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妄想透視眼鏡

作者: 添加物満載

 こんにちは読者の皆さん。僕は地元の公立高校に通う三年生の男子です。どこの教室にも三人は居そうな風貌の何の特技も変哲もない男子です。

 ですが最近、この世界の、どんなに素晴らしい個性や特技を持った男子高校生も体験したことのないような出来事に遭遇しました(誇張)。その出来事は今でも尾をひいています。これにあたって僕は誰かにこの出来事を伝えたいと思い、この手記(のようなもの)を書き始めることにしました。

 以下の文はそれを綴ったものです。前もって言っておきますが、どんな男子高校も体験したことがない、といっても、禁欲に禁欲を重ねた男子高校生が作り出したおぞましい妄想劇のような話しでもありますので、あらかじめご了承をお願いします。


【1】


 それはある日の朝でした。僕は学校に徒歩で向かっている最中で、いつも通り仲良し三人と集まって話をしながら進んでいました。その日の話題は、僕が住む地域の近辺で実際に起こったと言われる怪奇現象や超常現象についてで、そのような怪しげな事物に見境無い田中君は弁舌を思うままに振るっていました。

「どうやらその教会にはさ、何百人という老人が集まってさ」

 田中くんは一生懸命に話しますが僕はそのようなオカルトの類には一切興味がないので適当にうんとかすんとか言いながら聞き流しています。一緒に歩いている佐藤くんと鈴木くんも興味はさっぱりないようで二人で気持ち悪くじゃれあっています。

 それでも田中くんは誰にも聞かれていないことなど気にも留めないで話し続けます。田中くんの話はそのうちに「協会に集まる老人」から「喋る茄子」に変わり、それから「なんでも見える眼鏡」に変わっていきました。

「一丁目の眼鏡屋があるでしょう?あそこにはなんでも見える眼鏡が売ってるらしい」

「なんでもって何かな?」

 佐藤くんが食いつきます。彼が興味を示すのは同級生の乳房か彼が好きなアダルト系女優の新作ビデオくらいなので、田中くんの話の中にその要素を見出したのでしょう。実際、話はそのようにすすんでいきました。

「その眼鏡は透視ができるという」

「なんと?!」

 田中くんは意気込んで話し、佐藤くんは鼻を膨らませて聞いています。一方僕と鈴木くんはそのようなものはこの世には存在しないと言わんばかりに無視をしています(鈴木くんもこういう話は好きなのですが今日は会話に参加していません)。朝から猥談に花を咲かせる元気がある彼らを僕は尊敬しています。


【2】


 耳にたこができるくらいに『乳』という単語を聞いているとそのうちに学校に到着しました。四人ともクラスが違って下駄箱の位置が微妙に異なるので校門のところで別れました。

 ようやく変態二人から解放された僕は欠伸を一つしてから下駄箱に向かいます。今が登校ラッシュのピーク時なので下駄箱付近は生徒達でごった返しています。けれど僕は待っていることはしないので、ふむと気合を入れて人ごみの中へ突っ込んでいきます。

 何度かおしくらまんじゅうをしていると自分の下駄箱までたどり着きました。靴を脱いで上履きを取り靴を入れます。毎日している動作なので、僕はその日の違和感に気がつきました。もう一度靴を取り出して中を見てみると、一番奥のところに風呂敷のようなものがあるのが分かりました。実際手にとってみると風呂敷で、緑の生地に丸や三角などの模様が付けられた、THE・風呂敷でした。何かをくるんであるらしく硬いものに触れました。

 ここで開けることはできないので、僕はそれを一旦鞄にしまいました。そして人ごみを抜けたところで出して中に包まれているものを見ました。

 出てきたのは眼鏡でした。それから一枚の紙もありました。それには一番上に僕の名前が書いてあり、続けてこう書かれています。


「この眼鏡を君に差し上げよう。世界が変わって見えるはずだ。注意しておくが、この眼鏡をかけると大なり小なり大事なものをひとつ失う。それはあとになって還ってくるかもしれないしこないかもしれない。どうするかは君の自由だ。ただ、この眼鏡をどうにもしないのならば、君がこれを譲渡したい人物に渡せばいい。そうするにあたってはこの文章を君が複製して譲渡する人物の名前を書いて置いておけばよい。その際には君が譲渡したということ明かさないこと。以上。」


