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終末ゾンビ世界から100年後の未来へ避難することにしました —防災オタクと半ゾンビの無人島開拓記  作者: ねねこ


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10/13

9 友達

 12時ジャスト。

 そのほんの数秒の隙間のような時間を狙って、私と迦楼羅は街へと戻った。

 そこは静かだけど、ところどころにゾンビが蠢いている世界に変わっていた。

 たった二日でこんなことに……?


 車の音にふらふらと近づいてくるゾンビがいたけど、車のほうが当然だが足が速いので追いつかれることなく私は自宅マンションの前に車を停めた。

辺りは静かでゾンビもいない。


「へえ、ここが結花の自宅?」

「うん。耐震基準しっかり満たしてるマンション捜すの大変だったんだから」

「それ基準?」

「だね。それが物件捜す一番大事な譲れないとこだった」


 日本みたいな地震大国で住む家が地震で潰れたらアウトだ。

 同時に川の近くも避けて捜したので大変だった。

 会社へ自転車や徒歩でも行けて、買い物にも困らない、となるとかなり狭まったけど、おかげでこのマンションに巡り合えたんだから住環境には満足していた。


「エレベーターは生きてるみたいだけど、危なくて使えない。階段での行き来になる。軽いものは上から放り投げるから、軽トラに迦楼羅が積んでくれる?」

「了解よ。多少重いものでも壊れそうなものじゃない限り、バンバン放り投げなさい」

「うん、よろしく」


 迦楼羅にゾンビが寄ってこないのは分かってるから、彼に積み込みは任せることにした。

 マンションの中は静かだった。

 でも人の気配はある。

 住人で家にいる人は自宅避難をしているのだろう。

 でもそれは正解だ。避難所より慣れた自宅のほうが心も体も休まるから。

 また電気も水も生きてるっぽいし、なら自宅にいるほうがいいと考える人は多いだろう。

 だから私も何かあったら長期になるなら自宅避難を基本に考えていた。まあ今は自宅どころか未来に避難を決めたけど。


 自分の部屋の前に来た時、上の踊り場から声がした。


「結花……?」


 名前を呼ばれ、上の踊り場を見るとそこには。


「千里……?」


 大学時代の友人の河江千里(かわえちさと)が踊り場のコンクリートの上に蹲っていた。

 着の身着のまま、といった感じで、まだ肌寒い夜もあるって言うのに薄着で震えていた。


「千里、どうしたの……?」

「どうしたって……結花、ニュース見てないの?」

「見たから避難してたんだよ。千里こそ」


 千里は彼氏と同棲中で、二つ向こうの駅のある町に住んでる。

 千里の声は、ひどく乾いていた。


「……帰ったら……彼氏が……アレになってて……」


 その先は言葉にならなかった。


 でも、分かる。


 千里は見たんだ。

 目の前で、“人じゃなくなったモノ”を。


「……逃げてきたの?」


 私がそう聞くと、千里は小さく頷いた。


「逃げて……ベランダから隣に移って……そのまま……ここまで……」


 そこまで言って、彼女の体がふらりと揺れた。

 よく見たらはだしでストッキングが破れてる。それでここまで歩いてきたの……?


 限界だ。


「一つ確認。噛まれてはないのね?」

「うん……隠れながら歩いてきたから……」


 私の問いに頷く千里。

 確かに噛まれてたらとっくに千里もゾンビになってるはず。無事で良かった……。


 「とりあえず中入ろう。うち、まだ物資あるから」


 私は鍵を取り出しながら言う。


「水もあるし、食べ物も――」

「……結花」

「とりあえず一旦ちゃんと休みな」

「結花ー!」


 下から、迦楼羅の声がした。

 私は下を見る。

 そこで迦楼羅が手を振っていた。


「誰かいるの?」


 その瞬間。

 千里の視線が、私の背後に滑った。

 そして、固まる。


「……誰?」


 私は一瞬だけ言葉に詰まった。

 説明が、追いつかない。


「結花……」


 千里の声が震える。


「なんで……そんなの……連れてきてるの……?」


 ――来た。


 私は息を吸う。


「大丈夫。彼は襲わない」

「そんなわけないでしょ!!」


 即座に否定された。

 当然だ。


「ゾンビだよ!?それ!!」

「違う、半分だけ」

「何それ意味分かんない!!」


 パニックになってる。

 でもここで強引に押すと、完全に壊れる。


「千里。いいからまず部屋に入ろう。ね?」

「……!」

 

