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中編『ハガネ、お泊り会に行く』(中)

 自己紹介が終わってから学校生活についての話題にしばらく花を咲かせた後で、何かゲームでもしようという話になった。

 イルミエールには魔法の要素を取り入れたゲームが幾つもあるようで、中でも大人から子供まで人気のあるゲームとして、エルノアさんは『マージャン』を例に挙げた。

「鋼さんの住んでる向こうの世界にも、麻雀ってあるでしょう? 基本的にはあれとルールは同じね。ただ、こっちの世界では魔法があるから、普通の麻雀だとイカサマし放題になっちゃう。だから、魔法の要素を取り入れたマージャン――麻雀の『麻』の字を魔法の『魔』に置き換えた『魔雀』っていうのがあるのよ」

「どんなゲームなんです?」

「んー、一言では難しいわね。ただ昔、ゲーム好きだった偉大な魔法少女が大規模な儀式まで行って、一つの概念として創り上げたゲームだから、イカサマは絶対に出来ないわ。そういう概念として強制的に遵守させられるから。でも、不思議なゲームで、プレイ中は個々人に魔法みたいな能力――『スキル』が発現するのよ」

「スキル? よく分からないですけど、プレイ前に自分で選べたりするんですか?」

 エルノアさんは首を横に振って、

「ううん、それが選べないの。個々人で能力が違って、何故か決まってるのよ。繰り返しプレイした結果、新しく能力が発現することは稀にあるけどね。例えばそう、鋼さんは嶺上開花リンシャンカイホウって役は知っているかしら?」

「あっ、はい。知ってます。なかなか出すのが難しい役ですよね」

「そうね、普通は狙って出来るものではないでしょう。ただ、私の知っている人が持っているスキルで、あるタイミングでカンをすると、必ずと言っていい程に和了稗をツモるっていうのがあるのよ」

「なるほど、それが魔法の要素ってわけですね」

「その人は相当有名で、知っている人からは『嶺上リンシャン使い』って呼ばれているわ」

「面白そうですね」

「鋼さんのスキルが何なのか興味あるし、是非一度やってみたいところではあるのだけれど……今日は残念ながら三人なのよね。三人で打つのも悪くは無いけれど」

 ミーシャさんが、ちらと鋼を見ながら、

「というか鋼、マージャンは普通に打てるのか?」

「あっ、はい。打てますよ。母さんが詳しくて、知り合いの人達と一緒によく打ってたので」

「そういえば、ガーディア様は魔雀が強いって聞いたことあるな」

 と、その時だった。

 部屋の扉がバン! と開け放たれ、ライトア様が現れた。

 エルノアさんと同じように優しげに細めている瞳を、ここぞとばかりにカッと見開いて、

「何かゲームをするなら私も参加させて頂くわ!」

「ちょっ、ライトア母様! あなたは出禁になったはずでしょう!」

「でもエルノア、人数が足りないんじゃなくて? 三人ではやれるゲームが大きく限られてしまいますわよ?」

「まあ、それはそうですけど……魔雀でもやる気ですの?」

「いいえ、違うわ」

 ライトア様は腰に両手を当て、豊かな胸を張り、言い放った。

「やるのはズバリ、お姉様ゲームよ!」




 鋼はとある朝、学校の校門から敷地内へと続く石畳の道を歩いていた。

 身を包むのは深い濡れ羽色の制服。プリーツスカートが翻らないように、鋼は落ち着いた足取りで進んで行く。

 道の先にはイルミエールを見守る女神様――ミエール様の像があって、前を通る際には手を合わせてお祈りをすることになっている。

 ――今日も一日、見守って居て下さいミエール様。

 鋼は目を瞑り、そんな風に願う。

 お祈りが終わって、校舎の玄関へ向かおうとすると、

「お待ちなさい」

 後ろから声を掛けられた。

 振り返ると、そこに立っていたのは髪の長くない女神様。そこにある像のように微笑んでいるわけではなく、無表情で居るけれど、とても美しく整った顔立ちをした女子生徒。

 ミーシャさんだ。

「はい、何でしょう」

 鋼が問うと、彼女はゆっくりと近付いて来て、鋼の制服のタイを手に取る。

「タイが乱れていてよ」

 静かにそう言って、淀みなく鋼のタイを緩めて、整える。

 腰を落として近付いた顔を、鋼はそっと見上げる。ミーシャさんからはいつも感情の色を余り感じない。時折見えるような気がする感情の動きも、錯覚なのかどうなのかもよく分からない。

 ただ、今こうして鋼のタイを直してくれている手付きは、どこか優しいと感じる。

 ちょっと照れ臭くて、ちょっと落ち着かない。でも、嫌じゃない。

 自分にお姉さんが出来たらこんな感じなのかな、と思ってみたり。

「ん、出来た」

 綺麗にタイを結んで貰ったところで、周囲の景色が消え、元のエルノアさんの部屋に戻る。

「あーん、ミーシャちゃんずるいー!」

 ライトア様が頬を膨らませて、

「私がそのイベントやりたかったのにー!」

「仕方無いでしょうお母様、こればっかりは運なのですから」

 エルノアさんがそれを宥める。

 鋼達は今、ライトア様が提案した『お姉様ゲーム』というものをプレイしていた。

 ゲーム進行装置と呼ばれる水晶玉のような魔法アイテムの指示に従って行う、魔法を使ったゲームで、お姉様役と呼ばれる複数人のプレイヤーが順番に山札からカードを引き、妹役のプレイヤー一人と共にカードに書かれたイベントを実行し、最終的に妹役から一番好感度の高かったお姉様役が勝ちになるというシンプルなゲームだ。

