変で、いい。
箪笥の縁に手をつきました。
この箪笥は、その家具店で、7年くらい売れ残った商品でした。
担当の方が、赤札価格を指差して言います。
「これね、売れないんですよね。すごく良い品物なんですよ」
「黒いんですね」
「はい、そういう加工です。ネジを使っていない伝統技法です」
広島の呉で造られた手作りの印がありました。
みんなが引き取られていく中で、この箪笥はうずくまるしかなかったのです。
どんどん、売れ筋から遠のき、店の隅に追いやられたのでしょう。
箪笥が「あなたの所に行きますよ」と強い視線を私に送ってきました。
この時、縁は有ると感じました。
それからの付き合いです。
「なぁー、どうしよう」と話しかけます。
困ったことがあると、私は箪笥に寄りかかるようになりました。
箪笥に手をついたまま、腕を伸ばし、つま先を見つめました。
「はぁーっ」
(困ったなぁ)がいっぱい詰まった息です。
今更、「キャンセルします」などと、歯切れ良く言えません。
完全に変な奴と思われます。
「いや、変な奴でいいんだ」
首を縦に何度も振りました。
私の周りに誰もいなくなってから、気にすることはないのです。
私は「笑うなら笑えば?」と顎を上げていたはずです。
「やっぱり、断ろう」と言いかけて、箪笥から、片手がずるりと外れました。
私は、指で額を軽く引っ掻きました。
「しかしぃ、ですねぇー」
私は、髭を生やした経済学者のような面持ちになりました。
さっきまで、手の中には、とんとん拍子がありました。
これには、私の直感が「好き!」と叫んでいます。
一気にボクシング無料体験まで進んだのです。
「断るのには、惜しい」と誰かの声が聞こえました。
「外見が何だ」
私は、姿勢を正し、両足を踏ん張りました。
腰に両手を置きます。
「いいんだ、色んな意味でいいんだ」とゆっくり頷きました。
(そうだ、そうだ!)
心の中の知らない応援者たちが、励まします。
彼らは、私の名前を書いた団扇を連打しています。
「よし、それらしい、運動着を探そう」
私は、下着の入っている三段目の引き出しをとばし、四段目に手をかけました。
引き出しは、いつもより重く、指先が痛くなるほど力を込めました。
中身を覗くと、引っ越し前に、箪笥の中に突っ込んだ衣服で満杯でした。
引っ越しアドバイザー様の甘い言葉が思い出されました。
「箪笥の中身は、そのままで運びます」
私はその時、小躍りして喜んだのを覚えています。
そして、荷造りからはみ出た衣服を詰め込んだのでした。
一つ、紺色の綿素材を取り出します。
広げてから「あーここは、ズボンの引き出しだな」と納得しました。
もう一つ、掴むと、それはカーディガンでした。
「うむ、そうか」
苦笑いしました。
ごちゃ混ぜです。
挫けずに掻き分けて、運動着を探します。
「あった!」
ついに、見つけました。
黒色にピンクの線がサイドに入っています。
ウエストに通った紐がだらりと下がりました。
確か、ゴムが伸びて、この紐を結んで着ていました。
「おおおー、セーフ、セーフ」
私は、安心しました。
あとは、上半身に着るものです。
手探りすると、冬物や春秋の普段着でした。
「仕方ないな、お洒落Tシャツにするかぁ」と落語家のような話ぶりになりました。
その時です。
「んっ?」
端っこで、パンストのようなものが手に触りました。
「いやぁー、パンストはないでしょう」
私は掴み上げました。
なんと、それは、レギンスでした。
「なんだ、これは」
私は灰色の塊を解きました。
「あーっ」
私は思い当たりました。
何年か前、スポーツ店で安売りのラックの横を通りかかりました。
先頭には、襟首の伸びた、巨人が着るようなサイズの水色のトレーナーがありました。
この時点で、私は足早になりかけました。
でも、ウエストの片方がハンガーからずり落ち、片足を床に引きずっている品物が見えました。
私は可哀想に思い、立ち止まり、ハンガーにかけ直しました。
それはレギンスでした。
その時、値段のシールを何気なく見て、口が半開きになりました。
破格の安さでした。
これは、「拾ってきた」とか、「もらった」のレベルです。
それには、Tシャツとランニングパンツも付いていました。
私は、埃がつき、色褪せたその3点セットをカゴに入れました。
「ま、いつか、使うかも」
そう言って、レジに行きました。
今、まさに、その「いつか」です。
私はニヤけていました。
「これで、何とかなるぅ」
頬が赤らみました。
出かける前に、昼食を食べなければなりません。
「タオル、オーケー。水、オーケー。ズック、オーケー」
コンビニで買ってきた、トーストを焼いている間、ラップ口調で歌います。
「おー、イェイ♪」
牛乳を少しこぼして、マグに注ぎました。