 無理やり千里の手を引っ張ると、私は部屋の中に押し込んだ。

 そのままドアを閉め、鍵をかける。


 がちゃり、と音がした。


 千里の荒い呼吸だけが、部屋に響く。


「……ここなら大丈夫」


 私はそう言った。


「少なくとも、今は」

「……今は、って何よ……」


 千里の声が震える。

 視線が、ドアの向こうを恐れるように揺れている。


「ねえ結花……」


 ゆっくりと、千里が顔を上げる。


「外にいる“あれ”何……?」


 ――ごまかせない。


 私は一瞬だけ目を伏せて、息を吐いた。


「……味方」

「は?」

「少なくとも、私の」


 間が落ちる。

 千里の理解が、完全に止まる。


「……結花、あんた正気?」

「正気じゃないように見える?」

「……」

「ねえ千里。私、ここに備蓄取りに来たんだけど、もういいや。ここの備蓄、千里にあげる」

「え……?」

「一応、優先的にいるものは先に持ち出してるしね。あ、でもタオルと着替えと靴だけは持ってく」

「結花……?」

「着の身着のまま来た友達を追い出すようなことしないよ。でも私には行くって決めた避難場所があるの。そっちに今の千里は連れて行けない。でも色々整ったら迎えに来るから、今はこの家で籠城しててくれる?

 非常食も水も少なくともまだ2か月分くらいはあるし、家の中のものは好きに使って。

 お風呂の水は生活用水に使ってね。でもトイレは流さないで。電気が止まったら逆流してくるかもだから。トイレに関してはそこに簡易トイレがまだ300回分くらいはあるから防臭袋と併用して使ってね。ただし、できるだけ静かに過ごして。あいつら、音に集まる習性があるらしいから」

「ちょっと待って、いっぱい言われても意味が分かんない!」

「今言ったことも含めて、在宅避難に関してはそこの引き出しに入れてある防災マニュアルにも書いてあるから、落ち着いてから読みなさい。とにかくできるだけ音は立てないように。今の冷静じゃない千里をここから出したら私たちまで危なくなる。そんなリスクは嫌なのよ」

「結花、あんたどこに避難してるの?私もそこに行く」


 友達は大切。

 それは当然だけど、その親愛の感情に流されたら、私まで潰されることは分かってる。

 助け合い、という言葉はお互いに助けられる力があってこそ成り立つ。

 それに一番必要なのが体力メンタルを含めた、余裕、なのだ。

 今の千里にはどちらの余裕もない。だから、ここは自力で生き延びてもらうしかないのだ。


 「連れて行けない。少なくとも彼を怖がる今の千里は」


 言葉にすると、思った以上に冷たく聞こえた。

 でもこれは私の譲れない一線だ。

 千里の顔が歪む。


「……なんで……」

「無理なの」

 私は短く言い切った。

「今の千里を連れて動いたら、私も千里も死ぬ」


 沈黙が落ちる。

 分かってる。

 これは正しい。

 でも、正しいだけじゃ割り切れない。

 私にとって千里は友達だから。

 友達だからわかって、なんて言えないけど、私は千里をこのまま見捨てるつもりだけはない。


「……でも」


 私は少しだけ声を落とした。


「迎えには来る」


 千里が顔を上げる。


「ちゃんと準備して、落ち着いたら。その時は絶対連れて行く」

「……ほんとに?」

「うん。約束する。それまでにもうちょっと冷静になっておいてほしい。彼は私の味方であることを理解してほしいの」


 嘘じゃない。

 今じゃないだけだ。


「だから今はここで生き延びて」


 私は鍵をテーブルに置いた。


「ここなら、まだ安全だから」

「……結花の備蓄のすごさはずっと見て来たからわかってるよ」

「でしょ?だから私が迎えに来るまで籠城してて。誰が来ても絶対ドアは開けちゃダメだよ」


 無秩序になった世界で一番怖いのは追い詰められた人間の略奪だから。


「分かった」

「いつだったか、ある程度、自分が生きるために必要なものは持ってきなさい、なんて言ったけど、生きてここにきてくれただけで十分よ。命さえあれば生きる道が見える」

「結花……」

「ルールを決めよう。私が迎えに来たら、ノックを5回する。それでドアスコープから私が来たかどうか確認して」

「ノック5回、ね。うん、覚えておく」

 

 命だけを持って千里はここに来てくれた。

 それだけで最高だ。


「結花……」

「絶対迎えに来る。それまではここで生き延びてて」


 私はそれからクローゼットから出したUVパーカーを羽織り、下着を含めた着替えとタオルをボストンバッグに詰め、日頃から愛用してるブラシとビタミン剤、靴箱からトレッキングシューズを出して汚れ除けにビニール袋に入れてボストンバックに詰めると部屋を出た。


「千里。私が迎えに来るまで生き延びてね」

 

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