 読んだ感想は、手の込んだ悪戯だと思った、とだけ言っておきます。なかなか暇な人もいるようです。今もどこかできっとこの眼鏡の持ち主は必死になって探しているでしょう。

 僕はこの眼鏡を生徒会室前の落とし物コーナーに持っていくことにしました。教室とは反対方向ですけれど、持っているのも邪魔になるので仕方がありません。


【3】


 落とし物コーナーに向かう途中、僕は、今朝田中くんと佐藤くんがしていた会話を思い出しました。たしか「透視ができる眼鏡」について話していたはずです(彼らの話は聞いていませんでしたが耳に入ってきてはいました)。そして、風呂敷に入っていた紙には眼鏡のことを「世界を変えて見せる眼鏡」と書いてありました。

 正直、少し興味が湧いてしまいました。

 オカルトの類を一切潔しとしない自分にとっては恥じて然るべき情動なのですが、嘘はつけません。万一にもという言葉があるように、この眼鏡にもその可能性があるのではないかとも思っていまいました。

 どうするべきか、悩みます。少しだけかけてみようか、いや、もしかするとこれは田中くんと佐藤くんのいたずらで、今もどこかで僕のことを監視し、僕が眼鏡をかけたところを捕らえて変態呼ばわりするかもしれません。そうなってしまっては僕の体裁と面目と今後の学生生活に関わってくるやもしれません。

 廊下で悶々としていると向かいから一人の人物がやってきました。鈴木くんです。

「あれ、どうしたんですか?こんなところで?あなたの教室はこっちじゃあないでしょう」

 僕は彼の鋭い一撃にうろたえることなくこう答えます。「少しお腹が痛くてね、でもあっちのトイレはどこも空いていないんだよ」

 我ながら完璧です。それを聞くと鈴木くんは去っていきました。どうやら職員室に用があるようです。 僕は、鈴木くんが突然Uターンして帰ってくることかもしれない不安を感じて一応近くのトイレに入っておきました。  


【4】


 トイレに避難すること約一分。鈴木くんはもう来ないだろうと思われます。

 トイレには僕しかいません。洗面台の前に立って学生鞄を持っている自分を見ていると不思議な気分になりました。それが、鞄の中の風呂敷に包まれた眼鏡の作用だということは明らかです。

 気づけば僕はいつの間にか鞄の中から眼鏡を取り出して眺めていました。眺めているうちに一層気分はおかしくなってきて、ふと紙に書かれていたことを思い出していました。


 ――この眼鏡を君に差し上げよう。世界が変わって見えるはずだ――


 そうして僕はなにかにとりつかれたかのように、鏡に映った自分を見つめながら眼鏡をつけました。

 これがはじまりでした。そして僕が大事なものをなくした瞬間でもありました。

 

【5】

 

 眼鏡を装着してもまだ僕は鏡の中の自分を見つめていました。眼鏡姿の自分を見るのはこれが初めてでした。あまり似合っていないというのが正直な感想です。

 肝心の世界は眼鏡をかける前となんら変わっていませんでした。僕は多少なりとも期待をした自分が恥ずかしくなりました。この感情を僕は生涯忘れないと思います。

 あまりに阿呆らしくなって僕は眼鏡をはずそうと手をかけました。

 ですがその時に誰かがトイレに入ってくる音がして、僕は咄嗟に便器の方に移動して用をたしているふりをしました。眼鏡ははずし損ねました。直後に、自分は何故慌てているのだと疑問に感じましたが、それが、普段眼鏡をかけていない自分がそれをかけているという特殊性にほかなりません。幸い、入ってきたのは一度の面識もない生徒でしたが、同じクラスの子だったならば間違いなく眼鏡について言及されていたことだと思われます。その時、自分が上手く言い訳を出来たかどうかは自信がありません。

