10 今日の通勤路はサバイバル
投げ落としたボストンバッグを迦楼羅が回収してくれて、私は階段を駆け下り彼と合流した。
「上、誰かいたんでしょ?」
迦楼羅に聞かれ私は正直に答えた。
「近所の友達が避難して来てたから、部屋を明け渡してきた。迎えに来るまでは生き延びててって言って」
「連れてこなかったの?」
「迦楼羅を無駄に怖がるような人は、今の避難場所にはいらないわ」
「……あら、ずいぶんアタシを信頼してくれてるのね」
さて、次に向かうのは勤め先だ。
いつもなら自転車で向かう通勤路。
私は防災用品の会社で働いてるので、社内の備品は把握してる。自分のロッカーにもちょっとした備蓄は入れてあるし、デスクの引き出しにも家に帰るため分くらいの用意はしてある。
会社までは車で十分もかからない距離。
でもそれは、“普通の街”だった頃の話だ。
今は違う。
信号は死んでる。交差点は確実に詰まる。
放置された車に道を塞がれて、身動きが取れなくなるのが一番まずい。
――なら。
「幹線道路は使わない」
「へえ?」
「生活道路で抜ける。多少遠回りでも、止まらないルートを取る」
住宅街に入ってすぐ、道が詰まっていた。
軽自動車同士の追突事故。
ドアは開きっぱなしで、持ち主はいない。
――いや。
いた。
車の影から、ゆらりと何かが立ち上がる。
「……来るわよ」
迦楼羅が呟く。
軽トラのエンジン音があいつらを呼んでる。
ゾンビは一歩、こちらに踏み出して――止まった。
視線が、私じゃなく迦楼羅に向く。
迦楼羅はバールを手にやる気満々だった。
私はアクセルを踏み込む。
軽トラが、放置車両のバンパーにぶつかる。
鈍い音。
それでも、押せる。
「道、開けるからしっかり掴まって!ついでにあいつらお願いね!」
「任せなさい!」
窓から飛び出したバールが凶器になって、あいつらを潰していく。
ぐちゃぐちゃと嫌な音がして色々飛び散ってるけど気にしてなんかいられない。
私は住宅街を無理やり突っ切った。
そこには畑が広がってる。ここを超えればすぐ会社だ。
「会社に着いたら、事務所棟のそばに車をつける。たぶん事務所の鍵は開いてるから一緒に来て。あいつらがいるかもしれない」
「分かったわ」
農道を軽トラで走り、農道の先の広い場所に出る。
そこには倉庫兼用の我が社があった。
オトナシ防災用品株式会社
中小企業だけど、防災用品という点では業界トップのシェアを持ってる会社だ。
見慣れた我が社の看板なのに、ここにあった日常の遠さを感じてしまう。
「こっち」
思った通り、事務所棟のドアは開いていた。
あんな騒ぎがあの速度で広がったのなら、事務所の鍵なんて閉める余裕は残業してたであろう人にはなかったはずと思ったのは当たってた。
迦楼羅がバール片手に私の前に入る。
事務所棟の灯りは消えてて、ドアのそばのスイッチを入れてみたら灯りが点いたのは我が社は非常用電源を用意してるからだ。
ただ、この非常用電源をつけると、倉庫を含めた社内の灯りが全部つくので省エネにはなってない。
「あら、明かりが点くのね」
「非常用電源があるからね。さ、階段はそっち。まず二階のロッカーに行くわ」
「了解」
階段を上がっても人の気配はない。誰か倒れてる様子もない。
でも油断はせず、窓から差し込む外の光が作る私と迦楼羅の影を追いかけながらロッカー室へ向かう。
ロッカー室のドアも開いていた。
そっと中を見るけど誰もいない。チャンスだ。
私は自分のロッカーを開け、中に入れてあった小さなリュックを背負った。
中身は、水、飴、カロリーバーに傷を負った時に傷口を縛るための大きめのスカーフと靴擦れができた時の絆創膏、それと万が一の為の武器。家に無事に帰るための備えである。
「よし、次は倉庫」
「倉庫?」
「うん、外にあったでしょ?あそこにどうしても欲しいものがあるの」
それからロッカー室の隣の事務所に入って、誰もいないことを確認してから自分の席に行く。
リュックの隙間に引き出しに入れてあった小さめの水のペットボトルと飴の袋をリュックに突っ込み、デスクの上の大きめの派手な蛍光付箋とマジックをパーカーのポケットにねじこんだ。
時刻は午後4時半過ぎ。
6時にゲートをくぐりたいから急がないと。
倉庫のシャッターは閉まっていた。
これは中に誰かいるかもしれない。
中にあるものを出すならシャッターは開けたい。
でもこれ外からじゃ難しいんだよなぁ……。
仕方なく、まずは従業員用の出入り口のドアへ向かった。でもそこも鍵がかかっていた。
「迦楼羅、ここ壊して」
「任せて」
アルミづくりのドアは迦楼羅のバールの一撃で簡単に壊れドアが開く。
大きな音がしたが、その音に近寄ってくるあいつらの姿は外からも倉庫の中からもない。
「中に入ったら、持ち出したいものにこの付箋を貼っていくから、シャッター前に運んでくれる?」
「分かったわ」
中に入ると、まずシャッターに向かい、内側から目いっぱいシャッターを開ける。
ガラララ!!
と派手な音がしてシャッターが開き、外からの風と光が倉庫の中に差し込んでくる。
さあ、時間との勝負だ。