 ちなみに妹役のプレイヤーが抱く各お姉様への好感度はゲーム進行装置に計測されており、結果も装置から告げられる公平な仕組みとなっている。

 イルミエールでは、結構メジャーなゲームであるらしい。聞けばイルミエールナンバー1のお姉様を決める大会まで存在するのだとか。

 そして今、鋼は妹役としてゲームに参加しているのだった。

 ライトア様が「次は私の番ね!」と言って、意気揚々と山札からカードを引く。

 果たしてそこに書いてあったのは――『ハズレ』の文字。

「ええぇーっ!? そんなぁー!」嘆きの声を上げるライトア様。「三回連続でハズレだなんてぇー!」

 ハズレを引いたプレイヤーはその手番、イベントを行うことが出来ないというルールになっている。

「絶対におかしい! 誰か魔法使ってイカサマしてるでしょ!」

 ライトア様が不満そうにエルノアさんとミーシャさんを交互に見る。

「してませんよ」とエルノアさんは肩を竦めて、「大体、魔法を使ったら装置が検知して反則負けになるはずでしょう?」

「でもでもでもぉー! 私だけ鋼ちゃんとまだイチャイチャしてないだもーん!」

「お母様はその邪な考えのせいで、運から見放されている気がしますわ」

 ジト目でライトア様を見つめながら、エルノアさんがカードを引く。

「あら……うふふ、良いカードを引きましたわ」

 カードを反転させてこちらに見せてくれる。

 そこに書いてあった内容は、『夕暮れの教室で親交を深める』というものだった。

 ゲーム進行装置――水晶玉が光って、無数の魔方陣を展開し、先程のように亜空間を作り出して行く。

 鋼とエルノアさんの服装が濡れ羽色の制服に変わって、周囲の景色が夕暮れの教室へと変わる。

 イベントを行う二人以外は亜空間の外から様子を眺める仕組みになっている為、ミーシャさんとライトア様の姿は無い。

「というわけで、よろしくお願いしますね、鋼さん」

「はい、エルノアお姉様」

 もう既にミーシャさんとエルノアさんで合わせて五回のイベントを行っているが、それでも照れ臭い。そういうのが面白いゲームなのかもしれない。

 エルノアさんが目を細めて、にこにこした表情で近くの椅子に腰掛ける。

 一体何をする気なのだろうと思っていると、

「鋼さん、私のお膝の上に座って下さる?」

「えっと……」

「あら大丈夫よ、警戒しなくても。ルール設定でいやらしい行為は禁止にしておいたでしょう?」

「いえ、警戒しているわけではないのですが……」

 エルノアさんは十歳の女の子として鋼を見ているのかもしれないが、鋼にとっては、エルノアさんは同年代の少女なのだ。その膝の上に座るというのは、凄く抵抗がある。

 少し前にブレイズ先生にも同じようなことをして貰ったことがあったが、あれだって結構恥ずかしかったのだ。

「だったらいらっしゃい。これはそういうゲームなんだから。ね?」

 同年代の少女なのにとても大人びて感じられる、落ち着いた笑顔を浮かべるエルノアさん。

 そんなエルノアさんを見ていると、いいのかなと思えてしまって、鋼は目線を逸らしながらも「はい……」と頷いてしまう。

 エルノアさんに近付いて、恐る恐る膝の上に腰掛ける。

 今日の内にミーシャさんと近付くことが何度かあったが、それとはまた違う緊張が鋼の中を走る。

 と、そこへいきなりエルノアさんが鋼の腹部の辺りに両手を回して来て、

「ひゃっ!?」思わず変な声を上げてしまう。

「あら、驚かせてしまったかしら?」

 そう言って、エルノアさんは優しく鋼を自分の方へと抱き寄せる。

「え、エルノアさん、何を?」

「何って、親交を深めてるのよ。私なりに、ね」

「~~っ」

 エルノアさんに抱かれていることを意識してしまい、身体が強張る。

 意識するなと自分に言い聞かせる程、逆に感覚が敏感になる。

 触れているエルノアさんの太腿の柔らかさや暖かさ、背中に当たる大きな膨らみ。ライトア様に似た優しく甘い匂いもする。

 ドキドキして全身が熱くなる。心臓が早く大きく脈打つ。

 触れている背中からエルノアさんにも伝わってしまっているのではなかろうか。そう思うと恥ずかしくて振り向けない。

「あのね、鋼さん」

「は、はい、何でしょう?」

「私ね……前から鋼さんみたいな妹が欲しかったの」

 ぎゅーっと強く、しかし優しく抱き締められる。そういえば魔法少女に覚醒したばかりの時に、母さんにも似たようなことをされたのを思い出す。「新しく娘が出来たみたい」と嬉しそうな顔をして。鋼はとても喜べなかったけれど。

「でも、お姉様……私は、本当は男で……」

「ええ、そうでしたわね。だから最初は、そのことと見た目が可愛いなぁって理由で興味を持ったの。でもね、こうして一緒に居ると、もっと一緒に居たいなぁって思わされるの。鋼さんみたいな妹が出来たら、毎日がもっと楽しくなるんだろうなぁって。本当よ?」

「お姉様……」

 そんな風に思ってくれたのか。ドキドキの熱さとは別の、温かさが胸にじわりと染み込む。

「その……ありがとうございます。そんな風に思って下さって」

「それでね、だからってわけじゃないんだけど……ライトア母様が呼んでいるように、私も鋼さんのこと、『鋼ちゃん』って呼んでもいい?」

「ええ、勿論。お好きに呼んで下さい」

「うふふっ、嬉しい。鋼ちゃん」

「はい、何でしょう」

「呼んでみただけ。鋼ちゃん」

 繰り返し口にするエルノアさん。照れ臭いから言えないけれど、鋼もお姉ちゃんが出来たような気分になった。

 そんなどこか甘い雰囲気に浸っていると、

「だーもう、ずるいずるいずるいー!」

 パリーンというガラスの割れるような甲高い音がして、亜空間の一部が割れ、そこからライトア様が大声で喚きながら現れた。

「ちょっ……お母様、何をしていらっしゃるの!? ゲーム空間に侵入とか、普通にルール違反ですわよ! というか、どうやったんですの!?」

「嫉妬パワーよ! とにかくもう我慢ならない! 私と鋼ちゃんのイチャイチャは邪魔しておきながら、自分だって鋼ちゃんとイチャイチャしてー!」

「お母様のイチャイチャと一緒にしないで下さい! というか、そういうゲームでしょうこれ!」

「とにかくもう我慢ならないわ! 私の欲求不満ゲージはもうとっくに頂点を振り切ってるのよ! さあ鋼ちゃん、お姉さんと今すぐにイチャイチャしましょう! またと~っても気持ち良くして差し上げますわ……!」

 一歩近付いて来る度、ズンズンと魔力の波動が足元から噴き出る。先刻みたようなエメラルドグリーンのオーラがライトア様の全身から発せられていた。両手の十指がそれぞれ別の生き物であるかのようにワキワキと動き、瞳には妖艶な光が鈍く輝いている。

 鋼はそれを見て背筋が震えた。

 これは……捕食者の目だ(性的な意味で)。

 エルノアさんが立ち上がって、鋼を背後に隠す。

「鋼さんには触れさせませんわよ」

「どきなさいエルノア。さもなければ、例え娘であろうとも容赦しなくてよ」

「退場ー!」

 人差し指と親指を加えて、高らかに口笛を鳴らすエルノアさん。

 すると、亜空間の壁を突き破って、無数のメイドさん達が飛び込んで来る。

 魔法少女化した幼い外見のメイドさん達はそれぞれサブマシンガンだったりガトリング砲だったりバズーカ砲だったりと重火器で武装をしていた。というか不思議なもので、メイドさん達は魔法少女になって色とりどりのドレスに身を包んでいるにも関わらず、ドレスには一目でメイドと分かる意匠が施されていた。メイドさんは魔法少女になってもメイドさんなのだ。

 しかし、そんな中で一人だけメイドには見えない魔法少女が居た。二丁の拳銃を構えた、黒っぽいドレスを纏った魔法少女。ショートヘアーで、背丈は鋼と同じくらいなのに、その横顔は可愛らしくも恰好良く、凛々しい。

 もしかしてこの子は――

「ノワール様?」

 と、彼女は鋼の方を見て、「大丈夫?」と言わんばかりに小首を傾げて微笑む。

 ――ああ、やっぱりノワール様だ。十歳の姿になってもイケメンオーラが消えない。

 ノワール様は二つの銃口をライトア様に向けながら言った。

「ライトア、これ以上鋼さんに失礼なことは許さないよ」

「ノワールちゃん、悪いけど、あなたが立ちはだかったところで私の欲情は止まらなくてよ」

「それは妻である私に向ければいい」

「人間、たまには別の物が食べたくなるものでしょう?」

 妖艶に微笑むライトア様は、底知れぬ色気が感じられ、一度油断すれば飲み込まれそうで怖い。ところで、魔法少女に変身していないのに、ライトア様はどうしてこんなにも強大な魔力を発せられるのだろう。

