飛べよオマエ
なんつうか、嫌な内容になってますが、そういうのが大丈夫な人は読んでください。
「オマエ邪魔だから飛んでくれて良いよ。亡骸の処理はオレがやってやるからさ、オマエはもういらない。オレの目の前から消えうせてくれないか。目障りなんだよね、なんつうかいつも、オレはオマエのこと気に食わなかったんだよね、まじ邪魔だから消えてくれないかな。飛んでくれていいよ。亡骸の処理ならオレがやってやってあげるからさ。オレガやってあげるからさ処理亡骸なあ、オレの目の前からきえうせてあげないかなあ、オレガやってあげるからさオレガヤッテアゲルからあらららトンデクレテイイいいよよお気に食わなかったんだよねぇああああ目障りなんだよねえ」
お昼過ぎの屋上で、その日は曇りの天気で空が灰色だ。そんななんとも無い退屈な毎日の、そのお昼過ぎに、私は見たこともない一人の人間に呼び出されてはそんなことを言われた。
私は男。彼女は女。普通、女がこんな暴言を吐くものだろうか。いや、違うのかな。女だから吐くのかな。いや、違うな。この人がひどいから、暴言を吐いてくるわけだ。当たり前だ。
「ウギャギャギャガアアアアアハハ今日はとっても悪い天気、みんなが教室でお手玉をして遊んでいる間にワタシハあ。ていうか、・?ていうか、みんな何でお手玉をしているんだろう…。普通は、もっとおしゃべりをしたり、桜の木の下でピクニックをしたりするんだよぉソウデショうに、おかしいなあ。オマエトベヨ。オマエジャマダヨ。おまえトべよ。わたし、オマエが邪魔だヨ」
私は彼女にそこまでの暴言を吐かれても、特に怒りも悲しみも湧き上がってはこなかった。当然だ。彼女に対する哀れみこそ浮かべど、なぜ悲しみや怒りが湧き上がる理由があるだろうか。この人はもしかしたら、この場で飛ぶ気なのかもしれない。そして私を犯罪者にでもするつもりなんじゃないだろうか。この人が飛び降りて、みんなが騒いで、飛び降りた彼女の血まみれを屋上から見下ろす私を、勘の良い誰かが発見する。
「あそこに居る奴が、突き落としたんだ!」
そうなれば私が捕まるのは時間の問題だ。つまり、私はまだ中学生だから刑務所ではなくて少年院に送られるのだろう。刑務所に入れられないのはありがたいが、少年院に送られれば私の未来は想像のつかないものへと変化してしまう。それは、嫌だ。というか、何でこの人はこんなに気が狂っているのだろう。何か、悲しいことがあったのだろうか。
私は尋ねる。
「なんできみはここに俺を呼び出したの?」
「オマエが邪魔だから呼んだんだよ。ここに呼び出せばオマエが飛んでくれるんじゃないんんかかあっってえ、思った。だから私渡し私渡し私あなたに飛び降りてもらおうとおもってててってってててててってててて舌がマワラナイいいいいいいいいああ、そうだ、思い出した」
彼女は何かを思い出したような表情をしていた。漫画だったら『ハッ』とかいう効果音的なのがくっ付くような、そんな明らかなリアクション。そして彼女は走り出した。ダッダッダと小刻みにきもち悪く、すごいスピードで屋上のコンクリを駆け抜ける彼女。私は一歩も動けなかった。私が一歩も動かないうちに、彼女は飛んだ。そして、私に向かって最後恐ろしい表情を向けながら、屋上から落っこちていった。
「おい!」
叫んでから彼女が落ちた場所を見下ろす。落ちた側は校庭。私はハッと息を呑んだ。
校庭に、全生徒が集まっていたのである。全校集会が行われているわけでもないのに。
その百人近い人数全員が、飛び降りた彼女の血だまり周辺にワラワラと集まって、ざわめき始める。そのざわめきが私の耳にも入り込んでくる。
私は身を隠そうと思った。きっとすぐ、誰かが上を見上げる。その時に私の姿を見られてしまっては……。私は少年院行きだ。
だが、身を隠す前に。私は見られてしまった。
全員に。
全員が、同時に、事前に示し合わせていたかのように、一斉に私を見上げたのだ。
「ひっ!」
私は身体を固めてしまった。全校生徒が私に注目している。普段目立たない私を、百人近い人間が見ている。恐ろしい形相で、全員が私を睨み付ける。
「…ち、違う。俺は、殺してない。こいつが、勝手に……」
喉を振り絞っても、かすれたような声しか出ない。焦りのせいか、足がガクガクと震え始める。ここまで匂って来る筈は無いのに、血のにおいが鼻にツンと入り込んでくる。
「……い、いやだ……」
私が呻くと共に、百人全員が顔を歪めた。奇妙なその顔つきで、私を全員が射抜いてる。
そして大合唱を始めた。なぜかはわからないけど、合唱部顔負けの、上手さの合唱を、私に仕掛けてくるのだった。
歌の内容は、つまり彼女が言っていたことそのままだった。
『飛べ』って、彼は歌う。私に向かって、『トベ』って、彼らは歌ってくる。
「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」
百の『飛べよ』
みんなが死を望んでいるというのだ。
私が何かしたか?
私がお前らに何をしたというのだ……
私が何かしたか?
しかし血まみれの、ひちゃげたトマトみたいになっている彼女が校庭で、周りのどよめきと共に立ち上がった。屋上から見ても分かるほどに、その血まみれの身体はグロテスクだった。
だが彼女は確かに、私に向かって、唇を動かした。
一言だけ、私に言う。
「飛べよオマエ」
私はゆっくりと微笑み、屋上の隅に足をかける。
覚悟を決めた私の視界の隅。つまり、足元。そこに何時の間に居たというのだろうか、一匹の蜘蛛がいた。私は靴を脱ぎ、靴下になった足でそいつを…その蜘蛛を踏み潰した。音も無く蜘蛛は潰れてしまった。私の足で呆気なくその蜘蛛は命を落としてしまった。私に命を奪われたのだ。
私は何だかそれで、覚悟を深めることができた。『他者の命を奪ったのだから私も死ぬべきだ』。そんな無理矢理な、洗脳のような考え方が、覚悟をどんどん深めてくれる。
息を吸う。靴下を脱ぐ。なんだか足の裏がひりひりするのは、屋上のコンクリが熱を帯びているから。だけど、そんな感覚だって飛び降りれば忘れる。
ふと気が付いた。さっき私は命がどうこうほざいたが、毎日飯を食ってるんだから、毎日私は命を奪ってるじゃないかってことに気が付いた。
私はフフ、と自分を嘲笑った。馬鹿じゃん、何言ってんだろ、ってな感じで。
それで決意がついた。その決意を後押しするがごとくに、みんなが「飛べよ」合唱を再び始めた。
「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」 「飛べよ」「トベよ」「とべよ」「トベヨ」
「とんでやるよ」
正直手抜きです。もうちょっと掘り下げるべきだった。
というわけで、書き加えました。