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前編『ハガネ、入学する』(下)

5/27 細かい箇所を修正

「それじゃあ師匠、お世話になりました」

 朝食を終えて一息吐いた後、鋼はブレイズ先生と一緒に登校することとなった。

 玄関まで見送りに来た母さんが言う。

「こちらこそ、とても楽しかったわ。近い内にまた来てね、ブレイズちゃん」

「ええ、近い内に」

「約束よ?」

 にこやかに言葉を交わす二人に、父さんは嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

 鋼はどんな表情を浮かべていただろう。自分では分からない。

 ただ、自分が魔法少女になれたことで、母さんと先生の間に繋がりが出来たというのなら……本当に、ほんの少しだけ、魔法少女になって良かったと思えた。

「二人とも行ってらっしゃい!」

「「行って来ます」」

 いつも以上に元気良く、嬉しそうに手を振って見送る母さんに返事をして、鋼は先生と転移ゲートを潜ってイルミエールに移動する。

 出た場所は桜に似た桃色の花弁舞うシーズン並木が続く道。先生が授業の準備をしなくてはならないからと、比較的時間の余裕を持って家を出て来たが、それでもちらほらと登校している生徒達の姿が見えた。

「あら、ブレイズ先生」

 と、背後から声を掛けられて振り返ると、高等部の制服を着た女子生徒二人がこちらにやって来る。

「ごきげんよう。今朝はお早いのですね」

「……ごきげんよう」

 二人順番に挨拶する。片方はふわふわとした巻き毛の少女で、いかにもお嬢様といった育ちの良さが漂う上品な雰囲気を纏っていた。

 もう一方の少女は、無表情で何を考えているのか読み辛い感じ。綺麗な顔立ちをしているのだが、表情が変わらないせいで精巧に作られた人形のようにも思えた。

 と、鋼の視線に気付いたのか、無表情の少女が目だけ動かしてこちらを見る。

 じーっという擬音が聞こえそうな程に凝視される。鋼が戸惑ってちらちら視線を逸らしても、彼女は瞬きするだけで、鋼から目を逸らさずにいた。

 先生が言う。

「ごきげんよう。エルノアさん、ミーシャさん。お二人はいつもこの時間に?」

「いいえ、今朝はちょっと早く目が覚めてしまいまして。なので、せっかくですからゆっくりとシーズンの並木道でも堪能しようと思いまして。こんなに綺麗なんですもの」

 ひらひらと落ちて来た花弁を手に取るエルノアさん。

「エルノアさんは、そういうの好きそうですものね。私も普段は気にしてませんでしたけど、今朝はとても綺麗に感じます。見慣れている景色なのにね」

 先生は丁寧口調で応対する。それを見て、やはりここはお嬢様学校なのだなぁと思う。

「なので、早起きして得した気分です。ところで先生、そちらの可愛らしい方はひょっとして……噂の転校生さんですか?」

 エルノアさんは鋼に柔らかな視線を向ける。ミーシャさんは先程からずっと視線を向け続けている。

「ええ、そうです。八島鋼。もう知ってるとは思いますけど、中身は十五歳の男の子なんですよ」

「まあ! 本当でしたのね! でも、可愛らしい魔法少女に変身する方は沢山居ますけれど、鋼さんはとびきりの美人さんですわね。何かこう、ぎゅーっとしたくなる愛くるしさと神々しい美しさが一体になってる感じで!」