「浮気性なのは今更だけど、相手が鋼さんっていうのはどうしたって許容出来ないね。だから――」

 ノワール様が拳銃の引き金を引くのと同時に、ライトア様が獣のような動きで飛び掛かる。

「攻撃開始!」

 ノワール様が叫び、メイドさん達が一斉に重火器を撃ち放つ。

「ふしゃあぁぁぁ――っ!」

 ライトア様が吠える。

 亜空間は一気に戦場と化した。




「ライトア母様が魔法少女に変身しなかった理由?」

「ええ」

 激戦が終わり、「次こそは鋼ちゃんと……ぐふっ!」と言いながら気を失ったライトア様を、ノワール様がお姫様抱っこして、「またこいつが暴走したら呼んでね。鋼さんがどこに居ても、すぐ駆け付けるから」と爽やかな笑みを浮かべて去っていた後。

 鋼は疑問に思ったことを聞いてみた。ライトア様が魔法少女に変身しなかったことについてだ。

「あれはまぁ、お母様の特異体質ならではと言うのか……魔法少女は十歳の身体が魔力の毒に対して最も高い耐性を持つからとされてますけど、お母様が暴走している時はあれが自然体だからなのか、幼くなったりはしないのよ。代わりに、暴走時は肌つやだったり胸の張りや大きさだったりが強化されたりするわね……娘の私でも怖いくらいに」

 若干うんざりとした顔で言うエルノアさん。ちょっと新鮮な表情だと思った。

 亜空間はもう既に解除されており、エルノアさんの横にはミーシャさんが座っている。

「結局、ゲームも途中で終了になってしまったな」

「全く、ライトア母様のせいですわ。口直しに休憩しましょうか。私、紅茶とお菓子を持ってまいりますわ。あっ、鋼ちゃんは紅茶は飲めますかしら? それとも日本のお茶とかの方がいいかしら」

「お構いなく。お姉様達と一緒で大丈夫ですよ」

「そう、良かった。待って居らしてね」

 部屋から出て行くエルノアさん。

 と、そこで初めて気付いたのだが、

(エルノアさんが居ない間、ミーシャさんと二人きりじゃないか……!)

 お姉様ゲームでイベントを行う時も二人きりになることはあった。ただ、あの時は亜空間の外でエルノアさんとライトア様が居るから安心していたし、ミーシャさんと接するにしても『ゲームをしている』という建前があったから何とかなった。

 しかし今はそれが無い。ミーシャさんと話す理由は無いし、何を話せばいいのかも分からない。

(困ったな……)

 ミーシャさんは手持ち無沙汰になったのか、お姉様ゲームで使ったイベントカードを手に取って眺めている。

(何か話さないと。話題、話題……)

