6 時系列の整理
私はノートに時系列を書き始めた。
まず、昨日。夕方にテレビで原因不明の暴動が各地で発生というニュースが流れたのが最初。
その時、私が見たのが、噛みつかれる人たち、噛みつく人たち。そして噛みつかれた人がゾンビに変わっていく様。
映画でも見ているかのような変わりゆく世界そのものだった。
「昨日の夕方、渋谷にいたのよ、アタシ」
「え?」
「渋谷に勤めてるお店があってね?そこに向かう途中で、あの暴動騒ぎにかち合ったのよ」
「……」
「なんか噛みつかれた側の人たちがダラダラ血を流したまま別の人に嚙みつこうとするし、信号無視はするしで阿鼻叫喚よ」
「……私はニュースでちょっと見ただけだけど、それもう渋谷めちゃくちゃでは?」
「めちゃくちゃよお。で、アタシはこれは関わったらダメなやつだ、と思って逃げようとしたところを目の前に迫ってきた女のゾンビに無理やりキスされたの」
「……キス?」
「そう。めちゃくちゃ気持ち悪かったわよお。唾液なのか何なのか口の中は臭くなるしで最悪。で、突き飛ばして店のあるところまで逃げたところで自分の異変に気付いたの」
「どんな……?」
「ドアに映ってる自分の顔色が真っ青でね。最初はとんでもない目に遭ったせいかなって思ったんだけど、よく見れば手も同じ色だし、首や足も真っ青で、それってあいつらの肌の色に似てたから、アタシもゾンビになっちゃうんだ、って思っちゃったのよね」
「確認させて。嚙まれてはない……のね?」
「うん、噛まれてはない。それで、このまま出勤もできないと思って、一旦家に帰ろうと思ったの。でもこんな顔色で公共交通機関使えないじゃない?だから帰宅難民よろしく、渋谷から板橋区まで歩いたのよ。そこまでの道ももう異変は始まってて大変だったわ」
それはまた結構な距離を……。
「で、家に帰ってきて、ひと眠りしようと思ったけど全然眠くならないしお腹もすかないけど喉だけは乾くのよ。だからここに水を買いに来たらもうここもゾンビで溢れてたんだけど、アタシは見ての通りちょっとゾンビだからか攻撃はされなかったの。だから昨日からここで色々試してたの」
「試す?」
「そう。ゾンビの倒し方・映画とかだと頭潰せって言うじゃない?だからまず頭潰してみたの。そうしたら二度と立ち上がることはなかったわ。まあ匂いはひどいけどね」
私は迦楼羅に効いた話をノートに書き留めた。
・噛みつき → 完全ゾンビ化。
・唾液 → 不完全変異の可能性。
・頭部破壊で停止。
これは大きな情報だ。
私は続けてノートにペンを走らせた。
感情ではなく、知りえた事実だけを書き出す。
・発端:分かっている範囲では昨日夕方、各地で暴動発生(テレビ報道)
・症状:人に噛みつく/噛まれた人間が同様の行動へ移行。
・変化:皮膚の変色(青黒い)、理性の消失。
一度、息をつく。
そして、隣にいる“例外”へ視線を向けた。
・例外①:噛まれていない感染者(迦楼羅)
→感染経路:キス(唾液)
→症状:皮膚変色あり/理性あり。
→食欲なし・睡眠欲なし・喉の渇きあり。
→ゾンビから攻撃されない。
ペン先が一瞬止まる。
「……感染の仕方で差が出てる?」
独り言のように呟きながら、さらに書き足す。
・仮説:ウイルスは体内への侵入量で症状が変化する。
→噛みつき(血液感染):高濃度 → 完全ゾンビ化。
→唾液(接触感染):低濃度 → 不完全変異。(半ゾンビ)
「ねえ、それっぽくない?」
「言われてみればそうかもねえ。アタシ、血は出てなかったし」
私は頷いて、次の項目へ進む。
・対処法:頭部破壊で活動停止(迦楼羅の実証済み)
最後に、少しだけ迷ってから一行を付け加えた。
・不明点:半ゾンビ状態の進行有無(時間経過で悪化する可能性)
ペン先を止める。
「……これ、まだ安全とは言えないよね」
そう言って顔を上げると、迦楼羅は肩をすくめて笑った。
「でしょお?だから試してたのよ、色々」
「色々?」
「そう。たとえば水を飲んだらどうなるのか、とか」
「どうだったの?」
「渇きはなくなったわ。これは人間と同じね。また時間が経ったら乾いてくるけど」
「なるほど」
私はノートに一行付け加えた。
・喉の渇きは水分補給することで治まる。ただし一過性。
よし、とりあえずの情報はこれくらいでいいだろう。
「ねえ迦楼羅」
「何?」
「あなたはこれからどうするの?」
「どうするも何も、こんな状態じゃもう仕事なんてないだろうし、ここで朽ち果てるのを待つだけかしらね」
「なら、提案。私の手伝いをしてくれない?」
「え?」
「私、今、ゾンビが入ってこれない避難拠点を作ろうと思ってるの。だから、迦楼羅が良ければ、私を手伝ってくれない?」
「……アンタ、変わってるわね」
「アンタじゃなくて、私は方八馬結花っていうの」
「……結花、アンタ、変わってるわね」
「よく言われるわ。私、昔災害にあって、それから防災オタクになったの。だから、避難拠点作りにはちょっとうるさいわよ」
「ちょっとどころじゃなさそうだわ」
「報酬はそうね、飲み放題の水でどう?」
「……安いわねえ」
「それに、たぶん——一人でいるより死ににくいわよ」
「もうアタシ、死んでるようなものよ?」
「いいえ、あなたの目は生きてるわ。ならまだ生きたいんでしょう?」
私の言葉に、迦楼羅が小さく笑う。
「……はあ。ほんと、変な子に捕まったわねえ」
そして立ち上がって手を差し出してきた。
「いいわ、手伝ってあげる」
「ありがとう」
握り返した手は冷たかった。
「まずは何からすればいいの?」
「そうね、まずはレジカウンターにあるはずの軽トラの鍵を探して」