 エルノアさんが目を輝かせながら、腰を屈めて鋼の視線と同じ高さで見つめて来る。

 そう言うエルノアさんも、鋼からすれば先生に負けず劣らずの美人さんに見えた。イルミエールの美人率は一体どうなっているのか知りたいくらい。

 ちょっとした仕草でも魅力的に感じてしまうから、鋼はすぐにドキドキしてしまう。

 とりあえず、母さんに教えられた魔法少女学園での挨拶を実行する。

「ご、ごきげんよう、エルノアお姉様。お初にお目に掛かります。八島鋼と申します。これからよろしくお願い致します」

 ちょっとスカートの裾を摘んで持ち上げ、頭を下げる。

 エルノアさんが「まあっ!」と驚いたように目をぱちくりさせて、

「何でしょう、聞き慣れた挨拶なのに、鋼さんにお姉様って言われた瞬間、何かこう胸がドキッとしましたわ! 男の方だからかしら?」

「エルノアッ!」

 と、その時、ミーシャさんが口を開く。大きな声だったので、鋼は驚いてしまった。

 驚いたのはエルノアさんも同じだったらしく、

「ど、どうしたのミーシャちゃん? そんな大声出して」

「……それ以上、その子と話すな」

「え? どうして?」

「いいから。こっちに来て」

「よ、よく分からないけど、ミーシャちゃんがそう言うなら」

 エルノアさんは立ち上がって、ミーシャさんの近くに行く。ミーシャさんは彼女の手を取り、「失礼します」と先生に一礼すると、そのまま去って行く。

 去り際に一瞬、鋼に視線が向けられる。その目には何か強い力が込められているように思えたが、それが何なのかは分からないままだった。

 鋼はただ、呆然と二人の後ろ姿を見送るしかない。

「先生」

「ん」

「俺は……嫌われたんでしょうか」

「……すまないな。私にも分からない」

 先生は素の口調でそう言って、鋼の頭に手を置く。撫でるわけでも叩くわけでも無い。そっと置いて、そのまま。

「私は魔法少女だが、人の心までは読めない。魔法にそういうのはあるが……私は使えない。エルノアはああやってよく私に声を掛けてくれるが、心の内でどう思っているのかまでは分からない。ミーシャは尚更な。表情があまり変わらないし、口数も少ない奴だから。あんなに感情を剥き出しにしたのを見たのは、今日が始めてだ」

「そうですか」

「あんまり気にするな。男って存在が珍しいだけなんだよ」

 先生の手の平は温かい。

 しばらくして「行こうか」と手が離れる。鋼は頷いて、二人で学校へと向かう。

 舞い散る桃色の花弁の中を言葉無く歩く。風が吹いてさぁっと木の揺れる音と、どこかで小鳥の囀る音が聞こえる。

 ふと、その中に混じって先生が「ありがとう、鋼」と口にした。

「え?」

「昨日、私はお前のおかげで、師匠と久しぶりに楽しい時を過ごすことが出来た。これまでずっと会わなかったのに」

 鋼はそのことを知っている。けれど、理由が知りたかった。

 先生がどんなことを考えて、母さんと距離を置いていたのか。

 だから、あえて聞いた。

「ずっと……会っていなかったんですか?」

「ああ。ちょっと、会い辛くてな。私から避けていた。七年もな。鋼は、ダークエルフがこのイルミエールでどんな立場か、師匠から聞いたことはあるか?」

「ええ、少し」

「そうか……私は、自分に自信が持てずに居た。師匠は私がダークエルフとか、そんなことを気にする人じゃない。だからこそ私を弟子にしてくれた。でも、私はそれでも、自分に自信が無かった。師匠が結婚することになって、幸せそうな姿を見た時、私は自分のことを場違いだと感じてしまった。一度会わなくなると、時間が経てば経つ程会い辛くなってな。気付けば七年も……馬鹿みたいに長い時間を過ごしてしまったよ。お前が魔法少女にならなかったら、死ぬまで会おうとしなかったかもしれない」

 先生は鋼に目を向けて、言う。

「だから鋼、お前には凄く感謝してるんだ。ありがとう」

「俺は何もしてませんよ。母さんが俺をダシにして、先生を家に招いたわけですし」

「そうでもないさ。私の下着姿を褒めてくれただろう?」

「いや、それはまた別の話じゃ……」

「同じさ。なぁ、鋼――」

 それまでと変わりない口調で、

「お前は自分が好きか?」

 唐突にそう聞かれた。

 鋼はそれに対して、何も言うことが出来なかった。自分でも驚く程、答えに困ってしまった。

 先生はやがて続ける。

「私は、自分があまり好きじゃない。昔からずっと。でも、師匠が昔、私を弟子にする時に、私のことを褒めてくれた。宝石みたいな綺麗な肌色ねって。私はそれがとても嬉しかった。……私の人生の目標は、いつか自分のことを好きになれるような自分になるってことなんだ」

「自分のことを……好きになる」

「鋼、何となくだけどお前は……自分のこと、あんまり好きじゃないだろう?」

「え?」

「私がそうだからなのかもしれないが、お前は自分に自信が無いように見える」

 ……そうだ、俺は自分のことが好きじゃない。

 嫌いって言う程、憎悪しているわけじゃない。ただ、決して好きじゃなかった。

 というより、特別好きって言えるようなものが俺には何一つ無かったように思う。

 俺は、両親が好きだ。父さんは優しくて、厳しくて、こんな大人になれたらって思う。母さんは変にテンションが高くて、悪戯好きで、それでも俺のことを想ってくれている。好きで、愛しい。

 ただそれは、当たり前のことだと思う。世の中には両親と仲の上手くいってない人も居るだろうけど、俺にとっては大事な家族だから好き、そういうごく当たり前の感情だ。

 他にも俺は、父さんの作るハンバーグとカレーが好きだ。母さんとトレーニングに出掛けた先で見る綺麗な朝日が好きだ。犬より猫が好きだ。でも、犬も可愛いから好きだ。美人な女性が好きだ。

 ただそれは、人間なら誰しも持っているであろう好き嫌いの範疇だと俺は思うのだ。

 要するに俺は、絶対にこれだけはと言えるような『好き』なことが無かった。夢中になれるような『好き』を持って過ごして来なかった。

 俺は高校に入学するに当たって、これからその『好き』を見つけられたらと思っていた。例えば、全身全霊を持って『好き』と思えるような女の子との恋だとか、情熱の全てを傾けられる『好き』な部活動だとか。

