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後編『ハガネ、戦う』(1)

 魔法少女第一学園を一望出来る学園裏の丘陵地帯。そこある大岩の上に、一つの人影があった。

 それは褐色の肌をしたダークエルフで、光を放つように眩い金髪を持つ幼い少女だった。歳は十歳くらい。第一学園初等部の制服を着ていた。

 彼女は五月の暖かな日差しの下、緩やかな風に金髪を揺らしながら、体育座りをした自分の膝に両肘を乗せて、物憂げに学園の姿を見つめ続けている。

「……その体勢は、淑女としてどうかと思うが」

「別に誰に見られるわけでも無いし。いいでしょう、別に」

 少女は背後を横目で見て、声を掛けて来た人物に話し掛ける。

 そこに立っていたのは全身を細身の黒い甲冑で覆った騎士。頭もすっぽりと兜で覆っていて、吹き抜けの部分から金色の瞳がわずかに覗く以外は人物像がまるで見えない。だから周囲は明確な名前でなく、そのまま『黒騎士』と呼んでいた。といっても、中身が誰なのか割と知られていることなので、体裁上としての呼び名なのだが。

 黒騎士は大人の背丈であり、ただでさえ背の小さい少女は座っている為、空を見上げるような形となるわけだが、綺麗に澄んだ青い空を背景にして立つ黒々とした甲冑はその異様さを際立たせている。