 入ってきた子は僕の隣で用をたしはじめました。僕も立っているだけでは暇をするだけなのでここでしておくことにしました。

 集中すること三十秒、下半身の具合を確認していると違和感を覚えました。下半身に違和感を感じたのではではありません(まだ18歳ですから)。視界の端にです。

 白い風船のようなものがレンズに映った気がしたので僕は首を少しだけ横にむけて隣の子の方を見ました。

 すると、空中に何か浮いているものが見えました。ちょうど隣の子の頭の上にです。でも何なのかはわかりません。風船ではないことは確かなのですが、如何せん見たことがないのです。苦し紛れの表現になってしまいますが、それは漫画で使われる吹き出しのように見えました。丸い部分に、ぴよっとしたのがついていてその子の頭をさしています。

 二次元とも三次元とも言い難いその物体は僕が今までで見たものの中で一番異質で、不自然でした。

 さらに見ているとその吹き出し(実際には少し違うのですがイメージが伝わりやすいようにそう呼ぶことにします)は、その子の頭の動きに合わせて移動し揺れ動くのです。

 あんまりに僕が彼の頭上を見つめているものですから、さすがの彼もそれに気づいて、訝しげな顔をしながらそそくさと出て行きました。


【6】


 僕は眼鏡を鞄にしまいこんでトイレを出ました。先の出来事でこの眼鏡には何かしらの力があることは分かりました。でも正直意味不明で、世界が変わったようには感じられませんでした。残念です。

 教室に向かっているとまた鈴木くんに会いました。ちょうど職員室からの帰りと重なったようです。

 鈴木くんは「また会いましたね」と言って近寄ってきます。ですが大した用もないのでそれきりですれ違いました。

 僕はななぜだか妙な違和感を鈴木くんに覚えてすれ違って少ししたあとに振り返ってみました。すると、何故か鈴木くんは僕の方を向いて僕のことを見ていました。僕と目が合うと彼は慌ててそっぽを向いて去っていきました。

 鈴木くん、まさか僕のことが…などどくだらないことを考えているとあっという間に教室に着きました。

 同じクラスの人たちは僕が平生眼鏡をかけていないことを知っているのでここでつけるわけにはいきません。ですが、僕はもうどうしても眼鏡のことが気になってしまうので、授業中にかけてみようと思います。幸い、僕の席は窓際のいちばん後ろの席なので気づかれたとしても隣の席の青木さんだけでしょう。


【7】


 一時限目は数学です。皆、朝から完全におやすみの体勢に入っていて授業をまともに受けているのは三十人のうち十人にも満たないほどです。

 授業は中盤にさしかかりました。のんびりとした先生の声が教室にこだまします。僕は今が好機だと思って鞄の口をそっと開けて眼鏡を取り出して装着しました。とても素早い動きだったので青木さんですら気がついている様子はありません。先生だけはこちらを向いているので気がつくかもしれませんが問題ないでしょう。


 ――眼鏡をつけて約三分、僕には世界が変わって見えていました。あっちにも吹き出し、こっちにも吹き出し。吹き出しに次ぐ吹き出しで教室にいる皆の頭の上は埋まっていました。

 前の席の伊東くんも、その前の倉田くんも、藤川くんも山本くんも田村さんも、みんな頭の上に吹き出しを装備しています。

 吹き出しは人によって大きさが異なります。斜め前の加藤くんの吹き出しは今にもなくなりそうなほどに小さいですが、皆の前で授業を展開している先生の吹き出しは黒板が見えなくなるほどに肥大しています。

 そして発見したこの吹き出しの一番の特徴は、吹き出しの中に映像が現れることです。それも人によって様々で、例えば、倉田くんの吹き出しにはお皿にいっぱいのチャーハンが映っていて、それをほおばっている加藤君がも映っています。伊東くんの吹き出しにはテストで満点をとってにやにやしている伊東くんが映っています。

 最初に皆の吹き出しにの中に映像を見たとき、一体何かと思いましたが一分で分かりました。僕に見えているのは、皆の『妄想』なのだと。

 そう断言する根拠はありますが、残念ながらそれをこの場で言うことはできません。

 今の一言でお分かりの方もいるかと思われますが、出来るだけ迂遠な方法でお伝えしようと思います。ことがことなので匿名性を確保して例を挙げたいと思います。

 加藤くんの前の席のA男くんは授業をしっかりと聞いていますが吹き出しは窓ガラスくらいの大きさになっています。そこには何故かA男くんの隣の席のB子さんが生まれたときのありのままの姿で映っています(18の僕には少々刺激です)。B子さんはベッドの上で女豹のポーズをとっています。するとA男くんが現れて同じベッドに入りとんでもない大戦争をはじめたのです。