 そういうのを求めていた。

 けれど、そうなる前に俺は、魔法少女になってしまった。

 十歳の少女の姿になった自身を好きになることは、簡単じゃない。だって俺は生まれてからずっと、男として過ごして来たのだから。

 そして、こんなことを深く考えてしまう自分を、俺はあまり好きにはなれない。

「……先生の言う通り、俺は自分のこと……あんまり好きじゃないです」

「そうか」

 先生は歩みを止めず、鋼はその横を歩く。校門までの距離はもう余り無い。

「いつか自分のこと、好きになれるといいな」と先生は言った。

「はい」と鋼は答える。どうやったら自分を好きになれるのか、その答えは分からないけれど。

「でもな、鋼――」

 鋼が顔を上げると、先生の優しい笑みがあって。

「少なくとも私は、お前のこと好きだぞ」

「えっ……」

 顔が熱くなる。恥ずかしくなって、顔を背ける。

 ああ、なんて美人に弱いんだろう自分は。こういう自分は嫌いだ。格好悪い。

「お前は私に自信をくれた。これから頑張ってみようって、また思えた。だからお前も、少しは自信を持っていい」

 何を言っても恥ずかしい気がして、何も言えずにいる内に、大きな校門を潜って学園に着いてしまう。

「じゃあ、また放課後にな」

「はい」

 結局、先生の目を見れずにそれだけしか言えなかった。

 今朝勇気を出して先生を褒めた自分はどこに行ってしまったのかというくらい情けない。

 ただ、それでも気分は決して悪く無く。

 本音を言えば、嬉しかった。 




 しかし、クラスに行くと、気分は重く、憂鬱へと変わった。

 予想してたとはいえ、クラスの雰囲気は重く、集まる視線が突き刺さって痛い。

 それでもまだ救いなのは、学級閉鎖にならなかったことだろう。

 クラスメイトの少女達は皆、欠けることなく登校していた。

 朝のHR時に、先生が改めて鋼がどのような体質で、どのようにして魔法少女になったかを説明してくれた。それで何かが変わるわけで無かったけれども。

 鋼は極力、周囲を刺激しないように努めた。具体的には喋らず、しかし柔らかな物腰で居ること。

 常に柔らかな表情を作って静かに過ごしていれば、少なくとも害にはなるまい。そう考えた。

 迷ったが、昼食のお弁当は教室で食べることにした。自分の机で当たり前に弁当箱を広げて、普通に食べた。

 様子を伺うような視線がチクチクと肌を突付いたけれど、数日もすれば皆も慣れてあまり気にしなくなるだろう。

 ただ、ふと、今の方がまだマシなのかもしれない、と思った。

 数日して、誰からも見向きされなくなって、一人ぼっちで過ごすようになる。

 そう思ったら、胸にぽっかりと穴が空いたような気分になって、内側からもチクチク突付かれるような感覚が嫌で、それ以上考えるのを止めた。




 中学に居た時よりずっと、真面目に授業を受けたと思う。早く勉強して、早く魔法を覚えて、早くこの学校を去る。

 その為にこの学校に通い始めたのだから。

 だというのに、最後の授業の終わりを告げる鐘がなった時、酷くほっとしてしまった。

 これでやっと息苦しい空間から抜け出せる。そんな風に感じてしまった。

 帰りのHRが終わって、さっさとブレイズ先生のところに行こうと鞄を持って立ち上がろうとした時――

「あの、鋼さん!」

 驚いて見ると、そこにクラスメイトの少女が立っていた。

 名前は知らない。周囲に視線を向けないように努めていたからまともに顔を見るのも初めてだ。

 現実世界にはあり得ない髪色、桜の花弁のようなピンク髪の女の子だった。

 瞳は丸く大きく、背も小さめ、頭の後ろで結んだ大きなリボンが可愛らしい。

「は、はい。何でしょう?」

「その……この後はお暇でしょうか!?」

「え? えっと……決して暇ってわけでは……」

「そうですか……」

 ちょっと安心したような表情。と思いきや、

「いえいえそうではなく! そこを何とかお暇を作っては頂けませんでしょうか!?」

 ぶんぶんと頭を振って大きな声で言い放つ女の子。

 何だろう、このよく分からない感じ。大きな瞳には強い意思が篭ってるのに、足を見ればぷるぷると震えている。リスとかウサギとかを彷彿とさせる。小動物っぽい。

 緊張……しているんだろうか、ひょっとして。

 どう説明したものかと考えて、

「その……俺――じゃない、私が男なのはご存知ですよね?」

「はい、ご存知です!」

