託して……ヨウは自由気ままに行動していた……そういうわけか?」
「う゛。べ、別に。あ、あー……遊んでいたわけじゃねえぞシズ。チームがまさかこんな奇襲を掛けられているなんて知らなかったんだ。だからそんな目で見てくるなって。いや、その、わ、悪かったとは思うけど、俺も一杯一杯っつーか」
「ふぁ~……大体……五十嵐に明日にでも喧嘩を売る……そんなわけないだろ? 皆、ボロボロなのに。誰も勝ちがすべて、なんて思うわけ……ないだろ? 今までチームの何を見ていたんだ」
「て、テメェ等の演技……見破れなかったっつーか……よ、よくよく考えてみれば変だよな……ははっ……」
「…………」「……は、はは」「…………」「……あー……」「…………」「…………」「……他に言うことは?」「わ、悪い……は、は、反省している」
一騒動後。
無事に輩を伸して倉庫敷地外(つまり路面)に放り出した俺達は、揃ってヨウに今まで何をしていたのかと説明を求めているところだった。詰問に近いかも、この状況。
大切な事に気付いてくれたヨウは我等がリーダーとしての顔、つまりいつものヨウに戻っている。胡坐を掻いてメンバーの視線を全身で受け止めつつ、身を小さくしつつ、しどろもどろになってブツクサブツクサ。その姿に俺等一同、各々ヨウに感想をぶつける。
「馬鹿も馬鹿」響子さん、「阿呆過ぎる」シズ、「マーヌケりんこ」ワタルさん、「世話が焼ける」俺、「ダサイっスよ」キヨタ、「能無しめ!」タコ沢、「チーム無視デスカ?」弥生、「ど、ドンマイです」ココロ。
唯一、モトだけが目をうるうるとさせて涙ぐんでいた。
ヨウが戻って来て嬉しい反面、自分の言動が許せずにいるのだろう。輪から外れて膝を抱えると、ズーンと頭上に雨雲を作り、グズグズと洟を啜っている。
「お、オレ……ヨウさんに失礼なこと言った。タメ口きいた。殴っちまった。弟分失格だ、もう生きていく価値ない。オレはモグラだ。オケラだ。ミジンコだ。いや、ゴキブリかもしれない。そうだオレはゴキブリなんだ。ふふ、ゴキブリなオレ」
ど、どんだけ落ち込んでいるんだお前は! 立派にニンゲンをしているから安心しろって!
あーもう、だから言わんこっちゃないんだ。暴言を吐いて傷付くのは性格的に考えてもあいつなのに……ほんとう兄分馬鹿だから、身を張って気付いてもらおうと捨て身タックルかまして。お前は本当にヨウが大切なんだな。
自分のやったことに後悔は無かったみたいだけど、自己嫌悪がないわけでもなかったらしい。
ついにはゴキブリに生きる価値はないと叫び、地獄に行って来るとギャンギャン喚きながら倉庫を出て行こうとする。
ちょ、どどど何処に行くんだよお前! 大慌てでモトを羽交い絞めすると、「また来世で会おうぜケイ」ぶりっ子風にウィンクを飛ばされてしまう。おぉおおおお?! モトっ、危ない! チョー危ない! 地獄ってそりゃアータ、まだお若いんだから縁のない場所よ! 閻魔様も女神様も菩薩様にも会うお年頃じゃございませんわよ!
俺のツッコミにハッと我に返ったモトは、「こんなオレは捨てて生まれ変わればいいんだ」と呟き、不気味な笑声を上げ始める。
「生まれ変わるってイロイロあるよな。男のオレ捨てて、明日から女に……ふふっ……オワタ、男のオレオワタ。明日からカマ猫と同類……ふふふっ、ふはははっ!」
ぬぁあああ! モト坊ちゃんがご乱心! ちょ、君の男道はこれからだぞ!
「ふふっ、カマ猫……同類……ショッキングピンク髪なオレ……いやワタシ……やっだぁ、もうワタシ、女の子として生きちゃうわよ!」
キャラがちげぇ! お前は誰だ! いつもの俺に毒づくモトに戻れ!