「ミーシャお姉様は、どうしていつも無表情なんですか」とはさすがに言えない。一番聞きたいことではあるけれど。

 一緒に居て気付いたことだが、ミーシャさんはあの無表情の裏で色々考えているように思う。喋る時は喋るし、感情が何気ない仕草に見え隠れする。

 ただ仮面を貼り付けたかのように、表情は微動だにしない。

 今こうしてお泊り会に来ていて、それが楽しいのか、楽しくないのか、ミーシャさんから感じ取ることは出来ない。

 色んなことを考えて、何も言えずに居ると、ミーシャさんが先に口を開いた。

「鋼」

「は、はい!」

「ライトア様もエルノアも、お前に触れている時は楽しそうだったな」

「え? そ、そうなんでしょうか」

「……」

 ミーシャさんはそれからまた黙り込んでしまう。

 質問の意図はよく分からない。ただ、エルノアさんとライトア様に触れられた時のことを思い出すと、顔が熱くなる。

 少しして、ミーシャさんは言った。

「……鋼、私も抱っこしてみていいか?」

「ど……」

 びっくりした。見ると、ミーシャさんは前髪を弄っている。視線はイベントカードの方に向けられ、もう片方の手は山札を捲って、横に置くの繰り返し。

「どうして……ですか?」何となく聞いてみた。 

「気になったから。……駄目か?」

「駄目ってわけでは……ないですけど……」

「そうか。……じゃあ、嫌じゃなければ」

 ミーシャさんが山札を捲る手を止める。視線が鋼の方に向けられる。

 その瞳は鏡のようで、鋼の姿が映るだけで、その奥にどんな感情があるのかは見ることが出来ない。

 彼女の唇が言葉を紡ぎ出す。

「ここに座って」




 ライトア様やエルノアさんに抱き締められた時もドキドキしたけれど。

 ミーシャさんに対しては、抱き締められる前から既にどくんどくんと心臓が脈打っていた。

 彼女に促されるまま、そんなに大きくない一つのクッションに背中を向けて座る。どんな座り方をしたらいいか分からないから、とにかくお尻が乗るように控えめに腰を下ろす。

 すっとミーシャさんが背後から寄り添ってきて、お腹に両手が回される。そうして。

 ――ぎゅっ。

 ゆっくりと加減を確かめるように、抱き寄せられる。

 一際大きく心臓が脈打って、触れたところからじんわりと熱くなって、変な汗が出て来る。

 エルノアさんの身体は温かかったけれど、ミーシャさんの身体は熱かった。

 何が違うのかは分からない。ただ、熱い。熱くて汗が出る。

 振り返ったわけじゃないのに、ミーシャさんの匂いがする。汗ばんだ甘い匂い。

 背中にはミーシャさんの柔らかな膨らみ。同じような目に遭ってもこればっかりは慣れない。自分が男だからだろう。

 お腹と背中を圧迫されているからだろうか。息が苦しい。吸うのも吐くのも上手く行かない。厚い布団に包まった時のような息苦しさだった。

「その……」

「……」

 息が続かず、一度落ち着けてから再度口を開く。

「……どうですか?」

 ミーシャさんは答えない。

 代わりに、抱き寄せる手の力が強まった。

「っ……」

 背中から圧迫が大きくなって、息が漏れる。苦しい。

 触れている場所の温度が更に高くなる。熱い。汗が出る。

 ミーシャさんの息遣いが聞こえて来る。距離が近過ぎて、振り返ることは出来ない。

「ミーシャさん……苦しいです……」

 そう訴えると、手の力が弱まる。

 しかし、やはり返事は無かった。息遣いだけが聞こえていた。

 しばらくして、

「ん……もういい」

 と言って、ミーシャさんの手が離れる。

 鋼がどうしていいか分からず座ったままで居ると、ミーシャさんの方が立ち上がって、鋼がこっちへ来る前に座っていたクッションへと移動する。

 そのタイミングで部屋の扉が開いて、エルノアさんが戻って来た。

「二人ともお待たせ……って、あら?」

 紅茶セットの載った盆を持ったまま、首を傾げて、

「二人の座っている場所、交換したの?」

「まあな」と何事も無かったかのように答えるミーシャさん。

 それに反して、鋼は未だ気分が落ち着かずに居た。

 ミーシャさんに触れていた腹と背中が熱いままで、戻らない。

 ライトア様の手が離れた時はあっという間に戻ったのに。

 今の方が、魔法にでも掛かっているかのように胸がドキドキし続けていた。




 紅茶を飲んで、お菓子を食べながら、また雑談に花を咲かせて、その後に今度は三人で幾つかのゲームをして楽しんだ。

 そうしている内に日が落ちて、「晩餐の用意が出来ました」とメイドさんが呼びに来た。

 食堂に案内されると、ライトア様とノワール様が居て、

「鋼ちゃ~ん! ほら、私の横に座って! 一緒に食べましょう! ね?」

 と投げキッスまでされて猛烈なアピールを受けたが、「却下」というエルノアさんの満面スマイルで、エルノアさんとミーシャさんを両隣の席にしながらの食事となった。

「そう言えば鋼さん、来た時に貰った調味料なんだけど」とノワール様が切り出す。

「あっ、はい」

 絶対にウケる贈り物から大丈夫、と母さんから持たされた贈り物で『食べるラー油』――父さんが好んでよく使うやつを三個セットの綺麗な箱詰めで持って来て、最初に顔を合わせた時にお渡ししていたのだが……。まさか駄目だった?

 ノワール様は爽やかに微笑んで、

「早速使ってみようと思って、白米を炊いておいたんだ」

「ええっ!?」

 予想外の展開になった。

 見る限りイルミエールの高級品ばかりが並ぶ豪勢な食卓に、『食べるラー油』とほかほかの白米。

 その浮いた光景に、鋼は結構な不安を煽られる。

「「「命に感謝して」」」

 とイルミエールの習慣である、胸の前で手を組むお祈りをしてから食事が始まり、鋼以外の四人が食べるラー油を乗せた白米を口に含んだ。

 その全員に見えない衝撃のようなものが走ったのを、鋼は何となく感じ取る。もしかするとそれは、魔力の波動のようなものだったかもしれない。

 直後、ノワール様がポロリと箸を取り落とした(ちなみにイルミエールでは、箸も使う)。片手で顔を覆う。

「ノワール様!? お口に合いませんでしたか!?」

「いや……ごめん、ちょっと驚いただけなんだ。カルチャーショックって言うのかな。まさかこんな――」

 ツーッとノワール様の頬を涙が伝った。

「こんな凄い調味料を今まで知らなかっただなんて……! 自分の無知さが情けない……!」

「そこまで!?」

 ライトア様が「あらあら」と微笑みながら、

「気にしないでね、鋼ちゃん。ノワールちゃんは涙腺緩いから、ちょっとしたことで泣いちゃうのよ。この前なんかね、図書館で借りた本を読んでて、内容が予想外にホラーだったんだけど、そのあまりの怖さに夜中にトイレ行けなくなっちゃって――」

「ちょっ……それ以上言うなぁぁぁーっ!」

 ノワール様が驚いて立ち上がり、顔を赤くしながらライトア様の口を塞ごうとする。

 しかしライトア様は、ノワール様の両手を掴んで防ぎつつ、

「いいじゃない今更。威厳を気にしたって仕方無いでしょう?」

「お前は気にし無さ過ぎだ! 少しは自分の行動を省みて恥じろ!」

「それにしても、この『食べるラー油』、凄く癖になる美味しさね。思っていたより辛くないし、何にでも使えそうだわ。素敵なプレゼントをありがとう、鋼ちゃん」

 はむっと食べるラー油を乗せた白米を食べながら、ライトア様は微笑む。

 エルノアさんは思っていたより食べる方らしく、「本当に美味しいわ。お代わり頂けますか?」とメイドさんに茶碗を差し出している。

 ミーシャさんは特に何も言いはしなかったが、エルノアさん以上にお代わりを繰り返して、ぱくぱくと食べるラー油を添えて白米を口に運び続けていた。

 ――本当にウケが良い……!

 食べるラー油、恐るべし。覚えておこう。 

「時に、鋼さん」

「はい」

 ノワール様に呼ばれたので返事をする。

「お母さん――ガーディアは元気にしてるかい?」

「ノワール様は、母とお知り合いなんですか?」

「うん、学園の高等部に居た時のクラスメイトなんだ。ライトアもね」

「そうだったんですか。申し訳ございません、そうと知っていれば、母に色々と伝えて置いたんですが……実は今日ここに来るまで、お恥ずかしいことに、エルノアさんとミーシャさんの苗字さえ知らなくて」

「あら、そうだったの?」とライトア様が目を丸くする。「エルノアが何度も鋼さんのことを話していたから、てっきり仲が良いものだと思っていたのだけれど」

 ライトアさんが微笑んで、

「今朝までほとんど話したことが無かったのですわよね。今になって改めて思い出しましたわ。半日でこの一ヶ月が何だったのかってくらい、仲良くなってしまった気がしますけど。ね、ミーシャちゃん?」

「ん……」ミーシャさんはちらと鋼を見てから、「どうだろうな」と言って、白米に視線を戻し、食べるのを再開する。

 鋼としても、エルノアさんとは大分打ち解けたように思うが、ミーシャさんとは正直どうなのか分からない。

 来週今度は山に行こうと約束した時は、少し良い感じではないかと思っていたのだけれど、二人きりになって抱き締められてからまた分からなくなってしまった。

 鋼が苦しくなるくらい、ミーシャさんは抱き締める腕を強く絡ませて来た。そのまま押し潰されるんじゃないかと怖くなる程だった。あの時、ミーシャさんは何を考えていたのだろう。あの強い腕の力には、確かに感情が篭っていたはずだ。

 そこまで思い出して、同時に感じた消えない熱さが蘇って来る。苦しいのに、決して嫌じゃない熱さ。

 と、エルノアさんが顔を覗き込んで来て、

「鋼ちゃん、どうかした? 顔が赤くなってるわよ」

「い、いえ、何でも無いです」

「そう? 具合が悪くなったりしたら、遠慮なく言ってね」

「ありがとうございます」

 これ以上考えると、何も手が付かなくなってしまいそうだったので、鋼は思考を中断して食事を楽しむことにした。




 ミーシャさんはあれからもずっと変わらずに居る。

 だから鋼は思ってしまう。二人きりで抱き締めて来た時、ミーシャさんは特に大きな感情など抱いていなかったのではないかと。鋼が勝手に一人で意識していただけで。

 単純に、エルノアさんとライトアさんが同じようにしていて些細な興味を持っただけなのかもしれない。

 食事の後、エルノアさんの部屋で過ごしながらそんなことを考えていると、メイドさんがやって来て

「入浴の準備が整いました」と教えてくれる。今日最初に来た時に案内してくれたメイドさんだった。

「お風呂の準備が出来たみたいだから、鋼ちゃん、お先にどうぞ」とエルノアさんに勧められ、鋼はメイドさんに再び案内して貰い、風呂場へと向かうことにした。 

「こちらが当家の大浴場となっております」

「わざわざ案内までして頂き、ありがとうございました」

「いいえ、お役に立てたようで何よりです」

 会釈をしてから、大きな扉を開けて更衣室に入る。

 ここまで歩いて来た廊下もそうだったが、更衣室も尋常じゃ無く広くて、いつだったか家族で行った旅行先で泊まったホテルのそれよりも大きい。

 更衣室の細かい部分は向こうの世界と一緒であるようで、一つ一つのスペースがやたら大きいという以外は、お馴染みの着替えを入れる籠が置いてあって、ほっと一安心。

 服を脱いで、そのままいつものように籠の中へ放り込もうとしたところで、何となくマズいかなと思い直して、一つ一つ綺麗に畳んでから籠に入れる。一応、貴族の屋敷に来ているのだし、少女の姿で居る以上、出来る範囲でお嬢様らしくしようと思う。そういう意味では、こっちの世界に馴染んで来たと言えるかもしれない。