「それで、私はこの後、ブレイズ先生のところに行って、男の身体に戻る為の訓練――魔力制御の練習をする予定なんですけれど――」

「でしたら、その訓練の前に時間を頂けませんでしょうか? この学校を案内させて頂きたいのです!」

「案内……して下さるんですか?」

「はい!」

 意外なお誘いだった。

「……分かりました。そうしたら一度、ブレイズ先生に相談して来ます」

「そ、それなら私も行きます!」

 女の子は急いで自分の席に戻り、鞄にノートやら教科書やら荷物を詰め込む。

 と、そこで鋼は周囲の様子に気付く。

 クラスメイトの少女達が驚いた様子で、ピンク髪の女の子と鋼を交互に見やっていた。

「どういうことですの?」「分かりませんわ」「ミトビさん、一体何を考えているのかしら」と小声で言い合っているのがかろうじて聞き取れる。

「お待たせしました! 行きましょう、鋼さん」

 声と足を震わせながら、それでも力強い表情で『ミトビさん』という名前であるらしい女の子が鞄を持って言う。

「はい」

 ロボットみたいにぎこちない足取りで鋼に付いて来るミトビさんを見て、本当に大丈夫かなと思いつつも、それでも鋼が拒まなかったのは、誰かが話し掛けてくれたことが嬉しかったからかもしれない。




「なるほど、学校案内ねぇ」

 職員室に着いてブレイズ先生に事情を説明すると、先生はミトビさんを見やった。

「名前を聞いても大丈夫かしら?」

「あ、はい! 桃之木・美飛・レインバード《モノノキ・ミトビ・レインバード》です! レインバード家の三女に当たります!」

「そう、八大家の……」

 先生はそれから、鋼に視線を移す。何か考えているようだったが、少しして頷き、

「分かりました。鋼を案内してあげてくれるかしら、美飛さん」

「はい!」

「そんなわけだから、案内して貰いなさい鋼。ただ――」

 人差し指で近くに来るようにと促され、鋼は疑問符を浮かべながらも先生に近付く。

 先生が耳元で小さく言った。

「同じ一年生の案内だから、あまり期待し過ぎないようにな」

「あ……」

 その一言で鋼はとあることに気付く。

 ミトビさんもまた入学してそんなに日が経っていないはずなのに、学校案内なんて出来るのだろうか。




 ――と思っていたのだが。

「ここは初等部の体育館です! 用途に合わせて魔法装置で内部に別の亜空間が作られ、のびのびと運動を行うことが出来るようになっています! また、災害時には避難所としても使われ、その際には別の場所に作られている災害用シェルターと空間を接続することで――」

 それはもう流暢にペラペラと説明してくれた。

 案内される場所がいちいち巨大に作られており、お嬢様学校の存在感を見せ付けられたことよりも、美飛さんの博識ぶりに驚かされた。

 ついには体育館が設立されるに至る学園の歴史まで語り始めたので、鋼は何とかタイミングの良いところで聞いてみる。

「美飛さんって、入学したばかりなのに学園のことに詳しいんですね」

「えっ!?」

 びっくりしたように喋りを止める。「それはその!」と慌てたように、

「こんなこともあろうかと、入学する前から勉強していたのですよ! 突然の転校生が来ても案内してあげられるように!」

「そうなんですか」

 何か聞いてはいけないことを聞いたような気がしたので、それ以上深くは聞かないでおく。

「つ、次は食堂を案内しますよ! こちらです!」

「はい」

 鋼は頷いて、美飛さんに付いて行く。

 相変わらず彼女は緊張しているようで、終始戦場に向かうかのような足取りで移動していた。

 そして、移動の時は何も喋らない。鋼も何か話題を振れば良かったのだが、相手がお嬢様だし、どういう話題が良いんだろうと考えてしまって結局喋れず、とにかく移動中は無言だった。

 ただ、このままでは良くないと思う。

 せっかく親切で案内して貰っているのだ。彼女も緊張しているようだし、それを少しでも解せる様な会話は出来ないだろうか。

 と、前を歩く美飛さんの綺麗なピンク色の髪が視界に入る。

「美飛さんの髪の色、とても綺麗ですよね」

「へ!?」

 ビクッと肩を震わせ、足を止める美飛さん。ぱちぱちと大きな瞳を瞬かせながら、こちらを振り向く。

「染めているというわけでは、無いんですよね?」

「は、はい。これは地毛です。私の家――レインバード家の血筋は皆こうなんですよ。お母さまもそうですし、お姉さまが二人いるんですけど……って、ああっ! 話してしまいました!」

