第七回 鉄棒
テーマ:歓喜
禁則事項:心理描写禁止
「休みだからってだらだらしない!」
世の小学六年生や中学三年生、高校三年生の皆さんが、受験勉強に精を出しているこの季節。入試休みに勉強をせずに昼間まで寝こけていると、母親にそう一喝されて私は家を追い出された。
お金や携帯を持ち出す時間も与えられなかったから、ゲームセンターや喫茶店で暇を潰すことも出来ない。小学校から私立に行っている私には、歩いて行けるような近所に友達はいない。
目的もなくただ足を動かしていた結果、小さな公園に辿り着いた。
遊具はブランコと鉄棒しかないのけれど、高校生にもなって公園で遊ぶ人なんていない。公園の隅におまけのように置いてあるベンチを見つけて、そこに座る。
「暇だ……」
呟いて項垂れる。足下の砂利の中から、小石を見つけては蹴ったり、拾って投げたりしてみる。が、十分もしないうちにやめて溜息をつく。足下ばかり見ていて首が痛くなってきたので、今度は空を見上げる。
乾燥注意報という言葉を最近よく耳にするけれど、その通り空は青くて、雲一つ見つけることが難しい。太陽を探して視線を彷徨わせると、目に飛び込んできた直射日光に、反射で固く目を閉じる。それでも陽光は消されることなく、瞼を通過して眼球に届く。
顔をそらしてもその強い光は眼球の周りにまとわりついている感覚がなくならず、私は暫く目を閉じていた。
目が覚めると夕方だった。
雲の見えない空は、絵の具で塗りたくったような紅に染まっている。
「……帰るか」
立ち上がろうとしたところに、ランドセルを背負った女の子が二人、公園に入ってきた。
少しだけ浮かせた腰をまたストンと落として、欠伸を一つ。
女の子達は鉄棒の前にいくと、ランドセルを放り投げた。
「いや、ランドセル投げんなよ」
伝える意志のない呟きが相手に届くはずもなく、鉄棒を前に何やら話し込んでいる。投げられたランドセルはというと、勢いで地面を一回転した結果、砂埃で白くなっている。
話し合いを終えた女の子は、一人が鉄棒を逆手で握って、もう一人が反対に回って何かを構える格好になる。鉄棒を握っている方の子が勢いをつけて足を振り上げると、顔を蹴られそうな勢いで目の前に現れた足をよけるように飛び退く。振り上げられた足は、その目的を達成させることなく、重力に従って地面に落ちる。
それが何度か繰り返されると、逆上がりに挑戦している子がもう一人の子に詰め寄った。
「何でよけるのよ」
「だって、怖いんだもん」
小さな公園だから少し大きな声を出せば会話なんてまる聞こえだ。
「ねえ、手伝ってあげよっか?」
言うと、口論になりかけていた二人は同時に口をつぐんで私の方を見た。
「逆上がりの練習でしょ?」
女の子はコクコクと首を縦に振って、それから「いいの?」と上目遣いで聞いてくる。
「いいよ。暇だったから退屈しのぎ」
笑ってみせると、二人も笑ってくれた。
「こっち側で足つかむのって怖いでしょ? だからこう、背中合わせにして、押し上げてあげる感じで」
言うだけだと分かりずらいだろうから、実演しようと思ったら鉄棒がかなり低かった。
「あー、うん。私じゃ無理だ。はい、二人とも背中合わせになって」
仕方がないので、背中合わせになった二人を押して引いて動かす。一人に正面から鉄棒を握らせて、もう一人は後ろ向きに掴ませる。
「それで回ってみて。上手くいかなかったら私も回してあげるから」
内側の子が足をあげると、外側の子も腰をおりながら後ろ歩きの要領で動く。そうすると、振り上げられた足は下がることもなくいい具合に鉄棒の上に乗っかって止まった。そこから動く様子がないので、外側にいる子にどいてもらってから私が足を押してやる。
「すごい!」
「やったね。じゃあもう一回やってみる?」
聞くとすぐに「うん!」と即答された。
二人が、自分だけで回れるようになるまで手伝っていたら、夜になっていた。
「うわっ。早く帰んなきゃママに怒られる」
女の子の片方の言葉で、二人は慌ただしく帰っていった。
公園を出るときに、
「おねえちゃん、ありがとー」
と笑って大きく手を振ってきたのを見ると、私も顔がほころんだ。
「って、私も早く帰んなきゃ」
(~_~){返事がないただの屍のようだ