5 半ゾンビのオネエホストとの出会い
音がした方向から、人影が勢いよく飛び出してきた。
その前に感じる腐臭に顔をしかめる。
私のいる入口方向に駆けて来たのは一人の男だった。手にはバールを持っている。
「しねええええ!!ってもうあんたら死んでるけど!」
と叫びながら追ってきたゾンビの頭目掛けてホームランを打つかのようなきれいなフルスイング。
ぐちゃっ!
頭を吹っ飛ばされたゾンビがそこに倒れこむ。だがその奥からさらにゾンビが現れるのが見えた。
複数体だ。
「ちょっとアンタ!そこで突っ立ってないで手伝いなさいよ!」
え?私?
ってここには私しかいないから私に言ったんだろう。
ゾンビだって元は人間。ためらいが……。
あるわけなかった。
これはリアルバイオハザードだ。
やらないとやられるなら私はやる。
生き残るためにやることはええと、なんだっけ。確か緊急避難適用だっけ?
……うん、そんなことのんびり考えてる場合じゃない。
私はスコップを握りなおして、バールを持つ男の前に飛び出た。
「ちょっとアンタ……!」
焦った声がしたけどもう止まれない。
私はそのままスコップを振りかぶって私にかみつこうとするゾンビの頭にスコップを全力でたたきつけた。
もっと手ごたえがあるもんだと思ったけど、まるで豆腐をつぶしたかのような柔らかな感触しか伝わってこなかった。
その理由はすぐ分かった。
もう腐ってるんだ。
そのまま崩れたゾンビは、警備員の制服を着ていた。
このホームセンターの警備員さんだったのかな……。
なんて思っていた私の横をバールが勢いよく再度フルスイング。
そのまま——私たちは息を合わせるように、近づいてきたゾンビを片付けていった。
腐臭がさらに強くなって気持ち悪くなってきそうだ。
でも逃げ帰るわけにはいかない。
「それで?」
「え?」
「アンタ、ここに何しに来たの?」
「……買い物?」
「は……?」
「だから買い物」
一通り静かになって、目の前の男の人に尋ねられたので答えた私は、薄暗い中で彼の姿を初めてきちんと確認した。
どこか血の巡りが悪いような、青黒い肌。
健康な人間の色じゃない。
唇の色は完全に紫だ。
白目にはまったく血の気がなく、瞬きもない。
だけど視線はちゃんと意志を感じる。
「……!」
「ああ、見ればわかっちゃうわよね。見ての通り完全にはゾンビ化せずに済んだ元ホストでーす」
いや、後半の情報は特に必要ないんだけど……。
「とりあえず話ができる子が来てくれてよかったわ。何せこの中、みーんなゾンビで話し合いなんかできないんだもの」
「え、じゃあまだこの中にはゾンビが……?」
「いいえ、もういないと思うわ」
「……どういうこと?」
「朝にね、学校のチャイムが鳴るでしょ?あの音を聞いたこの中にいたやつらほぼ全員、その音に誘われるみたいに出て行っちゃったの。——ぞろぞろとね。」
音に反応……?
「アタシは誘われなかったけどね。なんか音がすると、そっちに行く習性みたいなものがあるっぽいわね」
「じゃあ音を使えば誘導できる……?」
「そうかもね。でもアンタ、あいつら集めるの?」
「まさか。適当に離れた場所に音が出るものを置いておけば、エンカウント率下がるなって思っただけ」
「なるほど。考えてるわねえ。ところでここでゾンビの残骸に囲まれたまま話をするのもどうかと思うんで、ちょっと奥に行かない?キャンプ用品のコーナーでちゃんと話をしましょう」
「はい」
彼は、迦楼羅と名乗った。ホスト名らしい。
本名は内緒だと言われた。
迦楼羅についていきながら、私は棚の商品を軽く確認する。
カートに乗せて、表の軽トラまで運んで、三往復くらいで、今の時間なら6時の夕方に鳥居に着くのがベストかな。
夜はできればあちらで過ごしたい。
「はい、ここよ」
そこはホームセンターの一角にあるキャンプ用品を並べてあるコーナーだった。
テントのそばには椅子があり、彼は先に腰かけて、私に目の前の椅子を勧めてくれ、缶コーヒーを一本差し出してくれた。
それはあの島で拾ったコーヒーと同じもので、製造年月日を見ると当たり前だけど今日より1か月以上前のものだった。
「あれ?コーヒー嫌い?」
「いえ」
思わず考え込んでしまった私が缶コーヒーは嫌いなんだと思ったらしい。
「いただきます」
缶コーヒーはよく知ってる味で、ひょっとしたら二度と飲めないかもしれない味だ。
「あなたは飲まないの?」
「うーん、缶コーヒーよりはドリップが好きなのよねえ」
「なるほど」
ゾンビって飲み食いできるんだ……。
「さて、それじゃ」
「はい」
「お互いに知っていることの情報公開しましょうか」
「分かりました。でもちょっと待ってて」
背後を気にしながら、私は急いで文房具売り場へ向かった。
そこからノートとボールペンを取ってくる。併せて500円くらい。あとでレジカウンターにお金置いておこう。
「きちんと紙に書くほうが分かりやすいしあとで精査もできるから」
「……そうね。じゃあ書くのは任せていい?」
「はい」
——昨日から始まったこのパンデミックは、私が思っていたよりずっと早く、ずっと広く、進んでいた。
明日は12時と18時に投稿予定です。