 はっとなったように口元を押さえる美飛さん。

「あっ、すみません。もしかして、触れちゃいけない話題でしたか?」

「え!? あっ、いや別にそんなことは! 何というか、話せたことに驚いてしまったと言いますか……」

「あれ? さっきまでも話してましたよね?」

「そ、そうですね。そうなんですけど、こんな普通に……い、いえ、何でもないです!」

 そう言って、あははと笑う美飛さん。やっぱりよく分からない子ではあるけれど、悪い子では無いということだけは何となく感じられた。

 それ以降は、少しずつ移動中も会話を交わすようになった。

 これまたやたら広い食堂を案内してもらい、次に外の薔薇庭園を案内してもらいつつ。

「そういえば、美飛さんのリボンにくっ付いてる小さい熊さんのぬいぐるみ、可愛いですね。熊さん、好きなんですか?」

「えへへ、ありがとうございます。これ、結構お気に入りなんですよ。熊さんが好きというよりも、私、ぬいぐるみが大好きなんです」

「へぇ、ということは、別のぬいぐるみ付きリボンとかも持っていたりとするんですか?」

「はい、ありますよ! ウサギですとか、羊さんですとか! あと、カーバンクルも!」

「かーばんくる?」

「あっ、そっか、鋼さんは別世界の出身ですからご存知ないんですよね。カーバンクルは、イルミエールの奥にある幻界ってところに住んでる幻獣さんです!」

「幻獣のカーバンクル……」

 何かの図鑑本みたいので見たような気もする。

「目がくりくりってしてて、小さくてモフモフで、そりゃあもう可愛いんですよ!」

「幻獣ってそんな簡単に会えるものなんですか?」

「召喚魔法が得意な魔法少女が居れば会えますよ。同じクラスのモリアちゃん……あっ、私の幼馴染みなんですけど! その子の得意な召喚獣がカーバンクルさんなんです!」

「へぇ」

 ちょっと興味はあるけれど、鋼が見せて下さいとお願いして見せて貰えるかどうか。

 と、そこまで話したところで、鋼はトイレに行きたくなった。ちょうど女子トイレの近くを通り掛かる。

「すみません、美飛さん、ちょっと花を摘みに行って来てもよろしいですか」

「あっ、はい。分かりました。そうしたら外で待っていますね」

「ありがとうございます」

 『花を摘みに』なんて表現、地味に生まれて初めて使った。相手が十歳の少女でもすぐに通じてしまうのだから、さすがはお嬢様学校だと思う。

 魔法少女学園の校舎は広いので、トイレも現実世界の学校より多く設置されている。とはいえ、女性だけの世界だから、女子トイレしかない。

 入る時に若干抵抗があったが、今後使っていくしかないのだから、割り切って中に足を踏み入れる。

 イルミエールのトイレというのは、水洗ではなく、魔法による洗浄――すなわち魔洗という方法が取られていた。その名の通り魔法技術が駆使されており、常に清潔な空間が保たれている。

 特に魔法少女学園の女子トイレはお嬢様学校ということもあって、個室の一つ一つが広々としており、見回せば床、壁、天井と何かの魔法術式がびっしりと書き込まれていた。それぞれどのような効力があるのか分からないが、まるで新品のような綺麗さを感じさせることから、おそらくそのような状態に維持する為の魔法が掛けられているのだろう。

 ちなみに、トイレに入るに当たって、自身の身体が女になっていることに関しては深く考えないようにしていた。罪悪感だったり、恥ずかしさだったり、深く考えれば考える程、思考が更なる深みに嵌って行って、暗い気持ちが延々とループを繰り返すだけだった。

 そういうものなのだと割り切るしかない。この身体で生きている以上、どうやったって避けられない事象なのだから。

 つつがなく花を摘み終え、洗面台の鏡の前にハンカチを置き、蛇口を捻って手を洗う。トイレは魔法を使っているというのに、手を洗うのには水を使用するというのは、誰に理由を聞いたわけでもないのだけれど、どこか納得出来るものがあった。

 魔法で手を洗うよりも、水で手を洗い流す方がしっくり来る。安心感とでもいうのだろうか。理屈ではなくて、感覚として。環境に対しては良くないのかもしれないけれど、あえて一線を引いてるんじゃないかと、そんな気がした。