そう言うと、「女の子のワタシはき・ら・い?」キャツは裏声で質問を飛ばしてくる。鳥肌が立ったのは言うまでもない。俺は半べそでキヨタにヘルプを出し、二人がかりで乱心するモトを押さえた。それでも戻らないからヨウにどうにかしろと助けを求める。
自分が悪いと痛感しているヨウが恐る恐る声を掛けると、さすがのモトも元に戻り、
「明日から基子ちゃん……もう弟分失格ね……いいえ、妹分とも言うかしら……ヨウさん、妹分でもいいかしら?」
戻らねぇのかよ! 誰か戻し方を教えてくれ! 乱心にもほどがあるだろう!
「お、俺が悪かったモト! マジ、しっかりしてくれ! テメェは俺の弟分だから! な? な?!」
ヨウが謝り倒す数分間、モトのご乱心により、大変な目に遭ってしまった。
後でヨウに注意しておこう。モトに喧嘩を売らせるようなことをするなと注意しておこう。キャツの取り乱しよう、めんどくさいこと極まりないから。ヨウ信者はマジでメンドクサイ。
話は戻し、チームメートから詰問されたヨウは、決まり悪そうにそわそわソワソワ。
「説明は明日にしねぇ?」ちゃんと順を追って説明できるよう準備してくる、というとんだご都合発言をかました。
眉をつり上げたシズが発言者に痛恨の拳骨を炸裂。痛いと頭を押さえるヨウは冗談だと小さく反論をした。いやいや冗談じゃ通せないだろ、今は。
「ヨウ……説明……早くしろ。今はお前、ただのチームメート……リーダーは誰だ? ……チームの輪を掻き乱したのはだ・れ・だ?」
珍しくシズが凄む。それなりに怒っているのかもしれない。
「わ、わーったよ。ちゃんと悪いと思っているから。手前で結成したチームの本当の意味を……分かっていなかった俺のせいで迷惑を掛けた自覚もある。順を追って説明するよ」
ヨウは語る。それこそ既に俺達が知っている情報から。
先日の土曜の決戦、『漁夫の利』作戦で自分達はやられた。主犯は五十嵐竜也。中学時代にヨウ達が伸したいけ好かない不良野郎。
日賀野と決着をつけようと三階にいたところを、前触れもなしに現れて中学時代の戦法を仕返しとして仕掛けられた。ヨウと日賀野は各々仲間達がヤラれる最後を見届けさせられて、トドメを刺すように奴等にやられたという。
五十嵐は策士で日賀野以上に質が悪い。
ハジメの一件を噛んでいたこともさながら、自分達の間に亀裂を入れ、今回の決戦に発破をかけたのもそいつの引き金だったらしい。
自分達の仲間意識を利用し、仲間を犠牲者にさせることによって二チームが激突させる起爆剤を作り上げた。更にヨウ達が失神する間際に、五十嵐は言葉を残した。「これからも飽きるまでお前等を甚振る。仲間を使ってな」
輩の目的は中学時代の面子を潰すことにある。
けれど、それ以上にあの当時中心人物になっていたヨウと日賀野を完膚なきまでに叩きのめしたいと、ヨウは五十嵐の本心に気付いたらしい。
だからヨウはチームと距離を置いた。仲間を危ない目に合わせられなかったから。最後の最後まで仲間を誰一人助けられず、ヤラれるとこを見届けさせられてしまい、リーダーとして不甲斐ないこと極まりなかった。顔向けもデキなかった。せめて五十嵐を仕留めて仲間達の安全を、そうヨウは独り善がりを思ったそうだ。
距離を置いている間は単独で五十嵐の情報を掻き集めていたらしい。
どうにか五十嵐という男を討ち取りたかったのだとヨウ。ハジメを、仲間を、チームを甚振りやがった男を、どうしてもこの手で討ち取りたかった。仲間を守れなかった全責任が自分にあるんだと思っていらしく、随分独りで抱え込んで思い詰めていたようだ。
正直、俺達の演技にすら気付けなかったと言う。
「チームの大敗を考えていなかった。その……悪かったな。テメェ等の実力を舐めていたわけじゃねえんだけど」
気持ちが先走り先走り、今に至るのだとヨウは真情を吐露してくれる。
まったくもって傍迷惑で仲間思いなリーダーだ。どうしてそんなにも大切なことをチームに明かしてくれなかったんだろう。ハジメのことなんて、もろ俺達の敵討ち事情に当て嵌まるだろうに。すぐ熱くなって周りが見えなくなる。そんな優しいリーダーに俺は苦笑するしかなかった。