 ハンドタオルを右手に、持って来たシャンプーとトリートメント等を左腋に挟んで浴場へと向かう。これまた大きな扉を潜って、湯気の立つ浴室に入ると、やはり中は想像以上に広かった。泳いでも困らない面積の浴槽に、広過ぎて逆に落ち着かなそうな複数の洗い場。

 鋼はその一番隅っこの椅子に腰掛けて、家から持参したシャンプーとトリートメントを置く。それから小さなケースに入れた歯磨きセットを眺めて、

(こっちのお風呂って、洗い場で歯を磨いても大丈夫なのかな……)

 と悩む。失礼に当たらないだろうか。出てから洗面所で磨いた方が無難か。

 とりあえずシャワーで頭を濡らして、シャンプーを泡立てて髪を洗い始める。魔法少女としての髪は地味に長めで、洗うのが大変だ。「せっかく綺麗な髪なんだから、トリートメントも使ってきちんとケアしなさい」と言われているので、男の時よりもかなり時間が掛かる。

 最初の頃は面倒で仕方が無かったが、美飛さんがいつも綺麗な髪をしているので、最近はお嬢様学校に通っている以上、自分もちゃんとやらないとなと思うようになった。

 髪だったり身体だったりを綺麗に保つ魔法が使えるようになれば楽なんだろうけど、鋼はそれ以前に魔力の制御すら出来ない状態だ。時間を掛けて、手で洗うしかない。

 と、その時だった。浴室の扉がガラリと開いて、誰かが入って来る。

 驚いて振り返ると、そこに居たのは――

「え、エルノアお姉様!?」

「鋼ちゃん、お待たせ~」

「ど、どうして? ひゃっ!?」

 前髪から泡が垂れて来て、目に入ってしまう。痛くて、目を瞑る。

「大丈夫、鋼ちゃん? 今流してあげるわね」

 エルノアさんが足早に近付いて来て、シャワーで鋼の目元を流してくれる。

「ご、ごめんなさい。でも、どうしてお姉様が? 私が出た後に入るんじゃなかったんですか?」

「あら、私、そんなこと言ったかしら? 入る準備があるから、お先にどうぞとは言ったけれど」

「そ、そんな……!」

 洗い流して貰って目を開くと、エルノアさんの艶やかな肌色の裸体が視界に飛び込んで来る。圧倒される大きさの胸と、柔らかく括れた腰のライン。違う意味で目を瞑らざるを得なかった。

「あら、まだ目が痛い?」

「そ、そうじゃないんです。その、知っているかどうか分かりませんが、向こうの世界では男性と女性

は普通一緒に入浴したりしないので、かなり恥ずかしいというか……!」

「え、そうなの? 日本にはイルミエールと同じように、裸の付き合いというものがあると聞いていたのだけれど」

「それは同性同士の話なんです。とにかく、私は一度上がりますので!」

 エルノアさんの方を見ないようにしながら、急いで更衣室に向かおうとする。

 ところが、エルノアさんはそんな鋼の腕を掴んで来て、

「待って」

「は、はい?」

「まだ髪が泡だらけじゃない。恥ずかしいのは分かったけど、まずは一度落ち着いて。ね?」

「……わ、分かりました」

 そうして鋼が洗い場に戻り、椅子に座ると、エルノアさんが「中途半端じゃ気持ち悪いでしょ。洗い直してあげるわね」とシャンプーを泡立てて、背後から鋼の髪を洗う。

 魔法少女に覚醒して、イルミエールの病院から帰って来たその日に、母さんが「女の子の髪はこうやって洗うのよ」と教えてくれたのを思い出す。

 やがてシャワーで綺麗に全部洗い流して貰い、トリートメントもやって貰って、「出来たわ」とエルノアさんが微笑む。

「あ、ありがとうございます」

 時間が経って少し落ち着きはしたが、エルノアさんの方はやっぱり見れない。

「ねえ、鋼ちゃん」

「はい」

「まだ身体も洗って無いし、お風呂にも浸かってないんじゃない?」

「はい……でも、エルノアさんが上がってから、後で入り直そうと思うので」

「それじゃあ風邪を引いちゃうわよ。このまま一緒にお風呂に入るのは、駄目なの?」

「駄目ってわけではないんですけど……」

「うん」

「その……見た目こそ女の子になっちゃってますけど、心は日本で育った男のままなので、恥ずかしさと、守らなければいけない一線を越えてしまうような後ろめたさがあるっていうか」

「なるほどね……」

 エルノアさんがしばし沈黙する。何かを考えているようだった。

 やがて、細めていた目を開いて言う。

「鋼ちゃん、なら今日は女の子になっちゃいなさい」

「え?」

「自分が男の子だとか、そういうことは全部忘れて、この家に居る間、女の子になるの。身体はちゃんと女の子なわけだし。後は心の持ちようでしょう?」

「い、いきなりそんなこと言われても……」

「別に恥ずかしいなら恥ずかしいままでいいのよ。ただ、男だからとか、そういう面倒な線引きはしなくてもいいってこと。ライトア母様も、ノワール母様も、鋼ちゃんのこと気に入ったみたいだから、変に遠慮なんかしなくていいわ。そっちの方が楽しいでしょう?」

「でも、どうしたらいいか……」

「だから、まずは私と一緒に裸の付き合いをしましょう。身体を洗って、ゆっくりとお湯に浸かって、疲れを癒すの。簡単でしょ?」

 あくまで優しく微笑みながら言うエルノアさん。何でも受け入れてくれそうな柔らかな雰囲気に、心が揺らぐ。

「……いいんでしょうか?」

「鋼ちゃんは恥ずかしいかもしれないけど、少なくとも私は、鋼ちゃんと今、お風呂タイムを楽しみたいって思っているわよ? 鋼ちゃんは私とお風呂に入るの、嫌?」 

「……嫌じゃないです」




 そうして。

「ふぅ~、いいお湯加減だわ」

「……」

「鋼ちゃん、やっぱり恥ずかしい?」

「はい、すみません」

「ふふっ、可愛い」

 全部洗い終わった後で、二人並んでお湯に浸かっていた。

 もちろんハンドタオルを湯に浸けるわけにはいかないので、互いに一糸纏わぬ姿でだ。

 ピチョンとどこかで雫の落ちる音がして、

「鋼ちゃん、私、実は一つだけ嘘をついたわ」

「嘘?」

 一体何だろう。

「お先にどうぞって、鋼ちゃんを風呂場に来させたのはわざとなの。で、ミーシャちゃんにはライトア母様が鋼ちゃんを襲いに行かないように見張って来るって言って、部屋を抜け出して来たってわけ」