 ハンカチで手を拭こうとしたところで、声が聞こえた。

『美飛さん』

『あっ、ミカナエル先生』

 正確には『声』じゃない。耳に届いたわけではなく、脳内に言葉が流れて来たのだ。

 これはひょっとして魔法なんだろうか。

 母さんに聞いたことがある。もしかすると『通信魔法』というやつではないか。

『もしかして、鋼さんは花を摘みに行っているのかしら?』

『はい、そうです』

 おそらく、今トイレの外にはミカナエル先生が来ていて、鋼に会話が聞こえないように魔法を使っているということなのだろう。

 しかし、それがどうして鋼にまで伝わって来ているのだろうか。

 そういえばブレイズ先生との戦闘訓練で、鋼の身体は無意識の内に防御魔法を発動させていた。

 それと似たような原理で、通信魔法に干渉しているのではないか。

 美飛さんとミカナエル先生の通信は続く。

『それで、どう? 校内の案内は上手く行ってる?』

『ええ、何とか』

『そう。良かった。美飛さんに頼んで正解だったわ』

『緊張しましたけど、先生の記憶魔法もあったので……』

『役に立ったみたいで何よりだわ。無理に仕事を押し付けちゃったみたいでごめんなさいね』

『あはは……私、クラス委員長ですから』

『男の子と接するのは私も初めてのことだし、どうしたらいいか困っていたのよ。美飛さんが協力してくれて、本当に助かったわ。さすがは八大家の子女。立派だわ』

『いえ、そんな……』

 ――ああ、そうか。

 鋼は理解する。どうして入学して間もない美飛さんがあんなにも流暢に学園の各場所を紹介出来たのか。

 それから思い出す。美飛さんの積極的な姿、緊張した面持ち、鋼は何か言う度慌てふためく様子。

 鋼の中で複数の違和感が一つに繋がって、心のどこかに積もっていた期待が、一転して失望に変わって行くのを感じた。

 ――そうだよな。ここは女性ばかりの世界なんだもんな。

 ある日突然、異物が紛れ込めば、そういう反応にもなるだろう。

 けれど、それでも。

 滲み出した感情に胸が締め付けられるようで。

 チクチクとした痛みは、気のせいだと思おうとしてもやっぱり苦しくて。

 気付けば鋼は、濡れたままの両手で、自身の制服の胸元と、ハンカチを、それぞれ握り締めていた。


 ――少しは……嬉しかったんだけどな。


 それは、心の中で何気なく吐き出した言葉のはずだった。

 しかし。

『え? ……嘘、まさか……?』

『鋼さん!?』

 二人の慌てた声が脳内に届いて、はっとなる。

 まさか、自分の思ったことが伝わってしまったとでもいうのか。

『は、鋼さん、聞いてたの!? 一体、どうやって……』

『あ、あの……これは……その……』

 そのまさからしい。

 鋼は直接話すしか無いと思い、廊下に出る。

 そこにはやはり、ミカナエル先生が居て、美飛さんと向き合うように立っていた。

 通信魔法は解除されたようで、辺りには何とも言えない沈黙が流れる。

 ミカナエル先生は気まずそうに視線を下に落としていた。

 美飛さんに至っては、顔を青くして、硬直してしまっていた。

 そりゃそうだろう。陰口を叩いていた所に本人が「聞いていたぞ」と現れたようなものだ。

 そんな二人を見て、鋼が感じたのは、まず失望だった。

 腫れ物のように扱われていたのが事実だと、見て分かってしまった。

 次に沸々と湧いて来たのは、怒りの感情だった。

 俺だって好きでこんな学校に来たわけじゃない。なりたくて魔法少女になったんじゃない。よくも騙したな。 

 少しは怒鳴ってもいいんじゃないかと思った。でも、それを心で押さえ付ける。

 ここでそれを言えば、一時的にはスッキリした気持ちになるだろう。けれど、きっと後悔する。

 頭を過ぎったのは、ブレイズ先生の言葉だった。

 ――いつか自分のこと、好きになれるといいな。

 鋼は、自分のことが好きじゃない。どうやったら好きになれるかなんて分からない。

 今ここで、怒鳴って感情をぶちまけてしまったら、鋼はきっと自分のことをもっと嫌いになるだろう。

 だから、言葉を飲み込む。深呼吸をして、気分を落ち着かせる。

 ……正しいのかなんて分からないけど。

 鋼は美飛さんとミカナエル先生に対して、頭を下げる。

「今日は、ありがとうございました」

 この判断も、ひょっとしたら後悔することになるのかもしれない。

「え……?」

 顔を上げて驚いた表情をする二人に、鋼は努めて穏やかに言う。

「私の為に色々と考えて下さったみたいで。おかげで今日は楽しかったです。出来ればこれからも、よろしくお願い致します」

 果たして俺は今、どんな顔をしているのだろう。

 努めて笑顔を作ってみせたつもりだけど、ひょっとしたら酷い表情をしているかもしれない。

 ただ、どんな結果となるにせよ、今この瞬間、俺は自分が好きになれるような自分に近付く努力はした。

 そのことだけは後悔しない。

 美飛さんも、ミカナエル先生も、俺の為に行動してくれたことには変わりない。

 ミカナエル先生は大変な心労だっただろう。どう接したらいいかも分からない生徒が突然自分のクラスに転校して来て、それを何とか自分の受け持つクラスに馴染ませなくてはならない。自分が同じ立場だったと考えれば大変さが想像出来る。

 美飛さんはきっと、勇気を振り絞って俺に話し掛けてくれたのだろう。足も声も震えていた。緊張していたんだろうし、ひょっとすると男の俺が怖かったかもしれない。クラス委員長で、先生の頼みを断ることが出来なかったのかもしれないけれど、それでも手を抜くことなく、俺に校内を案内してくれた。それにちょっとでも誰かと話せて、俺は嬉しかった。