「で、黒騎士様、今日ここに呼び出した用件はなんです?」

「これを渡しに来た」

 黒騎士が魔法陣を展開して、亜空間から手の平サイズの水晶玉を取り出す。

 少女はそれを受け取って、太陽の光に透かして見ながら、

「やっと完成したってわけですか」

「そうだ。そちらの準備はどうなっている?」

「一ヶ月もあったんです。とっくの昔に終わって、しばしの休暇状態でしたよ」

「そうか。道理で――」

 金色の瞳に映る特徴的な一本線の瞳孔が少女を見下ろして、

「普通の少女みたいな面をしていたわけだ」

「してませんよ」

 少女は心の中で、ちっと舌を打つ。

 ――あー、うぜぇ。こういうところがムカつくんだよクソ騎士が。

 黒騎士は少女の顔からそんな心情でも察したのか、楽しそうに笑い出す。

「ククク、いい面構えだ。そっちの方が良く似合うぞ、ファントム」

「そりゃどうも」

「作戦の決行は――」

 黒騎士は日時と、作戦の具体的内容を伝える。すぐに作戦を始めるもんだと思っていたら割とまだ時間があって、少女はウンザリとした気分になる。

 ――ったく。お嬢様はこれだから。優雅なご身分で頭に花でも咲いてんのか。

「ああそれから……」

 説明し終えた黒騎士は、この場を去ろうとしていたが、そう言って足を止める。

「何です? 伝え忘れたことでも?」

 黒騎士はクククと笑いながら、

「この前のような醜態は晒すなよ、ダークエルフ」

 さあっと風が吹いて、次の瞬間にはもう、黒い甲冑の姿はどこにも見えなくなっていた。

「……野垂れ死ね。あと笑い方キモいんだよ」

 溜まった鬱憤を吐き出しつつ、大岩から飛び降りる。

 水晶玉をぽんぽん上に放り上げて、キャッチするのを繰り返しながら歩き出す。溜め息を吐いた。

 ――あーあ、面倒くせぇ。

 魔法少女組織『黒月』の戦闘員、『ファントム』というコードネームを持つ少女は、第一学園へと歩き出す。




 美飛さんと話さなくなってから二日が経つ。

 鋼は昼休みに居辛くなった教室を抜け出し、広大な初等部中庭の隅っこの方で一人お弁当を食べていた。

 こういう時、中庭がスペースを取り合う必要が無いくらい広いと助かる。

 中庭の見晴らしの良い場所は、上級生の華やかなお嬢様達が幾つものグループで使っているから、中庭が狭かったら、この場に居させては貰えないだろう。

 食堂も広かったが、一昨日使ってみたら人目が凄くて、おまけに鋼の噂話ばかり周りでするものだから、とてもじゃないが精神的に堪えられなかった。

 ここも人目が無いわけではないが、広さ故に声は聞こえて来ないから、食堂よりは遥かにマシだ。

「ふぅ……」

 それでも溜め息は出る。これまで昼休みは、教室で美飛さんと一緒に昼食をしていた。

 今更ながら、友達が一人居てくれるだけでどれだけ心強かったかということを痛感している。

 お弁当のタコ足ウィンナーを食べて、むぐむぐ口を動かしていると、

「居た居た。鋼ちゃん」

 すっかり聞き慣れた声がして、驚き顔を上げる。

 そこに居たのは、優しく目を細めて微笑むエルノアさんだった。後ろにはミーシャさんの姿もある。

「お姉様達……一体、どうなされたんです? 初等部に何かご用事でも?」

「ちっちっち」

 エルノアさんは人差し指を振って、

「用事はあなたですわよ、鋼ちゃん」

「私……ですか?」

「聞けばここ数日、友達と喧嘩して、一人ぼっちでお昼ご飯を食べているって話じゃない? 噂になってますわよ」

「そんな……」

 エルノアさんはスカートのポケットから、一枚の写真を取り出して、鋼に見せる。

「タイトルは『一人ぼっちの天使』だそうですわ」

 そこにはなんと、鋼が映っていた。

 中庭のこの場所に座り、冴えない顔をしつつも、しっかりお弁当を頬張ってむぐむぐやっている写真。

 鋼はギョッとして、

「な、何ですかこの写真!? いつの間に……!」

 撮られた記憶がまるでない。しかし、写真は全くぼけておらず、近くで撮られたかのように鮮明だ。

「高等部で一枚五十キラルで売られてるの。可愛い新入生の写真コレクションとしてね」

 『キラル』というのは、イルミエールでの金銭の単位だ。日本円に換算して、一キラルおよそ十円。つまり五十キラルは、日本円でおよそ五百円。

「ちなみに、鋼ちゃんは新入生の中で一番人気よ。この写真だって、売り切れ寸前だったんだから」

「い、一番人気……?」

 ――この俺が。中身は男なのに。

 入学したその日にブレイズ先生が口にしていたことだが、『絶世の美少女』という言葉を思い出す。

 あれって本当だったのか……お世辞とかではなく。

 嬉しくないわけじゃないが、男としての姿は平々凡々という自覚があるので、それを考えると何とも言い難い複雑な気分だった。

「高等部の写真部に、六大家の一つ――ベルクリア家の『サーチナさん』という方が居てね。探知系魔法の天才的な使い手なんですけど、無類の美少女好きで、そういう写真を撮っては裏で売り捌いてますのよ」

「し、知らなかった……」

「とにかく、クラスメイトの子が持ってたこの写真と噂があったから、サーチナさんにこれまで撮った鋼ちゃんのネガを全て燃やすか、写真の詳細な場所を大人しく吐くか問い詰めて、ここまで来たというわけですわ」