 このような自体が今吹き出し全体の七割ほどで起こっています。正直、僕は妙な興奮を覚えましたがそれでも気持ち悪さの方が勝り思わず眼鏡をはずしました。

 僕は、人間がここまでとある欲に溺れているのだと知りました。

 そして世界がある意味で変わって見えるようになりました。


【8】


 その日の放課後、一人で帰っていると後ろから声をかけられました。鈴木くんです。今日は何故か彼とよく合う日です。

 鈴木くんは「ご一緒しましょう」と言って僕の隣に並びました。

 普段、僕と鈴木くんが会話をするならば話題は大抵テレビゲームのことになるのですが、今日は彼はいまいちよくわからない曖昧な質問から会話をスタートさせました。

「今日はどうでしたか?」

「どうしたとは何がでしょう?」

 質問に質問で返された鈴木くんはひどく困惑した様子で、しまいには「いえ、なんでもないです」と会話を終わらせてしまいました。

 僕は、もしかすると鈴木くんは僕が持っている眼鏡のことを知っているのかもしれないとこの時思いました。そして同時に、この眼鏡を僕の下駄箱に入れたのは鈴木くんなのではないかという疑念も生じました。

 しかし、あっさりと言ってしまうわけにはいきません。彼が何も知らなかった場合、僕は頭がどうかしたのではないかと疑われてしまいます。眼鏡のことをこの場で証明するには彼に眼鏡を渡してかけてもらい、僕の『妄想』を見てもらわなければいけません。それは避けて然るべきでしょうから、僕はこのことを彼には言わないことにしました。

 僕が黙っていると鈴木くんは沈黙に耐えられなくなってしまったのでしょうか、「ちょっと本屋に寄っていきます」と言って道を外れていきました。 彼が進んでいく方向には本屋などないのですが、僕は何も言わずに心地なしか歩き方がおかしく見える彼の後ろ姿を見送りました。


【9】 


 少し時間がとんで、今は翌日の六時限目です。

 僕は今日これまでのすべての授業で眼鏡をかけて皆の妄想を観察していました。大方の吹き出しには昨日見たものと大差ない大戦争劇が映し出されていて僕はうんざりしました。どうして皆は戦争相手にクラスの異性を選ぶのでしょうか。僕には理解ができません。どうせ『妄想』なのだから一流のアイドル系女優やイケメン俳優を相手にすればいいのにと僕は思います。 

 それでもどうして眼鏡をかけ続けたかというと隣の青木さんが気になったからです。

 包み隠さず申し上げますと、僕は彼女に好意を抱いてます。そして欲に流されて彼女の『妄想』も見てみたいと思いました。ですが昨日と今日で彼女の『妄想』は一度として見ることはできませんでした。それどころか彼女の頭上には吹き出しすら現れることはありません。青木さん以外のクラスメイトは全員吹き出しをつけているのに彼女だけなのです。眼鏡の不具合と考えるのは論理的ではないでしょうから彼女は『妄想』をしていないということになります。流石は僕が見初めた女性なのです。

 青木さんのことを少しだけ紹介しておきます。

 青木さんは非常に寡黙な人で滅多に人と話をしません。休み時間は基本的に読書をしています。彼女は手作りの栞を使っていて、僕は昔に「それ綺麗だね」と一言声をかけたことがあるのですがそれ以来何も話したことはありません。髪の毛を耳の後ろにかきあげながら活字に夢中になる彼女を見ていると胸が苦しくなるのです。

 彼女は僕にとってとても魅力的です。


【10】


 放課後になって一人で下校していると僕は青木さんを見つけました。 

 彼女は河川敷の階段のところに座って読書をしています。僕はこのシュチュエーションに出会うのは初めてではありません。過去に何度かああやって階段に座っている青木さんを見かけたことがあります。ですが僕は如何せん臆病なので彼女に話しかけることなど到底できず、その後ろをただ通り過ぎてきました。

 やわらかい風に青木さんの髪の毛が揺れているのを眺めていると僕は何故か眼鏡のことを思い出しました。そして、もしかすると読書をしているときの青木さんならば何かを『妄想』しているのではないかと思いました(この場合は想像かもしれません)。