 所詮は綺麗事なのかもしれない。

 それでも俺は、この場で感謝を言えるような人間になりたいと思った。だから。

「この後、ブレイズ先生から魔力制御の指導を承ることになっておりますので、この辺りで失礼しようと思います。それでは」

 もう一度頭を下げて、なるべく二人の顔を見ないようにしてその場を去った。

 それで精一杯。余裕はあまり無かった。

 後ろは振り返らず、二人が見えなくなるまで離れ、誰も居なさそうなところを探す。

 校舎を出て、近くにあった茂みの影に入って、座り込む。

「はぁぁぁ~………」

 色んな感情と一緒に肺一杯に溜め込んでいた空気を吐き出す。

 最後まで出し切ると、少し涙腺が緩んだのか、視界がジワリと滲んだ。

「何がありがとうだ……」

 ――本当は心にも思ってなかった癖に。俺はそこまで、人間が出来ちゃいない。

 それから十分くらい、鋼は気分の落ち着くまで青い空を見上げていた。




「失礼します」

 職員室の扉を開ける。

 ブレイズ先生は自分の席で何か書類を書いているようだった。

 鋼が近付くと、顔を上げて、

「おう、どうした鋼、学校案内は終わ――」

 そこで言葉が途切れる。先生は神妙な面持ちで言う。

「何かあったのか?」

「えっ、どうしてですか?」

「酷い顔してるぞ、お前」

「そうですか?」

 おかしいな、気持ちを落ち着けてからここまで来たんだけどな。

「先生」

「ん?」

「自分を好きになるって難しいですね」

「そうだな」

 先生は笑うでもなく、怒るでもなく、静かに頷いて、それから手招きをする。

「何です?」

「いいからこっち来い」

「は、はい」

「それから後ろ向け」

 言われるままに行動すると、「よいしょ」と突如胴を掴まれ、身体を持ち上げられる。

「ひゃっ、先生!?」

「胸デカいのに、軽いなお前は」

 それから引き寄せられ、先生の膝の上に座らされる。

「せ、先生?」

「ちょうど手持ち無沙汰だったんだ。書類の相手が終わるまで付き合って貰おう」

 先生はそれ以上、何も言わなかった。

 片手でペンを走らせながら、もう片方の手で鋼の頭を優しく撫で続けてくれた。

「先生、何かこれ、セクハラっぽいです」

「お前、そこは黙って撫でられてろよ……」

 恥ずかしいからつい、そんなことを口走ってしまったけれど。

 ――ありがとう、先生。




 翌朝、鋼はトレーニングを終えて、風呂から上がった後、鏡を覗き込んでいた。

 調子に乗った母さんが追加で買って来た白いフリルの下着はともかくとして、見ていたのは自身の顔である。

 十歳の少女となった自分を鏡で見つめるというのは、未だに不思議な感覚が伴う。

 それは確かに自分の顔なのだけれど、違う誰かを見ているような、そんな感じ。

 こんなこと自分で言うのはどうかと思うのだけれど、魔法少女としての自分は容姿が整い過ぎて、違和感を覚えずにはいられないのだ。

 そうはいうものの、結局は自分の今の表情が他人から見てどうなのかなんて分かりっこないのだけれど。

 それに、別に学校に行くのを楽しみにしているわけでもない。

 だから、少なくとも良い表情をしているとは言えないだろう。




 鋼が教室に着いての反応は、昨日と一緒だった。

 誰が挨拶して来るわけでもなく、とりあえず近くを通ったら、「ごきげんよう」と言って頭を下げる。返事は無い。

 席に座って、一時間目の授業『歴史』の教科書とノートを取り出して、予習を始める。

 一度意識してしまうと、どうしても周囲の視線が自身に集まっているように感じてしまう。自意識過剰なのかどうかも分からない。

 文字に目を走らせていると、周囲の会話が耳に入って来る。

「ネイシーさん、そんなに気になるなら話し掛けてみては?」

「え、遠慮しますわ。怖いもの」

「そういえば昨日、美飛さんが学校の案内をして差し上げてたみたいですけど、どうなったのかしら」

「直接、聞いてみればよろしいんじゃなくて?」

「そうですね、行ってみましょう」

 視線を上げると、女の子達が美飛さんのところに歩いて行くのが見えた。

 鋼から結構離れたところに席のある美飛さんは、女の子達が話し掛けるとにこやかに応対していた。

 頭の後ろに付けた大きなリボンが揺れる。リボンには今日も何かのぬいぐるみが付けられているようだ――

 と、そこで美飛さんと目が合う。鋼はすぐに視線を逸らしてしまった。

 何でかなんて、自分でも分からない。気まずかったのか、怖かったのか。

 いずれにしても、それ以降は顔を上げず、ひたすら教科書を読んで、要点をノートに書き込む作業を続けた。

 やがて、始業の鐘が鳴って、ミカナエル先生が教室に入って来る。

 女の子達は十歳と思えない程、粛々と自分の席のところへと向かい、上品に腰掛ける。

 鋼の隣の席であるシャリーナ・ミッチェフさんは、昨日と変わらず、こちらの様子を伺うように恐る恐る席に座る。

 彼女の目には一体、俺はどんな風に映っているのだろう。しかし、中身が十五歳の男子と知れば、これまで男という存在と接したことのない十歳の少女からは不気味に見えるのかもしれない。