「どうしてそんなことを?」

「鋼ちゃんに話して置こうと思ってね。ミーシャちゃんが隠したがってること」

「それって一体……」

「ほら、自己紹介した時にミーシャちゃんの一族に伝わる技術の話をしようとして、止められたでしょう? あれのこと」

「でも……話しても大丈夫なんですか?」

「いいのよ。もともとその為に、お泊り会をしようと思ったんだから」

 それはつまり、エルノアさんはミーシャさんの為に、鋼を家に招いたということだろうか。

 エルノアさんは続ける。

「それに、言う程大した秘密では無いのよ。ミーシャちゃんの一族ってこっちの世界では結構有名だしね」

 アームネル家。暗器を使う魔法少女の一族。

「ミーシャちゃんって、いつも無表情でしょう?」

「ええ」

「さすがに気付くわよね。あれって、作ってやってるのよ。アームネル家が暗器を使う上で敵に次の手を読ませないようにする為に作る、意思の動きを感じさせない表情。それがあれなの」

 ――そうか、向こうの世界で言う『ポーカーフェイス』ってやつだ。

 ミーシャさんに対する、複雑に絡まってぐちゃぐちゃになった糸のような考えが、解き目を見つけられたような気がした。

「ただ、ミーシャちゃんって昔から人見知りで、不器用だから、元々感情表現が苦手なのよ。そんな子だから、無表情を作る技術が恐ろしい程ぴったり嵌まっちゃってね。技術を身に付けた時から、逆に他の表情を上手く作れなくなっちゃったのよ」

 二重の無表情。そんな言葉が頭に浮かんだ。

「で、当然、ミーシャちゃんが何を考えてるのか周りには分からないし、本人も他人と接するのが苦手なのをこじらせて、歳を経るごとに素直じゃ無くなって。友達も凄く少ないのよ。居ないわけではないんだけどね」

「……エルノアお姉様は、ミーシャお姉様のこと、ちゃんと分かってらっしゃるんですね」

「これでも一応、幼馴染みだからね。性格は素直じゃないけど、根は悪い子じゃないのよ。だから私としては、誤解しないであげてくれると嬉しいわ」

「はい」

 鋼は笑顔で頷いてみせた。

 そこで再び、ガラリと扉の開けられる音。続いて、淡々としながらも冷たい声が浴室内に響く。

「エルノア……」

「あら、どうしたのミーシャちゃん?」

 全裸のミーシャさんがそこに立っていた。やたら堂々としていたエルノアさんと異なり、ハンドタオルで大事な所を隠すようにして近付いて来る。それでも鍛えているのが分かる健康的な腿だったり、二の腕だったり、隠し切れない大きさの胸だったりが見えて、鋼は反射的に目を逸らしてしまう。

 中世的なイメージのミーシャさんだが、やっぱり女の子なのだと思った。

「どうしたのじゃないだろう。何故ライトア様を見張る為に出て行ったはずのお前が、鋼と一緒に入浴している?」

「だからこうして見張ってるんじゃない。鋼ちゃんの傍で、お母様が襲撃して来ても対処出来るように」

「言葉遊びをしているんじゃない。お前、何をしているか分かっているのか。鋼は男だぞ……」

「知っているわ。何か問題あるの?」

「向こうの世界では、女性は男性と一緒に入浴したりしないんだ」

「あら、随分と詳しいのね。勉強したの?」

「今そのことはどうでもいい。とにかく上がれ」

「お断りします」

「……言うことを聞け」

「聞く理由が無いわ。ここはイルミエールだし、鋼ちゃんとは合意の上で一緒にお風呂に入ってるのよ」

「合意だと……?」

 ミーシャさんが鋼に視線を向ける。

 エルノアさんと入浴していることに対して、やはり拭い切れない後ろめたさを感じているからか、鋼は言葉に詰まってしまう。

「その……」

「本当なのか?」

「……はい」

 ミーシャさんの目を見ることが出来ずに頷く。

 それに対して、ミーシャさんは何も答えなかった。

 エルノアさんが訊く。

「で、どうするの? ミーシャちゃんはお風呂に入らないの? その為にわざわざ服まで脱いで、ここに来たんじゃないの?」

「……」

「ひょっとして鋼ちゃんと一緒にお風呂に入るの、恥ずかしかったり?」

「そんなわけあるか」

 即答すると、ミーシャさんはざぶざぶと浴槽に入って、こちらに近付いて来る。

 鋼とエルノアさんの間に割って入るように、ミーシャさんは座り込んで、肩まで湯に浸かった。

「ちょっとミーシャちゃん、ちゃんと身体洗ってから入りなさいよー」

「そんなもの、ここに来る前に魔法で済ませてある」

「うわっ、情緒の欠片も無い」

「誰かさんが人を騙して、変なことしようとするからだ」

 ギロリと鋭い眼光を左右交互にバラ撒くミーシャさん。鋼は怖くて何も言えない。

「あらやだ、変なことって何を想像したのミーシャちゃん」

「……」

「やっ、痛たたたたたたた! ちょっと、無言で脇腹つねるの止めて! 謝るから!」

 と、その時だった。

 ピシャリと勢い良く浴室の扉が開いて、新手が現れる。

「ハーガーネーちゅわ~ん! お姉さんと一緒にお風呂に入りましょー!」

 投げキッスをしながら現れたのは、ライトア様。ハンドタオルを持っていても前を隠す気がまるでなく、二十代にしか見えない起伏と張りを持ったダイナマイトボディが上から下まで露わになっている。

