3 島の探索
家に帰ると、私は通勤バッグから車の鍵を出し、リュックを背負ったまま玄関を飛び出し、駐車場へ走った。
アパートの駐車場には車はまばらだった。
住人は車でみんな避難したのかもしれない。
私は空いた駐車場を最短距離で横切り、自分の軽自動車のドアを開けた。
都内で車なんていらないでしょ、とよく言われる。
でも育ててもらった親戚の家は群馬の山が近い田舎町だ。
一人一台車が必要な地域だった。
だから中古で買ったこの軽自動車を、そのまま東京まで持ってきた。
維持費はそれなりにかかるけど、車は私にとっては防災のために必要なアイテムだったから、手放そうと思ったことはない。ダッシュボードには水とエネルギーバーを常に入れてある。
災害時、車は最後のシェルターになることが珍しくないからだ。
キーを回すとエンジンがかかった。
まず見るのは、スマホでも時計でもない。
ガソリンメーターだ。
「……よし」
燃料計の針は、きっちり満タンを指していた。
私は小さく頷く。
私は普段から、ガソリンは半分を切る前に入れる主義だ。
理由は簡単。
災害時、ガソリンスタンドはすぐ止まる。
地震でも、台風でも、停電でも。
物流は一瞬で詰まる。
だから私は、常に満タンにしている。
周りからはよく言われる。
『そこまでしなくてもいいでしょ』
だけど——私は動かなくなった車の中がどれほど絶望的な空間なのか知ってるから。
「今は、しててよかったって思う」
ハンドルを握りながら、私は呟いた。
あの島。
そこに運び込める物資の量は、まずはこの軽自動車一台分だ。
だったら——まずはできるだけ詰め込む。
私はクローゼットを開けた。
まず台車を広げる。
そこに水のケースを乗せた。
何はなくとも水。
水だけは必須だ。
人は水がないと三日で死ぬ。
まず水のケースを軽自動車の荷台に運び込む。
次に食料品。
そして救急用品。
何度か家と車を行き来して、クローゼットにあったものを積めるだけ積むと、少し車が沈んだのを見て笑ってしまった。
そのまま車を出すと、道の渋滞が始まっていた。
神社は目立つ場所にはない。
でも——あそこは確か自治体指定の避難所の一つだったはずだ。
もし誰かが鳥居をくぐったら。
……あの場所を見つけるかもしれない。
もちろんあの島は私の所有物ではない。でも、おそらく何もない島では避難しても生きられない。
そこに私がこの避難物資を持って現れたら?
……どうなるか考えたくもなかった。
ノロノロと車が進む。
神社が近くなると、一気に車が減った。
おそらく、みんな学校などの大きめの避難所に向かったんだろう。
自治体も、まずは大きな避難所から準備するものだし。
「よし……」
神社の前まで来るとまた鳥居が青白く光った。
「12時ジャスト。よし行こう」
こういう記録があとあと役に立つもんだからね。
私は少しだけ強めにアクセルを踏んで青白い光の中をくぐった。もし境内にはいっちゃったらその時はその時だ。元々、神社に避難するつもりでいたんだし。
と、次の瞬間、そこには真っ暗な世界が広がっていて、車のライトだけが辺りを照らしていた。石畳も境内もない、海の音がする場所。
「よし、着いたっぽいな。念のため、今日は車の中で寝よう」
朝になったらこの島を探索しなきゃ。
波の音で目が覚めた。
狭い運転席で毛布をかぶって寝たせいで、体がこわばっていた。
車を降りて思いきり背伸びをすると、ようやく目が覚めた。
時計を見るとすでに午前9時を過ぎていた。
しまった、考えていた鳥居の検証時間を過ぎてる。仕方ない、次の想定時間に期待しよう。
天気が良くて良かった。
顔を洗いたいけど、水は貴重品。なのでウェットシートで簡単に顔を拭くと結構さっぱりした。
目の前に広がる海は、思ったよりずっと広かった。
こんな状況なのに——少し感動してしまった。
「よし、じゃあまずはあの大きなコンクリの建物の中を見てみよう」
懐中電灯と武器替わりの杖を手に、私は形が残っているひときわ大きなコンクリートの建物へと足を踏み入れた。
どうやらここは役所だったらしい。
らしいというのは、入ったところにあったカウンターと朽ちたポスターで判断した。
「ええと……神集島へようこそ、か。この島、神集島っていうのね」
そこには日本地図もあって、ここが伊豆諸島なのも分かった。
飛行場もあり、港もあるので、平常時ならば本土との行き来は問題なかったのだろうと分かる。
私はカウンターの内側に入ると、そこにあるものを確認し始めた。
ふと目に留まったのは誰かの日記だった。
『最後の島民が島を出て本土へ向かうことになった』
『あのパンデミックから、およそ五十年』
『この島が生き延びられたのは、本土から遠かったことが一番の理由だ』
『本土がどうなっているのか、細かいことは分からない』
『でも、もうこの島では生きられない』
『ならば、本土へ向かうしかない』
『だが私はこの故郷を離れるつもりはない』
『もう少しだけあがいてみる』
日記はここで終わっていた。
この日記を書いた人はどうなったんだろう……。
確かに、島の物流は本土の荷物が届かなくなったらアウトだ。
船が来なくなった時、この島の人たちはどれほど怖かっただろう……。
それでも、この島の人たちは数十年も生き延びた。つまり、それなりの設備がここにはあったってことだ。
よし、時間を見ながら、今日はまずこの島の探索をしよう。
そう決めて私は観光客向けであろう壁に貼っていた地図を写真に撮った。はがそうかとも思ったけど、かなり古くなっていて剥がしたらバラバラになりそうだったので触らないことにしたのだ。
市庁舎の建物自体はしっかりつくられている。
どうやらあのパンデミックの少し前に建て直されていたので、まだ倒壊する危険はないと思われた。
ここをとりあえずの本拠地にするのがいいかもしれない。
だが、そう考えた私の目に飛び込んできたのは、ホテルの位置を示した地図だった。
そうか、ここは観光と漁業がメインの島だったのだろう、当然宿泊施設はある。
よし、行ってみよう。
そう決めて私はおそらく次にゲートが開くであろう時間を、12時と想定して、あと二時間ほどをここから一番近いホテルの探索に宛てることに決めた。
以前旅行で行った島を参考にしてます。良いとこだったなあ……また行きたい……。
明日は12時と18時2回投稿します。