「け、結構荒っぽい手段ですね」

「あら、私はもっと平和的に、鋼ちゃんの写真を一枚ずつ全部くれたら見逃すっていう条件を提示したんですのよ。でもミーシャちゃんが、それじゃ駄目だと言い出してね」

「おい、余計なことを言うな」

「ミーシャさんが?」

 鋼が何気ない視線を向けると、ミーシャさんは首を横に振って、

「別にお前がどうとかということじゃない。サーチナの奴は、エルノアやら私の写真まで盗み撮りしているから、あんまり調子に乗らせたくなかっただけだ」

 ミーシャさんの写真もあるのか。無表情じゃない瞬間を捉えたものとかあったりするのだろうか、と一瞬想像してしまう。絶対に言わないけれども。

 エルノアさんはミーシャさんをからかうのが楽しいのか、クスクスと笑っていたが、

「……っと、いけませんわ。ここで長話をしていると、あっという間にお昼休みが終わってしまいますわね」

 思い出したように、ぽんと両手を合わせる。

「鋼ちゃん、一人なのでしたら、私達とお昼を一緒にしませんか?」

「お姉様達と……いいんですか?」

「ええ、もちろん。その為に呼びに来たんですもの。むしろあれから鋼ちゃんと会う時間が取れなくて、私達の方が悶々としていましたのよ」

「達じゃない。お前だけだ」とミーシャさんのツッコミ。

 それは一人で過ごしていた鋼にとって、とても嬉しいお誘いであり、すぐにも返事をしようと口を開きかけたところで、

「それでね、美飛さん、この間街で見かけたぬいぐるみなんですけれど」

「あっ、パルルさんが可愛いとおっしゃってた、何だか良く分からない謎の生き物さんですか?」

「えっ、なになに何のお話ですの?」

「街のぬいぐるみ屋さんで、パルルさんが可愛いぬいぐるみを見たそうなんですよ。ただ、何の生き物を模したのか、分からないらしくて――」

 どくん、と鋼の心臓が大きく音を立てた。

 鋼の居る場所は中庭の隅っこ、校舎を背中にしている場所で、その声は校舎の角の向こう側から聞こえて来る。

 鋼が振り返るとほぼ同時に、

「あ……」

 校舎の影から出て来たピンク髪の少女――美飛さんと目が合ってしまう。

 後ろのエルノアさんが、

「鋼ちゃん? どうかなさったの?」

「あっ、えっと……」

 鋼は美飛さんとエルノアさんを交互に見やる。

 美飛さんはどうやら仲の良いクラスメイトの女の子達と一緒に、中庭で昼食をするつもりだったらしく、お弁当を手に持っていた。

「み、美飛さん達も中庭でお昼ですか?」

 搾り出せたのはそんな台詞で。

「ええ、まあ」

 美飛さんは鋼から視線を逸らしながら、先程クラスメイトと交わしていたのとは異なる抑揚の無い声で言う。表情も曇っている。

 ここ数日で美飛さんと鋼の仲が良くないことに気付いているであろうクラスメイト達は、どうしたらいいのか困り顔で居た。

 何にしても気まずい空気だった。

 それ以上、鋼がどう声を掛けたらいいのか悩んでいると、

「行きましょう、鋼ちゃん」

「エルノアお姉様?」

 にこっといつもの包み込むような笑顔で、エルノアさんは鋼の手を取り引き寄せる。それから美飛さん達に会釈して、

「ごめんなさいね、クラスメイトの皆さん。私達の勝手で昼休みの間、鋼さんをお借りしますわ」

 そのまま一瞬だけ魔法少女に変身して、転移魔法を展開するエルノアさん。近くにゲートが開く。

 ふと、ミーシャさんが美飛さん達の前に立った。

「エルノア、鋼を連れて先に行っていろ」

「残って何をするの、ミーシャちゃん」

「大したことじゃない。個人的に、桃之木・美飛・レインバードさんに言いたいことがあるだけだ」

「そう、構わないけれど。相手は初等部の新入生なんだから、苛めたりしちゃ駄目よ」

「分かっている」

 鋼は何だか不安になって、

「ミーシャお姉様、美飛さんは何も悪くないんです。だから――」

「分かっている。ただ、対等な個人として話がしたいと思っただけだ。心配するな」

「大丈夫よ、鋼ちゃん。行きましょう」

 鋼はエルノアさんに引っ張られて転移ゲートを潜る。

 一体、ミーシャさんは美飛さんに何を言おうとしているのだろう。

 未だ不安の消えない鋼を察してか、エルノアさんは微笑み続ける。

「大丈夫。ミーシャちゃん、ああ見えて凄く優しいし、何より真面目な眼をしてたから。怒って変なこと言ったりしないわよ。幼馴染みの私が保証するわ」