鋼は慌てて視線を逸らす。

「……って、エルノアちゃんとミーシャちゃん!? 何故二人がここに!?」

「いや、お友達同士なんですから、普通にお風呂くらい一緒に入りますわよ。というか、お姉さんとか自分で言わないで下さい。そんな歳じゃないでしょ……」

「くっ……てっきり男の鋼ちゃんとは一線を置くものだと思っていたけれど、我が娘ながら意外とムッツリスケベよね……」

「ちょっと! 今、聞き捨てならない台詞が聞こえたような気がしたんですけど!」

「気のせいよ、ムッツリエルノアちゃん」

「気のせいじゃない! というか、名前と繋げて言わないで下さる!?」

「ムッツリエルノア……」

「ミーシャちゃんも言わないで!」

 そうしてエルノアさんの注意がミーシャさんに向けられた瞬間、

「隙あり!」

 ライトア様が豊かな胸を揺らしながら飛び上がった。

 ライトア様の身体は淡いエメラルドグリーンの魔力を発し、尋常じゃない跳躍で天井まで到達すると、今度はそれを蹴って方向転換と加速を行い、鋼に向かってダイブして来る。

「鋼ちゅわぁ~ん!」

「しまっ……!」

 エルノアさんが気付いたが、時既に遅し。

 鋼も一応全力で避けたのだが、ライトア様がお湯に入った際に、ざばーん! と凄まじい水飛沫が上がって目を瞑ってしまったのが失敗だった。

 目を開けた時には背後に回り込まれており、脇の下から両手を伸ばされていた。

「ていっ」

 むにゅっと胸を鷲掴みにされる。刹那、触れたところからライトア様の魔力が鋼の体内に流れ込み、腰が抜けるような甘美な衝撃が全身を駆け抜けた。

「ふあぁぁぁんっ!」

 恥ずかしげも無くそんな声を上げてしまうくらいに、強烈な感覚だった。

 ライトア様が揉んだり伸ばしたり引っ張ったりしながら、

「す、凄いわ……まるでマシュマロのような柔らかさなのに、垂れる様子も一切無く、圧倒的な張りと密度でしっかりと指を押し返して来る。肌触りといい、揉み心地といい、私が今まで触って来たどんなおっぱいとも違う……! この世とは思えない至福の感触だわ……! しかも十歳でこの大きさ! そうか、魔力! 鋼ちゃんの膨大過ぎる魔力を蓄えておくエネルギータンクとしての役割を兼ねているのね! 故にこの大きさ!」

「あっ……やっ……あぁんっ!」

 容赦なく揉まれ、様々な形に歪められる鋼の胸。

 鋼の腰は最初の鷲掴みで砕けてしまい動くことが出来ず、腕で抵抗しようにも胸を揉まれる度に痺れるような快感が指先まで駆け抜け、今は脳も神経もすっかり麻痺してしまい、力が入らない。

 身体が火照り過ぎて、どこまでが自分の身体でどこからがお湯なのか分からないくらい感覚がとろけてしまっている。

 恥ずかしささえ気持ち良さに変わって行くような幸福感に、思考が支配されて行く。

「うふふっ、気持ち良いの鋼ちゃん? これからも~っと気持ち良くしてあげちゃうから……」

「はぁんっ……!」

 ライトア様の甘い声が鼓膜を、熱い吐息が耳たぶをくすぐる。敏感になった神経では、それすらも大きな快感に変わって、堪らず押さえようのない喘ぎが口から漏れてしまう。

 靄の掛かった視界に、鋼とライトア様を包む防御障壁の魔法陣を見ることが出来た。暴走したライトア様が展開しているものなのだろう。

 周囲の音すらも遮断しているらしく、障壁の外側でエルノアさんが何かを言っている姿が見えるが何も聞こえて来ない。

 と、ミーシャさんがどこから出したのか巨大なハンマーを障壁に振り下ろす姿が目に入る。

 ガラスの砕けるような甲高い音が響いて、障壁が砕け散った。

 余りの音の大きさに鋼は我に返る。

「失礼します、ライトア様」

 一瞬だけだが、ミーシャさんが魔法少女へと変身して解除し、横に展開した魔方陣から鎖が飛び出してライトア様をぐるぐる巻きにして拘束する。

「くっ、ミーシャちゃん、あなたが邪魔をするなんて!」

 ミーシャさんが鋼の手を掴み、ライトア様から引き剥がす。 

「今だ、エルノア!」

「カムヒア、ノワール母様!」

 ピィーッ! と口笛を吹くエルノアさん。

 すぐに更衣室の方からドタバタと騒音が聞こえ、

「無事か! 鋼さん!」

 ノワール様が扉から射出されるがごとく、凄い勢いで浴室に転がり込んで来た。ズザァァァ――ッ! と股を大きく開いてスライディングしながら停止する。まるで映画でも見ているかのような格好良い登場の仕方だと思う。

 ――全裸でなければ。

「ノワール様!? 何故裸っ!?」

 正気に戻った鋼は思わず両手で視界を塞ぐ。

 ノワール様は律儀にハンドタオルまで持って来ていた。

「ライトア! どうしたんだ一体! 可愛い子を見るとはしゃぐのはいつものことだとして、今日は幾ら何でもしつこ過ぎるぞ!」

「そうね……けど、自分でもどうしようないのよ。だって……可愛いだけならまだしも、鋼ちゃんの場合、やたらエロくてムラムラが止まらないんですもの!」

「相手は十歳の子供だぞ!」

「十歳だからエロいのよ! 主におっぱい!」

 そうしてどちらからともなく地を蹴り、大浴場は戦場と化す。

 途中幾度と無くライトア様に狙われ、ノワール様がそれを防ぐのを繰り返す内に――

「ふぃ~」「ふぅ」

 両者共に疲れ果てたのか、鋼達と五人並んで入浴を共にすることとなった。

 鋼としては美女四人に囲まれている状況であり、目のやり場に非常に困る。

 どっちを向いても魅惑の美女。総じてスタイルも良く、唯一の異性である鋼は顔を赤くせざるを得ない。

 横に座ったノワール様は中性的だが、ミーシャさんとはまた違った魅力を放っている。上手く言えないが大人の女性という感じで、訓練によるものか洗練された身体は引き締まっている。これはライトア様にも言えることなのだが、二十代くらいにしか見えない美しさだった。しかし、ノワール様の大人っぽい雰囲気は歳相応のものに見え、成人した身体に合ってとても色っぽい。特に胸の大きさは驚くことにライトア様よりも上だった。どうやら着痩せするタイプらしい。

