短編小説「2011/07/26/AM03:34-」
2011/07/26/AM03:34
「2011/07/26/AM03:34」暖かな夏の日差しが辺りを照らすことのない時間帯。
ゆるい部屋着にパーカーを羽織った姿で一人の青年がマンションの一室のドアを開く。
彼はおもむろにヘッドホンをつけるなり、東京の街を歩き始めた。
街は昼間のような活気はまだない。走り過ぎてゆく車の音も、電車の音もない。
ただ聞こえるのは、自分の足音とヘッドホンから流れる音楽だけ。
音を無くした薄暗く小さな路地を、静かに照らす街灯の灯りが歩くための頼りだ。
それを辿って、普段は人通りの激しい大きめの路に出た。
路地とは違い、時々タクシーが通り過ぎ、24時間営業のコンビニも強い光を照らしている。静かな街に音と光が増え始めた。複雑に絡み合う道路にカラフルな道路標識、
路面に白く書かれた「止まれ」の文字も、いつも見る光景のはずなのに、
この時間帯は何故か少し違う表情を見せていた。建物と建物の間に詰め込まれた箱や、
それを隠すように置かれている観葉植物が、人通りが少ない今になってよく目につく。
発見を繰り返しながら更に大きな道に歩みを進める。所々でその歩みを妨害する横断歩道の光が眩しい。車がほとんど通らない時間帯でも昼間と同じように、ただ淡々と色の変更プログラムを繰り返す、これが世界を回す為の精密機械の使命なのだ。
普段考えもしないことを考えながら時刻は「AM04:05」午前四時を回っていた。
空の色が純粋な黒色から、オレンジと黒のグラデーションになると同時に世界の中に更に音と光が増えていく。名前もわからないマンションの部屋の電気がつき始めたり、
大きなエンジンの音を鳴らすバイクの音もする。新聞配達をしているのだろうか。
さっきまでほとんどなかった人の気配が一気に増えていく感覚を感じ、すれ違う人も増え始めた。朝に散歩をしている老人や、ゴミ捨て場にゴミ袋を放り込む40代くらいの会社員姿の男性、薄い服を着た若い女性と男性の二人組。
これから一日が始まる人もいれば、これから一日を終える人もいるようだ。
日の出を迎えた街は眠りから覚めたように感じることもできた。
更に大きな路に出てきた。時刻は「AM05:01」空の色は青とオレンジのグラデーションに変わった。
歩道橋の上から街を見ているおよそ一時間半前の時とは違い、活気を取り戻し始めた街はいつもの光景とは確実に変わって見えた。輝く太陽を目を細めて眺めながら、
ずっとつけ続けていたヘッドホンを外した。その瞬間、世界は更に広がりを見せた。
ヘッドホンを突き抜けて聞こえてくる音の他にも、雀の鳴き声、木の葉が風に揺れる音。
様々な音が世界に彩りを与えている。
青年は手すりから手を放して再び街に目を向け、歩道橋を降りて歩みを進めた。
2011/07/26/AM05:01