「……はい」

「だからいつまでも暗い表情してないの。せっかくの可愛い顔が台無しよ?」

 エルノアさんの優しい笑顔と声色に、鋼はちょっと元気を分けて貰った気がした。

「さあ、まずはお昼を食べて元気を出しましょう」

「はい」

 ミーシャさんと美飛さんのことはまだ気になるけれど。

 鋼はエルノアさんに手を引かれて、昼食の場所へ向かうことにした。




「最近、初等部の天使ちゃんとか言われてるそうじゃないか」

「え」

 翌日の放課後、いつも通り訓練をして貰う為に職員室へ行くと、ブレイズ先生からそんなことを言われた。

 鋼は首を横に振って、

「いや、言われたこと無いです。どこから聞いたんですかそれ」

 例の撮られた写真のタイトルが『一人ぼっちの天使』だったが、天使などと直接言われたことは一度も無い。

「昨日と今日、昼休みに高等部の教室に出入りして、エルノアとミーシャ、三人で昼食をしているという噂を聞いた。真相はどうなんだ?」

「……確かにそれは本当ですけど」

「なるほどな。それで鋼を直接目にした誰かが、まるで天使のようだって思ったということなんだろう。もしくは、この写真も関係しているかもな」

 先生はいつも着ている裾長のコートの懐から、大き目のカードケースを取り出し、その中から一枚の写真を取り出す。

 何となく嫌な予感がしたが、それは例の写真――『一人ぼっちの天使』だった。ああもう、無防備な顔してんな本当に。この写真を見る度、恥ずかしさが込み上げて来る。

「というか、先生もこの写真を!? 何で持ってるんです!?」

「いや、だって、お前のおっぱいが良い感じに写ってるから。そこはかとないエロスを感じさせるアングルと、大きなおっぱいが制服の布地を押し上げることによって生まれるわずかな皺の影を鮮明に捉えたこの写真は、まさに芸術だろ?」

「しまった、この先生がおっぱいフェチなのをすっかり忘れてた!」

「さすがはサーチナだよ。エロスの魔女と呼ばれるだけはある」

「サーチナさん、一体何者なの!?」ますます気になる。

「ちなみに、ジーナ先生も持っている」

 こちらへの情熱的な視線を感じて、はっとなる鋼。

 振り向いた先には、初めてブレイズ先生に会う時に案内してくれた女性教師――ジーナ・グレイフル先生の姿があった。透き通った淡い緑色の髪をした、これまた綺麗な人だ。胸の大きさは控えめだが、背は高く、手足は細く長く、モデルのような体系をしている。

 確か『メロンの会』とかいうおっぱいフェチが集まる同好会の顧問だったか、この先生。

 コーヒーを淹れている最中だったのか、マグカップを片手に持った彼女は、ぐっと親指を立てて、

「ナイスおっぱい!」

 とウィンクをして来た。もうやだ、この学園。

 ブレイズ先生が机の上に広げた書類にペンを走らせながら、

「でだ、鋼。訓練についてなんだが、こっちの仕事が終わるまでもうちょっと掛かりそうなんだ。先に訓練場に行って待っててくれるか」

「分かりました。先に自主練を始めてます」

 鋼は鞄を肩に掛けて、「それじゃ、失礼します」と職員室の出入り口に向かう。

 ジーナ先生にも会釈すると、笑顔で手をひらひらと振られる。「ばいばい、天使ちゃん」という台詞は出来れば聞かなかったことにしたい。

 職員室の扉を開けて、廊下に出る。

 その時だった――

「よう、初等部の天使さん」

 職員室側の扉のすぐ横、壁に背も垂れて腕を組んでいる少女に声を掛けられたのは。

「え?」

 見かけない少女だった。

 背丈は鋼と同じくらいで、初等部の制服を着ている。リボンの赤色であることから、鋼と同じ一年生だと分かった。

 幼いながらもやや尖った目付きが小悪魔っぽい印象を受ける。窓から差し込む日差しに輝く金糸の髪に見惚れてしまうが、それと同じくらい彼女には特徴的なものを持っていた。

 それは肌の色。ブレイズ先生と同じ褐色の肌をしていた。

 彼女は、ダークエルフだった。

「よっこらせっと」

 背中を壁から離して、鋼の方に向き直ると彼女は不敵な笑みを浮べて口を開く。覗く八重歯が目に留まった。

「ちょっとアンタに話があるんだけど……いいかい?」

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