 いずれにしても裸のノワール様は色っぽさが尋常じゃ無く、鋼は隣に座るだけでドキドキしてしまっていた。

 ノワール様が鋼の様子に気付いたらしく、顔を覗き込むようにして来て、

「鋼さん、大丈夫かい? 顔が赤いみたいだけれど……」

「だ、大丈夫です」

 ノワール様の豊満過ぎる胸が目の前に来て、鋼はその迫力に思わず後退さる。

 ライトア様がクスリと笑って、

「あら、駄目よ、ノワールちゃん。鋼ちゃんはそんなに可愛くても男の子なんだから」

「うん? 男の子なのは知っているけど、どういう意味だい?」

「鋼ちゃんに近付くなら、その大きなおっぱいを隠すなり何なりしなさいってこと」

「?」

 それでも首を傾げているノワール様に、ライトア様が瞳をぱちくりさせて、

「まさか……ノワールちゃん知らないの?」

「知らないって、何をだい?」

「向こうの世界では、男性の方は女性と一緒にお風呂へ入ったりしないのよ?」

「え」

 ノワール様が目を見開いたまま、石化でもされたかのように固まってしまった。

「知らなかったのね。道理で裸でも堂々としていたわけだわ」

「は、鋼さん」

 ノワール様が油の切れたロボットのような動きで、鋼に首を向ける。

「な、何でしょう」

「本当なの? 男の人は女と一緒に入ったりしないの?」

「えっと……はい」

「絶対に!?」

 必死な形相で訊かれる。

「いや、絶対ってわけでは……ないですけど」

「どんな状況だったらお風呂に入ってもいいの!?」

「た、例えば――」

 鋼は口にする恥ずかしさ故に、若干躊躇しながらも、

「その……心に決めた相手とだったら、入ったりはします」

「心に決めた相手……!」

 ノワール様はしばらくショックを受けたような顔をしていた。

 やがて小さく肩が震え出し、何事かと思った矢先。

「くっ……うぅっ……!」

 ノワール様の瞳からぽろぽろと涙が零れ出した。

「ノワール様!?」「ノワール母様!?」「ノワールちゃん、ちょっ……どうしたのいきなり!?」

 皆驚く中、ノワール様は何かが決壊したように声を上げて泣き始める。

「ふぇえぇええぇええぇえんっ!」

「「「!?」」」

「ふわぁああぁぁああぁあんっ!」

 幼い子供が泣くような感情駄々漏れの泣き方だった。皆動揺せずには居られない。

「ぎゃーっ!? ノワール母様がライトア母様みたいに壊れたーっ!?」

「ちょっとエルノア! 私みたいにってどういうこと!? 私は泣いたりなんかしないでしょ!」

「感情に正直な点は一緒でしょ! 泣くか発情するかの違いで!」

「それもそうね」

「少しは否定して下さいお母様!」

 兎にも角にもノワール様を宥めることになった。ライトア様がノワール様を抱き締めて、「おー、よしよし」と頭を撫でる。エルノアさんはノワール様の背中を撫でている。ミーシャさんはノワール様の涙をハンドタオルで拭う。

 ライトア様が何で泣いたりしたのかと問うと、落ち着いて来たらしいノワール様が言う。

「妻も娘も居るのに、向こうの世界では普通しない、とんでもなくはしたないことを自分がしていると

思ったら、死ぬ程恥ずかしくて……!」

 何この可愛い生き物! と鋼は思ってしまった。口には出せなかったけれど。

 ライトア様が呆れたような顔をしつつ、

「いや、まあ、ここはイルミエールの世界だし、鋼ちゃんも見た目は可愛い女の子だし、一緒にお風呂入ったからって誰も責めたりしないって、うん……」

「でも、自分が恥ずかしいだけならまだいい。それだけじゃなくて――」

「え、まだあんの」

「私は鋼さんの純潔を傷付けてしまったも同然だ……!」

「へ!?」

 どういうこと、と鋼は思わずに居られない。

「向こうの世界では愛し合う男女なら一緒にお風呂へ入ってもいいのだろう!? ということは!」

 ノワール様は心底悔やんでいる顔で、ぺちっとライトア様の肩を叩く。「痛てっ」と小さくライトア様。

「鋼さんは今! 愛し合っていない女性と入浴を共にさせられているということじゃないかぁー!」

「うわっ、ウチの奥さん面倒くせぇーっ!」

 ライトア様が遠慮無く叫ぶ。

 鋼は慌てて、フォローに入る。

「だ、大丈夫ですノワール様! 確かに一緒に入ることが抵抗無いって言ったら嘘になりますけど、私は嫌だなんてこれっぽっちも思っていないので!」

「本当……?」

 同年代の少女のように、瞳をうるうるさせながら言葉を零すノワール様。

 ――やばい、ちょっと可愛い。……いやいや、そうではなく!

 鋼は頷いて、

「ええ! 皆さん美人なので、嬉しいと思うことはあっても嫌だなんて絶対に思ったりしません」

「でも私は、鋼さんの母親と同い歳で、全然若くないし……」

「そんなことありませんっ!」一際声を強めて、鋼は言う。「ノワール様は凄く美人です! 助けに来てくれた時、心の底から格好良いって思いましたし、裸で迫られた時は恥ずかしさに堪えられず後退ってしまうくらいドキドキしました! 私にとっては、ノワール様はとても魅力的な女性です!」

「は、鋼さん……」

 かあぁあぁっとノワール様の頬が赤く染まる。

 多分、同じくらい鋼も顔が赤くなっているだろう。母親と同い年の女性に好きですと告白をしたようなものだ。恥ずかしくないわけがない。

「えっ、ちょっと……何この甘ったるい空気?」

「の、ノワール母様? 妻も娘も横に居ましてよ?」

 ライトア様とエルノアさんが騒ぐが、ノワール様は答えず、鋼に近寄って来て、手を取る。

 吸い込まれそうに綺麗な琥珀色の瞳で、鋼を真っ直ぐに見て言う。

「鋼さん」

「は、はい。何でしょう」

「もし……今回、鋼さんの純潔に傷が付いてしまったことで、将来誰もお嫁さんになってくれなかったら――」

 ノワール様は、はにかみながら言った。

「その時は私が責任を持って結婚致しますから」

 周囲の声がぴたりと止まって、時間さえも止まったように静まり返る。ぴちょんと天井から雫の落ちる音だけした。

 直後、ライトア様とエルノアさんの大声が浴室を揺らした。

「「えぇええぇえええぇえええ――ッ!!?」」

 ライトア様がノワール様に詰め寄り、

「何言っちゃってんのノワールちゃん!? 私の目の前で!」

「お前だって私の目の前で散々鋼さんとイチャイチャしてただろう」

「だからってプロポーズはしちゃ駄目でしょ!」

「イルミエールは多妻制だし」

「とにかく駄目ったら駄目ー! ノワールちゃんと鋼ちゃんが結婚するくらいなら、私が鋼ちゃんと結婚するぅー!」

「いや、どっちも駄目でしょ!」エルノアさんが間に入って叫ぶ。

 鋼は胸がドキドキして、顔が燃えるように熱くなって、ノワール様の「結婚致しますから」という台詞が頭の中でぐるぐると回る。

(告白された……! 告白された……! 生まれて初めて……!)

 それも、付き合うのを飛び越して、プロポーズ。ただし、相手は母親と同い歳。けれど、とんでもなく美人で。

(……あれ?)

 頭の中が沸騰を続ける中、鋼は先程まで近くに居たミーシャさんの姿が消えていることに気付く。

 見回すと、彼女はこの状況に呆れでもしたのか、一人で先に浴槽から上がり、更衣室へ向かおうとしていた。

 ――俺も上がろうかな。

 どっちにしてもこのまま湯に浸かっていたら、のぼせてしまいそうだ。

 ミーシャさんが更衣室の扉に手を掛けたところで、一度振り返ってこちらを見た。

 それは遠目に、凄く鋭い視線に思えた。これまでにも同じような視線は感じて来たが、今回は違う。

 何か怒っている。冷たいというより、熱い眼差しに感じた。どうしてそう思うのか。

 考えて、気付く。ミーシャさんは無表情じゃなかった。

 眉間に皺が寄っていた。

 何で怒っているのか。いつから怒っていたのか。

 ノワール様が浴室に入って来て、ライトア様とバトル繰り広げて居たときは、鋼の前に立って、ハンマー片手にライトア様の接近から守ってくれていた。

 だとすれば、怒らせてしまったのはその後。

 鋼はミーシャさんを追い駆けようと浴槽から立ち上がる。が、その瞬間。

(……あ……れ……?)

 ぐらりと視界が回る。身体の自由が聞かず、視界が暗くなって鋼は湯の中に倒れ込む。

 しまった、既にのぼせていたのか。分かったところで、立ち上がれない。

 意識が離れ、暗い闇の中に沈んでいく。溺れるようにもがいてもどうにもならず、深く深く暗い底へと落ちて行く。

 そんな中で、自分の名前を誰かが叫んだ気がした。

 誰の声かも分からないまま、鋼の意識は完全に途切れた。

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