 僕は周りに知人がいないことを一応確認してから眼鏡をつけました。

 するとその瞬間、目の前の景色が一変しました。どこか違う場所に瞬間移動したのかと思うほどでしたが、視界を広げてみるとそれは青木さんの吹き出しの映像だということが分かりました。

 彼女の吹き出しはこれまで見た誰のそれよりも大きく煌びやかで、鮮明に見えました。家よりも大きい吹き出しの中にきらきら輝く星や群れをなして泳ぐ魚、オレンジ色に染まった入道雲など数え切れないくらいにたくさんのものが現れます。それらは右から左に流れていってはまた現れて延々と回り続けています。

 青木さんを見ると彼女はいつもとなんら変わらない様子で読書をしています。彼女の『妄想』に圧倒されながらもそこで僕は我にかえって眼鏡をはずしました。目の前の吹き出しは消えて再び道路が現れます。

 僕は思い切って彼女に話しかけてみようかと思いましたがそれはしませんでした。


【11】


 事件が起こったのは翌日の朝でした。

 僕はすっかり忘れていたことがありました。眼鏡と共に風呂敷に入っていた紙に書かれていたことをです。

 ――大なり小なり大事なものをひとつ失う――


 紙にはこう書かれていました。そして今朝僕は失ったものに気がつきました。

 朝、僕はいつも通りに起きて、母が用意してくれたトーストを食べました。それから歯磨きをしてトイレに入りました。

 異変に気づいたのはその時です。用を足しているときに違和感を覚えました。どこに覚えたかというと、巷ではジョニーやマイケルと隠喩されるアレにです。触れた時の感覚が明らかにおかしかったのです。

何かと思って見てみると、そこにはいつも堂々といるはずのジョニー(マイケル)ではなくあの吹き出しがあるのです。ジョニー(マイケル)はどこにもいません。 

 吹き出しはぴよっとした部分を付け根にして確実にそこに存在しています。触れればこそぐったいので、これは僕の体の一部であるということです。

 これは悲劇です。

 僕のジョニーはどこにいったのでしょうか。すぐに帰ってきてくれると嬉しいのですが、紙に書いてあったことを思い出すと、もしかしてもう一生彼には会えないのではないかという気持ちにもなります。

 どうして一日目の朝はなんともならなかったのに二日目の朝にジョニー(マイケル)はいなくなってしまったのでしょうか。クラス全員の『妄想』を見たことがいけなかったのでしょうか、青木さんの『妄想』を見たことがいけなかったのでしょうか。

 どれだけ思案しても答えはないので、僕は僕の吹き出しをズボンに押し込めてトイレを出ました。そしていつも通りに家を出ました。


【12】


 家を出るとすぐそこに鈴木くんがいました。

 僕は、彼が僕のことを待っていたということが容易に分かりました。

 鈴木くんは「おはよう」といって近寄ってきます。歩き方はとてもぎこちないです。僕も返事をして彼の方に歩み寄ります。どうしても歩き方が不自然になってしまいます。慣れ親しんだものがほかのものに取って代わるということはこんなにも支障をきたすものなのでしょうか。

 並んで歩き出すと鈴木くんは今にも泣きそうな笑顔をこちらにむけて「びっくりしたでしょう?」言いました。

 僕は委細承知していたので「うん」とだけ答えました。どういうわけか鈴木くんに対する怒りは湧いてきませんでした。それどころか妙な清々しささえ感じました。

「どうですか? 気分は?」

「うん、悪くないですね」

「それはよかった。僕は君が怒るんじゃないかと心配してたのです」

 鈴木くんは安堵したようでした。

 

【0】


 しばらく歩いていると吹き出しの不思議な重量感にも慣れて随分とマシな歩き方ができるようになりました。

 河川敷で僕と鈴木くんは少し遠くに田中くんを見つけました。そこで僕は思いつきました。

「鈴木くん、田中くんはまだですよね」

「きっとまだでしょう」

「なら次は田中くんにしましょうか」

 その日の放課後、僕は鈴木くんが僕によこした紙の内容をを書き換えました。

 そして書いている最中で僕はあることに気がついて思わず呟きました。

 「大なり小なりとは、うまく言ったものです」

 



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