「なるほどな……お前なりに……苦しんでいた。そこは……理解する。だが、チームに……メーワクを掛けた。それも事実だ」
シズは厳しくヨウを諌めた後、「今後の行動で償え」笑って今回の騒動を許した。
うん、誰もヨウを咎めようなんて思っちゃないさ。ただ分かって欲しかっただけなんだ。チームの意味を。
チームを守るのはリーダーの仕事、確かにそうかもしれない。
だけどチームやチームメート全員を守るなんて、そんな大それたことがしなくていいんだ。俺を含むチームメートの誰もが言うほど強くはない。でも弱くもない。チームは全員で守るものだろ? 全員で力を合わせりゃどーにかなるって。
「ヨウ、お前は……戻れ。立つべき場所に。リーダーの座は……返していいな?」
「ああ。留守にして悪かったな」
「となれば……自分も副リーダーに戻るわけだが……少し惜しいことをしているな。ケイ、副リーダーをやってみないか?」
シズから眼を投げられて、「え゛?」冗談じゃないとかぶりを左右に振って遠慮も遠慮。頭を下げて勘弁して下さいと申し出を断った。
もう二度ごめんだね、あんな重苦しい仕事は。副であろうとリーダーには変わらない。皆を纏めたり、意見を聞いたりしてチームの今度を決めないといけないし、俺の苦手とする作戦とかも率先して立てなきゃいけない。数日の間、副リーダーを経験して俺は無理だと思ったね。柄じゃないや。
それに副リーダーになれば? 敵チームの不良さんからもっと白眼視されるわけで? ふふっ、ただでさえ異色コンビ・ジミニャーノ舎弟くんなんだぜ? もーっと喧嘩売られるだろう! ごめんだごめん、ぜぇったいしたくねぇ!
無理だの一点張りを貫き通す俺に、シズは微苦笑交じりの残念そうな顔を作った。
「今回の計画の首謀者は……ケイなのにな。皆を動かしていた……じゃないか」
「そりゃ舎弟としてだよ」俺は敢えて舎兄と視線を合わさず返答。
一応まだ俺達は喧嘩中だからな。これくらいの意地悪は許してくれるだろ? 俺なんてなぁ、ヨーイチパーンチを顔面に受けたんだからな! 意地悪したって許される筈でい!
「ヘイヘイヘーイ!」
と、ワタルさんが大きく挙手。
今までの重々しい空気を散らすようにウザ口調を撒いて、「ワタルぴんと同じ人。この手にと~まれ!」なんて手の甲を見せてきた。
「五十嵐に負けて悔しい人、この手にと~まれ! あんな不意打ちに負けてダサいと思うのは僕ちゃーんだけ? これから皆で打ち負かすと思っているの僕ちんのみ? わぁお、ぼっち勘弁!」
チームを取りまとめようと、いや前以上に結束を深めようと意図する行動を起こすワタルさん。
惚れそうですよ、ワタルさんのそーゆー優しさ。ワタルさんって見た目によらず本当に優しいんだよな。いつも人を小ばかにしているけれど、ウザ口調でもあるけれど。俺は彼のそういう優しさに尊敬を抱いている。
真っ先に俺はワタルさんの手に飛びついて重ねた。
それを見た響子さんが、キヨタが、どんどんと手が伸びて副リーダーに戻ったシズが手を重ねた後、最後にヨウが戸惑いがちに、だけどしっかりと手を重ねてくる。相変わらず、似合わないな。不良が青春くさく心を一つにするとか。
でもいいじゃん? 不良でも地味でも同じ青春真っ只中なんだし……な?
ヨウは腹筋に力を入れると一呼吸置いて、掛け声。それは仲間を、チームを、改めて理解した決意表明でもあった。
「打倒五十嵐だ。今度は真っ向から……勝負をしかける。全員でいくぞっ!」
それでこそ我等がリーダー! ヨウの掛け声と一緒に俺等は声音を張った。
ほら、これでチームは一つになった。重ねている沢山の手の温もりが一つになるように、俺達の心も一つになる。
仲間を思い過ぎるヨウは気付いた。単独で行動を起こすのがチームのためじゃなくて、チームの意見を聞いて動くのが真のチームだと。
だからチームに呼び掛ける、全員で打ち負かすぞ、と。
そういうもんだろう? 一人じゃなく、みんなで動くもんがチームだろう? 赤信号皆で渡れば怖くない、喧嘩だって皆でやりゃあどうにかなる。チームって、きっと、そういうもんだろう?