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第六回 闇音

テーマ:不安

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 壁越しに、車の走っている音が聞こえる。

 部屋の中は薄暗い。閉め切られた分厚いカーテンを貫く陽射しは存在せず、隙間から漏れる光は淡い。影ばかり濃い部屋からは、部屋の主である少女の心を具現化しているような印象を受ける。その少女はというと、ベッドで頭から布団を被って体を縮めていた。部屋は泥棒に荒らされたかのように散らかり、CDやマンガの切れ端、ガラスの破片などが床に散乱している。


 精神的なものが原因ではないかと医者は言っていた。

 二ヶ月程前から悪くなり始めた視力だったが、数日前にいきなり何も見えなくなった。微かにその場の明暗を感じられるだけで、それ以外の視覚情報は面白いように入ってこない。

 その日は視力が無くなったことが現実とは思えなかった。思いたくもなかった。少女はこれを夢だと信じ込もうとして、早く覚めろと自分の体を痛めつけた。頬を抓っても、頭を殴っても、それが現実である以上は目覚めることはできない。少しでも動くと手や足が物にぶつかり、少女の体は一日で傷だらけになった。住み慣れたはずの我が家が知らない場所のように感じた。

 自分の身に起こった異常を現実と受け止められるようになった翌日は、今度は癇癪を起こした。なぜ、どうして、自分だけが。体に触れる物も、自身も全てを痛めつけようと、少女は体力が尽きるまで暴れた。言葉にもなっていない声で泣き喚き、本棚の中身をばらまく。マンガを破り捨て、ガラスを割り、ゲーム機を壁に投げつける。ガラスと殴った拳は小さい傷が無数にでき、足の踏み場もない床を歩く裸足はCDやガラスを踏んで一面を赤黒く染めるように血を流し続けた。力一杯殴られた中身のない本棚は、木が折れて今にも倒れてしまいそうな様子だ。少女の両親が彼女の行為を止めようとしても、少女が無闇矢鱈に振り回す腕に阻まれ手が出せず、その日少女は意識を失うように眠りについた。

 視力を失って三日目以降、暴れる元気もなくなった少女は、起きても布団から出ようとしなかった。食べ物も飲み物も口にしようとせず、心配した母親が少女が寝惚けている時を狙って食事を与えていなかったら、何日と経たずに取り返しのつかないことになっていたかもしれない。それにしたって食べているうちに少女の意識がはっきりしてくると、彼女はそれ以上何も口にいれようとはしないのだ。

 そのうち少女は、寝ているのか起きているのかも、自分ではわからなくなってきた。見る夢は全て現実の続き。それは視力を失う前の不満はあっても不幸はなかった頃であったり、一刻も早く覚めて欲しい暗闇の悪夢であったりする。ある日少女が目を覚ますと、そこにあるのはやっぱり暗闇だった。光を感じなくなって、一体どれくらいが過ぎたのだろうか。せいぜい一週間という時間を、少女は永遠のように感じていた。

 布団の中に籠っていると、何も考えなくて良かった。光の遮断された真っ暗な空間は、盲目となった少女には優しい。数日間、一日の大半を寝て過ごした少女は、だんだんと眠れない時間が増えてきた。布団の中でできることというのは、当然ほとんどないに等しい。何もできないとなると、考えたくもない、それでもきっといつかは考えなくてはいけないことが、少女の頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。これからの生活のこと、学校のこと、将来のこと。

 そんな思考の合間に、小さな雑音(ノイズ)が混じった。

 微かな、空気の通う音。その音は、それまでの少女なら聞こえなかった、聞こえたとしても気にも留めなかっただろう小さな音で、しかし、少女はそのことには気付いていなかった。

 ただ、何の音だろうかと、数日ぶりに少女は自分から布団の中の暗闇という、狭い世界から顔を出した。

 自分の体の上から布団をどかすと、今は見ることのできない部屋の様子が、瞼の裏に浮かび上がってくるように錯覚した。少しだけ光を感じた目は、けれどもやっぱり何の色も形も見る事はできない。少し体を動かしてみると、体のあちこちが引き攣れるように痛んだ。自覚してしまうと、忘れていた傷全てが熱を持ったように痛みだす。その痛みに少女がベッドの上を転がっていると腕が何かにぶつかった。驚いて動きを止めて、触ってみると温かい。それで漸く、少女すぐ近くに誰かが眠っていることに気が付いた。

 いつ起きるかもわからない少女が寝ぼけている間に、少しでも多く何か食べてさせようとしていた母親は、それこそ寝ずに少女の様子を窺っていた。

 近くに誰かがいることすらも、触れるまで気が付けないのか。今更ながらの現実に、少女は愕然とした。けれど、そこでまた、小さな音が聞こえた。少女が布団から出た原因にもなった音と同じ音が。

 何の音か。今度は少し考えればすぐにわかった。母親の寝息だ。同時に、目で見なくても、触れなくても、その存在を認識できることにも今更気が付いた。

 だからといって何が変わったわけでもなくて、失っていないものの存在に気が付いただけだ。それでも、内に籠っていた少女を、多少なりと外に向かせるのには十分だった。


 少女が朝起きると、鳥の鳴く声が聞こえた。父親も起きたのか、隣の部屋でカーテンを開ける音がした。母親はとっくに起きているようで、階下からテレビの音がなんとなく聞き取れる。止まっている物は音を立てないから、動けば大抵何かにぶつかる。迷いはなくそれでも頼りない足取りで、少女はドアや壁に体当たりしながらも、部屋を出てゆっくり階段を下りていった。

つい三人称で書いてしまったらテーマに逃げられました orz

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