 教卓のところに立った先生が出席簿を開き、

「皆様、ごきげんよう。それではまず出席から取ります。アイリール・ネイゼルさん」

「はい」

 先生が名前を順番に読み上げて行く。やがて、鋼の番が回って来て、

「八島鋼さん」

「はい」

 先生と目が合った。先生は何とも言えない表情をしていた。

 出席が取り終わり、今日の連絡事項が伝えられる。

 そうしてHRが終わろうという、その時だった。

「先生」

 一人の生徒が挙手をした。見ればそれは、美飛さんだった。

 ミカナエル先生が意外そうな顔をして、尋ねる。

「どうかしたの、美飛さん?」

「一つ、朝の内にお願いしたいことがございまして」

「お願いしたいこと?」

「はい」

 首を傾げる先生に、美飛さんは席を立って言った。

「私の席を、八島鋼さんの隣にして頂けませんでしょうか」

「えっ!?」

 教室がざわついた。

 美飛さんが鋼の方を向く。再び、目が合った。

 彼女は昨日のように慌てる様子も無く、真っ直ぐに鋼を見ていた。

 鋼は驚いて、目を逸らすのを忘れてしまっていた。

 何かを決意したような美飛さんの凛とした表情。それでいて上品で、改めて彼女はお嬢様なのだと感じた。

 美飛さんは改めてミカナエル先生に、

「いかがでしょうか?」

「で、でも美飛さん……」

「どうしても理由が必要なのでしたら、私がこのクラスの委員長だからということでは駄目ですか?」

「駄目ってわけでは無いのだけれど……シャリーナさんの許可も取らないと」

「でしたら、私が」

 美飛さんはそう言って、シャリーナさんの近くまでやって来ると、頭を深々と下げ、

「シャリーナさん、お願いします。その席を私にお譲り頂けませんでしょうか」

「え、えっと……」

 困ったように瞳を瞬かせるシャリーナさん。

 美飛さんは彼女の目を見て、言葉を続ける。

「失礼は承知です。ただ、あの席のままでは、どうしても鋼さんに伝えられないことがあると思ったんです。ですから、シャリーナさんさえよろしければ、私の席と交換して頂けませんでしょうか。どうかお願いします」

 もう一度、頭を深く下げる。

 シャリーナさんは参ったと言わんばかりにぶんぶんと両手を振って、

「わ、分かりました、交換します! 大丈夫です! 大丈夫ですから、頭を上げて下さい美飛さん。分かりましたから!」

「ありがとうございます」

 そうして美飛さんはシャリーナさんと席を交換して、鋼の横に腰掛ける。

 HRが終了して、周囲が今まで以上に騒がしくなる中、落ち着いた様子で歴史の教科書を取り出す美飛さんに、鋼は聞かずにいられなかった。

「美飛さん、どうして……」

 彼女は横顔を向けたまま、口を開く。

「……昨日、あれから家に帰って色々考えたんです。鋼さんのことや、自分のしたことについて」

 彼女は俯き気味に、

「私、鋼さんの心を傷付けたと思います。ごめんなさい」

「……」

 確かに、傷付いた。

「でも、私がそんなことをしたにも関わらず、鋼さんは笑顔で、楽しかったって言ってくれました。……だからってわけじゃないんですけど、私もちゃんと伝えなきゃって思ったんです。ううん、そうじゃなくて――」

 美飛さんは首をふるふると横に振って、

「伝えたいって思ったんです。私が自分で。ちゃんとした気持ちを」

 美飛さんは顔を上げて、鋼を見た。

「本当は昨日……楽しかったんです、私も。鋼さんと話してた時。最初は怖くて、緊張してたけど、話す内に違うんだって、そんな風に感じたんです。だから……鋼さんが許して下さるなら……」

 一拍の間を置いて、彼女は言った。

「これからもまた、私とお話をして下さいませんか?」

 ……頭の中に色々な考えが浮かんで来る。相手は十歳の女の子で、自分が十五歳の男子高校生であることとか。魔法少女になりたいわけではなく、魔力制御を覚えてこの学園を去ろうと思っていることとか。

 周囲がどう思うとか、この先のこととか。

 でも、言わずにはいられなかった。

 心の底から、本当に嬉しかったから。

「ありがとう。俺……私でよければ、喜んで」

「はいっ!」

 美飛さんはとても可愛らしい笑顔を浮かべてくれた。

 鋼も、今はきっと素直に笑顔が浮かべられているんじゃないかと、そう思う。

 周囲のざわめきはもう、全然気にならなかった。むしろ心地良いくらい。

「ところで、美飛さんのリボンに付いてるぬいぐるみって、ひょっとして例のカーバンクルですか?」

「えへへ、はい! 今日はちょっとパワーを貰いたかったので、付けて来ました。知ってますか、鋼さん」

「はい?」

「カーバンクルって、イルミエールでは『幸運』の象徴なんですよ」

 緑色でモフモフなぬいぐるみが額の赤い宝石を輝かせて、そっと揺れた。

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