第三回 待ち合わせ
テーマ:退屈
禁則事項:?と!の使用禁止
登場人物の名前記載禁止
冷たく張り詰めた空気に、通りを行き交う人々は皆一様に首を竦めている。気持ちまで沈んでしまいそうな、どんよりした曇り空を見上げ、何を思っているのだろうか。その向こうに青空を隠した厚い雲は、この季節の弱い陽光なんていとも簡単に遮ってしまい、真昼間だというのに薄暗い。
この寒空の下を少しでも早く抜け出そうとしているのか、尽きることのない人の波の流れは速い。それなのに、駅前の広場にある時計の針は遅々として進まない。引っ切りなしに出入りする人々の流れに乗って、駅ビルの出入口からは天気にそぐわない軽快な調子の歌が聞こえてくる。今流行りの曲だろうか。
「寒ぅ……」
コートの長い袖に隠れた手を先だけ外に覗かせて息を吐く。返事をしてくれる相手もいないのに白い息と共に吐き出された呟きは、街のざわめきに吸い込まれていく。
待ち合わせの時間までは後三十分。少し早く来過ぎたかもしれない。待ち合わせている相手は、下手をしたらまだ家も出ていないだろう。
こんなところで突っ立っているのもどうかと思って、空いているベンチの端に座る。人通りが多い場所で、行く人来る人皆が先を急いでいるように見えた。何もするともなしにそんな人の流れを眺めていると、自分一人だけ取り残されたような気分になる。けれどよく見ると、周りには自分と同じように誰かと待ち合わせているのか、一人や複数人でその場に留まっている人も何人か目についた。
もしかしたら相手も早く来るかもしれない。そう思って、駅の出口を監視するような目つきでじっと見つめる。けれど、途切れることのない人混みの流れの中には、当然のように待ち人の姿は見つからない。
幼い頃から人を待つのは嫌いだった。だからといって、人を待たせることも出来ないの性格に育てられてしまった。そのお陰で、人を待っている時には、つくづく損な性格だと嘆くのが最近の常になっている。
待ち合わせ時間まであと二十五分。秒針のない時計は止まっているようにしか見えない。それなのに実際は僅かずつでも回っているというのだから、毎度騙された気分になってしまうのは何故なんだろう。そう考えると、秒針は必要なものなんだなと思う。不必要だと思ったことも別にないのだけれど。
何もせずに、通り過ぎる人々の顔を眺めているのにも飽きたので、暇潰しとして本を読もうと思った。鞄から取り出した本を、栞が挟んであるページで開くと、残りはあと二十ページもない。
「読み終わっちゃうかな」
口から零れ出た聞いてくれる相手のいない言葉が、耳の奥で妙に虚しく響く。本を読み進めてページを捲ると、紙の擦れる音が異様なほど大きく聞こえた。誰かといるときはそんなことはないのに、一人でいるとこんな雑踏の中でも、自分のたてた音が必要以上に耳につき、他人の注意を引いていやしないかと要らぬ心配をしてしまう。一字一句漏らさないように読んでいるのに、いまひとつ本に集中出来ないのは、彼女が来た時に気付くのが遅れないかと気を張っているからだろうか。頭に入ってくるのは文字ばかりで、何の意味も成さなかった。
「お待たせ」
声が聞こえたので、読書を中断して顔を上げた。けれどそれは自分に宛てて発せられた言葉ではなく、近くにいたの女性に向けられたものだった。咄嗟の反応で待ち合わせ相手かと思ってしまったけれど、ちゃんと聞けば待ち合わせ相手である彼女のものとは聞き間違える要素が思い当たらない。
「遅いよ」
「ごめん、ごめん」
暫く待っていたのか、声をかけられた女性は不満げな顔をするが、それも遅れて来た方が宥めるように謝るとすぐに機嫌を直したようだ。二人は二言三言話してから駅から離れる方向に歩きはじめた。それが人混みに紛れて見失うまで二人を目で追った。
待ち合わせ時間の約五分前。三十分も早く来ることは滅多にないにしても、普段は待ち合わせよりも数分早めに来る彼女だから、もうそろそろ来るだろう。そう思ってまた目の前を通り過ぎていく人々を眺める。万が一にでも、彼女を見逃さないようにじっくりと。
それにしても、三十分も待っているとさすがに退屈なのも限界になっている気がする。目で見た物が情報としてしっかり脳に届いているのかがわからなくなって来た。五分、十分と、じりじり時間が過ぎていく。それなのに、一向に彼女が来る気配がなく、だんだん心配になって来た。どこかで事故にでも会ったんじゃないか、もしかして待ち合わせの時間か場所を間違えってしまったんじゃないか。そんな考えばかりが頭の中をぐるぐると回り始めて、落ち着かない。
約束の時間を二十分程まわったころ、駅の出口から見慣れた小さな姿が吐き出された。人の波に流されるようにして押し出されたその姿は、こちらに気が付くと身動きが取りずらそうにしながらも、大きく手を振って来た。
駆け寄ってその小さな体を人の海から引っ張りだすと、彼女はこちらに満面の笑みを向けて来た。
自分も大概現金な奴だと思う。
この五十分間、退屈していたのも心配になったのも、彼女が来たら少し文句を言おうと思っていたことも、その彼女の笑顔だけで、全てがどこかへ吹き飛んでしまったのだから。
オチっ
落ちどこ行ったぁぁ…… orz