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第九回 神代の森

テーマ:砂漠

禁則事項:擬態法使用禁止

     擬人法(偽物表現も含む)使用禁止

 人間が生まれる前、この世にまだ大勢の神様が住んでいたというその昔、この地には途方もなく大きな森があったそうです。

 その森を歩いて通り抜けたという者の話はなく、また、通り抜けようとして森に入った者は二度と帰ってくることはありませんでした。

 その森の樹の幹は、大人が十人いても抱えられない程太いものばかりです。

 その森の樹はとても高くて、森から一日は歩かないとてっぺんが見えません。

 その森の根っこはとても太くて曲がりくねって、平らな地面はありません。

 その森の樹の枝は太くて長くて、数も多くて、したから見上げても空は全く見えません。

 だから、その森はいつも真っ暗です。

 その森に入ると、何も見えない暗闇ばかりです。

 夜でも平気で遊んでいる神様ですが、この暗闇はさすがに少し怖いので、殆ど誰もこの森には近付きません。


 さて、あるとき一人の神様がこの世界に一つ、不満を持ちました。

「この世界は静かだ、退屈だ。小鳥やリスはかわいいけれど、すこし大人しすぎる。もっと賑やかに遊びたい」

 そして神様は土や水を()ねて人間を創りました。

 創られた人間たちは、毎日神様と一緒にお喋りをして元気に遊び回りました。


 そのうちに、人間たちは神様が入らないこの森にとても興味を持つようになりました。

「あの森の中には何があるんだろう?」

 そう言った人間に、神様たちは口々に言いました。

「あの森は死の森。黄泉へと通じる森だ。死にたくなければ森に入ってはいけないよ」

 けれど人間たちは不思議そうな顔をして首を傾げているだけです。

 長い間生きてきた神様たちと違って、産み出されたばかりの人間たちは『死』とは何かを知りません。

 好奇心旺盛(おうせい)な人間たちは、神様ですら怖れる『死』とは何なのか知りたいと思いました。


 そこで、人間たちは神様に尋ねました。

「神様、『死』とはなんですか?」

 神様は怖い顔をして答えました。

「死とはとても恐ろしいもの。考えただけでも身の毛がよだつ」

「神様、死は何が恐ろしいのですか?」

「死はその全てが恐ろしい。賢いものは決して近付きはしないものだよ」


 人間たちは、何人もの神様に尋ねて回ったけれど、誰も満足のいく答えはくれませんでした。

「それじゃあ、あの森を調べてみよう」

 一人の人間が言い出しました。

「だけど、神様はあの森に入ってはいけないと仰っていたよ」

 もう一人の人間は恐れるように言いました。

「それなら、森に入らなければいい」

「森に入らずに、どうやって森のことを調べるの?」

 すると、また別の人間が答えました。

「森の樹を切ってしまえば良いんだ。そうすれば、森に入らなくっても森のことが調べられる。きっと『黄泉』というところへ通じている道が見つかるよ。それに、森の樹を全部切ってしまって森が無くなれば『死』を恐がらなくてよくなるから、神様だってきっと喜ばれるさ」

「それは名案だ」

 その提案を、人間たちは手を叩いて喜びました、


 人間たちが神様に「森を切り開きたい」と言うと、神様は快く森の樹を切り倒すための道具を貸してくれました。

 そして、人間たちは森の樹を切り始めました。

 その樹はとても太くて、何人もの人間が協力して一本切り倒すのに、丸一日かかりました。

 切り倒された樹を見て、一人の神様が言いました。

「そうだ、この樹で家を造ろう」

 神様たちは「それはいい」と、人間たちの切った樹で、次々に家を造っていきました。

 乾いた樹でできた家は、それまで住んでいた湿ったした洞窟よりもずっと住みやすく、毎日疲れて帰ってくる人間たちもとても喜びしました。


 それから何年もかけて、人間たちはようやく大きな森の樹を全て切り倒しました。

 けれど、人間たちは神様たちの怖れていた『死』も『黄泉』へ通じる道も見付けることはできませんでした。

「森がなくなったら『死』も『黄泉』へ通じる道も消えてしまった。神様、『死』とは何なんですか?」

 人間たちはまた神様に尋ねました。

「生きていれば、いつかきっとわかる。『死』は見付からなかったかもしれないが、こんなに良い家が手に入ったんだからそれでいいじゃないか」

 神様はそう言って、人間たちはそれもそうかと納得しました。


 しかし、暫くすると、長雨の季節になりました。

 雨は来る日も来る日も止むことを知らずに降り続きます。

 森が無くなったこの地には、水を吸ってぬかるんだ土を支える根っこはありません。

 柔らかい土は、そのうち雨に流されていってしまいました。

 水を吸う土が無くなってしまうと、今度は水が地面を覆います。

 家の中まで流れ込んでくる水に、神様たちも人間たちも、大慌てで逃げ出しました。

 

 一ヶ月程続いた長雨の季節が終わると、そこにあったのは、ただ固いばかりの地面が広がる平地でした。

 大勢住んでいた神様も、人間たちも、誰一人として帰ってはきません。

 そのうちに、風に運ばれてきた乾いた砂が積もっていきました。

 それから何万年という月日が過ぎて、いつの間にかこの世界に神様はいなくなっていました。

 今、そこは砂漠になっていて、足を踏み入れる生き物は殆どいません。


 かつて神様が『死の森』と呼んだ森があった場所は、人間も殆ど足を踏み入れることのない『無生の地』と呼ばれています。

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